硫黄系の成分が、ワインのカシスらしさを引き出す

硫黄系の成分が、ワインのカシスらしさを引き出す 香りの科学

果実らしい香りを強めるのは、果実の香りがする成分だけとは限りません。2014年のワイン研究では、単独では硫黄系のにおいと評されたジメチルスルフィド(DMS)を果実香のモデルに加えると、黒い果実を思わせる印象が強まり、一定の濃度ではカシスらしさが増しました。

研究の焦点は、DMSが香りを見つけやすくする「量的な働き」と、どんな果実に感じられるかを変える「質的な働き」の両方です。ブレンドの中では、単独で嗅いだときと違う役割が現れることを丁寧に調べています。

12種類のエステルで、赤ワインの果実香を組み立てる

研究チームは、赤ワインに含まれる平均的な濃度をもとに、12種類のエステルを組み合わせました。酪酸エチル、ヘキサン酸エチル、酢酸イソアミルなどを含む、果実香の再構成モデルです。

土台には二つの液体を使いました。一つはアルコール分12%、pH3.5に調整した水とエタノールの溶液。もう一つは、元の香りをできるだけ取り除いた赤ワインです。後者は蒸発処理と吸着樹脂による処理を行い、アルコール濃度と液量を戻した、香りの弱い試料でした。こうして、単純な溶液とワイン由来の成分が残る液体の両方で、DMSの働きを比べました。

評価したのは、赤ワインの果実香を調べる経験があるボルドー大学の研究施設のスタッフです。16人のパネルが識別、閾値、香調の強さを調べ、8人のパネルが香りの記述を担当しました。果実のシロップ、リキュール、ジャムなどを、表現の基準として提示しています。

試料は黒いグラスに約50mL入れ、20℃で鼻から嗅いで評価しました。DMSは揮発しやすいため、分析で時間変化を確認し、試料を10分ごとに更新しました。飲んだときの味や好みを比べた試験ではなく、グラスから立つ香りの実験です。

DMSそのものの見つけやすさも、背景で変わる

まず、DMSをどのくらい薄くしても見つけられるかを、3試料から異なる1試料を選ぶ方法で調べました。偶然の正答を補正して求めた閾値は、単純なアルコール溶液で1.74µg/L、そこに12成分の果実香を加えると2.80µg/L、脱香した赤ワインに果実香を加えた条件では3.67µg/Lでした。

同じDMSでも、一緒に存在する成分によって検出しやすさが変わったわけです。研究で添加効果を調べた5〜70µg/Lは、これらの閾値を上回ります。「無臭のDMSを入れた実験」と捉えると、この設計を読み違えてしまいます。

DMS単独の記述も調べています。10、30、70µg/Lの試料は主に硫黄系の言葉で表現され、低い濃度では軽い硫黄様、高い濃度では強い硫黄様・還元的なにおいへ変わりました。DMS単独に、明確な果実香があったわけではありません。

少ない果実香でも見つけられるようになった

次は、12成分からなる果実香のモデル自体を薄め、どこまで検出できるかを調べました。比較したのは、DMSを含まないアルコール溶液と、5µg/LのDMSを含むアルコール溶液です。

DMSのある条件では、比較用の背景試料にも同じDMSが入っています。したがって、DMSがある試料を選べば正解になる課題ではなく、その背景に加わった果実香を検出する課題です。

閾値に相当する果実香モデルの量は、50mLの背景液に対して、DMSなしでは1.80mL、DMSありでは0.55mLでした。約3分の1の量でも見つけられるようになったという、統計的に明確な差です。この比は閾値の比較であり、普段嗅ぐ香りがそのまま3倍強く感じられるという意味ではありません。

とくに増したのはカシスらしさ

果実香のモデルにDMSを5、10、20、30、50、70µg/L加えて香調を調べると、単純なアルコール溶液では、どの添加濃度でも「黒い果実」全体の強さが無添加より高く評価されました。ただし、DMSを増やすほど評価が上がる関係ではなく、添加量の違いによる増強の程度はおおむね同じでした。

果実の種類ごとに見ると、変化は一様ではありません。カシスの強さが無添加より有意に高かったのは、アルコール溶液では5、10、20、30µg/L、脱香赤ワインでは5、10、20µg/Lの条件です。一方、ブラックベリー、イチゴ、ラズベリーの強さには明確な変化が報告されませんでした。

ここで原著の「黒い果実」全体と「ブラックベリー」一種類を区別することが大切です。広い香調のまとまりは強くなりましたが、その中のすべての果実が同じように強まったわけではなく、具体的にはカシスの印象が際立ちました。

香りの役割は、混ざる相手によって現れる

著者らは、DMSが単独で果実香を代表する成分なのではなく、ほかの香気成分との組み合わせを通じて、果実らしさを引き出す役割を持つと解釈しています。果実香の閾値を下げる働きと、カシスの方向へ印象を変える働きが、同じ研究の中で示されました。

さらに著者らは、ワインの熟成に伴うDMSや一部のエステルの増加が、果実香の発達に関わる可能性を論じています。ただし、今回測ったのは調製した混合物であり、同じワインを何年も追跡した熟成実験ではありません。

評価者は少人数の経験者で、果実香の配合も限定されています。市販ワインにはさらに多くの香りがあり、DMSの効果が出る濃度も背景で変わりました。高い濃度までカシス評価が上がり続けなかった結果は、量を増やすだけでは狙った香りにならないことを示唆します。

まとめ

硫黄系の香りを持つDMSは、12成分の果実香モデルに加わると、より少ない量の果実香を検出できるようにし、一定範囲ではカシスらしさを強めました。ブラックベリー、イチゴ、ラズベリーには同じ変化が見られず、添加量が多いほどカシスらしくなる関係でもありませんでした。

ブレンドの中で果実香を支える成分が、それ単独でも果実のように香るとは限らない。これが、この研究から得られる興味深い発見です。

研究はボルドーワイン委員会(CIVB)の資金支援を受けました。原著本文には独立した利益相反声明は見当たりません。

参考文献

Lytra G, Tempere S, Zhang S, Marchand S, de Revel G, Barbe JC. Olfactory impact of dimethyl sulfide on red wine fruity esters aroma expression in model solution. Journal International des Sciences de la Vigne et du Vin. 2014;48(1):75–85. doi:10.20870/oeno-one.2014.48.1.1660