まず女性がいて、ファッションはそのあとについてくる。
山本耀司
山本耀司の服づくりは、一人ひとりの身体を見ながら、生地に手を入れる仕事から始まった。女性の身体を決まった型へ押し込めることへの違和感と、着る人を守りたいという思い。その視点が、ゆとりのある形や、男女の服の境界を越える選択につながっていく。
YOHJI YAMAMOTO(ヨウジヤマモト)の香りを知るときも、黒という色の印象だけでなく、使う人との距離に目を向けたい。最初の香水「Yohji」から、肌、布、髪、部屋へ広がる「L’odeur Yohji Yamamoto(オドゥール ヨウジヤマモト)」まで、そこには香りを日常へどう迎え入れるかという問いがある。
基本情報
- 創設者:山本耀司(Yohji Yamamoto)。1943年、東京生まれ
- 事業の起点:1972年、ワイズを設立
- パリでの初発表:1981年
- 最初の香水:1996年の「Yohji」
- L’odeurの日本展開:2022年3月23日より順次開始
- 公式サイト:Yohji Yamamoto / L’odeur公式オンラインブティック
創設者とブランドの成り立ち
母の洋裁店を通して社会を見る
幼い頃に父を戦争で失った山本は、洋裁の仕事をする母に育てられた。懸命に働く母の姿を見ながら、銀行で融資を求めても、女性であるために対等に扱われない場面にも接したという。母の目を通して社会を見ることと、母を守りたいと感じることは、彼の中でつながっていた。
慶應義塾大学法学部を卒業しても、初めからデザイナーになる道が見えていたわけではない。就職を避けたい気持ちから、母の店を手伝うことを思いついたと山本は振り返る。母は反対したが、やるなら技術を身につけるよう求めた。山本は文化服装学院に入り、服づくりを学んだ。
身体に服を合わせる経験から、Y’sへ
母の店の客は、モデルのように同じ体型の女性たちではなかった。それぞれに異なる身体へ服を合わせていく経験が、後年まで役立つ技術になった。
やがて山本は、男性に好まれるために身体を締めつける服から離れ、女性が男性的な服を着ることを考える。働く女性が、自分のお金で買いたいと思う服へ。1972年に始めたY’sには、その方向があった。着る人を既存の美しさに合わせるのでなく、その人が動き、生きるための形をつくろうとしたのである。
1981年にはパリでコレクションを発表した。身体を包むゆとりや、女性が伝統的なメンズウェアを着る姿は、決められた男女像を動かしていく。山本の服は、輪郭を強調することだけに美しさを求めなかった。
1996年の「Yohji」から、旧作を受け継ぐ仕事へ
最初の香水「Yohji(ヨウジ)」は1996年、ジャン・パトゥとの仕事から生まれた。調香を担ったのは、当時パトゥの専属調香師だったジャン・ケルレオである。香水を好まない女性のために、という構想だった。
発表時に取材したスザンナ・フランケルが、ほかの偉大な香水から影響を受けたのかと尋ねると、山本はこう答えた。
香水は、どれもあまり好きではありません。
山本耀司
作り手自身の好みに正直な言葉である。後年のL’odeurは、その山本が選ぶ、身近で繊細な香りの形となった。
2013年のパリでの再始動では、ギヴォーダンの調香師オリヴィエ・ペシューが、過去の香りの再構成に携わった。自分を教えた調香師たちの仕事を引き継ぐ責任の重さを感じつつ、元の作り手からも好意的な反応を得たという。香りを生み出す仕事に、時を隔てて受け継ぎ、再び届ける仕事が重なっている。
2017年の招待状から、L’odeurが育つ
L’odeurの起点になったのは、2017年のパリコレクションへの招待状に添えるために完成した「77-01」だった。ショーへ人を迎える、小さな香りの接点から始まっている。
その後、五年の開発を経て77-02から77-05と、それらを収める形が生まれた。日本では2022年3月23日から、ウィメンズ、メンズの店舗と公式オンラインブティックで順次展開。持ち運ぶ香りから、衣類や髪、室内で触れる香りまでを含む仕事へ育っていった。
ブランドのこだわり
素材と指先で、形を決めていく
山本の服づくりでは、生地の仕様から考えることが重要になる。京都周辺の職人たちと仕事をし、絞りや友禅などの染め、刺繍の技術を取り入れる。望む形を支えるために、素材そのものへ手を入れるのである。
モノづくりって結局、人の指先から始まるんじゃないでしょうか。
山本耀司
母の店で身体に合わせて仕立てた経験は、形を目で見るだけでなく、触れながら確かめる感覚にもつながる。イメージを描いて終わらず、素材と身体の間で調整する仕事が残る。
黒の中で問われる、カットと量感
山本にとって、黒は簡単に形を整えてくれる色ではない。
黒は本当に難しい。
山本耀司
黒には、カットと量感を扱う確かな技術が必要だと山本は語る。色の華やかさだけに頼れないからこそ、生地の落ち方、身体の周囲に残す空間、動いたときの形が際立つ。黒という印象の奥に、仕立ての判断がある。
個性のそばに置く、香りの軽やかさ
L’odeurが掲げるのは、年齢や性別を越えて、一人ひとりの個性に寄り添う透明感のある香りである。朝から夜、眠る時間までともにある、身体のにおいのような身近さを目指している。
服で身体との間に余地を残す山本の仕事と、この香りの距離感を並べると、使う人がその人でいられることへの関心が見えてくる。香りを強く主張させることよりも、暮らしの中でともにある形を考える視点である。
香りを持ち運ぶ、15mlの形
オーデコロンは、五つの香りを15mlの小さなボトルに収めることから始まった。発売時のセットには持ち運び用のレザーケースも付属し、その日の気分で使い分けたり、香りを重ねたりする楽しみ方を用意した。
2024年冬には、それまでの五種セットに加え、各香りの単品展開が始まった。香りを持ち運ぶという発想は、容器の大きさや持ち方を決める判断にもなっている。
77-02と77-04に見る、素材の組み合わせ
「77-02」は、カルダモンとレモンピールに、タバコ、パチョリ、インセンス、ローズウッド、苔、サイプレスを組み合わせる。柑橘を入口に、スパイスや煙、木を思わせる要素を重ねる構成だ。軽やかさを掲げるラインにも、タバコやインセンスを扱う表現がある。
「77-04」は、ベルガモット、ライム、ジンジャーから、プチグレン、リーフグリーン、ティーへとつなぎ、ムスクとルバーブを置く。こちらでは柑橘と葉、お茶の方向が中心になる。番号だけでは見えにくい違いも、素材の組み合わせをたどると、二つの香りの焦点として捉えられる。
布、髪、部屋へ、届け方を変える
コロンに加えて、リネンスプレー、スパークリングシャンプー、ディフューザー、サボンがある。たとえばリネンスプレーには77-02と77-05、シャンプーには77-04、サボンには77-01を配している。五つの香りを、すべての用途へ一律に当てはめる構成ではない。
部屋へ届けるディフューザーでは、上部の有田焼が香りを吸収し、室内へ拡散する。黒を基調とした器は、置かれた空間の一部にもなる。肌に吹きつける小さなボトルと、香りを含ませて部屋に置く焼き物。同じ香りの仕事でも、届ける場所が変われば、必要な素材と形も変わるのである。
参考文献
- 山本耀司とTerry Jonesの対話(2008年取材)— i-D
- Yohji Yamamoto展覧会資料:略歴、素材と技術 — V&A
- 山本耀司特別講義と略歴(2011)— 文化服装学院
- 豊田章男と山本耀司の対談:母の店と指先の仕事(2015)— GQ JAPAN
- 山本耀司インタビュー:Y’sと黒の技術(2023)— British GQ
- Perpetual Revolution:1996年の香水発表取材の回想 — AnOther
- 1994年の予告 — The Independent
- 2013年の再始動とペシューの制作談 — Basenotes
- L’odeurの考え方 — Yohji Yamamoto
- L’odeur Eau de Cologne:招待状からの発展と単品展開(2024)— Yohji Yamamoto
- L’odeurの国内発売発表(2022)— Yohji Yamamoto
- Eau de Cologne 77-02:素材と携帯用ボトル — THE SHOP YOHJI YAMAMOTO
- Eau de Cologne 77-04:香りの構成 — THE SHOP YOHJI YAMAMOTO
- Diffuser 77-02:有田焼を用いた器 — THE SHOP YOHJI YAMAMOTO
- L’odeur:カテゴリーと香りの展開 — THE SHOP YOHJI YAMAMOTO


