Les Eaux Primordiales(レ オー プリモディアル)— 北フランスの記憶を、香りの構造へ

レ オー プリモディアルのアンブル スーパーマッシヴの赤いボトルと、北フランスの産業と自然をイメージした背景 ブランド創業者

「レ オー プリモディアルの構想は、美しい香水のために技術を役立てることだった。」

— アルノー・プーラン(創設者)

洗い立てのリネン、祖父の髭剃り、冬の終わりに咲くミモザ。その一方に、機械工学、工場のサイロ、宇宙や海の深さがある。Les Eaux Primordiales(レ オー プリモディアル)は、こうした個人的な記憶と科学への関心が交わる、フランス北部生まれの香水ブランドである。

創設者アルノー・プーランが目指してきたのは、頭のなかにある香りを、素材の組み合わせとものづくりの工程によって形にすることだ。その歩みをたどると、工場で働く青年が香水に出会い、調香師と協働し、やがて子どもの頃に眺めていた館を自らの製造拠点にするまでの物語が見えてくる。

基本情報

設立年:2015年
創設者:Arnaud Poulain(アルノー・プーラン)
誕生の地:フランス北部・アラス近郊
公式サイト:Les Eaux Primordiales

ブランド名は、ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』に由来する。「原初の水」、すなわち生命の起源となる水を示す言葉である。プーランにとってこの名は、香水の伝統や素材に立ち返ることと、未知の表現へ向かうことを結びつけるものとなった。

創設者とブランドの成り立ち

職人の家に生まれた、科学好きの少年

プーランは1986年、北フランスのアラスに生まれた。父は金属加工に携わり、叔父は家具職人、祖父母は農業を営んでいた。身近にあったのは、材料に触れ、手を動かし、仕事を積み重ねていく人々の姿である。家族から受け継いだ労働と職人技への敬意は、後のブランドにも流れている。

十代になると科学に惹かれ、機械工学を学んだ。香水との出会いは2007年。ハーゲンダッツの工場で生産の仕事をしていたとき、自分の将来への思いを工場長に話したことがきっかけだった。

工場長は、香水の世界へ転身していた自分の息子を紹介した。プーランと同じように、大きな野心を抱く青年だと考えたのである。その出会いは、プーランにとって仕事の選択肢を一つ増やす以上の意味を持った。

「彼は、それまでまったく知らなかった世界を、私に見せてくれた。」

— アルノー・プーラン

香水の豊かな世界に魅了されたプーランは、さらに学びたいと考えるようになる。ジャン=クロード・エレナの著書『Le parfum』も、その理解を深める助けとなった。農業と金属加工の家に育った青年が、今度は目に見えない香りを扱う技術へ向かい始めたのである。

夜間の授業で出会った、アメリ・ブルジョワ

プーランはランスのSIADEPで香水の基礎を学び、嗅覚の授業を通して、自分の鼻の鋭さにも気づいていった。そこで夜間の授業を担当していたのが、調香師のAmélie Bourgeois(アメリ・ブルジョワ)である。

ブルジョワは彼の可能性を見いだし、授業の外でも指導するようになった。やがてこの師弟関係は、ブランドの香りを一緒につくる関係へと育つ。プーランは、その協働をデザイナーと建築家の仕事になぞらえている。

「私が芸術的なビジョンを持ち込み、それをアメリに説明する。彼女が、その土台を築けるように。」

— アルノー・プーラン

プーランが描くイメージを、ブルジョワが香りの構造へ落とし込む。完成までには、候補を探り、試作し、往復を重ねる。処方を詰めるのに約24か月をかけることもあるという。このブランドの作品は、創設者の着想と、調香の技術が行き来するなかで生まれている。

2015年、古典を動かす6本から始まる

独立系香水ブランドの現場で経験を重ねた後、プーランは2015年にレ オー プリモディアルを創設した。同年の最初のラインナップは6作品。フランス香水の古典的な骨格に、現代的な変化を加えることが、その出発点にあった。

「シャン ダンフリュアンス(Champ d’Influence)」は、祖父の髭剃りの儀式に捧げた香りだった。ラベンダー、ゼラニウム、ベチバーなどを組み合わせるフゼア系の構成に、家族の記憶を重ねている。「メモワール デュ フュチュール(Mémoire du Futur)」では、1920〜40年代の香水を念頭に、ローズやアイリス、カーネーションとアルデヒドを扱った。

「未来の記憶」「予測できない粒子」といった作品名にも、時間や科学への関心が表れる。懐かしい香りの型をそのまま保存するのではなく、素材の組み合わせを変えて、再び動き出させる。この考え方は、後のSuperclassique(スーパークラシック)・コレクションにつながっていく。

清潔な香りで、日曜の夜を変える

やがてブランドを象徴する香りとなった「クルール プリメール(Couleur Primaire)」の題材は、屋外で乾く洗い立てのリネンと、子どもの頃の洋梨のシャーベット。日曜の夜の憂鬱を晴らすような香りを目指してつくられた。

「私はアンチ・パフュームをつくりたかった。清潔な香りを、ただ美しくしたものを。」

— アルノー・プーラン

目指したのは、洗濯物の匂いをそのまま再現するだけでなく、花や果実を含む香水として仕立てることだった。身近な匂いを題材に、自分のつくりたい香水の姿を探っていく仕事である。

母の花を、香りのなかに残す

ブランドが扱う記憶には、プーラン自身が後から知ったものもある。「ミモザ スーパークリティック」は、彼が幼い頃に亡くなった母に捧げた作品だ。母方の親族との会話から、母がミモザを好み、結婚式でもミモザだけのブーケを持っていたことを知ったのである。

その花は、冬の終わりに訪れたエステレル海岸の休暇とも結びついている。雪の名残と、ミモザの香りに満ちた谷。作品の題材は、花の形や色だけでなく、家族の話と自分の記憶が重なるところにある。

祖父と野菜を売った道の向こうに、製造拠点をつくる

事業が育つにつれ、プーランはものづくりの場所にも自分の考えを実現していく。投資家の支援を得て、小さな工業地区のスペースを借り、最初の3人の従業員を雇った。その後の資金調達は、さらに大きな場所を持つことへつながった。

2021年に取得したのが、アラスから数キロの場所にある「ル ドメーヌ プリモディアル」である。14ヘクタールの樹木に囲まれた敷地には、かつて炭鉱会社に属していた館がある。現在のブランドの本拠地と、香水のマニュファクチュール、つまり製造工房を置く場所だ。

子どもの頃のプーランは、道路を挟んだ向かい側で、農業を営む祖父と一緒に野菜を売っていた。祖父は歴史好きで、この場所の炭鉱時代や戦争の話を聞かせてくれた。プーランは館の内側に入ってみたいと夢見ながら、門を越えられずにいた。

年月がたち、売りに出されたことを知ると、自転車で毎日のように訪れるようになった。かつて外から眺めていた場所は、やがて自分たちの仕事の場所となる。北フランスに製造拠点を置くという選択は、彼にとって、家族の記憶とこの土地の産業の歴史に戻ることでもあった。

ブランドのこだわり

思い描いた香りへ、素材の釣り合いを探る

プーランは、アルデヒド、サフラン、バニラなどの素材を、美しい機械の歯車のように捉える。一つの素材を大量に使うことより、あらかじめ描いた香りへ向けて、構成要素同士の釣り合いを探ることを重視する。

天然香料には奥行きや質感を、合成香料には精密さや明瞭さを見いだし、香りの構造に必要なものを選ぶ。

「私は、建築家が石と鋼を選ぶように、構造に何が必要かを考えて使い分けている。」

— アルノー・プーラン

その考え方がよく分かるのが、クルール プリメールである。洗い立てのリネンという簡潔な題材に、アルデヒド、洋梨、ジャスミンやローズ、ホワイトムスクとアンブロクサンを組み合わせる。清潔な匂いを出発点にしながら、果実や花も含む香水へ仕立てている。

プーランが開発の難しかった作品として挙げるのも、この香りだ。彼によれば、その簡潔さは見かけのもので、爽やかさと持続性を両立させようとした処方は、ブランドのなかでも最も複雑だという。ここでの清潔さは、一つの香料だけで完成するものではない。日常の記憶を香水として組み立てる細かな仕事が、清潔なリネンの向こうにある。

母の花から、思い描く花の姿へ

花を題材にするときも、プーランが求めるのは、植物の匂いをそのまま写すことだけではない。自分が思い描く花の姿をつくる。花を中心としたSupercritique(スーパークリティック)の名は、二酸化炭素を使う超臨界抽出に由来し、素材を得る技術への関心も示している。

母に捧げたミモザ スーパークリティックでは、冬の終わりの地中海の結婚式を思い描く。花に落ちる最後の雪を粉砂糖に見立て、ジャスミンやオレンジフラワー、ホワイトムスクを重ねて、ミモザだけのブーケよりも広い情景を香りにしている。

母の好きだった花という出発点に、雪と春の境目や、結婚式の風景が加わる。家族の話を香水の名前に添えるだけでなく、花をどんな世界のなかに置くかまで考えているところに、この作品の個人的な意味がある。

暖炉の室内から、海と宇宙の想像へ

香りの題材は、花から室内の風景へも広がる。木や樹脂、スパイスに焦点を当てたSuperfluide(スーパーフリュイド)の「アンブル スーパーフリュイド(Ambre Superfluide)」で、プーランが思い描いたのは、暖炉のそばのベルベットの椅子と、焼きたてのリンゴとシナモンのパイであった。

その風景に、リンゴ、シナモン、蜂蜜を組み合わせ、ラムやタバコ、ベンゾインという樹脂を重ねる。菓子だけを題材にするのではなく、火のそばで過ごす時間まで含めて、一つの温かな室内を構成している。

一方、Supermassive(スーパーマッシヴ)が向かうのは、宇宙論と海洋学から着想を得た、海の深部や遠い銀河の世界だ。赤いボトルの「アンブル スーパーマッシヴ(Ambre Supermassive)」は、赤い琥珀のイメージを出発点に、果実やスパイス、ブラックバニラ、タバコでその深さと温かさを表そうとする。科学への関心は、ものづくりの方法だけでなく、香りで想像する世界にも及んでいる。

熟成と瓶詰めにも、人の仕事を残す

ドメーヌの製造工房では、香料コンセントレート、すなわち濃縮された香りの原液を受け入れてから、環境を管理しながら熟成を進め、瓶詰めへとつなぐ。「アトモス432・レゾナンスルーム」の大きなステンレスタンクは、暗さ、安定した温度、湿度を保つ空間に置かれている。432Hzに調律したクラシック音楽を流すことも、この場所での工程に組み込まれている。

ボトルは人の手で仕上げられ、瓶詰めを担当した人の手書きのメモが添えられる。プーランが自分たちの製造工程を持つことに見いだす意味は、完成までの細部を自分たちで決められることにある。香りの処方だけでなく、手元へ届くまでの時間と人の仕事も、ブランドのものづくりに含まれている。

工業建築を、香りを体験する形へ

円筒形のボトルと大きな四角いキャップには、工業的な明快さがある。その背景にあるのが、炭鉱やサイロなどの産業施設を撮影した、ドイツの写真家ベルント&ヒラ・ベッヒャー夫妻の作品だ。写真家のデュオ、タニア&ヴァンサンも、ブランドのグラフィックや色彩の世界を担ってきた。

この工業建築への関心は、香りを受け取る空間にも展開された。2023年のミラノ・デザインウィークで、DWA Design Studioと制作した「エクスペリエンス イモビル」には、北フランスの工場の煙突を思わせる二つの塔が立つ。一方では「セードル スーパーフリュイド」を構成する香料を見せ、もう一方では、ガラスの球体や送風装置、香りを含ませた陶の造形を使って、来場者を香りの仕組みのなかへ招いた。

香水を、完成した一本として見るだけでなく、その素材と仕組みを身体で受け取る展示である。この試みは、フオリサローネの審査員賞で最優秀インタラクティブ・インスタレーションに選ばれた。

部屋のためのキャンドル「レ エクスペリエンス イモビル」にも、工場の煙突の姿が残る。陶製の八角柱は台座から取り外して組み替えられ、大豆由来のワックスを使ってドメーヌの工房で手づくりされる。さらに、敷地内の「ル ステュディオ プリモディアル」では、館の家具や売場のディスプレイも設計・製作している。父や叔父の仕事に囲まれて育ったプーランの拠点では、香水と家具、展示が同じ職人仕事の延長にある。

香りの題材、素材の使い方、物の形を一緒にたどると、プーランが育った土地と、そこから広がる想像の世界が見えてくる。

ちなみに…

自分がつくりたかった香水を尋ねられたプーランは、シャネル N°5が発売当時にもたらした革新に敬意を示した。そのうえで挙げたのは、レ オー プリモディアルで次につくる香水だった。過去の名作についての問いに、まだ形になっていない一本で答えるところに、彼の創作への姿勢がのぞく。

参考文献

  1. Amaris「5 Questions With Arnaud Poulain, Founder of Les Eaux Primordiales」(2021年12月5日)— 技術への考え方、素材の釣り合い、クルール プリメール、次の香水への姿勢 — https://amarisbeauty.com/blogs/magazine/5-questions-with-arnaud-poulain
  2. Les Eaux Primordiales「Our Story」— 設立、生い立ち、ブランド名の由来 — https://www.leseauxprimordiales.com/en/pages/notre-histoire
  3. The Fragrance Foundation France「Nez à Nez avec Arnaud Poulain, fondateur et parfumeur des Eaux Primordiales」(2022年9月26日)— 工場での出会い、幼少期の香り、ドメーヌ — https://www.fragrancefoundation.fr/2022/09/nez-a-nez-avec-arnaud-poulain-fondateur-et-parfumeur-des-eaux-primordiales/
  4. Duft-Tagebuch「Interview with Les Eaux Primordiales’ founder Arnaud Poulain」(2024年2月28日)— ブルジョワとの協働、制作期間、母とミモザ、花の表現 — https://www.alzd.de/en/2024/02/28/interview-with-les-eaux-primordiales-founder-arnaud-poulain/
  5. Auparfum「Les Eaux Primordiales, eaux intemporelles」(2015年11月17日)— 最初の6作品、古典の再解釈、ボトルの着想 — https://auparfum.bynez.com/les-eaux-primordiales-eaux-intemporelles,2656
  6. Les Eaux Primordiales「Collection Couleur Primaire」— 創設者の発言、リネンの着想、ボディケア — https://www.leseauxprimordiales.com/en/pages/collection-couleur-primaire
  7. Les Eaux Primordiales「Couleur Primaire」— 清潔なリネンと洋梨の記憶、香りの構成 — https://www.leseauxprimordiales.com/en/products/couleur-primaire
  8. Elevated Classics「Inside Les Eaux Primordiales: A Conversation with Founder Arnaud Poulain」(2025年12月18日)— 初期の工房、資金調達、素材観、手書きのメモ — https://elevated-classics.com/les-eaux-primordiales-founder-interview-arnaud-poulain/
  9. Les Eaux Primordiales「Our Heritage」— 2021年の取得、祖父と野菜を売った道、館の記憶 — https://www.leseauxprimordiales.com/en/pages/le-patrimoine
  10. Les Eaux Primordiales「Supercritique」— 花のコレクションの着想と現行作品 — https://www.leseauxprimordiales.com/en/collections/supercritique
  11. Les Eaux Primordiales「Mimosa Supercritique」— 結婚式の情景と香りの構成 — https://www.leseauxprimordiales.com/en/products/mimosa
  12. Les Eaux Primordiales「Superfluide」— 素材を中心とするコレクション — https://www.leseauxprimordiales.com/en/collections/superfluide
  13. Les Eaux Primordiales「Ambre Superfluide」— 冬の室内の着想、香りの構成 — https://www.leseauxprimordiales.com/en/products/ambresuperfluide
  14. Les Eaux Primordiales「Supermassive」— 宇宙論・海洋学の着想と現行作品 — https://www.leseauxprimordiales.com/en/collections/supermassive
  15. Les Eaux Primordiales「Ambre Supermassive」— 琥珀の着想、ノート、公式ボトル画像 — https://www.leseauxprimordiales.com/en/products/ambre-supermassive
  16. Les Eaux Primordiales「Savoir Faire」— 熟成、レゾナンスルーム、家具と展示の製作 — https://www.leseauxprimordiales.com/en/pages/savoir-faire
  17. Les Eaux Primordiales「La Genèse」— ベッヒャー夫妻、タニア&ヴァンサン、視覚表現 — https://www.leseauxprimordiales.com/blogs/les-eaux-primordiales/la-genese
  18. Les Eaux Primordiales「Art & Design」— 2023年のミラノの展示と受賞 — https://www.leseauxprimordiales.com/en/pages/art-design
  19. Les Eaux Primordiales「Scented Candles / Les Expériences Immobiles」— 陶製容器、香り、ワックスと製造 — https://www.leseauxprimordiales.com/en/collections/experiences-immobiles