レモン様の香りで不快なにおいを覆うと、香りの印象はどこまで変わるのでしょうか。2019年の研究では、シトラールだけの香りと、そこへ少量のカプロン酸を加えた混合物を比べました。
「同じか、違うか」と答える課題では、異なる二つの刺激の識別は偶然の水準を有意には上回りませんでした。しかし「ヤギ様〜レモン様」という尺度では、混合物のレモンらしさが低く評価され、脳活動にも差が現れました。においを覆う効果は、何を尋ね、何を測るかによって、違う側面が見えるようです。
香りを覆う効果と、訓練による変化を調べた
研究の目的は二つありました。一つは、不快な成分を覆った混合物と、覆うために使った香りだけで、知覚や脳の処理が異なるかを調べることです。もう一つは、正解を知らせ、報酬の可能性を与えることで、識別が上達するかを確かめることでした。
30人を募集し、機器の問題で1人を除いた、20〜36歳の健康な29人を解析しました。レモン様の香りにはシトラール、汗の不快臭を模した刺激にはヤギ様と表現されるカプロン酸を用いています。カプロン酸単独は、事前の評価でシトラールより不快と評価されました。
二つのにおいを順に嗅ぎ、正誤を知らせた
主な比較は、プロピレングリコール中のシトラール80%と、シトラール80%にカプロン酸4%を加えた液から発生させるにおいでした。これらは装置に入れる液の組成で、鼻に届く空気中の濃度とは異なります。装置から出るシトラールは測定され、主な二条件で約2ppmでした。
参加者はMRI装置の中で、各2秒のにおいを少なくとも8秒空けて、二つ続けて嗅ぎました。同じ刺激の組が25回、主な異なる刺激の組が25回、シトラールを少なくした、より区別しやすい混合物を含む組が5回です。
参加者はボタンで同じか違うかを答え、直後に正誤のフィードバックを受けました。正解で得点が増え、不正解で減り、高得点ほど金銭報酬を受け取る可能性が高くなると説明されています。快さ、強さ、においの質も尺度で評価しました。
快さや強さの差は明確でなくても、レモンらしさには差があった
シトラールだけと、カプロン酸を加えた主な混合物の間では、快さと強さに有意差は見られませんでした。これは不快臭が覆われたという著者らの解釈を支える結果ですが、両条件があらゆる面で完全に同じだと証明したものではありません。
実際、0をヤギ様、100をレモン様とする尺度では、シトラールだけが平均71.49、混合物が65.52でした。混合物はレモン側の評価を保ちつつ、シトラール単独よりレモンらしさが低く、その差は統計的に有意でした。
一方、二つを続けて嗅ぐ課題で、主な「異なる刺激の組」を正しく違うと答える成績は、偶然の50%を有意には上回りませんでした。同じ刺激の組や、区別しやすい比較用の組では、偶然より高い正答率でした。
29人中21人には「同じ」と答えやすい偏りもありました。そのため、正答率だけをもとに、全員が違いをまったく感じなかったと読むのは適切ではありません。質を連続した尺度で評定する課題は、二択とは別の違いを捉えました。
脳活動は、シトラール単独の方が高い領域があった
fMRIでは、シトラール単独の方が混合物より、左側の被殻と前部の島皮質に高い活動を示しました。多数の場所を比較する影響を補正した解析で認められた差です。混合物の方が高いという逆向きの比較には、その基準を満たす領域がありませんでした。
著者らは、香りの質や、レモンという概念への合い方、報酬的な価値などが関わる可能性を述べています。ただし、この活動差だけから、本人の知らない「本当の好み」を決めたり、脳が不快成分を個別に言い当てたと判断したりすることはできません。分かったのは、同じ課題の中でも二つの刺激の処理に差があったことです。
また、最初のにおいでは眼窩前頭皮質や海馬など、二つ目では前部島皮質などの活動が相対的に高くなりました。研究者は、最初の刺激を覚え、次の刺激と照合する課題の段階を反映した可能性を挙げています。においの種類だけでなく、評価する手順にも脳応答は左右されました。
正解を知らせても、この試験内での上達は確認できなかった
正しい回答を知らせたときは、不正解を知らせたときより、報酬に関わる腹側線条体などの活動が高まりました。しかし、実験の前半と後半を比べても、識別成績の有意な改善はありませんでした。においへの脳活動が時間とともに増えるという結果も、設定した統計基準では得られませんでした。
したがって、報酬を伴うフィードバックで覆われたにおいの識別を改善できる、という仮説は、この手順では支持されませんでした。試したのは一組の成分と特定の濃度であり、別の組み合わせや長い訓練で同じ結果になるかは残された課題です。
まとめ
カプロン酸をシトラールで覆った混合物は、シトラール単独と快さや強さの明確な差を示さず、二択での異なる刺激の識別も偶然を有意には上回りませんでした。それでも、混合物のレモンらしさは低く、左の被殻と前部島皮質の活動はシトラール単独の方が高いという違いが残りました。
報酬を伴うフィードバックによる上達は確認できませんでした。著者らが示したのは、マスキングで不快さを目立たなくできても、香りの質や処理まで同じになるとは限らないことです。成分を取り除く効果を調べた試験ではなく、混ざったにおいがどう感じられるかを、複数の方法で捉えた研究でした。
研究はSymriseのScent & Care部門から資金提供を受け、アーヘンの研究施設による支援も受けています。研究当時、共著者1名はSymriseに所属していました。論文は、資金提供者は研究設計、データ収集・解析・解釈、執筆、投稿判断に関与しなかったと記載しています。
参考文献
Rodriguez-Raecke R, Loos HM, Sijben R, et al. A Masked Aversive Odor Cannot Be Discriminated From the Masking Odor but Can Be Identified Through Odor Quality Ratings and Neural Activation Patterns. Frontiers in Neuroscience. 2019;13:1219. 原著論文


