バラの香りと聞くと、花びらを思い浮かべるかもしれません。けれども一つの花の中で、花びら、おしべ、めしべは、同じ成分を出しているのでしょうか。
2024年、Lijun Zhouらは、ティーローズの祖先となった野生種Rosa gigantea(ロサ・ギガンティア)を調べました。このバラに特徴的な「ティー香」を、成分が見られる場所や時刻、遺伝子の働きから理解する研究です。野生種の遺伝資源を守り、香りの多様なバラの育種に役立てることも、大きな目的でした。
ティー香を持つ野生バラを、場所と時間で比較
ティー香は、中国由来のバラの、ほのかな薬品を思わせる印象や爽やかな甘さを、お茶になぞらえた香りの呼び名です。この研究では、中国・昆明の園で育てたRosa giganteaと、比較用のチャイナローズ「Old Blush」を使いました。
Rosa giganteaについては、花びら、おしべ、めしべ、がく、花を支える花床、葉の六つの組織を比べました。さらに、若いつぼみから全開までの五段階と、一日の中の0時、4時、8時、12時、16時、20時という六時点も調べています。それぞれの試料では、3個体からの生物学的な反復を設けました。
香りの成分は、ガスクロマトグラフィー質量分析という装置で分けて調べました。ここは大切な点ですが、化学分析では凍らせて粉砕した試料を使い、100℃で15分間、容器内の気体から成分を集めています。野外の花から出る空気をそのまま測った結果ではありません。
別に、18人の協力者による嗅覚評価も行いました。においを区別する確認や訓練を経て、代表的なバラ7品種の香りと比べたり、開花段階ごとの香りの強さを0~5で評価したりしています。こちらは生の花を使った評価です。人が感じた強さと、加熱した試料から検出される成分量は、別々の情報として扱う必要があります。
おしべとめしべで、目立つ成分が違った
分析では、香りに関連する48成分を選んで比較しました。花びら、おしべ、めしべは嗅覚評価でも香りが強い部分でしたが、化学分析で見られた成分の構成には、組織による違いがありました。
特に特徴的だったのが、オイゲノールと、その構造が似た成分です。オイゲノールはおしべで多く、論文では、ほかの組織の20~100倍の量が検出されたと報告しています。一方、イソオイゲノールは花びら、メチルオイゲノールはめしべで多く見られ、この二つはおしべでは検出されませんでした。
似た構造の成分でも、花の中で多く見られる場所が違うのです。また、葉だけで検出された成分や、がくなどの緑色の組織に特徴的な成分もありました。花全体の成分を一つにまとめるだけでは、こうした違いは見えにくくなります。
ここでの20~100倍は、そろえた分析条件で得られた成分量の比較です。おしべを嗅ぐと花びらの20~100倍強く感じる、という意味ではありません。
花びらの内側にも、場所による違い
研究者らは、色素で花の組織を染める方法と、電子顕微鏡で細胞を見る方法も使いました。花びらでは、中心の生殖器官に近い基部が濃く染まり、端や中央部より細胞が密に並んでいました。表側と裏側では、表面の細胞の形も異なっていました。
著者らは、このような構造や染まり方を、花の中の香りの分布を考える手がかりとしています。ただし、染料の濃さは、そこから出る香りを直接数値化する測定ではありません。細胞の形だけで、放出量が決まると証明されたわけでもありません。
こうした場所ごとの違いについて、著者らは、花の中心へ昆虫を導く「道案内」の役割があり得ると論じています。おしべやめしべごとに異なる成分が多ければ、花粉を運ぶ昆虫に、位置の情報を伝えられるかもしれません。
ただし、特定の成分を取り除いたり、昆虫に選ばせたりして、Rosa giganteaでその仕組みを確かめた実験ではありません。昆虫を引き寄せる機能は、成分の分布と先行研究から考えられた仮説です。
開き方や、一日の時刻でも変わる
開花段階の比較では、Rosa giganteaの香りの強さと主な揮発性成分は、若いつぼみから開き始めにかけて増え、その後、半開から全開にかけて低下する傾向でした。花が大きく開いた状態ほど、必ず香りが強いとは限らなかったのです。
一日の観察では、8時から12時ごろの開花と強い香りの時期に、ハチの訪問も多く見られました。多くの成分は複数の時点で検出されながら、量が変化していました。
ただし、この一日の中では花の開き方も進んでいます。時刻の効果と開花段階の効果を完全に分けた実験や、一定条件で体内時計だけを確かめた実験ではありません。どのバラでも同じ時刻に最も香るという結論には広げられません。
野生バラの遺伝情報から、香りの仕組みを探る
研究では、Rosa giganteaのゲノム、つまり遺伝情報全体も読み解きました。七つの染色体に相当する配列を、従来のバラのゲノムにあった欠けた部分を残さない形で組み立てています。ほかのバラと比べることで、この種に特徴的な遺伝子群や、大きな配列の違いも見つかりました。
とくに、香りの成分をつくる経路に関連した遺伝子群が増えており、著者らは、これが独特のティー香を生む背景の一つと考えています。さらにRNAを測って、各組織や時刻で遺伝子がどれだけ使われるかを調べ、成分の量の変化と照らし合わせました。
おしべでオイゲノールが多いときに働く候補と、めしべでメチルオイゲノールが多いときに働く候補は、同じではありませんでした。また、香りに関連する遺伝子の働きが先に変わり、その後に成分量が変わる時間差も考慮して、調節のつながりを推定しています。
これらの多くは、遺伝子と成分の増減の対応や、DNA配列から組み立てた予測です。ある遺伝子が別の遺伝子を直接動かすことや、成分の増加を引き起こすことを、すべて実験で確認したわけではありません。
一部の遺伝子では、細胞を使った実験も
一方で、予測にとどまらず実験した組み合わせもあります。RgMYB091-like1という調節役の候補について、RgOOMT1という香気成分の合成に関係する候補遺伝子の「読み出しを始める部分」に働きかけるかを調べました。
シロイヌナズナの細胞を使い、遺伝子の読み出しを発光で測る実験では、この調節役を加えると信号が増えました。その組み合わせで読み出しが促されることを支える結果です。ただし、バラの花でこの遺伝子を変え、香りの成分や人が感じる香りが変わるところまでを確認したわけではありません。
このように、配列の比較、同時に増減する関係、細胞での働きの検証には、それぞれ分かる範囲があります。研究は、それらを重ねて、次に詳しく調べるべき仕組みを絞り込みました。
香りを増やすために、野生の多様性を守る
著者らがこの研究を育種や保全につなげているのは、栽培バラだけでは捉えきれない遺伝的な違いが、野生種に残っているためです。一つの品種のゲノムを基準にするだけでは、別の種にある特徴的な遺伝子や調節の違いを見落とす可能性があります。
Rosa giganteaについて、組織、時間、開花段階をまたぐ情報をそろえたことは、その遺伝資源を記録し、香りの育種に利用する基盤になります。著者らは、野生種の特長を生かした新たな栽培化や、選抜とゲノム技術を組み合わせる可能性を論じています。新しい香りのバラを、すでに作り出したという成果ではありません。
研究は中国の中央大学基礎研究費、国家重点研究開発計画、国家自然科学基金の支援を受け、著者らは利益相反なしと申告しています。
まとめ
Rosa giganteaでは、花びら、おしべ、めしべで多く見られる香気成分が異なり、開花段階や一日の中でも成分と遺伝子の働きが変化していました。一つの花の香りは、場所と時間による違いを持つ現象として捉えられます。
研究の重要な点は、その違いを記録するだけでなく、野生バラの遺伝情報と結びつけたことです。昆虫に位置を知らせる役割の仮説や、香りの成分をつくる調節の候補を、次の実験で確かめられる形にした。野生種の多様性を守ることが、これからのバラの香りの選択肢を広げる土台にもなるというのが、著者らの大きな提案です。
参考文献
Zhou, L., Wu, S., Chen, Y., et al.(2024). Multi-omics analyzes of Rosa gigantea illuminate tea scent biosynthesis and release mechanisms. Nature Communications, 15, 8469. DOI: 10.1038/s41467-024-52782-9. 原著全文。© The Author(s) 2024. 原著のライセンスはCC BY-NC-ND 4.0です。


