Tiziana Terenzi(ティツィアーナ テレンツィ)― ろうそくの雫から生まれた、炎と記憶の香り

ティツィアーナ テレンツィの世界観と代表製品「Kirké」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「私たちはよく、蝋の雫の中から生まれ、香りの雫の中で育ったと言います。家族からは古き職人の技を学びました。子どもの頃、あらゆる香りを嗅ぎ分け、目隠しをしながら香りを当てるゲームをすることが当たり前でした。大人になってから気づいたのです——それは三世代にわたって受け継がれてきた、調香師の技を教わっていたということに。」

——ティツィアーナ・テレンツィ(ロフィシエル モナコ(L’Officiel Monaco) インタビューより)

基本情報

設立: 2012年(前身となるキャンドル事業は1968年創業)

創設者: ティツィアーナ・テレンツィ(姉・アーティスティックディレクター)/ パオロ・テレンツィ(弟・調香師)

本拠地: イタリア・リミニ県カットーリカ(Cattolica, Rimini)

公式サイト: https://tizianaterenzi.com/en/

創設者・ブランドの成り立ち

1400年に遡るテレンツィ家の歴史

ティツィアーナ テレンツィの物語を語るには、遥か15世紀まで時計の針を戻す必要がある。テレンツィ家のルーツは、1400年代にカットーリカの地に生きたガブリエーレ・テレンツィにまで遡る。以来この一族は、指導者、探検家、発明家、騎兵将校、音楽家、詩人など多種多様な分野でその名を刻んできた家系である。

祖父グリエルモ:香りの世界への最初の一歩(1950年代)

テレンツィ家が香りの世界と交わったのは、ティツィアーナとパオロの祖父、グリエルモ・テレンツィ(Guglielmo Terenzi)の時代からである。1950年代、グリエルモは地元の教会向けに礼拝用(奉献用)キャンドルの製造を開始した。 バチカンや各地の教会へキャンドルを届けるその仕事は、香りとの深い関わりの始まりだった。

後にパオロは祖父についてこう語っている。

「祖父のグリエルモは、私に香りのすべてを教えてくれた。彼は私の師であり、スタイルの永遠の手本でした。」

——パオロ・テレンツィ(ロフィシエル モナコ(L’Officiel Monaco) インタビューより)

父エヴェリーノ:16㎡の工房から欧州市場へ(1968年〜)

グリエルモの息子、エヴェリーノ・テレンツィ(Evelino Terenzi)は父の仕事を引き継ぎ、1968年、妻ルイジア・マンチーニとともに「チェレリア テレンツィ(Cereria Terenzi)」として会社を正式に設立した。当初の工房はわずか16㎡という小さな空間だったが、そこからひとつの歴史が動き始める。

エヴェリーノが特筆すべき革新を起こしたのは、植物原料を使ったケーキ用ろうそくの発明だった。この発明によりチェレリア テレンツィは急速に成長し、ヨーロッパ市場において9割を超えるシェアを獲得するほどのキャンドルメーカーへと躍進した。 エヴェリーノはまた、熟練した船乗りとして知られた大の海好きでもあり、後のコレクションにも強く影響を与えることになる。

エヴェリーノは子どもたちに起業家精神と自由な生き方を身をもって示し、その生き様を英才教育として与えた。

姉弟の幼少期:目隠しゲームという「調香師の修行」

ティツィアーナとパオロは幼い頃から、祖父グリエルモのもとで特別な遊びを楽しんでいた。それは「目隠しをして香りを言い当てる」というゲームだった。当時は単なる子どもの遊びだと思っていた姉弟は、後になって初めて気づく——それが三世代にわたって受け継がれてきた調香師の嗅覚訓練そのものだったことを。

「子どものころ、周りのあらゆるものを嗅いで、目隠しをしながら香りを覚える遊びをしていました。祖父が私たちと一緒にやっていたゲームです。普通の子どもの遊びだと思っていたけれど、大きくなってから、私たちは三世代にわたって受け継がれてきた調香の技を教わっていたと分かったのです。」

——ティツィアーナ・テレンツィ(ロフィシエル モナコ(L’Officiel Monaco) インタビューより)

パオロの「ボヘミアン時代」と転機

弟のパオロは、若い頃、いわばボヘミアンな人生を歩んでいた。ギタリストとして街頭や大きな劇場でギターを弾きながら、世界中を旅した日々。法学と哲学の学位を取りながら、化学と物理の研究にも手を広げ、先の見えない自由な生活を送っていた。

しかしそんな彼の耳には、常に「家族の音楽」が鳴り響いていたという。パオロは25歳のときに香りが自分の本当の道だと悟り、調香師としての歩みを本格的に始める。 その後パオロは厳格に化学と嗅覚の芸術を学び直し、アクア ディ パルマ(Acqua di Parma)、ディオール(Dior)、グッチ(Gucci)、フェラガモ(Ferragamo)、ヴェルサーチェ(Versace)などの有名ブランド向けにフレグランスキャンドルを手がけるまでになった。

「私はずっと子どもの頃から香りに夢中でした。姉のティツィアーナと一緒に育ったあの環境が、私たちの香りへの執着を生み出した。まさにキャンドルの中に生まれ、香りの中で泳いでいたのです!私はクレイジーな少年で、あらゆる経験を求めて世界中を旅しました。路上や大きな劇場でギターを弾き、ボヘミアンな生活を送っていました。…でもある瞬間、これが自分の道だと分かったのです。25歳のときで、それ以来、香りと感情を通じてこの職人の仕事を愛し続けています。」

——パオロ・テレンツィ(ロフィシエル モナコ(L’Officiel Monaco) インタビューより)

姉ティツィアーナ:ジュエリーデザイナーとして培った審美眼

一方の姉、ティツィアーナは芸術系の教育を受け、ジュエリーデザイナーとして成功を収めた。 彼女の卓越した審美眼とデザイン感覚は、後にブランドのボトルやパッケージという形で香水の世界に鮮やかに生きることになる。

「家族は私が人生で何をやりたいかを自由に選ばせてくれました。それには今でも感謝しています。私はジュエリーの芸術を学ぶことを選んだけれど、香りはすでに私の心と頭の中にありました。今は、オブジェのデザインとパッケージ、そしてその中に宿る嗅覚の物語——すべての情熱を仕事の中でひとつの一貫した物語として語れています。」

——ティツィアーナ・テレンツィ(ロフィシエル モナコ(L’Officiel Monaco) インタビューより)

2012年:姉弟の集結とブランドの誕生

それぞれの道を歩んでいた二人が父エヴェリーノのもとに集結し、2012年、イタリア・カットーリカにて「Tiziana Terenzi(ティツィアーナ テレンツィ)」というフレグランスブランドが誕生した。 ティツィアーナがクリエイティブとビジュアルを統括し、パオロがすべての香りを創作するという役割分担で、家業のキャンドルメーカーとしての遺産をまったく新しい形に昇華させたのである。

姉弟の共同作業は緊張感とともにある、とパオロは率直に語る。

「ティツィアーナと常に一緒に働き、仕事も創作もプライベートもすべてを共有しています。最大の挑戦は、常に彼女のクリエイティブな感性を満足させることです。意見が合わないことも多く、毎日真剣な対話があります。ティツィアーナは私のモチベーションであり、同時に最も難しい挑戦でもあるのです。」

——パオロ・テレンツィ(ロフィシエル モナコ(L’Officiel Monaco) インタビューより)

ブランドのこだわり

哲学:不完全な美しさこそ、人生そのもの

ティツィアーナ テレンツィの香りづくりには、明確な哲学がある。それは「人生は美しいが、完璧ではない」という確信だ。 パオロはこう語る。

「旅、情景の変化、人生の瞬間、あの頃感じた気持ち、感情——それらがすべてティツィアーナ テレンツィのラインを作る際のインスピレーションです。香りを使って感情を奏でようとしています。人生は美しいが、完璧ではない。だから私の香りも、美しくあれど完璧ではない。完璧は退屈だと思うから。」

——パオロ・テレンツィ(スタイル オブ ユーラシア(Style of Eurasia) インタビューより)

香りは旅の途中で仲間や家族と炎を囲んで分かち合った感情、人生経験から生まれる。 ブランドのメッセージには「魂が美しさに楽しまれ、一瞬が永遠となる、あの特別な時間」を香りとして閉じ込めるという思いが込められている。

香料へのこだわり:季節と天候に従う素材

ティツィアーナ テレンツィの香りに使われる素材は、天然由来の希少な原料にこだわり、複数の遠方の国々から調達される。 重要なのは、これらの原料が市場の論理ではなく、自然の法則(天候・季節)によって生産量が左右されるため、コマーシャルな大量生産に応じられないことを誇りとしている点だ。

ティツィアーナは「イタリア料理がソースやクリームで味を補正しないように、私たちの香りも素材が命」と語り、三世代にわたって築いてきた世界各地の農家とのネットワークを活用してオリジナル香料を開発している。 本物のアンバーやムスクといった希少素材も保有するという。

主な香水はエキストレドパルファム(Extrait de Parfum:香料の抽出物、高濃度のフレグランス)として展開されており、賦香率が30%前後と紹介される高濃度の作品もある。ただし濃度は作品によって異なり、一般的なエキストレドパルファムの一律「約2倍」とはいえない。

ボトル・パッケージ:「アートワークは妥協を許さない」

ティツィアーナ テレンツィのボトルはアートオブジェとして設計されている。ジュエリーデザイナーとしての経歴を持つティツィアーナが、香りのストーリーと視覚的な表現を一貫させることを徹底している。

「ボトルだけでなく、ボックスも、すべての細部——ポンプのメカニズムに至るまで——最大限の注意と愛情を込めて選んでいます。なぜなら、アートワークは妥協を許さないから。生産はすべて手工芸。急ぐことなく、ゆっくりと時間をかけ、愛情を持って組み上げていく。なぜなら、品質は注意を必要とし、美しさは賞賛を受けるに値するから。」

——パオロ・テレンツィ(ロフィシエル モナコ(L’Officiel Monaco) インタビューより)

ボトルは黄金の装飾、彫刻的なストッパー、ベルベットのボックスなど、各コレクションのテーマに合わせて綿密にデザインされている。 パオロはデザインの一貫性について「香りのストーリーが、香水の美的な語り口にも反映されなければならない」と語っている。

全フレグランス、ユニセックス

ティツィアーナ テレンツィのすべての香りは男女の区別を持たないユニセックスとして展開される。 「彼のため」でも「彼女のため」でもなく、感情の共鳴を基準に作られるという姿勢は、香りを自己表現のツールと捉えるブランドの哲学を体現している。

香水ラインナップ

ティツィアーナ テレンツィのコレクションは複数のラインに分かれており、それぞれ独自のテーマとデザイン言語を持つ。

クラシック コレクション(Classic Collection)

ブランドの根幹をなすラインで、ゴールドボトルとブラックボトルの2種に大別される。 一部のボトルのキャップにはアペニン山脈産の高品質な木材を使用し、火の持つ象徴的な力と感情をテーマにした香りで構成される。 代表作として、ギリシャ神話の女神が宿るとされる森と砂丘の自然公園をイメージしたキルケー(Kirké)、ドロミテ山の雪の静寂を表現したホワイト ファイアー(White Fire)などが知られている。

ルナ コレクション(Luna Collection)

月と星座の神秘をテーマにした、このブランドの代名詞ともいえるシリーズ。 ボトルのストッパーには、レオナルド・ダ・ヴィンチによる月相研究からインスパイアされたバスリリーフ(浮き彫り)が施され、イタリアンジュエリーの技法が随所に取り入れられている。 ルナ コレクションはさらにルナ スターズ コレクション(Luna Stars Collection)へと発展し、各作品には星座や神話上の登場人物の名が冠せられている。アンドロメダ(Andromeda)、カシオペア(Cassiopea)、オリオン(Orion)、ウルサ(Ursa)などが代表作として挙げられる。

例えばオリオンは、パオロとティツィアーナが父や祖父とともに夏の夜にアドリア海へ船を出し、暗闇の中で祖父がオリオン座を指し示した思い出をもとに作られた香りである。

シー スターズ コレクション(Sea Stars Collection)

ティツィアーナが弟パオロの50歳の誕生日を祝うために制作した、愛情の込もったコレクション。 父エヴェリーノから受け継いだアドリア海への深い愛情と、海を愛した船乗りの父の記憶がベースになっている。 各ボトルの頂に黄金のヒトデ(sea star)のストッパーが置かれ、海洋や航海に関わる名がつけられている。 全コレクションの中でも特に高価なラインとして知られており、アトランティド(Atlantide)は香水瓶を実際の海水に沈めた容器に収めて展示・販売されるほどの凝り様である。

アニバーサリー コレクション(Anniversary Collection)

ブランドの哲学のうちで最も純粋主義的な表現といえるコレクション。 その年ごとに収穫された天然原料の個性を生かし、同じレシピでも毎年わずかに異なる顔を見せるのが特徴で、ヴィンテージワインのように各年版が独立したコレクターアイテムとなる。 各ボトルには生産年が刻まれており、生産量は限定される。 ブランドが掲げる、人工的な介入を避け「自然の純粋さ」を追求する姿勢が、アニバーサリー コレクションには最も強く現れている。代表作にビジア(Bigia)、イル ピアーチェレ(Il Piacere)、ヴィットリアーレ(Vittoriale)などがある。

ちなみに…

「炎」と「音楽」の二つのDNA
パオロはかつてプロのミュージシャンとしてギターを弾き、世界を旅していた。 その経験は音楽を作るように香りを構成するという独自のアプローチへと昇華されており、「香りは交響楽のように時間とともに展開する。一度嗅いだだけでは全体を理解できない」というパオロの信条に表れている。

日本上陸は2024年
世界のニッチフレグランス愛好家に支持されてきたティツィアーナ テレンツィが、日本に正式上陸したのは2024年6月18日。ノーズショップ(NOSE SHOP)麻布台、銀座、オンラインストアにて展開が開始された。 日本初上陸時は10種のラインアップで、価格帯はエキストレドパルファム100mlで44,000円〜110,000円(税込)という設定だった。

キャンドル事業との共存
フレグランスブランドとしてのティツィアーナ テレンツィと並行して、キャンドル事業も現在も継続している。しかも20%という高いフレグランス濃度をうたうキャンドルをラインナップしており、香りの世界との接点を今も守り続けている。

参考文献