職場にある香りは、自分で選んだものとは限りません。同僚や来訪者が使う香水、部屋の芳香剤などに接したとき、咳や息苦しさを経験する人もいます。こうした訴えは、職業に関わる病気の記録にはどのように現れているのでしょうか。
2017年にJustine Lew Weinbergらが発表した研究は、米国カリフォルニア州で1993~2012年に集められた、仕事と関連する喘息の症例を調べています。香料に関連づけられた症例には、もともとの喘息が悪化した例と、新たに発症したと分類された例の両方がありました。日本で「香害」と呼ばれるさまざまな健康上の問題のうち、呼吸器症状の一側面を考える資料です。
医療記録と面接から、仕事との関連を調べる
研究の目的は、職場で香料に接することに関連した喘息の特徴を整理し、見逃しを減らして予防に役立てることでした。使ったのは、医師からの報告や労災関連の情報、病院の記録などを集める症例監視のデータです。働く人を無作為に選び、全員を診察した調査ではありません。
症例の確認には、医療記録に喘息に合致する医療者の診断があることと、症状が仕事に関連すること、という共通の基準が使われました。可能な限り電話面接を行い、記録と合わせて、どんな製品に接したのか、症状がいつ始まったのかを整理しています。香料関連としたのは、香水・コロン・香り付きの身体用製品、または芳香剤への曝露が記録された例です。
ここでいう「確認」は症例監視の基準を満たしたという意味です。研究者が全員を独立に診察したわけではなく、全例に呼吸機能検査や、特定の製品で反応が起きるかを調べる誘発試験を行ったわけでもありません。記録された診断と仕事との関連を、共通の方法で集計した研究として読む必要があります。
3.8%は、どの集団の割合か
20年間に確認された仕事関連の喘息7,163例のうち、香料関連は270例、3.8%でした。香水などの身体用製品が242例、芳香剤が32例で、両方に該当した4例を差し引くと270例になります。
この3.8%の分母は、監視制度が把握して確認した仕事関連の喘息症例です。一般人口の3.8%が香料で喘息になる、働く人の3.8%が発症する、という数字ではありません。香料に接した人全体を追跡した調査でもないため、接した人と接していない人の発症リスクを比較することもできません。観察期間は2012年までであり、現在の発生率を示す値でもありません。
既存の喘息の悪化と、新たな発症を分ける
香料関連270例の内訳は、既存の喘息が仕事で悪化したものが103例、新規発症に分類されたものが63例、仕事との関連は確認できても、発症の前後関係などが足りず分類できなかったものが104例でした。新規発症63例には、急性の刺激曝露後に症状が始まる型8例と、一定の期間を経て発症する型55例が含まれます。
この区別は重要です。270例すべてを「香料によって初めて喘息になった人」と数えることはできません。一方で、既存の喘息の悪化だけを集めた記録でもありません。新規発症とされた例を含むことは、著者らが予防の必要性を論じた理由の一つでした。ただし、症例の分類から、それぞれの製品のどの成分が原因だったかまで確定することはできません。
症状の負担と、把握される症例の偏り
面接を受けた人の結果を見ると、香料関連の症例でも救急受診や入院が報告されており、その割合は他の曝露に関連した症例と有意には違いませんでした。また、面接で該当する質問に答えた人では、職場でなお曝露が続いている割合が香料関連で50%、それ以外で26%でした。著者らは、症状があっても職場での曝露を避けにくいことを問題にしています。
香料関連の症例は女性が94%を占めました。また、この症例群の中では、他の曝露に関連した症例群に比べて、事務・医療・教育職の占める割合が高くなっていました。これは各職種全体の発症率を比べた値ではありません。また、面接で得た労災請求の状況では、請求が認められなかった割合が香料関連で30%、それ以外で21%でした。著者らは、仕事との関連が十分に認識されていない可能性を論じています。ただし、これらの比較だけで、女性が生物学的にどれだけ反応しやすいかや、労災請求が認められなかった理由までは決められません。
ただし、電話面接が完了したのは全症例の39%でした。残る症例は医療記録の情報から確認されています。面接は製品や発症時期を詳しく知る機会ですが、記録だけでは、どの製品に接したかまで分からない場合があります。そのため、香料関連の症例が見逃される可能性があります。一方、面接に応じやすい人や医療を受けやすい人に偏る可能性もあり、記録から漏れた分を一律に補正することはできません。
著者らは、喘息に似た症状を起こす上気道の病気などが一部に含まれた可能性も挙げています。これは、訴えを軽く扱ってよいという意味ではありません。苦しさや仕事上の支障を受け止めることと、何が起きているかを適切に区別することの両方が必要だと読めます。
著者らが提案したのは、職場で曝露を減らすこと
この調査は、個々の香料成分の因果関係や作用の仕組みを検証した実験ではありません。著者らは先行研究をもとに、気道への刺激や感作などの関与を論じていますが、複数成分を一緒に吸い込む影響や、反応が起きる量については未解明の点を残しています。この症例集計から、すべての香りに共通する危険度や、安全を保証できる量を決めることはできません。
そのうえで著者らは、職場の予防策として、香料を含む製品の使用を控える方針、従業員への教育、適切な換気と建物の維持管理を提案しました。芳香剤や香り付き清掃用品の調達、香水などの使用を職場として見直す、という考え方です。成分情報の開示や、より詳しい臨床研究の必要性も述べています。
これらは、症例監視の結果と先行研究を踏まえた著者らの予防提案です。この研究自体が、各対策で症例数がどれだけ減るかを試したわけではありません。製品や職場ごとの条件を越えて一律の効果を断定することはできませんが、対策を本人の我慢だけに委ねず、共有する空間の側から考える視点があります。
まとめ
カリフォルニア州の症例監視は、職場の香料に関連した喘息として270例を記録し、既存喘息の悪化、新規発症、そして情報不足で分類できない例を区別しました。3.8%という値は把握された仕事関連の喘息症例内の割合で、一般の人の発症率ではありません。
この研究が残した重要な問いは、原因成分をさらに調べることと並んで、症状を経験する人が働く場所の曝露をどう減らすか、ということです。記録の限界を踏まえながらも、職場の香りを予防や環境整備の対象として検討する根拠の一つになります。
参考文献
著者:Justine Lew Weinberg, Jennifer Flattery, Robert Harrison
論文名:Fragrances and work-related asthma–California surveillance data, 1993–2012
掲載誌:Journal of Asthma 54(10), 1041–1050(2017年)
DOI:10.1080/02770903.2017.1299755
原著全文:CDC Stacks収載の全文PDF
権利表記:© 2017 Taylor & Francis Group, LLC. 公開PDFにCreative Commonsの表示はありません。


