「香水は詩の一つの形式です。何も語りませんが、とても多くのものを与えてくれます。」
ジャック・ポルジュ、トゥゲザー誌、2011年
1943年6月14日生まれ。
新しい香水を作ること。そして、すでにある香水を守り続けること。シャネル(CHANEL)の第3代専属調香師を務めたジャック・ポルジュは、この二つを同じ仕事の中に抱えていました。
1978年から2015年までの37年間に、ココ(Coco)、エゴイスト(Égoïste)、ココ マドモワゼル(Coco Mademoiselle)、ブルー ドゥ シャネル(Bleu de Chanel)などを生み出します。一方で、シャネル N°5(N°5)をはじめとする先人の作品についても、香料の品質を確かめる地道な仕事を続けました。
文学を学んだ青年が、言葉を使わない表現を生涯の仕事に選ぶ。その歩みをたどると、香水を「詩」と呼ぶ言葉が、単なる美しい比喩ではなかったことが分かります。
調香史
花の香りが道にまであふれていた、南仏の夏
ジャックはフランス南部、ヴォクリューズ県のリル=シュル=ラ=ソルグ(L’Isle-sur-la-Sorgue)に生まれました。アヴィニョンに近い、プロヴァンスの町です。
夏になると家族でグラースへ出かけ、カンヌでは海で泳ぎました。香料産業の町としてのグラースを知るより先に、少年はその土地を満たす花の匂いを知っていたのです。
「子どもの頃、ニースからカンヌ、グラースにかけては、まるで一つの庭でした。バラ、ジャスミン、スミレ、オレンジの花の畑がありました。グラースに近づくと、ジャスミンの香りがしたものです。」
ジャック・ポルジュ、ヴァニティ・フェア誌、2008年
母が使っていたランバン(Lanvin)のアン ヴォワール ダルページュ(Un Voile d’Arpège)というクリームの香り。祖母の家にあった、雨に濡れた大きなたき火の匂い。グラースからカンヌへ向かう車の中にまで入り込むジャスミン。後年のインタビューにも、こうした家庭や旅の記憶が繰り返し登場します。
しかし、最初から調香師を志していたわけではありません。大学ではエクス=アン=プロヴァンスで英語と文学を学び、詩に強く惹かれていました。転機は、グラースの香料会社がニューヨーク拠点で働く調香師を探していると知ったことでした。英語の力が、香りを仕事にする入口となります。
グラースで学び、ニューヨークで仕事の意味を知る
ジャックはグラースで調香の修業を始めます。師として伝記に挙げられているのが、ルール(Roure)の調香教育を築いたジャン・カール(Jean Carles)です。
香料を一つずつ識別し、比較し、その組み合わせを学んでいく。詩を愛する感性だけでは、香水は作れません。香りを記憶し、素材の違いを理解する訓練が、表現の土台となりました。
ルールで働き始めたジャックは、1969年にニューヨークへ渡ります。後年の本人の言葉によれば、調香の基礎を学んだ場所と、自分の仕事を本当に理解した場所は、同じではありませんでした。
「自分が何をしているのかを本当に理解し始めたのは、ニューヨークに来てからでした。」
ジャック・ポルジュ、トゥゲザー誌、2011年
兵役のためフランスへ戻った後は、パリでクチュリエのための香水作りに携わります。そこで学んだのは、ある香りが一つのブランドには似合い、別のブランドには似合わないということでした。処方の良しあしと、そのブランドのスタイルを表現できているかは、切り離せない問題だったのです。
この時代を代表する仕事が、イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)のリヴ ゴーシュ(Rive Gauche、1971年)です。ミシェル・イ(Michel Hy)との共同制作で、アルデヒドの輝きとフローラルの輪郭を、都会的な冷たさへと結びつけました。ブランドのプレタポルテと同じ名を持つ香水に、当時の新しい女性像が重なります。
後年の作品には、エマニュエル・ウンガロ(Emanuel Ungaro)のディーヴァ(Diva)やセンソ(Senso)、ティファニー(Tiffany)の香水もあります。複数のブランドの名前を作品歴に残しながら、ジャックの仕事の中心は、やがて一つのメゾンへと定まっていきます。
1978年、二人の先人からシャネルを引き継ぐ
1978年、ジャックはシャネルの第3代専属調香師に就任します。初代はN°5を作ったエルネスト・ボー(Ernest Beaux)。第2代は、シャネル N°19(N°19)を手がけたアンリ・ロベール(Henri Robert)です。
ジャックは就任後、約6か月間をアンリ・ロベールとともに過ごしました。引き継ぐのは処方だけではありません。どの素材を選び、どのような香りをシャネルらしいと判断するのか。その感覚まで受け取る必要がありました。
自社に調香の研究所を持つシャネルでは、既存作の品質を管理しながら、新作にも長い時間をかけて向き合えます。ジャックがこの環境を特別だと語るとき、そこには一人の作家としての自由と、ブランドを預かる責任の両方がありました。
最初期の重要作は、アンテウス(Antaeus、1981年)です。大地に触れている間は力を失わないギリシャ神話の巨人から名を取り、レザーや樹脂、パチョリを思わせる濃い陰影を備えた男性香水となりました。シャネルが表現するのは、力強さと繊細さを併せ持つ男性像です。
新しい調香師の存在を示す一作でありながら、それだけで仕事が終わることはありません。その後のジャックは、女性香水にも、先人の作品の新たな解釈にも、表現を広げていきます。
ココ──簡潔な服の奥にあった、豊かな装飾の世界
1984年のココは、ジャックがシャネルで初めて手がけた女性向け香水です。その出発点には、創業者ガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)のもう一つの顔がありました。
黒や白、簡潔な線、無駄のない服。そうしたシャネルのイメージに対して、カンボン通り31番地のアパルトマンには、金色の装飾やコロマンデル屏風、ヴェネツィアを思わせる豊かな意匠が集まっていました。
ジャックが香りに移したのは、この装飾的でバロック的な世界です。スパイス、花々、サンダルウッドの温かさを重ね、服だけを見ていては分からない創業者の感性に近づこうとしました。
ココは、古いシャネルをそのまま再現する香水ではありません。ブランドの中にすでに存在していた別の側面を発見し、その時代の女性に届ける作品です。後のジャックの仕事にも、この「受け継ぐことから新しさを見つける」姿勢が続いていきます。
エゴイスト──古い処方に見つけた、新しい男性香水
エゴイストは、ジャックがインタビューでお気に入りの自作として挙げた香水です。その着想は、エルネスト・ボーによるボワ デ ジル(Bois des Îles)の処方にありました。
「エルネスト・ボーによる、ボワ デ ジルという女性香水の古い処方を見つけたのです。そこにはサンダルウッドが高い割合で使われていました。」
ジャック・ポルジュ、アエステティコンズ「Chanel Egoiste」に収録された発言、2016年掲載
女性香水の中で見つけた、サンダルウッドの豊かな表情。それを男性香水の中心へ移すという発想から、ジャックは別の構造を組み上げます。アムブレットシードやヴァニラを伴う柔らかさがあり、スパイスや花の表情も含んだ、厚みのあるウッディの世界です。
最初は1987年、ボワ ノワール(Bois Noir)という名でブティック向けに登場しました。その後、1990年にエゴイストとして広く発売されます。名称と販売の広がりが変わり、同じ香りの構想が、より大きな舞台へ出ていくことになりました。
ジャン=ポール・グード(Jean-Paul Goude)による広告映像「ル カールトン(Le Carlton)」も、その印象を決定づけます。シャネルの公式年表によると、この映像はカンヌの国際広告映画祭で金獅子賞を受賞しました。香りの個性と、それを伝える映像の強さが結びついた一例です。
香りの番人に必要なのは、処方の外にある知識
新作の華やかさとは別に、ジャックには日常の仕事がありました。N°5に使う香料を、年間を通じて確かめ続けることです。
天然香料は、産地や収穫の条件によって表情が変わります。古い処方が残っているだけでは、同じ香りを作り続けることはできません。そのことを、ジャックは1988年のインタビューで具体的に説明しています。
「私は化学者としての訓練を受けていません。香水の処方は化学式ではないのです。原料を知らなければ、処方は役に立ちません。処方には原料とそれぞれの配合比率が書かれています。」
ジャック・ポルジュ、ロサンゼルス・タイムズ紙、1988年
グラースの花々を使い続けるため、シャネルは1987年にミュル家(Mul)の農園とパートナーシップを結びます。ジャックの在任期に築かれたこの関係は、原料を選ぶ仕事が、栽培の現場を支える仕事ともつながっていることを示しています。
N°5に対しても、保存と創作は別々の営みではありませんでした。1986年にはオー ドゥ パルファムを手がけ、2007年に発表されたN°5 オー プルミエール(N°5 Eau Première)では、名香を別の表情で身につける道を開きます。
先人の香りを守ることと、新たな解釈を加えること。ジャックは、その両方を行う調香師でした。
ココ マドモワゼル、チャンス、ブルー──次の世代へ届く香り
1996年のアリュール(Allure)を経て、2001年にはココ マドモワゼルが登場します。続いて2002年には、チャンス(Chance)を発表しました。
どちらもシャネルの名前を背負いながら、N°5やココと同じ表情ではありません。新しい作品を加えることで、異なる世代や好みに入口を作っていきます。ジャックの作品群を眺めると、ブランドの統一感が、すべてを似た香りにすることではなかったと分かります。
2010年には男性向けのブルー ドゥ シャネルが生まれました。キャンペーンに起用されたのは、俳優ガスパール・ウリエル(Gaspard Ulliel)。ジャックは2014年のオー ドゥ パルファムも手がけます。
その後、2018年のパルファムは息子オリビエが制作しました。父の作った香りを子がさらに展開するという継承が、このシリーズでは作品そのものに現れています。
レ ゼクスクルジフ──シャネルの物語を、一つずつ香りにする
2007年に登場したレ ゼクスクルジフ ドゥ シャネル(Les Exclusifs de CHANEL)は、ジャックの二つの役割が分かりやすく重なるコレクションです。
出発時の構成は、歴史的な4作品と新しい6作品。N°22、ガーデニア(Gardénia)、ボワ デ ジル、キュイール ドゥ リュシー(Cuir de Russie)という既存の香りに、新たな作品群が加わりました。過去の作品を一つのコレクションに位置づけ直し、同時にその先の物語を作ったのです。
新作の名前も、シャネルと深く結びついています。コロマンデル(Coromandel)は創業者が愛した屏風、28 ラ パウザ(28 La Pausa)は南仏の別荘、31 リュ カンボン(31 Rue Cambon)はメゾンの住所を呼び起こします。
そこには、クリストファー・シェルドレイク(Christopher Sheldrake)との共同制作もありました。コロマンデルや31 リュ カンボンをはじめとする2007年の新作群、その後のシコモア(Sycomore、2008年)などで、二人の名前が並びます。ジャック一人の個性だけではなく、共有する美意識の中で作られた香りでもあります。
2008年のベージュ(Beige)には、サンザシと蜂蜜を思わせる花の柔らかさが息づいています。文学好きのジャックは、この香りについて語る際、マルセル・プルースト(Marcel Proust)が書いたサンザシと、過去の記憶にも触れました。
さらにジャージー(Jersey、2011年)、1932(2013年)へと、コレクションは広がります。住所、色、素材、年号。シャネルの歴史の中では別々の意味を持つものが、肌の上で体験できる香りになっていきました。
ココ ノワール──黒いボトルから始まる香り
2012年のココ ノワール(Coco Noir)も、シェルドレイクとの共同制作です。ココの物語を引き継ぎながら、今度は黒いボトルがジャックの創作を動かしました。
「このボトルに刺激を受けて、香水を作ったのです。」
ジャック・ポルジュ、アナザー誌、2012年秋冬号、2013年ウェブ再掲載
花と木の豊かさに、グレープフルーツの明るさが差し込みます。本人は取材で、ゼラニウムやサンダルウッド、フランキンセンスについても説明しました。見えない香りを黒いガラスの内側に収めるという発想が、ヴェネツィアを思わせる世界と結びついています。
香水の成功には、香りそのもの、ボトル、広告のイメージ、そして時代との関係が必要だとジャックは考えていました。ココ ノワールは、その考え方が創作の始まりにまで及ぶ例といえます。
説明しきれないものが、香水を長く生かす
ジャックが好む素材には、ジャスミンとローズがあります。男性香水ではサンダルウッド、ベチバー、シダーといった木の香りを挙げていました。一方、チューベローズやミモザの押しの強さは、好みに合わないと語っています。
けれども、好きな素材を並べれば作品ができるわけではありません。ジャックが香水に求めたのは、身につける人をどこかへ連れていく力であり、説明しきれない謎でした。
「その本質的な要素が欠けていれば、時を超えることはできません。」
ジャック・ポルジュ、香水に必要な謎について、トゥゲザー誌、2011年
素材を知り尽くすことと、香りを説明し尽くさないこと。この二つは、ジャックの中では矛盾していません。処方の知識は、その先に生まれる感覚のためにあります。
息子に渡したのは、仕事の場所だけではない
2013年7月、シャネルはオリヴィエ・ポルジュ(Olivier Polge)が同年9月から香水の研究所に加わると発表します。父ジャックとシェルドレイクのもとで、ブランドの仕事を受け継いでいく体制でした。
オリビエは最初から父の後継者として歩んできたわけではありません。美術史を学び、シャネルでの実習をきっかけに調香へ進んだ後、グラースや海外で修業しました。アイ・エフ・エフ(IFF)では、ディオール オム(Dior Homme)や、共同制作のフラワーボム(Flowerbomb)など、シャネルの外で自分の作品歴を築いています。
父は息子を、まず外の世界で学ばせました。その経験を持ったオリビエがシャネルへ戻り、2015年に第4代専属調香師を引き継ぎます。
ジャックの経歴には、フランスの国家功労勲章(Ordre national du Mérite)の受章も記されています。しかし、その仕事を最も身近に伝えるのは、賞の名前よりも、今なお人々に選ばれる香水でしょう。先人から受け取った香りを守り、自分の作品を加え、次の調香師へ渡す。37年間の仕事は、そうして一人の任期の先へ続いています。
ちなみに…文学と美術に囲まれた暮らし
調香室の外でも、ジャックの関心は文学や美術へ向いていました。2009年にテレグラフ紙が紹介したパリの住まいには、エドゥアール・ヴュイヤール(Édouard Vuillard)やセシル・ビートン(Cecil Beaton)に連なる絵画や素描、胸像、貝殻などが集まっていたといいます。
ベージュの着想にプルーストの『花咲く乙女たちのかげに(À l’ombre des jeunes filles en fleurs)』が重なるという話も、この暮らしと無縁ではありません。詩や絵画は、香水を説明するために後から借りてきた比喩ではなく、ジャックが日々触れていた世界でした。
調香作品
主な作品を年代順にまとめます。年は原則として最初の発売・発表年です。資料によって年が分かれる作品は、併記または注記しています。共同調香師欄の「—」は、ここで参照した資料に共作者の記載がないものです。
| 年 | ブランド | 作品名 | 共同調香師 |
|---|---|---|---|
| 1971 | イヴ・サンローラン | リヴ ゴーシュ | ミシェル・イ |
| 1981 | シャネル | アンテウス | — |
| 1982/1983 | エマニュエル・ウンガロ | ディーヴァ | フランソワ・ドゥマシー(François Demachy) |
| 1984 | シャネル | ココ | — |
| 1986 | シャネル | N°5 オー ドゥ パルファム | — |
| 1987 | エマニュエル・ウンガロ | センソ | — |
| 1987 | ティファニー | ティファニー | フランソワ・ドゥマシー |
| 1987 | シャネル | ボワ ノワール。後のエゴイスト | — |
| 1988 | シャネル | プール ムッシュウ コンサントレ(Pour Monsieur Concentrée) | フランソワ・ドゥマシー |
| 1989 | ティファニー | ティファニー フォー メン(Tiffany for Men) | フランソワ・ドゥマシー |
| 1990 | シャネル | エゴイスト | — |
| 1992 | ブルジョワ(Bourjois) | ソワール ドゥ パリ(Soir de Paris)。再調香版 | フランソワ・ドゥマシー |
| 1993 | シャネル | エゴイスト プラチナム(Égoïste Platinum) | — |
| 1993 | シャネル | クリスタル オー ドゥ パルファム(Cristalle Eau de Parfum) | — |
| 1996 | シャネル | アリュール | — |
| 1998/1999 | シャネル | アリュール オム(Allure Homme) | — |
| 1999 | ティファニー | シアー ティファニー(Sheer Tiffany) | — |
| 2001 | シャネル | ココ マドモワゼル | — |
| 2002 | シャネル | チャンス | — |
| 2003 | ティファニー | ピュア ティファニー(Pure Tiffany) | — |
| 2004 | シャネル | アリュール オム スポーツ(Allure Homme Sport) | — |
| 2005 | シャネル | アリュール センシュエル(Allure Sensuelle) | — |
| 2007 | シャネル | N°5 オー プルミエール | — |
| 2007 | シャネル | チャンス オー フレッシュ(Chance Eau Fraîche) | — |
| 2007 | シャネル | アリュール オム スポーツ コローニュ スポーツ(Allure Homme Sport Cologne Sport) | — |
| 2007 | シャネル | 28 ラ パウザ | クリストファー・シェルドレイク |
| 2007 | シャネル | 31 リュ カンボン | クリストファー・シェルドレイク |
| 2007 | シャネル | コロマンデル | クリストファー・シェルドレイク |
| 2007 | シャネル | ベル レスピロ(Bel Respiro) | クリストファー・シェルドレイク |
| 2007 | シャネル | N°18 | クリストファー・シェルドレイク |
| 2007 | シャネル | オー ドゥ コローニュ(Eau de Cologne) | クリストファー・シェルドレイク |
| 2008 | シャネル | ベージュ | — |
| 2008 | シャネル | シコモア | クリストファー・シェルドレイク |
| 2008 | シャネル | アリュール オム エディシオン ブランシュ(Allure Homme Édition Blanche) | — |
| 2009 | シャネル | クリスタル オー ヴェルト(Cristalle Eau Verte) | — |
| 2010 | シャネル | ブルー ドゥ シャネル オードゥ トワレット | — |
| 2010 | シャネル | チャンス オー タンドゥル(Chance Eau Tendre) | — |
| 2011 | シャネル | ジャージー | — |
| 2011 | シャネル | N°19 プードレ(N°19 Poudré) | クリストファー・シェルドレイク |
| 2012 | シャネル | ココ ノワール | クリストファー・シェルドレイク |
| 2012 | シャネル | アリュール オム スポーツ オー エクストレム(Allure Homme Sport Eau Extrême) | — |
| 2013 | シャネル | 1932 | — |
| 2014 | シャネル | ブルー ドゥ シャネル オードゥ パルファム | — |
リヴ ゴーシュには1970年とする作品記録もありますが、ここでは発売年として1971年を採っています。N°5 オー プルミエールは2007年に発表され、2008年発売とする資料もあります。
このほか、ガーデニアの再調香、ユヌ フルール ドゥ シャネル(Une Fleur de Chanel)、フレデリック・フェッカイ(Frédéric Fekkai)のブーケ ドゥ プロヴァンス(Bouquet de Provence)とオー デュ ジュール(Eau du Jour)も作品歴に挙げられています。
参考文献
- Together Magazine — A conversation with Chanel’s top perfume ‘nose’(2011年)
- Vanity Fair — Chanel “Nose” Jacques Polge(2008年)
- AnOther Magazine — Legendary Chanel Nose Jacques Polge(2012年秋冬号、2013年再掲載)
- Los Angeles Times — Reverence for ‘Noses’: In France, Perfume Is a Work of Art(1988年)
- The Telegraph — Interiors: the Paris flat of the celebrated perfumer Jacques Polge(2009年)
- Now Smell This — Jacques Polge: Perfumers
- Wikipedia — Jacques Polge
- CHANEL — The House of CHANEL: 1980s
- CHANEL — The House of CHANEL: 1990s
- CHANEL — Antaeus
- Perfume Shrine — The Spy who Came In from the Cold: Rive Gauche by Saint Laurent(2008年)
- Aestheticons — Chanel Egoiste(2016年)
- Alison Kerr — Chanel: Film & Style Matters
- Magnifissance — Legendary CHANEL Fragrance: Behind the Scenes
- Persolaise — Olivier Polge Joins His Father Jacques As Perfumer At Chanel(2013年)
- Persolaise — Review: 1932 from Chanel, Jacques Polge; 2013
- Bois de Jasmin — Chanel No 19 Poudré: Perfume Review(2012年)
- Fragrantica — Jacques Polge
- Parfumo — Jacques Polge


