洗剤の香りは、使う場面で働きが変わる?

洗剤の香りは、使う場面で働きが変わる? 香りの科学

洗剤の香りを実験室で嗅いで「好き」と答えることは、洗濯中にその香りを感じ、実際に手を動かすこととどのくらい結びつくのでしょうか。香りを製品に使うなら、香りだけを取り出した評価が、使う場面でも役立つかは重要な問題です。

2020年にJasper H. B. de Grootらが発表した研究は、洗濯をする仮想現実(VR)の場面を用意し、同じ香りを静止画とともに嗅ぐ条件と比べました。研究者が知りたかったのは、洗う行動を促すのが香りの快さなのか、洗濯との結びつきなのか、そして周囲の場面がその働きを変えるのか、ということでした。

洗濯の場面に入る人と、写真を見る人

参加したのは、健康で喫煙しない女子大学生90人です。45人はVRゴーグルとヘッドホンを使い、目の前の洗濯機が回り、終了音が鳴る場面を体験しました。コントローラーで扉を開けると、薄い汚れのついたTシャツが洗濯かごへ落ち、そのタイミングで鼻元に香りが届きます。

残る45人は、コンピューター画面に表示された、汚れのあるTシャツとかごの静止画を見ました。香りを届ける時刻と15秒間の提示時間をそろえながら、音や操作、動きなどの豊かな手掛かりを減らした比較条件です。どちらの群でも、香りは装置で制御して鼻元へ送りました。

一人ひとりが経験したのは、洗剤・石けんを連想させる洗濯の香り、甘いバニラを思わせるバニリン、香りを加えない空気の3条件です。順序の影響が偏らないように提示しました。バニリンを入れたのは、「快いにおいなら何でも同じように働く」という可能性を調べるためです。

本物の布をこする動きと、鼻からの吸い込みを測る

VRまたは静止画を見て香りを嗅いだあと、参加者は現実の机に固定された麻布の汚れを落としました。汚れは鉛筆で作った直径約2cmのものです。指に巻いた布を洗浄液につけてこすり、自分で終わったと思うまで作業しました。VRの中だけで洗濯したわけではありません。

手に持った小さな加速度計と動画から、単位時間あたりの手の動きの大きさ、作業を終えるまでの時間、繰り返す手の動きの頻度を求めました。研究者はこれらを、洗おうとする意欲が行動に表れた指標として使っています。意欲を直接測る装置ではなく、力強さや速さから推定する方法です。

さらに、鼻に入れた細い管で空気圧の変化を記録し、香りが出る前と比べて、最初の3回の吸い込みがどう変わるかも調べました。清掃課題の主な解析は記録欠損を除いた87人分で、呼吸の解析などは使える記録の条件により人数が異なります。参加人数90人と、すべての解析人数が一致するわけではありません。

洗濯の香りとVRが組み合わさると、行動が変わった

VRの群では、洗濯の香りを嗅いだあと、香りのない空気を嗅いだあとより、単位時間あたりの手の動きが大きく、汚れ落としを終えるまでの時間も短くなりました。同じ二つの指標で洗濯の香りとバニリンを直接比べると、明確な差は示されませんでした。

手の動きの頻度では比較の相手が異なり、洗濯の香りはバニリンより高くなりましたが、香りのない空気との差は明確ではありませんでした。したがって、洗濯の香りがあらゆる指標で両方の対照を上回った、という結果ではありません。

研究全体では、洗濯の香りを二つの対照条件の平均と比べる、あらかじめ計画した比較でも、VRで三つの清掃指標に違いが出ました。しかし静止画の群では同じ改善の組み合わせは現れず、手の動きの大きさや頻度には反対方向のパターンも見られました。統計的にも、香りの影響がVRか静止画かによって変わることが示されています。

鼻からの吸い込みにも場面との組み合わせが表れました。VRで洗濯の香りを嗅いだときは、空気だけの場合より吸い込む量の指標が大きくなり、吸い込み始めの速さは空気・バニリンの両方より高くなりました。静止画では同様の差は見られませんでした。においを受け取る際の鼻の使い方自体も、場面と一緒に変わったのです。

「よく落ちる」という評価も変わった

参加者には、3回の汚れ落としで別々の洗浄液を使うと説明されていました。しかし実際には、どれも水に無香料洗剤を1滴加えた同じ液でした。香りは液に混ぜたのではなく、その前のVRや静止画の場面で提示されています。

それでもVRの群では、洗濯の香りのあとに使った液が「最もよく汚れを落とした」と選ばれやすくなりました。論文が報告した選択割合は53.1%で、3種類から偶然に選ぶ場合の33.3%を上回っています。これは洗浄液の成分が優れていた証拠ではなく、同じ液を使った経験への評価が、先に体験した香りと場面に左右された結果です。

清掃をいつ終えるかは参加者自身が決めており、研究は残った汚れの量から洗浄性能の改善を示したものでもありません。手を動かす様子と、よく落ちたという感覚の両方を調べた点が特徴です。

快さだけでは説明しきれない、場面との結びつき

予備実験では洗濯の香りとバニリンの快さ・強さを近づけるよう選びましたが、本実験の評価では、洗濯の香りのほうが快く、強く感じられていました。研究者がこの違いを統計的に調整しても、香りと場面の組み合わせによる主要な違いは残りました。

バニリンが空気より一貫して洗う行動を促したわけでもありません。著者らは、単に心地よいことよりも、その香りから洗濯や清掃が思い浮かぶことが重要だと解釈しました。これは、快さを完全に同じにした実験からの結論ではなく、対照条件と追加解析を組み合わせた説明です。

さらに著者らは、洗濯に結びつく香りと、それに合う映像・音・操作がそろうと、過去の洗濯経験に沿った行動が呼び起こされやすいと論じています。同じにおいに毎回同じ反応が自動的に起こるのではなく、いま置かれた状況が、においと行動をつなぐという考え方です。この仕組み自体を脳の測定などで直接確かめたわけではありませんが、VRと静止画で結果が変わったことを説明する重要な仮説です。

香りの評価にも、実際に使う状況を取り入れる

この研究の大きな帰結は、製品の香りを調べる方法への提案にあります。静かなブースで香りだけを嗅いでもらえば条件を厳密にそろえられますが、生活の中でその香りがどう働くかは捉えきれないかもしれません。一方、家庭での試験は現実的でも、周囲の条件をそろえるのが難しくなります。

著者らは、VRと香りを届ける装置を組み合わせれば、実験の管理を保ちながら、使用場面に近い体験を作れると提案しました。「好きか」と尋ねるだけでなく、動作や嗅ぎ方も記録できるため、製品を使う人の反応を別の角度から評価できます。

ただし、今回のVRには映像の奥行き、音、動き、操作などがまとめて含まれています。どの要素が効果に必要だったかは分かりません。対象も女子大学生に限られ、洗濯の習慣や文化が違う人、男性、実際の家庭で同じ結果になるかは今後の課題です。VRで試せば必ず実生活を予測できる、と証明した研究ではありません。

研究はUnilever Research & Developmentの支援を受けています。複数の共著者が同社に所属し、研究設計や結果の検討に関わっています。

まとめ

洗濯の香りは、臨場感のある洗濯場面と組み合わさったときに、洗う手の動きや嗅ぎ方、洗浄液への評価を変えました。静止画とともに同じ香りを提示しても、同じ結果のまとまりにはなりませんでした。

この違いから著者らが導いたのは、製品の香りの働きを理解するには、その香りが何を連想させ、どの場面で使われるかまで含めて調べる必要がある、ということです。香りの好ましさに加えて使用中の体験を測るために、管理されたVR実験が役立つ可能性を示した研究でした。

参考文献

de Groot, J. H. B., Beetsma, D. J. V., van Aerts, T. J. A., le Berre, E., Gallagher, D., Shaw, E., Aarts, H., & Smeets, M. A. M. (2020). From sterile labs to rich VR: Immersive multisensory context critical for odors to induce motivated cleaning behavior. Behavior Research Methods, 52, 1657–1670. DOI: 10.3758/s13428-019-01341-y · 原著全文。

原著:© The Author(s) 2020. CC BY 4.0。