同じ録音を聞いても、部屋に漂う香りによって、声の「爽やかさ」や「クールさ」の評定が変わるかもしれません。2010年の研究は、男性1人の声を高さだけ変えて聞かせ、香料の有無による印象の違いを調べました。低い声では甘いフローラル系、高い声ではシトラス・ムスク系の香りで、無香時より爽やかさが高くなる傾向が報告されています。
この論文には、香りによる人の印象を測る方法を作るという狙いもありました。ただし、結果の図で用いられた統計基準は通常より緩い10%水準です。ここでは、香りと声の組合せを探った探索的な研究として、その手順と結果を見ていきます。
香りそのものの好みから、一歩先を測りたい
男性向けのボディケア用香料を開発するとき、香り自体の好みを聞くことと、その香りが漂う場で男性がどう感じられるかを測ることには違いがあります。著者らは後者の評価法として、人物写真よりも一つの要素を変えやすい「声」に注目しました。
使ったのは、男性1人が昔話の冒頭を読んだ録音です。元の基本周波数は116Hzで、機械的な加工によって103、105、112、116、122、123Hzの6種類を作りました。声の高さ以外の違いをできるだけ小さくし、印象を比べるためです。
声を評価したのは、社内の20〜40歳代の女性で、試験ごとに22〜32人でした。5分間の環境映像を見た後、その時点の気分を記入し、ヘッドホンで6種類の声をランダムな順に聞いて、クールさ、爽やかさ、男っぽさ、好みなどを線上で評定しました。最後に、もう一度自分の気分を答えています。
香りは入室から退室まで芳香器で一定に漂わせました。香りの条件は別の日の同じ時間帯に実施しています。試験室には女性試験官のほか、男性が近くにいることを意識してもらうための男性試験官もいました。録音の声を聞く場面を使った実験で、声の主が実際に香りをつけて会話した場面を評価したものではありません。
香りがないときも、声の高さで印象が違った
無香条件では、元の116Hzの声が、6種類の中で好みとクールさの平均評定が最も高くなりました。「男っぽい」という評定は116Hz以下で比較的高く、122Hzと123Hzでは低くなっています。いちばん低い声が、いちばん好まれるわけではなかった点も興味深い結果です。
研究者は便宜上、120Hzより低いものを「低い声」、高いものを「高い声」として、その後の結果を整理しました。この境目は今回の録音に基づく区分で、著者自身も、一般化には複数の男性の声で調べる必要があると述べています。
香料は、言葉のイメージと男女の好みから選んだ
香料選びも研究の大きな部分です。文献や伝承から選んだ34種類の香料を、専門家14人が59のイメージ語で評価し、結果を因子分析で整理しました。「高揚感・魅力」「活動性」「ネガティブな気分」「男性的」「清涼・透明感」「安らぎ・充足感」という六つのまとまりが得られています。ここで測ったのは香りが持つイメージで、伝承にある心理作用を一つずつ実証したわけではありません。
なかでもL-ムスコンは、魅力的、ときめく、といったイメージが強く、調合香料の素材に選ばれました。研究者はこれを含む3種類を創作します。Aは清潔感のあるシトラス・ムスク調、Bはやさしく甘いフローラル・スウィート調、Cはフレッシュで力強いアロマ・ハーブ調です。
別の好みの調査では、男性40人は試作品を1週間使用して、女性35人は一度香りを嗅いで評価しました。女性には、男性から香ってくる状況を想像するよう指示しています。男性の平均的な好みはB、A、Cの順に高く、女性では逆の並びでした。またAとBは具体的なイメージが浮かびやすかったため、声の試験にはこの二つが選ばれました。男女で試し方が違うことも含め、この調査の参加者と製品条件における結果です。
低い声と高い声で、組み合わせの傾向が変わった
まず単一の香料であるL-ムスコンを試すと、6種類すべての声をまとめた印象の変化は小さいものでした。一方、122Hzと123Hzの高い声に限ると、無香時よりクールな印象が高くなる傾向が見られました。
調合した香りでは、低い声の爽やかさはAとBのどちらでも平均値が上がり、Bのフローラル・スウィート調で差の傾向が示されました。高い声ではAのシトラス・ムスク調に同様の傾向がありました。また、最も低い103Hzの声については、Bでクールさと爽やかさの両方が高くなる傾向が報告されています。
ここで重要なのが統計の読み方です。本文は一部の差を「有意」と呼んでいますが、図7〜9の印は対応のあるt検定でp<0.1を示しています。5%水準を満たしたという報告ではなく、多くの声・評定項目を比べた中で見つかった候補として読むのが適切です。
著者らは、Bのやさしいイメージが低い声の強い男性的な印象を和らげ、Aの爽やかなイメージが高い声の印象に合ったのではないかと考察しました。香りから連想するイメージが声の評価に重なる、という説明です。その心理過程を独立に確かめる操作は行われていません。
聞き手の気分も調べた
無香条件では、試験の後にイライラが増え、ほっとする感じ、イキイキする感じ、ワクワクする感じが低下しました。AとBの香りがあると、無香条件よりイライラとほっとする感じの変化が良い方向になり、Bではイキイキ、ワクワクの低下も小さくなりました。
この気分の比較も、図10の検定基準はp<0.1です。また、Bでイキイキとワクワクの前後差そのものがプラスになったのではなく、無香条件ほど下がらなかったという結果です。著者らは声の印象と聞き手の気分の両方が変わったことを、香りによる魅力向上の可能性と解釈しています。
今回の方法は、一つの録音、社内の女性、限られた香料を用いたものです。香りの条件順の無作為化や盲検化、複数比較への補正は明記されていません。実際の人物への魅力や対人行動にどの程度つながるかは、別の検証が必要になります。
まとめ
この研究は、声の高さを変えた録音を使い、香料が人の印象に関わるかを測る方法を提案しました。香りのイメージと好みから試料を選び、低い声にはフローラル・スウィート調、高い声にはシトラス・ムスク調で、無香時より爽やかさが高くなる傾向を見いだしています。
聞き手の気分にも、無香条件より悪化が小さいなどの差がありました。いずれも10%水準での探索的な結果ですが、香りを単独で採点するだけでなく、「どの声と、どの香りが一緒になるか」を検討する評価法の可能性を示しています。
研究当時、著者7人全員はライオンに所属していました。独立した研究資金・利益相反の声明は本文に見当たりません。
参考文献
芳賀理佳・鈴木幸一・松川浩・田中結子・一ノ瀬昇・竹中玄・藤田早苗(2010)「男性の声から女性が受ける印象に及ぼす香りの作用研究」日本化粧品技術者会誌、44(4)、285–291。原著論文


