黒コショウの香りで、計算中の身体反応は変わる?

黒コショウの香りで、計算中の身体反応は変わる? 香りの科学

黒コショウは刺激的な香辛料ですが、その香りを嗅ぎながら作業すると、体の反応はどうなるのでしょうか。20人の男性学生を対象にした研究では、計算中に黒コショウ精油の香りを提示すると、無香条件より心拍変動の一指標の低下が小さくなりました。皮膚の反応については、比較に使ったショウガの香りより変化が小さい結果でした。

2024年のこの研究が注目したのは、刺激的に感じられる香りにも、負荷のある場面で自律神経に関わる反応を和らげる可能性があるか、という点です。心臓、皮膚、本人の気分を別々に測っています。

黒コショウ、ショウガ、無香の三条件を同じ人で比較

参加者は健康な20〜24歳の男性大学生20人でした。各人が別々の三日間に、黒コショウ精油、ショウガ精油、無香の溶媒DPGの三条件を経験しました。提示順は偏りが出ないように組まれています。

一回の実験は、10分間の安静、30分間の計算、15分間の回復という流れです。計算では画面の一桁の足し算を、できるだけ速く正確に続けてもらいました。簡単でも集中を要求する課題で、短時間の負荷を作る方法です。

香りは課題中に、鼻の下の管から1分ごとの最初の20秒間だけ届けました。専用の嗅覚刺激装置を用い、部屋全体に香りを広げる場合より提示の時刻と流れを管理しています。ただし、吸い込む香気の濃度を厳密に確定する点には技術的な制約があったと、著者らも記しています。

測ったのは、心拍・心拍変動・皮膚の電気的な反応

心電図から心拍数と、心拍間隔の揺らぎである心拍変動を計算しました。その高周波成分「HF」は、心臓への副交感神経の働きと関係する指標として使われています。指にはセンサーを付け、発汗などに伴う皮膚の電気の通りやすさ、皮膚コンダクタンス水準も測りました。

解析では、値を人・条件ごとに標準化し、最初の安静時からの変化を比べています。原著に出てくる「何%小さい」という数字は、この処理をした反応の差です。心拍数そのものが数十%下がった、ストレス全体がその割合で消えた、という意味ではありません。

どの条件でも、計算中は心拍数と皮膚コンダクタンスが上がり、HFが下がりました。そのうえで、香りによって変化の大きさが違うかを検討しています。

黒コショウでHFの低下が小さく、ショウガにも共通する変化

黒コショウ条件では、計算中のHFの低下が無香条件より32.9%小さく、複数の比較を考慮しても有意でした。ショウガ条件でも、無香条件より25.2%小さくなりました。心拍変動については、二つの香りに共通する方向の結果です。

心拍数の上昇も、黒コショウでは無香条件より小さい傾向でした。ただし、この比較のp値0.048は多重比較を補正する前の値で、確かな差として扱うには慎重さが必要です。ショウガでは、無香条件に比べて心拍数の上昇が小さく、多重比較の補正後も有意でした。

皮膚コンダクタンスでは、黒コショウ条件の上昇がショウガ条件より15.5%小さく、有意でした。一方、黒コショウと無香条件の差は有意ではありませんでした。心臓の指標と皮膚の指標では、有意差が出た比較相手が異なる点が重要です。

「うんざり感」は無香より低いが、気分全体の変化ではない

課題への緊張、努力、集中、疲れ、いら立ち、退屈、うんざりした感じも、本人に0〜100の尺度で評価してもらいました。多くの項目では香り条件による有意差がなく、計算の成績にも明確な差はありませんでした。

一つの例外は、課題中の「うんざり感」です。黒コショウ条件の平均30.0に対し、無香条件は36.7で、表3には補正後p=0.049の差が記されています。原著の抄録や一部の総括は主観評価に差がないとまとめていますが、この個別結果は残して読む必要があります。

香り自体の好み、快適さ、目が覚める感じには、三条件間で有意差がありませんでした。また、どの香りでも、好みや快適さと生理指標の間に明確な相関はありませんでした。単に好ましい香りほど身体反応が小さい、という説明だけでは、この結果は整理できません。

黒コショウの香りを強く感じた人ほど心拍数が高く、目が覚めると感じた人ほどHFが低いという関連も見られました。平均的な条件差と、個人ごとの感じ方による違いが、同時に存在する可能性があります。

成分や働く仕組みは、これからの課題

使われた黒コショウ精油には、β-カリオフィレン35.1%、リモネン15.0%、α-ピネン10.3%、β-ピネン10.2%などが含まれていました。ただし、成分を一つずつ提示して比較した研究ではないため、今回の反応をどの分子が担ったかは分かりません。

対象は少人数の若い男性で、負荷も30分間の計算に限られます。参加者は三条件を区別できており、香りへの認識や期待を完全に隠すこともできません。日常の長期的なストレスへの効果や、料理として食べた場合の効果を考えるには、別の検証が必要です。

まとめ

黒コショウとショウガの香りでは、計算中のHFの低下が無香条件より小さくなりました。黒コショウの皮膚コンダクタンスの上昇はショウガより小さく、無香との差は明確ではありませんでした。主観評価は多くの項目で差がない一方、うんざり感は黒コショウで無香より低い結果でした。

刺激的な香りという印象と、負荷のある場面での身体反応は、単純に同じ方向へ動くとは限りません。複数の指標と比較相手を分けて見たことで、黒コショウの香りが持つ作用の手掛かりが得られました。

研究は高砂香料工業と長岡技術科学大学から一部資金提供を受け、使用精油も高砂香料工業のものです。論文では共著者一人が研究当時の同社所属と記載され、著者らは利益相反なしと申告しています。

参考文献

Dilrukshi EAC, Nishiyama Y, Ito K, Nomura S. Alleviation of acute stress response by black pepper aroma administration. Journal of Physiological Anthropology. 2024;43:3. doi:10.1186/s40101-023-00352-1