アメリ・ブルジョワ(Amélie Bourgeois)──土と草の記憶から、心を動かす物語へ

アメリ・ブルジョワのスケッチと代表作品を掲載した調香師名鑑のサムネイル

「理想の香水は、物語を語り、それ以上に、私たちの心を動かすものだと思います。」

アメリ・ブルジョワ、アンダーセン ビューティのインタビュー、2023年

フランス出身。生年は公表されていません。

刈り取られた麦、日に乾いた草、松の樹脂、馬の肌。ブルジョワの香りの原点には、田園で過ごした日々があります。美しい花だけを選んだ記憶ではなく、土や油、動物の匂いまで含んだ、暮らし全体の記憶です。

化粧品を学んでいた彼女は、クリームそのものより、そこへ加える香りに惹かれました。師との出会いを経て、独立した調香スタジオ、フレア(FLAIR)を設立します。人物や土地の物語に耳を傾けながら、小さな感覚を一つの香水へ育ててきた調香師です。

調香史

麦畑とランドの海岸

ブルジョワは、フランス北部ピカルディの緑の畑と、南西部ランドの海岸の間で少女時代を過ごしました。家族には父方にも母方にも農業に携わる人がおり、幼い頃は自分が父の農場を継ぐことも考えていたといいます。実際にその道を選んだのは弟でした。

乗馬にも親しみ、ポニーの首元へ顔を埋めると、肌の匂いに安心したと語っています。学校では、馬術と学業を両立するコースに通いました。

香水店ル・スクレ・デュ・マレに掲載された本人プロフィールでは、幼少期の空気を次のように描いています。

「刈った麦、バブアーのジャケット、土、油、砂、松の樹脂、馬糞、日に干された草。当時ははっきり意識していなくても、私の鼻はすでに生きていて、そのすべてを吸い込んでいました。」

アメリ・ブルジョワ、ル・スクレ・デュ・マレ掲載の本人プロフィールより

後年、フレアがブルジョワの作風を自然な感覚や調和と結びつけて紹介するのも、こうした背景があるからでしょう。彼女にとって自然とは、整えられた風景だけでなく、手や体で触れた場所でもあるのです。

父に贈ったデクラレーション

香水そのものとの強い出会いは、1998年でした。当時、父は化学療法を受けており、治療中の体臭の変化に、ブルジョワは心を揺さぶられていました。

初めて入った香水店で出会ったのが、カルティエ(Cartier)の「デクラレーション(Déclaration)」です。一目で心を奪われるようにその香りを気に入り、買って父に贈りました。

2020年のパルフミスタのインタビューで、ブルジョワはこの出来事を、とても個人的な記憶として語っています。香水が、誰かを思って選び、手渡すものになった瞬間でもありました。

その後は美容と化粧品学へ進み、トゥールーズ第三大学で学びます。しかし、クリームに入れる香りの原液のほうが、スキンケアの仕事そのものより気になるようになりました。授業で香りが扱われる時間は短く、もっと知りたいという思いが強くなります。

モニーク・シュランジェとの出会い

2002年、ブルジョワはサンキエム サンス(Cinquième Sens)の創設者、モニーク・シュランジェ(Monique Schlienger)と出会います。

「香水と、モニクと、私の間に、何か魔法のようなことが起こりました。」

アメリ・ブルジョワ、ル・スクレ・デュ・マレ掲載の本人プロフィールより

師のもとで、3年間の見習いとして調香を学びました。のちにフレアで組むアン=ソフィー・ベヘゲル(Anne-Sophie Behaghel)も、同じ場所で学んでいます。

二つ、三つ、四つの素材を組み合わせるアコードから、コロンの構成へ。少ない要素の関係を理解し、香りを組み立てる練習を重ねました。

あるとき、サリチル酸メチル、シダー、アイリスを組み合わせると、幼少期の畑の香りが蘇りました。自分の中にあった記憶を、素材を使って外へ取り出せる。それはブルジョワにとって、啓示のような体験だったといいます。

見習い期間を終えた後も、調香師と講師としてサンキエム サンスに残りました。在籍期間の記録には2011年までと2012年までの差がありますが、約10年にわたり、学ぶことと教えることの双方に取り組んでいます。

ポートフォリオのない調香師の最初の一歩

独立を考えた当初、ブルジョワは香料創作会社へ就職するつもりでした。しかし、周囲からは型にはまらない経歴だと言われたといいます。

2012年、マルティーヌ・ドニゾ(Martine Denisot)とフレアを設立。約半年後にはベヘゲルも加わりました。

最初の商業作として本人が挙げるのが、ジョヴォイ(Jovoy)の「ルージュ アサシン(Rouge Assassin、2012年)」です。作品集を持たず、人前へ出るのも得意ではなかったブルジョワは、勇気を出して創業者フランソワ・エナン(François Hénin)を訪ねました。

エニンから出された題材は、1920年代のフレンチカンカンの踊り子たち。ブルジョワは「キャサリン」という開発名を付けた香りを持ち込みます。提案を気に入ったエニンは、それが自分の娘の名前でもあると明かしました。

偶然の一致と、香りを通じた会話。ルージュ アサシンは、作品だけでなく、人との出会いによって仕事が開けていくことを教えた香水でもあったのでしょう。

フレアという場所

フレアは、独立したブランドと直接やり取りしながら香りを作るスタジオへ成長しました。ブルジョワは、その関係が続く理由を次のように説明しています。

「仲介者を介さず、ブランドと直接仕事をしているからかもしれません。耳を傾けることがとても大切ですが、一緒に過ごす時間も大切です。」

アメリ・ブルジョワ、パルフミスタのインタビューより(2020年)

明確な題材を持ち込むブランドもあれば、対話を重ねながら、好む香りや目指す世界を見つけるブランドもあります。一律の手順を当てはめず、相手に合わせて距離を作っていく仕事です。

ブルジョワとベヘゲルは、同じ依頼にそれぞれ提案を出すこともあるといいます。競い合いながらも、一方の成功を二人で喜ぶ関係です。二人が関わったブランドでも、個々の作品を担当した人が同じとは限りません。

フレアの公式紹介では、ブルジョワは細部の調和を求める人、ベヘゲルは都市の感覚や意外な不協和を楽しむ人として描かれています。違いがあるからこそ、同じスタジオから多様な香りが生まれるのでしょう。

現在の公式チームページには、カミーユ・シュマルダン(Camille Chemardin)、マルゴー・ル・パイユ=ゲラン(Margaux Le Paih-Guérin)ら、他の調香師も紹介されています。二人から始まった制作の場は、複数の感性が働く場所へ広がっています。

創作哲学と、好む素材

文学から届く香りの手がかり

ブルジョワは、旅や自然、人生の場面から着想を得ると語る一方、2020年のインタビューでは、特に歴史と文学に惹かれると話しています。

「文学の中へ身を沈めると、アイデアは自然に浮かんできます。」

アメリ・ブルジョワ、パルフミスタのインタビューより(2020年)

調べる対象は文学に限らず、書や地理へ広がることもあります。作品が描く物語を読み、そこにどんな質感や空気があるかを考える。その時間が、香りの構成へつながっています。

ただし、物語の説明だけで香水が成立するわけではありません。冒頭で語ったように、最後には、香りそのものが人の心を動かすことを求めています。

アイリスとアンブロキサン

好む素材として挙げるのがアイリスです。幼い頃の麦畑や収穫を思い出させる、個人的な記憶に結びつく香りだといいます。

アンブロキサン(Ambroxan)には、人の肌や汗を思わせる親密な印象を感じています。また、アンダーセン ビューティのインタビューでは、イモーテルとアンブロキサン、シプリオールとカシュメラン(Cashmeran)の組み合わせを好むと答えました。

イモーテルを好きな素材に挙げる一方、ジャスミン サンバックは苦手だとも明かしています。自然の花なら何でも好むのではなく、一つひとつの素材に、はっきりした感覚を持っているのです。

2020年には、香水の傾向として、自然な表現や簡素な花の香り、コロンへの回帰を予想していました。これはその時点での本人の見通しであり、その後の市場全体を断定するものではありません。

代表作とその背景

ルージュ アサシン──口紅の官能

ルージュ アサシンは、1920年代の舞台や踊り子を題材に、口紅を思わせる粉っぽい官能性を表現した作品です。

華やかな女性像を描きながら、ブルジョワが親しむアイリスの感覚とも結びついています。農村の記憶だけに作風を限定せず、歴史や装いの情景へ感性を広げた初期の仕事です。

フラパン──土地と文学を語るスタジオの仕事

フラパン(Frapin)の「パラディ ペルデュ(Paradis Perdu、2013年)」は、失われた楽園を意味する作品です。土地や植物の印象を香りへ移すブルジョワの仕事として、香水店のプロフィールにも紹介されています。

フレアは同ブランドの「ネヴァーモア(Nevermore、2014年)」や「ラスカリーナ(Laskarina、2017年)」にも関わりました。ただし、これらはベヘゲルの作品としてクレジットされています。

ネヴァーモアの題材は、エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)の詩「大鴉」と、ポーの墓へバラとコニャックを供えた匿名の訪問者の逸話です。訪問日は1月19日、ポーの誕生日でした。冷たいバラやスパイスを使った表現に、文学を香りへ変えるスタジオの姿勢が見えます。

同じ場所で生まれた作品でも、作家の名義を分けて見ると、フレアの中にある感性の違いがよくわかります。

ムッシュー ベチバー──旅の風景を組み立てる

ユヌ ニュイ ノマド(Une Nuit Nomade)の「ムッシュー ベチバー(Mr. Vetiver、2015年)」では、バリの田園にいる男性を思わせるイメージが語られています。ベチバーとアイリスを通して、人物と風景を一緒に描いた作品です。

同ブランドの「スマ オリエンタル(Suma Oriental、2015年)」も、ブルジョワとベヘゲルの仕事としてデータベースに掲載されています。スタジオの共同インタビューでは、両者が個別の作品を担当する制作方法にも触れています。

ルージュ スモーキング──新しい協働へ

ビーディーケー パルファム(BDK Parfums)の「ルージュ スモーキング(Rouge Smoking、2018年)」は、ブルジョワを代表する作品の一つです。パリの夜や装いを連想させる物語に、チェリー、柔らかな甘さ、粉っぽい質感が重なります。

2024年には「ルージュ スモーキング エクストレ(Rouge Smoking Extrait)」が登場しました。マルゴー・ル・パイユ=ゲランとの共同制作で、元の香りをより濃密な方向へ発展させています。

リキッド イマジネール(Les Liquides Imaginaires)の「フルール ド サーブル(Fleur de Sable、2019年)」や「ベート ユメーヌ(Bête Humaine、2021年)」、レ ゾー プリモディアル(Les Eaux Primordiales)の作品など、ブランドごとに異なる物語を受け止める仕事も続いています。

憧れの調香師と仕事をする

父に贈ったデクラレーションの調香師は、ジャン=クロード・エレナ(Jean-Claude Ellena)でした。ブルジョワは、その出会い以来、エレナに会いたいと思い続けたといいます。

後年、ル クヴォン(Le Couvent)で、エレナが関わる制作に参加する機会を得ました。自分を香水へ導いた作品の作者と、今度は同じ仕事の場に立つ。その経験を、本人はとても光栄だったと振り返っています。

ちなみに…

ブルジョワは今も乗馬を楽しんでいます。2020年には2頭の牝馬を持ち、乗馬に使える時間が自分にとっての贅沢だと話していました。フレアのプロフィールには、一人で、あるいは二人の息子と、ピレネーのガヴァルニー圏谷を歩く姿も紹介されています。

好きな色は赤。心が安らぐ香水として、資生堂(Shiseido)の「フェミニテ デュ ボワ(Féminité du Bois)」を挙げています。食べ物では焼き菓子やお菓子を無性に食べたくなることがあり、好きな飲み物はブラッディ マリーだそうです。

好きな時間帯は、暖炉のそばでワインを飲む夕方。ドルセー(D’ORSAY)のインタビューで語られた言葉には、仕事を離れた穏やかな場面が浮かびます。

香水を作っていなければ農業をしてみたかったとも話しています。職業は変わっても、土や植物、馬と過ごす時間は、今の創作と地続きなのです。

調香作品

代表的な作品を掲載します。「—」は参照資料で他の調香師の記載がない作品です。創作監修は共同調香と区別しています。

年 ブランド 作品名 共同調香師・監修
2012 ジョヴォイ ルージュ アサシン —
2012/2013 ヴォルネイ(Volnay) エトワール ドール(Étoile d’Or) —
2013 メンディットローザ(Mendittorosa) サウス(South) —
2013 ヴォルネイ ブリュム ディヴェール(Brume d’Hiver) —
2013 ヴォルネイ ヤパナ(Yapana) —
2013 フラパン パラディ ペルデュ —
2014 ドルセー アル キミア アンブル エ ムスク(Al-Kimiya – Ambre et Musc) —
2014 ドルセー アル キミア ウード エ ボワ(Al-Kimiya – Oud et Bois) —
2015 ユヌ ニュイ ノマド ムッシュー ベチバー —
2015 ユヌ ニュイ ノマド スマ オリエンタル アン=ソフィー・ベヘゲル(資料上の共同クレジット)
2015 オリベール(Olibere) ミッドナイト スピリット(Midnight Spirit) —
2015 オリベール イル ミオ セグレト(Il Mio Segreto) —
2015 ルーム1015(Room 1015) アトラメンタル(Atramental) アン=ソフィー・ベヘゲル
2016 アレクサンドル ジェイ(Alexandre.J) マンダリン スルタン(Mandarine Sultane) —
2016 ヴォルネイ アンブル ド シアム(Ambre de Siam) —
2016 フィーリット(FiiLiT) イリダ キクラデス(Irida – Cyclades) —
2017 ナインティーン シックスティナイン(19-69) クロニック(Chronic) —
2017 ナインティーン シックスティナイン カプリ(Capri) —
2017 ナインティーン シックスティナイン チャイニーズ タバコ(Chinese Tobacco) —
2017 ローケストル パルファン(L’Orchestre Parfum) フラメンコ ネロリ(Flamenco Néroli) フレア共同制作として紹介される作品
2017 ローケストル パルファン アンサン アサクサ(Encens Asakusa) フレア共同制作として紹介される作品
2018 ビーディーケー パルファム ルージュ スモーキング —
2019 ル クヴォン エリアカ(Heliaca) ジャン=クロード・エレナ(創作監修)
2019 ル クヴォン キトノス(Kythnos) ジャン=クロード・エレナ(創作監修)
2019 リキッド イマジネール フルール ド サーブル —
2019 レ ゾー プリモディアル アンブル(Ambre/Ambre Superfluide) アルノー・プーラン(Arnaud Poulain)との協働
2020 オブヴィアス(Obvious) ユヌ ヴェルヴェーヌ(Une Verveine) —
2021 リキッド イマジネール ベート ユメーヌ —
2021 ソラ ドラ(Sora Dora) カメル ウード(Kamel Oud) フレアによる制作
2022 ヴェルサティル パリ(Versatile Paris) リタル デート(Rital Date) —
2022 レ ゾー プリモディアル セードル(Cèdre) アルノー・プーランとの協働
2022 アレクサンドル ジェイ オリエンタル エニグマ(Oriental Enigma) —
2023 ボーントゥスタンドアウト(Borntostandout) シン&プレジャー(Sin & Pleasure) —
2024 ビーディーケー パルファム ルージュ スモーキング エクストレ マルゴー・ル・パイユ=ゲラン
2024 レ ゾー プリモディアル アンブル エクストレ(Ambre Extrait de Parfum) アルノー・プーランとの協働
2024 ソラ ドラ イロプ(Ylop) フレアによる制作
2025 パルファム ドゥ マルリー(Parfums de Marly) カリオス(Carios) —
年の記載に差あり ヴェルサティル パリ グール ド ボワ(Gueule de Bois)/アクロディジアック(Accrodisiaque) —

参考文献