私たちが扱うのは、自分たちが信じ、自分たちでも使うものだけです。
カール・ブラドル、2005年
ニューヨークの香水店、Aedes Perfumery(アエデス パフューマリー)は、まだ知らない香りを誰かに伝える仕事を、1995年から続けてきた。始まりの店名はAedes de Venustas(アエデス デ ヴェヌスタス)。現在は同名の香水ブランドもあるが、その前に、世界の香水を選んで紹介する小さな店があった。
生花、古い家具、香水の瓶。華やかな空間の奥にあるのは、買う決断を急がせず、作り手の考えを会話へ持ち込む姿勢である。店の歴史をたどると、ニッチ香水がアメリカの日常へ入っていく過程が見えてくる。
基本情報
- 開店:1995年3月、ニューヨークのクリストファー・ストリート
- 共同創設者:カール・ブラドル(Karl Bradl)、ロバート・ゲルストナー(Robert Gerstner)
- 現在の店名:Aedes Perfumery
- 所在地:16A Orchard Street, New York, NY 10002
- 公式サイト:Aedes Perfumery
2026年10月時点の公式案内では、月曜から土曜の12時〜19時に営業し、日曜は休業。店舗とオンラインで複数のブランドを扱うセレクトショップである。自社香水ブランドのアエデス デ ヴェヌスタスは2012年に始まった別の活動で、ブランド専用の公式サイトもある。
創設者と香水店の成り立ち
ドイツからニューヨークへ、二人が探した次の仕事
ブラドルはドイツの小さな町で育ち、18歳でミュンヘンへ移った。銀行で働きながら、昼休みには向かいの香水店へ通った。ゲルストナーのニューヨークでの仕事をきっかけに、二人は1992年9月に渡米。ブラドルはソーホーのバグッタで小売の仕事を得た。
開店までの道筋は、二人の記憶をそれぞれの範囲で読むと分かりやすい。ブラドルには、友人の店にスキンケア売場をつくる計画があり、それが実現しなくなっても、入手しにくいブランドを探す仕事を続けた。一方、ゲルストナーが語る背景には、渡米につながった会社の撤退と、ドイツへ戻らずニューヨークに残りたいという意思があった。
1994年、二人が考えたのは、ヨーロッパの香水店のように、特別な香水、化粧品、キャンドルを一緒に紹介する店である。ゲルストナーによれば、手が届いた物件は地下の小さな空間だった。大きな売場を用意する資金はなく、自分たちの好みに従って飾り、アメリカでは発音も覚えることも難しいラテン語の名前を選んだ。
1995年の開店と「美の神殿」という店名
1995年1月の寒い夜、二人はグリニッジ・ヴィレッジを歩いていて、クリストファー・ストリートの物件を見つけた。向かいのMACには週末になると長い列ができていた。化粧品を求める人が集まる場所で、知られていない香りにも出会ってもらえるかもしれない。店はその年の3月に開いた。
アエデス デ ヴェヌスタスは、二人が「美の神殿」と説明する名前である。ゲルストナーは、世界各地の珍しい香水を扱うためにラテン語を選んだと語った。地名や一つの国のブランドに閉じない名前が、店の品ぞろえに対応していた。
当時の二人が求めたのは、百貨店では出会いにくい香りと、個人に向けた接客だった。ブラドル自身も、流行の香水を皆が使うことに興味を失い、珍しい香りに触れて再び惹かれた経験を持つ。ただし、ニューヨークに香水の専門店がなかったわけではない。アエデスが明確に打ち出したのは、まだ広く知られていない作り手を集め、店の判断で案内する売場であった。
花を添えたギフトが、ファッションの人々へ届く
店を知ってもらうために、ブラドルは花を添えたギフトをヴォーグの美容編集者へ持っていった。ゲルストナーは、雑誌の短い紹介を読んだナオミ・キャンベルが、開店から約一年後のクリスマス時期に来店したと語る。アメリカでは入手しにくいブランドがそろっていることを喜び、モデルやデザイナー、写真家たちへの贈り物を注文した。
香水だけでなく、贈るときの見せ方が店の存在を伝えたのである。花は棚の装飾にとどまらず、ギフトにも持ち込まれた。ゲルストナーが説明するフローラル・ギフトラップには、箱を生花で飾るという具体的な工夫がある。二人がつくった空間の感覚を、受け取る人のところまで運ぶ方法だった。
クリストファー・ストリートからロウアー・イースト・サイドへ
店はクリストファー・ストリート内で移り、2005年には9番地で営業していた。ゲルストナーは、商売が軌道に乗って数軒先へ移っても、家具や装飾の考え方は変えなかったと説明する。新しい家具や花瓶を足していくことはあっても、空間そのものが店のアイデンティティだった。
まったく変わっていません。
ロバート・ゲルストナー、クリストファー・ストリート時代の内装について
2015年11月には、近くの7 Greenwich Avenueへ移った店が訪店記事に登場する。大きなクリスタルのシャンデリア、長いベルベットのカーテン、バーガンディ色の壁。旧店舗から暖炉まわりの装飾と鏡も運ばれた。住所が変わっても、以前からの来店客が店を見分けられる要素が残っていた。
2018年、アエデスはロウアー・イースト・サイドの16A Orchard Streetへ移転した。ウェスト・ヴィレッジで二十年以上を過ごした後の変化である。現在の公式サイトはAedes Perfumeryを店舗名として掲げ、開店以来の歴史と個別の香りの相談を案内している。
店名とブランド名が分かれて見える現在も、香水店の仕事は続いている。自社ブランドの2021年の再出発を紹介する公式プロフィールも、店舗の1995年からの活動を別に記している。ブランドの再出発を、香水店の新規開業や創設者の交代と読み替えることはできない。
店舗と香水ブランドの年表
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1992年9月 | ブラドルとゲルストナーがニューヨークへ移る。 |
| 1995年3月 | クリストファー・ストリートでアエデス デ ヴェヌスタスが開店。 |
| 2005年 | 9 Christopher Streetで営業。ラルチザン パフュームとの店名を冠したホームフレグランスの協働が始まる。 |
| 2008年 | ラルチザン パフュームとの同名オードパルファムが登場。 |
| 2012年 | 自社香水ブランドの展開が始まり、シグネチャーを発表。 |
| 2015年11月までに | 7 Greenwich Avenueへ移転。旧店の家具や装飾を継承。 |
| 2018年 | 16A Orchard Streetへ移転。 |
| 2021年11月 | 自社香水コレクションが新しいボトルで再出発。 |
| 2026年10月 | 公式サイトが16A Orchard Streetでの店舗営業とオンラインの品ぞろえを案内。 |
選品・接客・店舗空間の考え方
知られた名前より、自分たちが信じる香り
2009年の店には、セルジュ・ルタンスやディプティックのまとまったコレクションだけでなく、シャリーニやホテル・コストの香りも並んでいた。香水に加え、クラウス・ポルトの石けん、アグラリアのポプリ、マリアージュ・フレールのキャンドルも扱った。身につける香りと、部屋で過ごす時間の香りが同じ店で出会っていたのである。
「独立系香水を届ける」という仕事は、すべての取扱ブランドが現在も独立資本であるという意味ではない。店が選んできたのは、広く知られた名前だけでは捉えきれない香水の表現である。過去の棚を、そのまま現在の取扱一覧とみなすことも避けたい。
現在の公式サイトでは、アスティエ・ド・ヴィラット、サンタ・マリア・ノヴェッラ、トゥルドン、ルバン、メモ パリなどを紹介している。さらに、ブラドルが共同創設したノーメンクレイチャーもある。合成香料の分子へ焦点を当てるブランドと、長い歴史を持つメゾンが、一つの香水店の中に並ぶ。店の役割は、その違いを消すことではなく、違った創作の入口を用意することにある。
買う前に、サンプルで考える時間をつくる
ブラドルが2005年に説明した接客は、店の華やかな内装から想像される押しの強さとは異なるものだった。
間違った決断をするより、サンプルを持って家に帰ってもらうほうがよいのです。
カール・ブラドル、2005年
2009年の訪店記でも、経験を積んだ少人数のスタッフが、客に圧力をかけずに見て回らせ、必要なときには選択を助ける接客をしていた。著名な俳優やファッション関係者だけでなく、名前を知られていない香水好きにも開かれた店として描かれている。
スタッフも、その体験を支える存在だった。2005年のブラドルの話には店長ミゲルが登場し、2015年の訪店記事ではホセ・オソリオが、複数のブランドを辛抱強く案内している。創設者の美意識だけで店が成立するのではなく、客が迷う時間につきあう人がいる。ただし、これらは当時のスタッフの記録である。
作り手から聞いた物語を、店頭の会話にする
ゲルストナーが2015年に挙げた接客の例は、フレデリック・マルの「アン パッサン」である。彼は調香師オリヴィア・ジャコベッティに、何をつくろうとしたのかを尋ねた。春の最初の日、セーヌ川沿いを歩くという着想を本人から聞き、その話を客へ伝えた。
そうです、本当の話です。
ロバート・ゲルストナー、2015年
彼のいう「物語」は、瓶のために後から飾り立てる説明ではない。作り手の意図を聞き、目の前の香りと結びつけて伝えることである。旅行先の店を訪れなくても、この考え方は香水を読む手がかりになる。素材名だけで作者の狙いを決めず、なぜその香りをつくったのかを知ると、一本の見方が変わる。
花と古い家具がつくる、香りに向き合う空間
クリストファー・ストリート時代の店には、ガラス扉のアンティークの棚、シャンデリア、ヴィクトリア朝風のソファ、孔雀の剥製があった。生花は店主たちが選び、季節を通じて空間に置かれた。2009年の訪店記が伝えるのは、豪華さと親密さが同居する売場である。
2015年のグリニッジ・アヴェニュー店でも、豪華な家具の説明と同じくらい印象的なのは、スタッフと何度もやり取りしながらキャンドルやルームスプレーを選ぶ場面だ。見るための空間に、話しながら香りを選ぶ時間が重なる。
その美意識は、現在の店を題材にした自社香水にも表れている。2023年の「アムネジア ローズ」は、丸みのある花瓶からあふれる花、古い布、剥製の鳥という店舗の静物的な風景を着想にした。ルカ・マッフェイが香りを担当し、淡い紫色のバラの見た目を、スパイスや木の要素を含む表現へ移した。店の空間は、香水を置く背景から、香水を生む題材にもなったのである。
自社香水ブランドとセレクトショップの関係
店名を冠した協働作品から、独自のブランドへ
2005年にはラルチザン パフュームと店名を冠したホームフレグランスをつくり、2008年には同名のオードパルファムへ展開した。2009年の店案内にも、その協働作品が紹介されている。
2012年の自社ブランドのシグネチャーは、これとは別の作品である。調香を担当したベルトラン・ドゥショフールと二人は、ルバーブを中心にした香りをつくった。バーガンディ色のベルベットの箱には、店で使っていた布の一片が着想源となった。名前が共通していても、ラルチザンとの協働作品と自社ブランドの最初の香水を混同してはいけない。
自社の香水も、他のブランドと同じ棚の一員
自分たちも香水をつくり始めたことは、他のブランドを扱う店にとって、どういう意味を持ったのか。ゲルストナーは2015年、他の小売店の中には同業者のブランドを扱うことに抵抗を持つ店もあると認めつつ、自分たちの店の考え方を明確にした。
店では自分たちのブランドも、他のすべてのブランドと同じように扱います。
ロバート・ゲルストナー、2015年
現在もアエデスの公式Aboutは、自社コレクションと他のメゾンの品ぞろえを並べて説明している。Aedes Perfumeryは複数の作り手を紹介する店舗、Aedes de Venustasは二人が調香師とつくる香水ブランド。その関係を押さえると、店の1995年とブランドの2012年が、別々の意味を持つことが分かる。
オーチャード・ストリートへの移転を香水にする
2021年の「16a Orchard」は、新しい住所への移転と店の再出発を記念して依頼された香水である。フランク・フォルクルは、ショウガやアイリスなど、根から得る素材を手がかりに、簡潔な構成で心の安らぎを表そうとした。
移転は2018年、香水が再出発の意味を深めたのは2021年であり、同じ年の出来事ではない。ゲルストナーは、生活が大きく変わった時期に、新しい地区へ根づいたことの意味を語る。住所を香水名にした一本は、店とブランドがつながる具体例である。
現在の店舗と、訪れずに楽しむ入口
現在の公式案内は、16A Orchard Streetで専任の香水アドバイザーによる相談を提供するとしている。開店以来の「個人に向けたサービス」という考え方が、今日の店舗説明にも残っている。
遠くから店の選品に触れるなら、公式サイトのブランド一覧と、サンプル企画を読むことができる。ディスカバリー・サンプル・キットには、ブランド単位の組み合わせに加え、柑橘、アンバーとインセンス、イチジクを題材にした店側の企画も並ぶ。ブランドの全体像と、香りのテーマを横断する見方の両方を用意しているのである。
個々の香水のページには制作背景と試香用サンプルの選択肢があり、価格や配送条件はその都度確認できる。ここで大切なのは、オンラインの商品数より、店が何を一緒に並べているかを見ることだ。ニューヨークへ行かなくても、ある素材や作り手を起点に、別の表現へ関心を広げられる。
アエデスが続けてきたのは、知らない名前を、知る理由のある香りへ変える仕事である。花を飾り、棚を整え、作者に尋ね、客の迷いを聞く。その積み重ねが、一本の香水を紹介する言葉を育ててきた。
補足
7 Greenwich Avenueへの移転は、後年の資料に2016年とする記述があるが、2015年11月11日の訪店記事が既に移転後の店を紹介しているため、本記事では「2015年11月までに」とした。現在の住所・営業時間は2026年10月の公式案内に基づく。
参考文献
- Aedes de Venustas: an interview with Karl Bradl — Now Smell This、2005年
- About Us:開店年月・店舗の理念・現在の住所と営業案内 — Aedes Perfumery
- 自社香水ブランドの公式サイト — Aedes de Venustas
- Robert Gerstnerへの原インタビュー:渡米・開店・ギフトラップ・旧店の内装 — BEAUTY.at
- Robert Gerstner:店名と人物への原取材 — New York Magazine、2005年
- Timeless Style: Aedes de Venustas:移転後の訪店記 — Doreen Chambers、2015年11月11日
- ブランドと店舗の歴史・2021年の再出発 — Pitti Fragranze公式出展プロフィール
- Aedes de Venustas ~ shopping for perfume in New York City — Now Smell This、2009年
- The Opposite Of Everyone Else:Robert Gerstnerへの原インタビュー — Persolaise、2015年
- Amnesia Rose:店舗空間を着想にした制作・再出発年月 — Aedes公式
- Aedes de Venustas:協働作品と自社ブランドの年表 — Osmetheca
- Call It Aedes de Venustas’s Very Own — Vanity Fair、2012年
- 16a Orchard:移転を記念した制作と2021年の意味 — Aedes de Venustas公式
- Discovery Sample Kits:現在の試香企画 — Aedes Perfumery公式


