私たちのどの店に入っても、『わあ!』という驚きに包まれます。
ラムダン・トゥアミ
店舗のはじまり
ビュリーの歴史は、ジャン=ヴァンサン・ビュリーが1803年にパリのサントノレ通りに開いた店にさかのぼる。その名を現代に再興したのが、ラムダン・トゥアミとヴィクトワール・ドゥ・タイヤックだった。二人は2014年、パリ左岸のボナパルト通り6番地に、新しいビュリーの最初の店を開いた。
二人が目指したのは、新しくできた店でありながら、通りを歩く人に、ずっとここにあったと感じてもらえる場所だった。骨董商の友人から渡された昔の商品カタログには、瓶の形や、いまでは聞き慣れない化粧品の呼び名が並んでいた。それを手がかりに、二人は19世紀の薬局を思わせる店をつくり始める。
ラムダンが場所に選んだのは、左岸の小さな通りだった。木のカウンター、焼き物の床、花模様を描いた梁。床のタイルから壁面収納、ショーケースまで、この店のために設計し、新しい空間に古い薬局の佇まいを与えた。
私たちは店と商品をとても誇りに思っていました。初日からお客様が熱意を示してくださったのは、うれしいことでした。
ヴィクトワール・ドゥ・タイヤック
当時のヴィクトワールは、自分の肌に水性香水のチュベローズ・オー・トリプルを吹きかけ、カウンター越しに処方の特徴を伝えていた。
ボナパルト通りから始まった店づくりは、2017年の東京・代官山への出店にもつながった。現在はパリや東京、ミラノなどに店舗を構え、それぞれの街に合わせて異なる空間を設けている。

店づくりの考え方
ラムダンがボナパルト通りの店で目指したのは「ハイパーリアリズム」、超写実主義だった。歴史的な薬局の雰囲気を、家具や石、装飾の具体的な質感として立ち上げる。その土地の文化や美的な伝統を手がかりに、文字、グラフィック、家具、光まで、一つの空間として考えている。
品物を手渡す仕事にも、同じように手間をかける。棚から品物を取り、包装を選び、名前を聞いて箱に文字を書く。ヴィクトワールが重んじるのは、こうしたやり取りを通して客に喜んでもらうことだった。
カリグラフィーを取り入れた発端は、商品名を手書きするラベルの工夫だった。
何百種類ものラベルを印刷するなんて、とんでもない! ラベルは一種類で十分。商品名は手で書けばいい。
ラムダン・トゥアミ
ラムダンは教師を迎えてスタッフの指導を始めた。文字を美しく綴る技術が、店舗で働く人の仕事になったのである。
店の姿は土地に合わせて変えても、客と話し、品物を包み、手書きの文字を添える仕事は受け継ぐ。ビュリーの店づくりには、空間の細部と、商品を渡すまでの細部の両方が含まれている。
訪れたい店舗
ボナパルト通り店(パリ)
ボナパルト通りの店は、現代のビュリーの原点となった小さな空間だ。室内を囲むのは、クルミ材の薬局カウンターと木製の収納。床にはテラコッタのタイルが敷かれ、頭上には花模様を描いた梁が見える。
装飾や造作の設計・制作にはニコラ・ダウルが携わり、ラムダンが創作監修を担った。壁面の家具やショーケースを空間に合わせてつくり、石材には、ラムダンがピレネーで探し出したブレッシュ・デュ・ベヌーを取り入れた。古い店に見える細部にも、材料を探し、加工して納めるまでの仕事がある。

開店当初、木の棚には、世界各地の油や粉末、粘土を収めた大瓶が並んでいた。客が選んだものを、より小さな容器に移して手渡す。水性香水や石鹸だけでなく、櫛やブラシまで扱い、ヴィクトワール自身も店頭に立って相談に応じた。薬局を思わせる設えの中に、客と言葉を交わしながら品物を選ぶ商いがあった。
現在もこの店では、カリグラフィーや刻印、型押しを行っている。選んだ品物には、名前や文字を添えることができる。
サントンジュ通り店(パリ)
同じパリでも、店で過ごす時間の広げ方が異なるのがサントンジュ通りだ。ロダンやブールデルの作品を手がけたリュディエ鋳造所の跡に設けた店では、12のショーケースと52の引き出しを持つ造作が、天井まで届くように立ち上がる。
薬局のカウンターに加え、グラン・カフェ・トルトーニの飲み物を楽しむ場所や、施術のための部屋も設けた。品物を選び、飲み物を手に腰を落ち着ける。ボナパルト通りで始まった商いに、滞在するための場所が加わっている。
代官山店(東京)
どのような店を営むにしても、ブランドが出店する街や地域の固有性を、必ず考慮すべきです。
ラムダン・トゥアミ
代官山店では、フランスと日本を表す二つの空間を向かい合わせた。夫妻は都内で約100軒の物件を見た末に、まだ誰も入居していない新築ビルを選んだ。店の細部を自分たちで管理するため、開店前年から一家で東京に暮らしていた。
フランスから来た職人が木工を、日本の職人がコンクリート側を担った。二つの技術が、一つの店の中で向かい合っている。
フランス側には、装飾を施した木製のキャビネットと大理石のカウンターが並ぶ。ガラス扉の奥には瓶が収まり、床には青緑とアイボリーの幾何学模様のタイルが敷かれている。濃い木のパネルには、周囲に紛れるように設けた扉もある。
向かい合う日本側には、艶を持たせたコンクリートの床とセメントのカウンターが広がる。照明も、木工側の暖色に対し、日本側は青みを帯びた光を使う。二つの床の境界には、金継ぎを手がかりにした細い金色の線が走る。

コンクリート側の壁には、植物を樹脂に封じた小窓が並ぶ。青みを帯びた光が、枝や葉の輪郭を浮かび上がらせる。これを実現するには、植物の色を保ちながら乾燥させる技術と、アクリル樹脂に封入する技術が必要だった。
ラムダンは花屋の紹介をたどって職人を探し、樹脂の調達や納期にも苦心した。フランスの木工と日本のコンクリートに、異なる素材と技術を集めた壁面が加わり、代官山ならではの店になっている。
開店を知らせる招待状にも、日本での店づくりが表れた。SUNDAYVISIONの越尾真介が手がけたのは、閉じると白い板のように見え、中央から左右へ開く形。日の丸を思わせる半円に、大正期の金属活字を基にした游築見出し明朝体と、明治にルーツを持ついけはらMを合わせ、赤箔と黒箔で文字を表した。郵送には桜の切手を添え、店を訪れる前に手に取る一枚にも、土地への関心を織り込んでいる。
参考文献
- OPENERS|祐真朋樹・編集大魔王対談 vol.22 ラムダン・トゥアミ、ヴィクトワール・ドゥ・タイヤック(2017年6月26日)
- Wallpaper*|Ramdane Touhami on the design prowess of Buly 1803
- Les Hardis|Rencontre : Ramdane Touhami, drôle d’apothicaire(2020年7月14日)
- Officine Universelle Buly|An History
- Nicolas Daul|Officine Universelle Buly:6 rue Bonaparte
- The Greatest Magazine|Handshake – Victoire de Taillac
- Archilovers|L’Officine Universelle Buly in Daikanyama
- MUUUZ|Ramdane Touhami : L’Officine Universelle Buly(2018年3月22日)
- SUNDAYVISION|OFFICINE UNIVERSEL BULY TOKYO Invitation Card
- Officine Universelle Buly|Store Locator:Saint-Germain-des-Prés、Daikanyama
- Madame Figaro|Scène de beauté parisienne:ボナパルト通り店の開店時取材
- Into The Gloss|Buly Paris:開店当初の品揃えと接客
- Officine Universelle Buly|Store Locator:ボナパルト、サントンジュの空間とサービス
- superfuture「Superchat Paris: Ramdane Touhami」ラムダン・トゥアミへのインタビュー(2021年3月24日)


