いったん嗅いだ香りを、しばらく後に「さっきの香りだ」と見分ける。その成績は、香りを覚えた後の休息中に、鼻と口のどちらで呼吸したかによって変わりました。2018年の研究では、鼻で呼吸して1時間休んだ条件の方が、口で呼吸した条件より、覚えた香りと新しい香りを正確に区別できたのです。
注目したいのは、呼吸を変えたタイミングです。研究者たちが調べたのは、香りを取り込む瞬間だけでなく、覚えた情報がその後に定着していく「固定化」の時間でした。
香りを覚える時間と、その後の1時間を分ける
主な実験には、19〜25歳の健康な男女24人が参加しました。同じ人が2日間隔で2回実験を受け、一方では鼻呼吸、もう一方では口呼吸を行います。最初にどちらを行うかは無作為に決め、全体では順序を釣り合わせました。
各回、参加者は目隠しをして12種類の香りを一つずつ嗅ぎ、覚えます。イチゴのように馴染みのある香り6種類と、1-ブタノールのように馴染みの薄い香り6種類を組み合わせ、実験日ごとに香りの組を変えました。
その後、別室の椅子で1時間、眠らずに静かに休みます。この間だけ、口をテープでふさぐか、鼻にクリップを着けるかによって、呼吸経路を変えました。読書や会話はせず、実験者が同室で手順を確認しています。これは研究用の管理された操作です。
休息が終わると、先ほどの12種類に新しい12種類を混ぜて提示し、「さっき嗅いだか、初めてか」を答えてもらいました。香りを覚えるときと、この確認テストのときは、どちらの条件でも鼻から嗅いでいます。したがって、比較の焦点は、その間にある休息中の呼吸です。
鼻で休んだ後は、新旧の香りを見分けやすかった
評価には、覚えた香りを正しく「前に嗅いだ」と答える割合と、新しい香りを誤って「前に嗅いだ」と答える割合を合わせた指標、d′(ディープライム)を使いました。大きいほど二つを区別できていることを表し、正答率の百分率とは異なります。
馴染みのある香りの平均d′は、鼻呼吸後が1.63、口呼吸後が1.27。馴染みの薄い香りでは、それぞれ1.52と1.05でした。全体として鼻呼吸後の方が高く、呼吸条件の効果は統計的にも有意でした(p=.002)。馴染みの程度によってこの効果が変わるという交互作用は認められませんでした。
さらに、条件間の違いには、覚えた香りへの正答と、新しい香りへの誤答の両方が関わっていました。一方で、何でも「前に嗅いだ」と答えがちになるような回答の偏りには、有意な差がありませんでした。単なる答え方の変化よりも、香りの記憶を区別する力の違いとして読める結果です。
嗅ぎ方や注意の違いも確かめた
研究者たちは、学習時と確認テスト時の鼻の空気の流れも記録しました。吸い込みの量に関係する指標や持続時間などに、条件間の有意差は見られませんでした。また、香りの快さ、強さ、馴染み、名前の付けやすさなどを考慮しても、記憶の結果の全体像は変わりませんでした。
もう一つの可能性は、「口呼吸を続けることに気を取られた」という説明です。そこで別の24人には、各呼吸条件で10分休んだ後、その呼吸を保ったまま、数字への反応を続ける課題と、文字の意味に惑わされず色を答える課題を行ってもらいました。持続的な注意と選択的な注意の成績には、有意な差がなく、ベイズ分析も差がない側を支持しました。
この確認は、注意の違いだけで記憶の差を説明する見方を弱めます。ただし、主実験の1時間をそのまま再現した対照ではありません。主実験で測った器具の不快感も、差は有意ではなかったものの、両条件が同程度だと十分に確定できる結果ではありませんでした。著者たちも、安静中のストレスや、測っていない注意の働きまで完全に除けたとはしていません。
呼吸と記憶を結ぶ仕組みは、次の問い
研究の背景には、鼻を通る空気の流れが、嗅球や香りを処理する領域、記憶に関わる海馬の活動リズムと結び付くという先行研究があります。著者たちは、鼻呼吸が、休息中に記憶を再び働かせて定着させる過程を助ける可能性を考えました。
今回測ったのは記憶課題の成績で、脳のリズムや記憶の再活動そのものではありません。香りを頭の中で思い浮かべる働きなど、ほかの経路も候補に残っています。少人数の若い成人が、香りを覚えた直後に起きたまま休む実験から、長期の学習成績や睡眠中の効果へ広げるには、別の検証が必要です。家庭で口をふさぐ方法を試すための研究でもありません。
まとめ
24人の実験では、香りを覚えた後の1時間を鼻呼吸で休むと、口呼吸で休んだ場合より、覚えた香りと新しい香りを見分ける成績が高くなりました。学習時・テスト時の嗅ぎ方や回答の偏りには明確な差がなく、別の注意課題でも呼吸条件による差は見られませんでした。
この研究が広げたのは、鼻の役割を見る時間の幅です。鼻は香りを取り込む入口であるとともに、嗅ぎ終えた後にその経験を記憶として残す過程にも関わる可能性があります。その働きを脳の活動から確かめることが、次の課題です。
研究はスウェーデン研究評議会、オランダ科学研究機構、Ammodo KNAW Award、Knut and Alice Wallenberg Foundationの支援を受けています。著者らは、競合する金銭的利益はないと申告しています。
参考文献
Arshamian, A., Iravani, B., Majid, A., & Lundström, J. N. (2018). Respiration Modulates Olfactory Memory Consolidation in Humans. The Journal of Neuroscience, 38(48), 10286–10294. doi:10.1523/JNEUROSCI.3360-17.2018(公開全文)


