香水の中身には、香りをつくる成分だけでなく、それらを溶かすアルコールや、製品を保つための成分も含まれています。この混合物を測定し、現れる信号の模様を比べれば、正規品と別の製品を見分ける手掛かりになるのでしょうか。
2021年、Barbara Pacholczyk-Sienickaらは、NMRという分析法を使い、香水の成分がつくる「指紋」を比較しました。調べた試料では、信号のどの部分に注目するかによって、製品間の違いの見え方が変わりました。一方、同じ香水の正規品同士にも小さな差があり、鑑別の基準をどうつくるかという課題も浮かび上がっています。
香りを嗅ぐ代わりに、液体の成分を測る
研究の目的は、香水の成分を直接測定するNMRと、たくさんの測定値をまとめて比較する統計手法を組み合わせ、正規品と模倣品などを区別できるかを探ることでした。
使われたのは、水素原子に注目する「¹H NMR」です。強い磁場の中で試料に電波を当てると、分子に含まれる水素は、周囲の構造に応じた位置に信号を示します。いくつもの成分が混ざった香水では、それらが重なり、大小の山が並ぶグラフになります。この山の位置や大きさの組み合わせを、成分の「指紋」として比べるのです。
これは、立ち上る香りを人が嗅いで評価する実験とは異なります。香りを担う成分に加え、液体中の溶媒や添加成分も測定の対象になります。著者らは、すべての山について成分名を特定しなくても、信号全体のパターンを比較できる点に、この方法の可能性を見いだしました。
著者らは、前処理が簡便なことや、揮発しにくい成分、熱に弱い成分にも目を向けられることを、NMRを使う利点に挙げています。その一方で、香水のような混合物では、複数の成分の信号が重なることが解析上の課題になるとも述べています。
28試料を測り、26試料のパターンを比較
研究で扱ったのは、6種類のブランド香水に対応する計28試料です。内訳は正規品8試料、著者らがcounterfeitと分類した模倣品6試料、既存の香りに着想を得たinspired製品14試料でした。本記事でも、後の二つは分けて扱います。inspiredという分類だけで、違法な偽造品だと判断することはできません。
正規品は、Light BlueとJ’adoreが各2試料、残りの4種類が各1試料です。研究者らはまず、2試料ずつある正規品同士の似かたを確認しました。その後のパターン比較では、正規品を各種類1試料ずつにして、合計26試料を使っています。
測定では、香水を少量取り、測定用の溶媒で薄めて同じ条件で準備しました。一つの測定管につき5回の測定を繰り返しています。この5回は、同じ試料を繰り返して測るためのものです。別々に購入した5本や、異なる製造ロット5つを調べたことにはなりません。
多数の信号を見比べるために使ったのが、主成分分析(PCA)です。測定値に見られる違いを少数の軸にまとめ、試料を図の上の点として配置します。ここでは、その点の並びから、選んだ信号のパターンがどの程度似ているか、違うかを読み取っています。
広く測るだけでは、溶媒の違いが目立った
最初に広い範囲の信号をまとめて解析すると、主に目立ったのは、アルコールなど溶媒に関わる違いでした。香水には香料を溶かす成分が多く含まれるため、その大きな信号が、比較の結果を強く左右したのです。
そこで研究者らは、グラフの横軸を三つの範囲に分けて解析しました。横軸に使われるppmは、この場合、信号が現れる位置を表す目盛りです。成分が何ppm含まれるかという濃度の表示ではありません。
0.6〜3.0 ppmでは正規品とinspired製品を区別できず、3.0〜6.0 ppmでも明瞭な分離は得られませんでした。後者では一部の試料が離れた位置に出たものの、水やアルコールなどに関わる信号の影響が大きく、香水の種類や分類を整理して見分けるには十分ではなかったのです。
著者らは、こうした溶媒に関わる違いについて、製造費を抑えるための配合や、使用されたエタノールの質が関係する可能性にも言及しています。ただし、それは測定結果から考えた解釈であり、各製造者の配合意図や原料の調達状況を直接調査した結果ではありません。
6〜8.5 ppmに、配合の違いを捉える手掛かり
最も役立ったのは、6.0〜8.5 ppmの範囲でした。ここには、芳香環などを持つ成分に由来する信号が現れます。研究者らがこの部分に注目すると、正規品の香りの種類ごとの違いに加え、対応する模倣品との組成の違いが、図の上で見えやすくなりました。
一方、inspired製品には、対応する正規品とかなり似たパターンを示すものもありました。原著は、正規品以外をすべて同じ集団として扱えばよいという結果を示しているわけではありません。模倣品との違いと、inspired製品との似かたの両方が、成分の組み合わせに表れています。
この範囲で試料間の違いに関わったのは、ムスク系香料のガラクソリドや、サリチル酸ベンジル、溶媒・保留剤として使われるフタル酸ジエチルなどの信号でした。つまり、比べているのは「香りの主役」だけではなく、香料や処方を支える成分を含めた配合の特徴です。
個別の信号を比較しても、すべての成分が、すべての分類を区別できたわけではありません。たとえばLight Blueに対応する試料では、ガラクソリドの信号に正規品と模倣品の有意な差がありましたが、正規品とinspired製品との間には有意な差が認められませんでした。一つの成分の有無や多さだけを、どの香水にも通用する判定基準にすることはできません。
正規品の「同じ」と「少し違う」を、基準に含める
鑑別に使ううえで重要なのは、正規品同士の比較です。Light Blueの2試料は非常によく似ており、J’adoreの2試料も全体としてよく似ていました。ただし、J’adoreには小さな差も見られました。著者らはこの結果から、今後は異なる製造ロットの正規品を比較する必要があると述べています。
その意味は、単に試料数を増やすことにとどまりません。今回の結果を判定の基準につなげるなら、まず「正規品であっても、信号はどの程度変わるのか」を知る必要があります。基準となる1本から少し離れただけで模倣品と判定すれば、正規品内の違いまで疑わしい差として拾ってしまうおそれがあるからです。
異なるロットの正規品を集め、同じ条件で測り、通常の変動の幅を確かめる。そのうえで、基準づくりに使わなかった試料にも当てはめ、正規品を誤って除外しないか、別の製品を見逃さないかを調べる。実用的な鑑別へ進むには、こうした検証が必要になります。これは原著が指摘したロット比較の課題を、判定基準づくりの観点から捉えたものです。
今回のPCAは、集めた試料の間に見られた類似や違いを示す解析です。未知の香水を持ち込めば何%の精度で正規品かどうかを当てられる、という性能を実証した試験ではありません。また、鼻で感じる香りの良し悪しや、人体への安全性を評価した試験でもありません。
まとめ
この研究は、香水の成分がつくる信号のパターンに、製品を見分ける手掛かりがあることを示しました。とくに、溶媒の大きな信号に左右されやすい広い範囲から、6〜8.5 ppmの範囲へ注目を移すことで、調べた試料の配合の違いが見えやすくなった点が重要です。
著者らは、NMRによる「指紋」の比較を、香水の鑑別に使える可能性のある方法と位置づけています。その可能性を信頼できる判定へ育てるには、正規品が示すパターンの幅を知ることが欠かせません。正規品からの違いを見つける技術と、正規品の中にもある違いを理解するためのデータ。その両方が、基準をつくる土台になります。
参考文献
著者:Barbara Pacholczyk-Sienicka, Grzegorz Ciepielowski, Łukasz Albrecht
論文名:The First Application of ¹H NMR Spectroscopy for the Assessment of the Authenticity of Perfumes
掲載誌:Molecules 26(11), 3098(2021年)
公開日:2021年5月22日
DOI:10.3390/molecules26113098
原著全文:出版社の論文PDF
補足資料:出版社の補足資料(ZIP)
原著ライセンス:Creative Commons Attribution 4.0(CC BY 4.0)


