ROGER & GALLET(ロジェ・ガレ)|二人の商人が受け継いだコロンと、暮らしのなかの香り

ROGER & GALLET(ロジェ・ガレ)。ジャンマリファリナのコロン100mLと香りつき石けん100gを、プリーツ紙と植物図案の背景に配置。

オーデコロンは小売で1リットル12フランで売れる
アルマン・ロジェ、1862年、シャルル・ガレに宛てた書簡

ROGER & GALLET(ロジェ・ガレ)の始まりには、香水事業を見定める商人の言葉が残っている。コロンを買い取り、工場でつくり、石けんや化粧用の粉へ香りを広げる。今日の身支度に寄り添うブランドは、二人の創業者とその家族が、処方、製造、店頭を一つの仕事として引き受けたところから育った。

基本情報

  • ブランド名:ROGER & GALLET(ロジェ・ガレ)
  • 創設者:Charles Armand Roger(シャルル・アルマン・ロジェ)、Charles Martial Gallet(シャルル・マルシャル・ガレ)
  • 創業:1862年、フランス・パリ
  • 出発点:ジャン・マリー・ファリナに始まるパリの香水事業と、オーデコロンの継承
  • 公式サイト:ロジェ・ガレ公式オンラインストア

創設者とブランドの成り立ち

帽子商と銀行家、それぞれの前職

アルマン・ロジェとシャルル・ガレは、ともにノルマンディーのヴィール出身である。ロジェの父は裕福な毛織物商であった。ロジェ自身はパリで帽子商となり、その後チリで財を成す。輸出商としてパリの香水業者とも取引があり、海外へ商品を届ける商売を通して、香水業に接していた。

ガレの父は食料品商を営んでいた。父の援助を受けて小さな銀行を始めたガレは、銀行網が急速に広がり競争が強まるなか、新たな事業機会を探していた。取引と販売を知るロジェ、銀行業を経験したガレが、すでに顧客と製品を持つ商売へ進んだのである。

ファリナの店と、コラス家を介した出会い

二人が受け継ぐ店は、1806年、ジャン・マリー・ジョゼフ・ファリナがパリで開いた香水店にさかのぼる。ブランドの公式史は、薬草を用いたアクア・ミラビリスの伝承を源流とし、ファリナが当時の蒸留技術を生かして、その水を香水へと発展させたと伝えている。1862年のロジェ・ガレ創業と、前身の店の歴史は、このようにつながっている。

1840年、ジャック・コラスが息子レオンスに事業を持たせるため、ファリナの店を買い取った。ロジェは1844年にコラリー・コラスと結婚し、ガレは1847年に、その姉妹オクタヴィーと結婚する。いとこ同士でもある二人は、義兄弟となり、コラス家の香水事業をともに担う関係へ進んだ。

1862年の取得に際し、ロジェはガレに、コロンの小売価格に対して原価は1リットル2.90フランだと伝えていた。冒頭の書簡は、著名な香りの継承を、原価と販売価格を持つ事業として検討していたことも示している。香りの来歴と、商売を成り立たせる判断が、同じ出発点にあった。

最初の年には、コラリーとオクタヴィーが交代で店頭に立った。1863年にはルヴァロワに蒸気機関を用いる工場を建て、生産を拡大する。家族が店で顧客を迎え、工場で商品をつくる体制であった。1885年には、ロジェの娘婿ポール・ペルランが経営を担うようになる。

コロンから、洗うこと、包むことへ

1879年、ロジェ・ガレの丸い香りつき石けんが登場した。長方形の石けんが一般的な時代に、手に取りやすい丸い形を選び、内部まで香りを含ませた。コロンを肌につける時間に、洗う時間も加わる。香りを使う場面そのものが広がったのである。

やがて香水の周囲には、ローション、石けん、化粧用の米粉など、同じ香りを楽しむ製品がそろう。容器や包装にも力を注ぎ、ルネ・ラリックが1923年に手がけた「Le Jade(ル・ジャド)」のように、ガラス工芸を取り入れたボトルも生み出した。香りは、手で持つ形や、贈り物として包まれた姿とともに届けられていた。

この視覚的な仕事は、1932年にフォーブール・サントノレ通りへ移った「ブティック・デュ・ボヌール」にも表れる。ミュシャ、イカール、ファビアーノらの洗練された図像が、香りの店の楽しさをつくった。コロンの瓶や丸い石けんに、色と絵柄が重なるロジェ・ガレの姿には、こうした包装とグラフィックの蓄積がある。

日々使う道具として、次の時代へ

第二次世界大戦後はオーデコロンへ事業の重心を置き、1950年代には浴室での日々の身支度へ、さらに広がっていった。2007年のボトル刷新では、デザイナーのマルタン・ゼケリと協働する。日常の道具を数多く手がけてきたゼケリは、自身のデザイン観について、こう述べている。

私は、日々の暮らしのなかで物がどう存在し、使われるのかを、絶えず考えている。
マルタン・ゼケリ

香りを収める瓶にも、手に取り、使い、身の回りに置く道具としての仕事がある。華やかな歴史を持つメゾンが、暮らしのなかの使いやすさへ向き合った協働であった。

その後も調香師との制作は続き、2017年には「エクストレ・ド・コロン」が生まれる。2020年6月29日には、ロレアルからImpalaへのブランド売却が完了した。2025年の「Vanille Soleil(バニラソレイユ)」など、新たな香りも加わっている。

ブランドのこだわり

最後まで使う、というところから考える

丸い石けんでは、形と香りの持たせ方が一緒に考えられている。現在の「サボン パフュメ ジャンマリファリナ」も、伝統的な釜炊きのカルドロン製法でつくられる。内部まで香りを含ませ、使い終えるまで香ることを目指した石けんである。

同じジャンマリファリナのコロンでは、レモンやオレンジの明るさを、プチグレン、ラベンダー、ローズマリーなどのアロマティックな要素が支える。肌へ吹きかける香りと、洗うときに泡立つ香り。製品のかたちは異なっても、一日のなかで香りに触れる場面をつないでいる。

コロンの清涼感を、素材の新しい表情へ

2017年のエクストレ・ド・コロンは、調香師ごとに異なる素材から、コロンの表現を広げた企画である。「Thé Fantaisie(テ ファンテジー)」のアルベルト・モリヤスが求めたのは、次のような茶の香りだった。

定番のアールグレイとは異なる、ベルガモットの紅茶
アルベルト・モリヤス

ベルガモットやカラブリアのレモンの清涼感へ、ベチバーの木質感を加える。彼はその根を思わせる側面や燻したような表情を、ラプサンスーチョンの茶になぞらえた。柑橘を明るく香らせるコロンの骨格に、茶を思わせる奥行きを与えようとしたのである。

同じ企画の「Néroli Facétie(ネロリ ファセシ)」では、ファブリス・ペルグランが自分の出身地の記憶を重ねた。

ネロリ、オレンジの花。それは私の原点のすべてだ。
ファブリス・ペルグラン

ネロリとオレンジの花に、イモーテルなどを合わせ、地中海の明るさを表現する。ペルグランが語るのは、潮しぶきや、わずかに塩気を思わせる、開放的で空気を含むような香りである。茶の燻したような表情と、ネロリの海辺の空気。同じコロンを起点にしても、つくり手の選ぶ情景と素材の働きは異なる。

果実やバニラにも、軽さを残す

フランシス・クルジャンによる「Fleur de Figuier(フルール ド フィギエ/フィグ)」では、温かなイチジクの果肉に、グレープフルーツのほろ苦さや、マンダリンの葉の緑が重なる。果実の丸みを、柑橘と葉の清涼感で支える構成である。ムスクを含む柔らかな下地が、木陰で休むような主題につながる。

2025年のバニラソレイユを手がけたカリーヌ・デュブルイユ=セレーニは、狙いをこう表現した。

なじみのあるものより甘さを抑えた、都会的なバニラ
カリーヌ・デュブルイユ=セレーニ

マダガスカルのバニラに、塩気を思わせるマリンの側面と、明るい白い花を重ねる。甘さの強調へ一直線に進まず、塩気や花の軽さを通して、季節を問わず身につけたくなるバニラを考えた。ロジェ・ガレの新しい題材にも、素材のふくらみと清涼感をどう両立させるかという制作が続いている。

参考文献