同じ親の組み合わせから育ったシクラメンでも、花が放つ香りの成分は同じになりません。ある個体ではシトロネロールが多く、別の個体ではネロールの割合が高い。2018年の研究は、こうした違いを、野生種の香りの豊かさと、実際の交雑で生まれた花の分析から示しました。
研究の狙いは、単に「香るシクラメン」を見つけることではなく、花の色や形のように、香りにも選べる幅をつくることでした。そのために、どんな野生種を親に使えるか、親の香りが子へどう現れるかという二つの問いを調べています。
野生のシクラメン17種の香りを集める
当時、香りを持つ種間交雑のシクラメンには、園芸品種のもととなるシクラメン・ペルシカムと、野生種シクラメン・プルプラセンスの組み合わせが使われていました。研究者たちは、ほかの野生種にも育種の材料があると考え、17種を調べました。
鉢植えの花を袋で覆い、空気を流しながら24時間かけて放散成分を吸着材に集め、ガスクロマトグラフィーと質量分析で調べます。香りが強い9種と弱い8種では、回収した成分を装置へ導入する方法を変えています。成分の香調は、高砂香料のデータベースに基づいて分類しました。
14種について特徴的な香りの成分構成が示されました。残るコウム、パルビフロラム、バレアリカムの3種は非常に弱い香りで、詳しい表に載せるほど十分な量が得られませんでしたが、一部の香り成分は微量に検出されています。
ヒヤシンス風から、果物・ココナツ風まで
野生種の香りは一様ではありません。キリキウムとアルピヌムはヒヤシンスを思わせる香調で、フェニルアセトアルデヒドが主要成分の一つでした。キプリウムとプセウディベリクムはレモンやスズランを思わせる香調とされ、ゲラニオールやゲラニルアセトンなどが見つかりました。
一方、ミラビレは果物やココナツを思わせる香調です。果実様の酢酸ブチルに加え、ココナツ様の香りを持つラクトンの一種が検出されました。こうした違いは、バラやヒヤシンスを思わせる花香だけでなく、果実様の香りも育種の候補になることを示します。
調べた野生種のうち、最も多い62成分が報告されたのがプルプラセンスでした。シトロネロールなどの花香成分に加え、果実様の成分も含み、次の交雑実験の親として使われました。
なお、論文の成分割合は、分析装置に現れたピーク面積の比率です。たとえば割合が2倍だから、人が感じる香りも2倍という読み方はできません。少量でも感じやすい成分があり、全体の香りには成分の組み合わせが関わります。
同じ両親から生まれた花でも、配合は変わる
交雑に先立ち、研究者たちは園芸品種11品種の計18個体と、プルプラセンス8個体を調べ、同じ種や品種の中にも成分差があることを確認しました。そのうえで、園芸品種「あけぼの」とプルプラセンスの個体40-3を交配し、6個体を育てました。もう一組は「シューベルト」とプルプラセンスの個体40-2で、5個体です。種の異なる交配で得た胚珠を培養して育てる方法を使っています。
「あけぼの」由来の6個体では、バラ様の香りに関わるシトロネロール、ネロール、ゲラニオールの比率が変わりました。1番の個体は、この3成分の中でシトロネロールが多く、2番ではネロールとシトロネロールが目立ち、3番では3成分が比較的近い割合でした。同じ親の組み合わせでも、子の成分構成には選べる幅が生まれたのです。
「シューベルト」由来では、多くの個体でシトロネロールが優勢でしたが、ゲラニオールが主要になる例外もありました。ただし二つの交配では、母親の園芸品種だけでなく、父親側の野生個体も異なります。両群の違いを母親だけの効果として切り分けた設計ではありません。
受け継ぐだけでなく、新しく現れる成分も
親から子へ、成分がそのまま一式移るわけではありませんでした。調べた園芸品種では検出されなかったシトロネル酸メチルは、「あけぼの」由来の3個体と「シューベルト」由来の3個体で検出されました。ファルネソール類など、野生種側にある花香成分も子に現れています。
さらに、交配に使った両親では検出されなかった酢酸ベンジルが「あけぼの」由来の一部に、ベンジルアルコールが「シューベルト」由来の一部に見つかりました。逆に、果実様の香りを期待していた安息香酸メチルは、今回の交雑個体には検出されませんでした。
著者たちは、香り成分の受け継がれ方には複数の生合成経路や酵素の働きが関わり、単純な継承では説明しにくいと考えています。この研究では、その遺伝的な仕組みを直接調べたわけではなく、成分分析から、次の育種で確かめるべき可能性を示しました。
まとめ
野生のシクラメンには、ヒヤシンス風の花香から、果物・ココナツ風まで、多様な香り成分の組み合わせがありました。また、同じ両親から得た交雑個体でも、シトロネロール、ネロール、ゲラニオールなどの割合は変わり、両親では検出されなかった成分が現れる場合もありました。
一方、期待した安息香酸メチルが子に現れないなど、狙った香りの導入には課題も残ります。花の香りを育てるには、親の種類を選ぶことと、生まれた個体を一つずつ確かめることの両方が大切だと分かる研究です。
論文では、著者1人が研究当時、高砂香料工業に所属しており、同社の研究者への謝辞も記載されています。独立した研究資金・利益相反の申告欄は確認できませんでした。
参考文献
Shibusawa, N., Nohara, I., & Ohsawa, R. (2018). Interspecific variation of scent characteristics in the Cyclamen genus and the utility of the variation. Horticultural Science, 45(4), 193–204. doi:10.17221/111/2017-HORTSCI(原著全文)


