ディースクエアード(Dsquared2)ー強さの中に、親密な官能性を

ディースクエアードの世界観と代表製品「GREEN WOOD 100ml」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「コントラストはディースクエアードの哲学において重要な役割を担っている。ファッションショーでは大声で語るが、香りでは囁きたかった——強さの中に、親密な官能性を。覚えておいてほしい:あなたの香りは、決してあなたより先に部屋に入ってはならない」

— ディーン&ダン・ケイティン

基本情報

設立: 1995年(初コレクション発表は1994年)

創設者: ディーン・ケイティン(Dean Caten)、ダン・ケイティン(Dan Caten)

公式サイト: https://www.dsquared2.com

※「Dsquared2(ディースクエアード)」は「D の2乗(D × D)」という意味で、創設者二人のファーストネームがともに「D」で始まることに由来する。

創設者・ブランドの成り立ち

トロント郊外、9人兄弟の末っ子として

ディーン・ケイティンとダン・ケイティンは、1964年12月19日にカナダ・オンタリオ州トロントのウィロウデール地区で生まれた。2人は一卵性双生児で、9人兄弟の末っ子だった。父はイタリアのラツィオ州から移民してきた溶接工で、もともとの姓「カテナッチ(Catenacci)」を「ケイティン(Caten)」と短縮して新天地になじもうとしていた。母はイングランド出身だ。

ケイティン兄弟の家庭は裕福ではなく、学校では厳しいいじめに遭った。

「学校は決して楽ではなかった。いじめられることも多かったが、僕たちには互いがいた。友達なんていらなかった。何かが必要なら、2人だけの双子の世界に逃げ込めばよかった」

— ダン・ケイティン

ディーンも後のインタビューで同様に語っている。「ネガティブなことをエネルギーに変えて、強く、クリエイティブになろうとした」。その困難な幼少期こそが、後に2人をファッションという表現の世界へ駆り立てる原動力になったと、2人は一貫して語り続けてきた。

子供のころから、5人の姉妹のために服をデザインするのが日課だった。ディスコクイーン、フォークシンガー、ロッカーとそれぞれ音楽の趣味が違う姉たちのために、さまざまなスタイルを手がけた経験が、後に多面的なディースクエアードのデザイン美学の礎となったとも言われている。

パーソンズで1学期、そしてトロントへ

1983年、19歳になる年の双子はニューヨークへ渡り、マーク・ジェイコブスやアレキサンダー・ワン、トム・フォードを輩出したことでも知られるパーソンズ・ザ・ニュースクール・オブ・デザイン(Parsons The New School for Design)に入学した。しかし在籍はわずか1学期。トロントに戻った2人は、地元のカナダブランド「ポーツ・インターナショナル(Ports International)」でジュニアデザイナーとしてキャリアをスタートさせた。

「そこには素晴らしいメンターがいた。胸ポケットの高さがいかに重要かを教えてくれた。襟の裁断について——誰も信じてくれなかったときから、彼は僕たちを信じてくれた」

— ディーン・ケイティン

1986年には自らの資金援助を確保し、初の自主ウィメンズブランド「DEanDAN(ディーンダン)」を発表。1988年にはポーツ・インターナショナル(現ポーツ1961)のクリエイティブディレクターに就任し、ブランドのアップスケール化に貢献した。

ミラノへ——イタリアの職人技と出会う転機

「パーソンズから戻って8年後、僕たちはついに大きな跳躍を決断し、イタリアで夢を実現させることにした」。

1991年、ケイティン兄弟はミラノに移住した。そこで彼らを待っていたのは、ジャンニ・ヴェルサーチェ(Gianni Versace)のデザインハウスと、デニムブランドのディーゼル(Diesel)での仕事だった。ディーゼルのファウンダー兼社長、レンゾ・ロッソ(Renzo Rosso)はケイティン兄弟の才能を見出し、資金援助を決断した。

特筆すべきは、2人がトロントで育った頃、父親がデニムを「お金のない証拠」として嫌っていたという逸話だ。その父親のもとで普通のスラックスを強制されて育ちながら、のちにデニムの巨人ディーゼルのもとでブランドを育てることになる——この皮肉な運命の逆転は、いかにも映画的である。

「ホームシック・カナダ(Homesick Canada)」——ミラノでのデビュー

1994年、ケイティン兄弟はついにディースクエアードとして初のメンズコレクションを発表した。そのコレクションのタイトルは「ホームシック・カナダ(Homesick Canada)」——カナダへの望郷の念をそのままブランドの出発点にしたのである。カナダ生まれのアイデンティティと、イタリアで磨いたクラフツマンシップの融合。この二項対立こそが、ディースクエアードというブランドの核になった。

「カナダは我々の生まれた場所であり、インスピレーションの大きな源だ」

以来、ブランドのモットーはたびたび姿を変えてきたが、現在は「Born in Canada, living in London, made in Italy(カナダ生まれ、ロンドン在住、メイド・イン・イタリー)」という言葉がブランドの精神を端的に表している。

1995年にはミラノで初のランウェイショーを開き、2003年にはウィメンズコレクションを初披露。そのデビューショーはナオミ・キャンベルが飾り、カロリナ・クルコバもウォークしたと紹介されている。マドンナ、ブリトニー・スピアーズ、クリスティーナ・アギレラ、リアーナ、ビヨンセなど、世界的なエンターテイナーとの関係はブランドの知名度を一気に押し上げた。

香りづくりの哲学とこだわり

「フレグランスはアクセサリー」という思想

ディースクエアードが香水の世界に踏み出したのは、ブランド設立から10年以上が経過した2006〜2007年のことだった。当時の香水ライセンスはITF(アイティーエフ、イタリアン・フレグランシズ)が担い、同社はのちにアンジェリーニ・ビューティー(Angelini Beauty)へと統合された。2006年から2018年にわたるライセンス期間中に、17種ものフレグランスがリリースされたと報じられている。

「フレグランスは、あなたとあなたの個性についてすべてを語る官能的体験だ。それは最も特徴的で内密な要素であり、目立たぬ形でその人を他者と異ならせる。我々は香りを、個人的であり、ディースクエアードのスタイルとキャラクターを定義するスペシャルなアクセサリーとして捉えている」

— ディーン&ダン・ケイティン

この「香りはアクセサリー」という哲学は一貫している。ファッションショーで大胆に視覚的主張をするいっぽう、香りについては「囁く」ことを選んだのはそのためだ。強さと内密さ、対照性の美学がここにも貫かれている。

ボトルデザイン——「木」を素材として使う

ディースクエアードの香水を他のブランドと一線画す最大の特徴は、ボトルに「木材」を文字通り使うことへの徹底したこだわりだ。

初代フレグランスのヒーウッド(He Wood)では、完璧な正方形のガラスボトルが、カナダ産レッドアルダー(Red Alder)の木材で枠組みされた。カナダの森林を愛する2人のルーツをそのままボトルの形にした、このデザインは一種の工芸品だった。

「木は確固たる存在であり、安心感を与える物質だ。香りの記憶を呼び起こし、個人的な避難所であり、生き生きとした感覚だ」

2018年にライセンスがユーロイタリア(Euroitalia)に移行して以降、ボトルデザインも刷新された。新しいウッドシリーズでは、ボトル全体を木材で覆う手法をあえて廃し、最高品質のアッシュ材(トネリコ材)を使った木製キャップのみに木を取り入れた。このキャップは一点一点手作りで成形されており、磁石式の閉め口が付いている。ほとんど失われかけた職人技によるものだという。

「もう木を殺すことはない」

— ディーン・ケイティン(WWD(ダブリューダブリューディー)取材より)

ボトルの底部ガラスは独自の製法でカーブを描き、内側にティアドロップ型のもう一つのアンプルのような空間を生み出す——液体をいっそう美しく際立たせる、視覚的な仕掛けだ。パッケージには必ずカナダのシンボルであるメープルリーフ(楓の葉)のシールが押され、カナダへの帰属を静かに主張している。

香水ラインナップ

第1世代——「ウッド」の誕生(アンジェリーニ・ビューティー時代)

ヒーウッド(He Wood)〔2007年〕は、ブランド初のメンズフレグランスだ。調香を手がけたのはフィルメニッヒ(Firmenich)のパフューマー、ダフネ・ビュジェ(Daphne Bugey)。トップの「エアー・アコード」ではカナダの原生林の澄んだ空気をホワイトファーやベジタルアンバー、ムスクで表現し、ミドルの「ウォーター・アコード」ではバイオレットリーフとアクアティックノートが瑞々しい清涼感をもたらす。ベースには力強いシダーとベチバーが根を張る。

続く翌2008年には、初のウィメンズフレグランスシーウッド(She Wood)が誕生した。やはりダフネ・ビュジェが調香を担当。ウッドの構造はそのままに、レモン・ネロリ・ジャスミンのライトな開幕、バイオレットやヘリオトロープの柔らかなミドル、そしてシダー・ベチバー・アンバーの温かなベースで構成される、清潔感と自然の優雅さを兼ね備えた香りだ。

「メンズフレグランスを出発点にして、それをフェミニンにした。ウィメンズフレグランスをゼロから作ろうとしたわけではない。女っぽすぎないから、僕たちも使えるくらいだ。どちらの香りも補完し合い、時を超えて愛される」

— ダン&ディーン・ケイティン(WWD〈ダブリューダブリューディー〉、2008年5月16日)

2009年にはヒーウッド・ロッキーマウンテンウッド(He Wood Rocky Mountain Wood)が登場し、カナダのロッキー山脈をテーマにミネラルアンバー・インセンス・ムスク(ロッキーノート)、バイオレット・カナディアンリリー・ホワイトペッパー(マウンテンノート)、ベチバー・シダーウッド(ウッドノート)という三つのアコードで大自然を立体的に再現した。同じくダフネ・ビュジェによる作品だ。

この時期のラインナップでもうひとつ注目すべきは、2015年のウォント(Want)だ。調香師はオーレリアン・ギシャール(Aurélien Guichard)で、マンダリン・ジンジャー・ピンクペッパーの活き活きとした開幕から、ダマスクローズ・ヘリオトロープ・ネロリの柔らかなハート、マダガスカルバニラとバニラアブソリュートのウォームな余韻へと展開するオリエンタルフローラル系の女性用フレグランスで、ウッドシリーズとは一線を画した甘さと官能性を持つ。

第2世代——ユーロイタリア時代の刷新

2018年5月、ディースクエアードはフレグランス事業の新たなパートナーとしてユーロイタリア(Euroitalia)との契約を締結した。ヴェルサーチェ、モスキーノ、ミッソーニなどのフレグランスも手がけるイタリアを代表する香水会社だ。

ユーロイタリアとの初リリースとなったのが、同年9月に発表されたウッド・プール・オム(Wood Pour Homme)とウッド・プール・ファム(Wood Pour Femme)だ。大手香料会社フィルメニッヒから、メンズはアルベルト・モリヤス(Alberto Morillas)、ウィメンズはマリー・サラマーニュ(Marie Salamagne)というトップパフューマー2人が起用された。

ウッド・プール・オムは、カラブリア産ベルガモット・シシリー産レモン・マンダリンというイタリアの柑橘3種で幕を開け、ジンジャー・バイオレットリーフ・カルダモンのスパイシーなミドルを経て、アンブロックス・ブロンドウッズ・ベチバーのディープな余韻へと落ち着く。ウッド・プール・ファムは、マンダリン・ラズベリーリーフのヴィヴィッドな幕開けから、ミュゲ・マグノリア・オスマンサス・ジャスミンの花々が咲き、ホワイトウッズ・シダー・アンブロックスの清澄な余韻で締める。

その後も、深緑のボトルが印象的なグリーンウッド(Green Wood)(男性用)と赤のボトルが鮮やかなレッドウッド(Red Wood)(女性用)が加わり、グリーンウッドはレモン・サントリナ・バーボンペッパーのダイナミックな開幕、シダーウッド・ベチバー・レジンのウッディーなミドル、サイプリオル・アンブロックス・ムスクの力強いベースという構成を持つ。

ちなみに…

ブランド名の秘密: 「Dsquared2(ディースクエアード)」はそのまま「Dの2乗」。2人の名前がどちらも「D」で始まることを遊び心たっぷりに表現した命名だ。

ミラノでのドラァグ時代: 1990年代前半、ミラノでデザイナーとして売り込もうとしていた時期、思うように仕事が得られなかった2人は女装してクラブでパフォーマンスをし、収入を得ていた時期があった。「デザイナーになるために努力していたが、思ったより簡単ではなかった。着飾ることが収入を得てクリエイティブになる一番の方法だった」とダンは振り返っている。

バンクーバー五輪: 2010年のバンクーバー冬季オリンピックで、開・閉会式に出演するカナダのアーティストの衣装をデザインした。トーチリレーにも参加している。

アンチいじめ活動: 幼少期にいじめを経験した2人は、反いじめイニシアティブ「Be Cool Be Nice(ビー・クール・ビー・ナイス)」を強く支援。2017年にはカプセルコレクションもデザインしている。

参考文献