「この角を曲がると、いつものにおいがする」。景色を見て道を覚えるように、においも曲がり角の目印になるのでしょうか。そして、その手がかりは、時間がたっても役立つのでしょうか。
Mira SchwarzとKai Hamburgerは、画像またはにおいを目印にした仮想迷路で、道順の判断と、目印そのものを覚えているかを調べました。2023年にオンライン公開され、2024年の誌面に掲載された研究です。中心の問いは、人の道案内の記憶が、視覚と嗅覚でどう異なり、1か月後にどう変わるかでした。
18の交差点に、画像かにおいの目印を置く
参加者は19~62歳の52人で、においを目印にする25人と、画像を目印にする27人に分けられました。全員がVR用のヘッドセットをつけ、Minecraftで作った迷路の中を進む、一人称視点の映像を見ました。自分で自由に歩き回る形式ではありません。
経路には18の交差点があり、右へ曲がる場所が六つ、左へ曲がる場所が六つ、直進する場所が六つありました。各交差点には別の目印があり、視覚群では画像を3秒間、嗅覚群では実験者が開いた小瓶を鼻に近づけ、においを5秒間提示しました。
嗅覚群も迷路の映像は見ています。目を閉じてにおいの流れだけを追ったり、香りのする方向へ歩いたりした研究ではありません。交差点ごとに提示されたにおいを、その場所で進む方向と結びつける課題です。
道順の判断と、目印の再認は別々に調べる
まず映像で経路を学んだ後、同じ映像を交差点ごとに止めて見せました。参加者は目印を見たり嗅いだりして、次は右、左、直進のどれかを答えます。正答でも誤答でも、映像は正しい経路を進みました。
その後、経路で使った18の目印と、使わなかった18の目印をランダムに提示し、前に出てきたものかを答えてもらいました。こちらは、どちらへ進むかではなく、目印自体を見覚え・嗅ぎ覚えのあるものとして判断する「再認」の課題です。
1か月後には、最初の学習用映像を改めて見せずに、道順判断と再認の二つの課題を繰り返しました。ただし、道順を答える場面でも目印が再び提示され、答えた後には正しい経路が見えます。したがって、その後の再認課題は、1か月間何も見せずに残っていた記憶だけを測る検査にはなりません。
においを目印にした群も、偶然以上に道を答えた
道順の正答率は、画像の群で学習直後に約66%、1か月後に約55%でした。においの群では直後に約59%、1か月後に約53%でした。三つの方向から当てずっぽうで選ぶ場合の約33%を、においの群はどちらの時点でも有意に上回りました。
画像とにおいの群の差は、直後にも1か月後にも有意ではありませんでした。においが、実験内で道順を答えるための手がかりになりうることを示す結果です。ただし、有意差がないことから、二つの方法の能力が完全に同じだと証明されたわけではありません。
また、目印のない群との比較はありません。「右、左、直進」と順番そのものを覚える方法も使えます。経路の最初と最後の成績を比べる追加解析では、二群の間に有意差はありませんでしたが、順番の暗記が全く使われなかったとまでは言えません。
においの記憶は、衰えにくかったのか
画像の群では、直後から1か月後への道順成績の低下が有意でした。一方、においの群では平均値は下がったものの、その低下は有意ではありませんでした。著者らはこの結果を、においを手がかりにした道順の記憶が、比較的保たれやすい可能性として解釈しています。
ただし、二群の低下のしかたを直接比べる検定では、有意な違いはありませんでした。「片方で有意に低下し、もう片方では有意でなかった」ことだけでは、両者の忘れやすさが異なると確定できません。著者らもこの点を限界として挙げており、においの長期記憶が画像より優れるという結論には、さらに検証が必要です。
著者らが考える背景には、においと感情の結びつきや、においの記憶がほかの情報から干渉を受けにくい可能性があります。においの記憶に独特の仕組みがあるという先行研究とも対応しますが、今回、脳の活動や感情の強さを測って、その説明を確かめたわけではありません。
目印そのものを覚えていたのは、画像の群
目印の再認では、画像の群が直後に約97%、1か月後の来室時に約96%、においの群がそれぞれ約76%、約75%の正答率でした。こちらは両方の時点で画像の群のほうが有意に高く、道順判断とは異なる結果になりました。
この正答率には、使われた目印を正しく選ぶことだけでなく、使われなかった目印を正しく退けることも含まれます。また、すばやい回答を求めているため、画像とにおいを処理する時間の違いが成績に影響した可能性もあります。
さらに、再認の直前の道順課題で目印を再び見たり嗅いだりしているため、1か月後にも高かったことを、目印そのものの長期記憶が保たれた証拠とは扱えません。重要なのは、「この目印に覚えがある」と答えることと、「ここで右へ曲がる」と答えることが、同じ測定ではなかった点です。
頭の中の地図を、視覚だけで考えない
著者らは、空間の記憶を調べるときに、視覚の目印だけを中心に考えるのではなく、においや音など、複数の感覚を含める必要があると論じています。目印の再認で画像の成績が高くても、道順判断では同じような差が出なかったことは、その重要な理由です。
ただし、今回の実験は基礎研究です。小瓶を手で近づけるため、鼻との距離やにおいの強さを完全にはそろえられません。また、間違えても正しい経路へ進むので、実際に迷った後、においで道を取り戻せるかは調べていません。
屋外では風向きが変わり、複数のにおいが混ざり、同じ場所でもにおいが変わります。日常の道案内やサインに応用するには、そうした不安定さを含む実環境での検証が必要です。より長い期間の記憶や、ほかの感覚と組み合わせた場合も、次の課題になります。
論文のオープンアクセス出版はProjekt DEALの支援によるもので、著者らは利益相反なしと申告しています。
まとめ
においを交差点の目印にした群も、直後と1か月後の道順判断で偶然以上の成績を示しました。長く残る手がかりになりうるという示唆はありますが、画像より忘れにくいと確定するには、二群の変化を直接比べた結果が足りません。
それでも、目印を再認する成績と、そこから進む方向を答える成績が異なったことは重要です。道を覚える仕組みを理解するには、何を目印として覚え、そこにどの行動を結びつけるかを分けて見る必要があります。においをその一部として扱うことで、人の空間の記憶を、視覚だけでは捉えきれないものとして調べられます。
参考文献
Schwarz, M., & Hamburger, K.(2024、オンライン公開2023). Memory effects of visual and olfactory landmark information in human wayfinding. Cognitive Processing, 25, 37–51. DOI: 10.1007/s10339-023-01169-7. 原著全文。原著はCC BY 4.0で公開されています。


