口のにおいは、歯だけでなく舌の表面からも?

口のにおいは、歯だけでなく舌の表面からも? 香りの科学

歯をきれいにしていても、口のにおいが気になることがあります。2001年の研究は、健康な人の息に含まれる成分を調べ、舌の表面に付く舌苔(ぜったい)と、そこにすむ細菌を重要な発生源として示しました。

中心となったのは、硫黄を含むメチルメルカプタンという成分です。ただし、研究の出発点は、この一成分だけで口臭を説明することではありません。どんな物質が不快さに関わり、口のどこで、何を材料に作られるのかを、化学分析、においの評価、清掃、細菌の培養から確かめています。

健康な人の息にも、複数のにおい成分がある

対象は、口や全身に大きな病気がない非喫煙の成人男性です。実験ごとに少人数を調べており、主な成分分析は3人、口の中の気体と不快さの関係は7人、清掃比較は3人の反復測定でした。

成分分析では、自然な呼吸で吐いた「呼気」を1人当たり約180リットル集め、濃縮して測定しました。口を閉じた後に口の中から採る「口気」とは、採取方法を区別しています。量が少ない物質まで捉え、低級脂肪酸、窒素を含む化合物、硫黄を含む化合物の15種類を検出しました。

酢酸のように多く含まれていても、においとして認識される濃度に届かない物質がある一方、酪酸やメチルメルカプタンなどは、少量でも認知閾値を超えていました。ここでいう閾値は、そのにおいを認識できる濃度の目安です。単に検出量の大きい順に並べるだけでは、不快さに関わる成分は分かりません。

メチルメルカプタンが多いほど、不快さも高かった

メチルメルカプタンは、分析した3人全員の呼気で認知閾値を超え、口気では呼気より高い濃度が見られました。唾液を培養した容器の気体にも現れたため、口の中で作られる主要な候補として、その後の実験の指標に選ばれています。

7人の口気を薄めて人が嗅ぐ試験では、3倍と10倍に希釈した条件で、この成分の濃度が高いほど不快度も高いという有意な関係がありました。30倍希釈では、同じ方向の関係は統計的に明確ではありませんでした。

一方、口気は、同じ濃度のメチルメルカプタンだけを嗅いだ場合より不快に感じられることもありました。著者は、脂肪酸や窒素化合物を含む複数の成分が、口臭の質や不快さに関わると考察しています。メチルメルカプタンは有用な指標ですが、口臭の全体を一つの数字で表せるわけではない、という結果です。

朝から夜まで追った少人数の測定では、起床時に高く、食事の後に下がり、時間がたつにつれて再び上がる傾向も見られました。口のにおいは、その人に固定された特徴というより、時間や口内の状態で変動するものとして捉えられます。

舌の清掃で、におい成分を作る力が大きく低下

発生場所を調べる実験では、水で口をすすぐ、歯磨き剤を使わず歯を3分間磨く、舌の表面を専用の器具で清掃する、という処置を比べました。参加者は3人で、無清掃9回、水洗口9回、歯面清掃5回、舌背清掃6回の測定です。これらは人数ではなく、同じ人から繰り返し得た実験回数です。

特徴的なのは、硫黄を含むアミノ酸のL-メチオニンで口をすすぎ、成分を作る働きを強めてから調べたことです。材料を与えて発生量を増やすことで、自然な口気では小さくて測りにくい違いを捉えようとしました。

清掃前後のメチルメルカプタン濃度の比を使った産生指標は、清掃30分後の比較で、無清掃に対し水洗口で44.3%、歯面清掃で71.8%、舌背清掃で88.8%低くなりました。舌背清掃は、ほかの清掃よりも大きな低下を示しました。

88.8%という値は、材料を追加した実験での産生指標の変化です。普段の息の不快さが同じ割合で減ったという意味ではありません。少人数・反復測定という条件も含め、この実験の役割は、舌の表面が重要な発生場所であることを探る点にあります。

舌苔、細菌、アミノ酸をつなぐ培養実験

続いて6人から唾液、歯垢、舌苔を採り、酸素の少ない条件と酸素のある条件で培養しました。酸素の少ない条件では、メチオニンを加えなくても成分が作られ、舌苔で特に高い産生が見られました。メチオニンを加えると産生はさらに増え、舌苔、歯垢、唾液の順となりました。酸素のある培養では、産生はずっと少なくなりました。

菌そのものの働きも、17属42種71株で調べています。歯周病との関係で知られるポルフィロモナス属、フソバクテリウム属、スピロヘータの菌株は、高いメチルメルカプタン産生を示しました。

さらに注目されたのが、健康な人の口にも存在するベイヨネラ属です。調べた中の一部、特に2株は、メチオニンを加えたときに産生が大きく増えました。そのうち1株は舌苔から新たに分離されたものです。著者は、病気に関連する菌だけでなく、日常的に口にすむ菌も、利用できる材料によってにおいの発生に関わると考えました。

これらの結果は、舌苔を単なる汚れの量として見るより、細菌が住み、材料を分解して揮発成分を作る場所として見ると理解しやすくなります。ただし、菌の性質は株によって異なり、培養での高い産生量を、そのまま口内での寄与率に置き換えることはできません。

この研究から読み取れること

著者は、歯垢や舌苔の蓄積を抑えることが、においの発生を考える上で重要だと結論しています。また、メチオニンで産生を引き出す方法を、健康な人の小さな口臭変化や発生源を調べるための測定法として提案しました。

一方、これは健康な成人男性を対象とした一連の小規模な研究です。長期的な清掃効果や、舌を清掃する強さ・回数の最適条件を決めた試験ではありません。病気を伴う口臭や、さまざまな年齢・性別の人への応用には、別の検証が必要です。

まとめ

健康な人の口のにおいにも、硫黄化合物、脂肪酸、窒素化合物などが含まれていました。中でもメチルメルカプタンは不快さと関係し、その発生を調べる指標になりました。

清掃と培養の実験は、舌苔、酸素の少ない環境、細菌、メチオニンという材料が、成分の発生につながることを支持しています。舌の清掃では水洗口や歯の清掃より産生指標が低くなり、ベイヨネラ属の一部の菌株にも高い産生能力が見つかりました。口のにおいを理解するには、歯だけでなく舌の表面と、そこで起こる微生物の働きにも目を向ける必要があると示した研究です。

研究当時、著者は財団法人ライオン歯科衛生研究所に所属していました。謝辞には、ライオン株式会社生物科学センターによる測定・実験への助言と協力も記されています。独立した研究資金・利益相反の申告欄は、原著では確認できませんでした。

参考文献

渋谷耕司.生理的口臭の成分と由来に関する研究.口腔衛生学会雑誌.2001;51(5):778–792.原著論文(公開全文)。