PIGMENTARIUM(ピグメンタリウム)— プラハの文化を香りにする、チェコ発の香水ブランド

PIGMENTARIUM(ピグメンタリウム)のAd Libitum 50mlボトルと、プラハの文化を香りにという紹介文 ブランド創業者

「私たちは香水づくりをアートとして捉えている。」

— トマーシュ・リック(創設者)

透明な円筒形のボトルに、濃い茶色の木のキャップ。ガラスに直接置かれた文字が、淡い金色の液体と重なる。PIGMENTARIUM(ピグメンタリウム)の〈Ad Libitum〉には、プラハの建築やデザインへの関心が、香りと容器の両方に表れている。

2018年にチェコの首都プラハで始まったこのブランドを率いるのは、トマーシュ・リックである。経済学を学んだ彼は、調香の才能を持つ友人との出会いをきっかけに、香水を仕事にした。以来、ファッションデザイナー、彫刻家、フランスの調香師との対話から作品を生み出してきた。その歩みをたどると、チェコの文化を背景に持ちながら、外からの視点にも開かれたものづくりが見えてくる。

基本情報

  • 創設年:2018年
  • 創設者:Tomáš Ric(トマーシュ・リック)。創業期は調香師Jakub F. Hiermann(ヤクブ・F・ヒエルマン)と協働
  • 拠点:プラハ、チェコ
  • 主な製品:香水、お香、香炉などのインテリアオブジェ
  • 日本での展開:2025年にモリヤマが正規代理店契約を発表。EDIT(h)の店舗・公式通販などで取り扱い

創設者とブランドの成り立ち

経済学と写真の間で、香水という仕事を見つける

リックはプラハへ移った際、経済学を学ぶか、写真を学ぶかで迷った。

「結局は現実的な選択をしましたが、創作への思いは消えませんでした。」

— トマーシュ・リック

経済とファッションの分野で得た経験は、のちに香水を一つのブランドとして形にする仕事へつながっていく。

創業時の彼は23歳で、大学の修士課程を終えようとしていた。貯めていた資金を最初の香水へ投じた。それまで美容業界の事業について知識があったわけではなく、香水の美しさと、そこに広がる表現の可能性に惹かれて踏み出したのである。

起業したいという思いはあっても、香水という仕事を選ぶ決め手になったのは、ヤクブ・F・ヒエルマンとの出会いだった。リックは、その才能に出会わなければ、別の分野へ進んでいただろうと語っている。事業を作る側の視点と、香りを作る側の視点が結びついたことが、ブランドの出発点である。

ヤクブの個人的な香水から、最初の〈Ad Libitum〉へ

ヤクブにとって、幼いころの香りの記憶には、祖母が使っていたゲランの〈Shalimar〉があった。ロンドンに暮らしていた時期に調香の講座を受け、趣味として香水を作り始める。友人のために作った香りも含めて、その試みが仕事へと育っていった。

2018年に発表された最初の作品〈Ad Libitum〉は、もともとヤクブが自分のために作った香水だった。創業期、ヤクブは香りを作り、リックはその香りに視覚表現や物語の文脈を与えた。

「私の頭の中にあるのは、計画や段取り、打ち合わせ。ヤクブの頭にあるのは、香りや色、夢なんです。」

— トマーシュ・リック

対照的な二人は、ブランドで大切にする価値観を共有していた。それぞれの得意なことを持ち寄る関係が、最初の一本をブランドへと育てたのである。

ブランド名も、その感覚を表している。リックはラテン語と色彩を手がかりに名づけたと説明する。香りは目に見えないが、色、文字、写真、空間と結びつければ、その作品が向かう世界を伝えられる。PIGMENTARIUMが当初から香水と視覚表現を一緒に考えてきた理由が、ここにある。

少量生産から、チェコの職人と海外の売り場へ

最初から、生産体制が整っていたわけではない。ガラスや磁器の伝統を持つチェコでも、二人が香水を作るための体制は、一から築く必要があった。資金が限られ、発注も数百個規模だったため、引き受けてくれる製造先を探すことが大きな課題になった。

そこで関係を築いたのが、地元の職人や家族経営の工房である。小さな発注から対話を重ね、箱や印刷、容器の要素を組み立てていった。初期の少量生産という条件が、作り手と直接関わるものづくりにつながった点は、このブランドを理解するうえで重要である。

チェコの顧客がまずブランドを支え、繰り返し購入してくれたことは、リックにとって香水の品質が受け入れられた手応えとなった。一方で、海外への展開も初めから視野にあった。2022年初めには、すでにアムステルダムやパリなどに販売先を持ち、同じ考え方を共有できる相手を探していた。地元の支えと国外の協力者が、並行してブランドを育てたのである。

テオ・ベルマスとの出会いで、プラハを見直す

次の転機となったのが、パリを拠点にするフランスの調香師Théo Belmas(テオ・ベルマス)との協働である。リックは新たな調香師を探す際、当初はプラハの空気を自然に知る人を求めていた。チェコの外から調香師を迎えることを考えたとき、頭を離れなかった問いがある。

「それでも、PIGMENTARIUMと言えるのだろうか?」

— トマーシュ・リック

やがて、その条件をいったん離れ、記憶に残っていたテオへInstagramで連絡した。会話を重ねると関係はすぐに進み、テオはプラハを訪れることになる。

二人が歩いた街には、リックが学生時代に通った教会もあった。通りのにぎわいから一歩入ると、香、古い木、石の冷たさに包まれ、窓から冬の光が差し込む。その体験が、2023年秋に発表された〈Oratorio〉の出発点となった。住み慣れた街を訪問者と見ることが、香りの新しい題材を開いたのである。

2025年の〈Brutal〉では、1970〜80年代のチェコのブルータリズム建築に、ファッションやバーの文化を重ねた。ダヴィド・シェフチークが着想に関わり、テオとの制作には14か月をかけた。初期のモダニズムへの関心を引き継ぎながら、より新しい時代のプラハへと目を向けた作品である。

日本での展開と、二つの言語を持つ限定ボトル

日本では2025年9月、モリヤマが正規代理店契約と国内展開を発表した。EDIT(h)天神店での先行販売に続き、伊勢丹新宿店のサロン ド パルファンでも紹介された。チェコ発の独立した香水ブランドに、国内で触れる機会が広がった時期である。

2026年10月5日には、東京で日本向けの〈Aereo〉限定エディションが披露された。制作を共にしたのは、Mi-Kaの名でも活動するチェコのアーティスト、Michaela Fenkl(ミハエラ・フェンクル)。2023年の〈Paradiso〉に続く協働であり、今回は日本への移住という彼女自身の歩みとも重なっている。

50mlのボトルと箱には「Silence, Half Spoken」という詩を取り入れ、日本語とチェコ語を並べた。英語を介さず、二つの文化の間に作品を置く選択である。販売地域が増えるだけでなく、現地との関係が容器の表現にも入ってくる。この限定版には、PIGMENTARIUMが協働によって姿を変えていく様子が表れている。

ブランドのこだわり

建築の題材を、異なる香りの構成へ移す

〈Ad Libitum〉は、プラハの機能主義建築を背景に、古典的なシプレの構成を現代へ引き寄せた作品である。現行の公式情報では、タンジェリン、ベルガモット、アルデヒドから、シダー、ジャスミン、ネロリへ進み、オークモス、ムスク、パチョリを置く。明るい柑橘と、苔や土を思わせる基調の対比に注目すると、端正なボトルと香りの狙いを一緒に考えられる。

同じ建築への関心でも、〈Brutal〉が扱う時代と素材は異なる。公式ノートには、ネグローニとブラックコーヒーのアコード、チュベローズ、タバコ、アンバー、サンダルウッドが並ぶ。アコードは複数の香料で作る香りのまとまりであり、飲み物そのものを配合したという意味ではない。

ここを評価したい。街の景観だけでなく、そこにある飲み物や花、夜の社交まで題材に含めることで、建築というテーマに幅を持たせている。〈Ad Libitum〉と〈Brutal〉を比べるなら、柑橘と苔の対比を軸にしたいか、コーヒーや酒の印象に花を重ねる構成に惹かれるかが、入口になる。

個人の記憶から生まれた〈Genesis〉

〈Genesis〉は、彫刻家Tereza Štětinová(テレザ・シュチェティノヴァ)のために2020年に作られた香水から始まった。彼女が託したのは、幼少期の夏の庭の記憶と、海への憧れである。個人的な依頼として作られた香りは、作品の展示を経て、2022年に一般へ発売された。

制作時、彼女は柑橘を避けたいと希望した。そこで、レモンを思わせる印象を作るためにヴァーベナを選び、青リンゴやスズラン、イチジクの葉などを組み合わせたという。現行の公式ノートにも、ヴァーベナ、スズラン、青リンゴ、イチジクの葉が記されている。

注目したいのは、夏や海という題材を、庭の植物の記憶へ引き寄せていることだ。〈Ad Libitum〉と同じく明るさを求めるときでも、〈Genesis〉では柑橘より葉やハーブの表現に目を向けたい。爽やかさの種類を選び分ける手がかりになる。

〈Oratorio〉の冷たさと光、〈Aereo〉の静けさ

〈Oratorio〉は、教会の静けさと、街の活気や光の対比を香りに置いている。マンダリンとネロリの明るさに、オリバナム、シダー、ジャスミンを合わせ、基調にはパチョリとオポポナックスを使う。オリバナムはフランキンセンスとも呼ばれる香の樹脂、オポポナックスは甘さを持つ樹脂系の香料である。

香の題材に惹かれる人も、樹脂の暗さや重さだけを期待するより、柑橘や花をどう組み合わせているかに注目すると、この作品の狙いに近づける。教会に差し込む光という体験が、素材の対比につながっている点が興味深い。

2026年の〈Aereo〉は、静けさを異なる方法で扱う。カシュメランを中心に、ピンクペッパーとミルラを置いた構成である。多くの素材を並べて景観を描く作品と比べると、少数の要素に焦点を絞った表現である。街の文化から出発したブランドの中に、落ち着きや余白を求める方向も育っている。

文字、木のキャップ、手で組み立てる紙箱

視覚表現にも、チェコとのつながりがある。ブランドの書体はチェコの紙幣から、ロゴはプラハの屋根や塔の景観から着想を得ている。文字と記号に土地の記憶を持たせ、それを円筒形のボトルに置いているのである。

〈Ad Libitum〉の容器は、透明なガラスと木のキャップの組み合わせである。液体の色を隠さず、直接印刷した文字が重なる。紙箱の制作には、プラハの家族経営の工房Studio Činčeraが関わってきた。現在の公式方針でも、チェコの職人による印刷や、手で折る箱などがものづくりの要素として挙げられている。

香りの物語は容器を開ける前から始まる。建築や芸術への関心を、写真だけでなく、ガラス、木、紙の手触りへ移している点に、このブランドらしさがある。

香水から、お香と香炉へ広がるものづくり

PIGMENTARIUMは、肌につける香水に加えて、空間へ香りを置くためのお香や香炉も扱う。磁器作家Daniel Piršč(ダニエル・ピルシュチ)との香炉など、香りを使う道具そのものを作品として考えてきた。

生産地は製品に応じて異なる。公式方針では、香水はプラハのラボで生まれ、お香はスリランカの小さな家族経営の工房が担う。お香の工房は、実際に訪問したうえで選んだという。チェコの工芸を大切にしながら、別の土地の技術も取り入れる。香りと道具を一緒に作る姿勢が、身につけるものから部屋で過ごす時間へと広がっている。

プラハの職人、旅先の工房、調香師や芸術家との関係が、PIGMENTARIUMのものづくりを支えている。

「PIGMENTARIUMそのものが、友情と尊敬、そして共に創る喜びの物語なのです。」

— トマーシュ・リック

ちなみに…

〈Azabache〉は、プレイリストと二つの試作から始まった

2021年の〈Azabache〉は、パリを拠点にするファッションデザイナー、アルトゥロ・オベゲロとの協働だった。制作はパンデミック下に始まり、連絡はInstagramやZoomが中心。オベゲロは、着想を詳しく書いた資料とプレイリストを送り、二人と共有した。

薔薇を中心にすることを決めると、ヤクブは異なる二つの試作をパリへ送った。直接会えたのは、やり取りを始めてから約半年後、ボトルを届けたときだったという。服と香水を結ぶ仕事が、会う前から音楽と言葉、香りの往復によって進んでいた。作品の背景を伝えるというリックの役割が、よく分かる制作談である。

参考文献

  1. PIGMENTARIUM:VALUES — 創設年、創設者、芸術と工芸への方針、製品ごとの生産地 — https://www.pigmentarium.com/en/pages/values
  2. DSCENE:創業期の二人へのインタビュー(2021年7月29日)— 調香の学び、香りの記憶、少量生産の課題 — https://www.designscene.net/2021/07/dscene-interview-pigmentarium.html
  3. Here & There:PIGMENTARIUMへの取材 — 初期の役割、ブランド名、書体とロゴ、包装の工房 — https://www.hereandthereseries.com/pigmentarium
  4. Harper’s Bazaar Czech:トマーシュ・リックへのインタビュー(2022年1月8日)— 出会い、海外展開、Azabacheの制作 — https://harpersbazaar.cz/hblovers/tomas-ric-velmi-rychle-jsem-poznal-ze-je-tvorba-parfemu-neco-vyjimecneho/
  5. Fucking Young!:Genesisの制作に関する取材(2022年6月1日)— Ad Libitumの起源、芸術家の依頼、素材の選択 — https://fuckingyoung.es/pigmentariums-genesis-has-us-ready-for-summer-and-new-beginnings/
  6. Aus Liebe zum Duft:トマーシュ・リックへのインタビュー(2023年10月24日)— 経済学と写真の選択、地元の顧客 — https://www.alzd.de/en/2023/10/24/interview-with-pigmentariums-founder-tomas-ric-niche-fragrances-from-prague/
  7. HUNGER:トマーシュ・リックへのインタビュー(2025年11月19日)— 創業時の学業と資金、香水をアートと捉える姿勢、香炉 — https://hungermag.com/beauty/pigmentarium-is-turning-pragues-culture-into-perfume
  8. PIGMENTARIUM:ORATORIO: BEHIND THE SCENES — リック自身が記した調香師との出会い、プラハでの体験、2023年秋の発表 — https://www.pigmentarium.com/en/blogs/news/oratorio-behind-the-scenes
  9. MAGPAPER:トマーシュ・リックへのインタビュー — Brutalの着想、協働、制作期間 — https://www.magpaper.digital/magpaper/pigmentarium-the-journey-of-a-czech-niche-perfume-brand
  10. モリヤマ:日本でのブランド展開のプレスリリース(2025年9月26日)— 正規代理店契約、EDIT(h)天神店、サロン ド パルファン — https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000015.000101918.html
  11. PIGMENTARIUM:AEREO LIMITED EDITION FOR JAPAN(2026年)— 東京での披露、Mi-Kaとの協働、限定ボトルの詩 — https://www.pigmentarium.com/en/blogs/news/aereo-limited-edition-for-japan
  12. Perfume Lounge:2026年のPIGMENTARIUMイベント案内 — Aereoの発売時期 — https://www.perfumelounge.eu/pigmentarium-fragrances-and-event-2026
  13. PIGMENTARIUM:Ad Libitum — 現行の香りの構成と容器 — https://www.pigmentarium.com/en/products/ad-libitum
  14. PIGMENTARIUM:Genesis — 現行の香りの構成 — https://www.pigmentarium.com/en/products/genesis
  15. PIGMENTARIUM:Oratorio — 現行の香りの構成と題材 — https://www.pigmentarium.com/products/oratorio
  16. PIGMENTARIUM:Brutal — 現行の香りの構成 — https://www.pigmentarium.com/products/brutal
  17. PIGMENTARIUM:Aereo — 現行の香りの構成 — https://www.pigmentarium.com/products/aereo
  18. PIGMENTARIUM:RETAILERS — 現行の日本の取り扱い店舗 — https://www.pigmentarium.com/en/pages/retailers
  19. EDIT(h)公式通販:PIGMENTARIUM — 現行の国内取り扱い — https://shop.edithtokyo.com/?gid=3127232&mode=grp