頭のにおいを抑える香料には、香りで印象を変えるだけでなく、におい物質が生まれる反応に働きかけるものもあります。1998年の研究は、皮脂から脂肪酸ができる実験系を作り、脂肪酸を少なくする香料を探しました。さらに、一部の香料が脂肪酸と反応してエステルになることも見つけています。
研究の狙いは、頭のにおいの成分を調べ、その生成を抑える素材の評価法を作り、シャンプーとリンスで確かめることでした。「よい香りを足す」という発想を、皮脂・微生物・酵素の反応から掘り下げた論文です。
まず、洗髪から3日後のにおいを調べた
原因調査に参加したのは、20〜50歳代の各年代2人、計8人の女性です。無賦香のシャンプーとリンスで洗髪し、直後と、その後に頭髪化粧品を使わず過ごした3日後のにおいを評価しました。洗髪直後はほとんどにおいがなく、3日後には個人差がありながらも、油っぽい、脂っぽい特徴が共通して認められました。
毛髪の抽出物には、ミリスチン酸やパルミチン酸、オレイン酸などの脂肪酸が含まれていました。また、頭を覆うキャップ内に空気を送り、そこから出てくる成分を30分間捕集すると、酢酸からパルミチン酸まで、炭素鎖の短いものと長いものが検出されました。
研究者はこれらを手掛かりに脂肪酸の混合物を作りました。長い炭素鎖の脂肪酸に、ごく少量の酪酸やイソ吉草酸などを加えたモデルは、調香師と一般の人から頭のにおいに近いと評価されたと報告されています。この観察から、著者らは日常的な頭のにおいに脂肪酸の混合臭が重要だと考えました。再現評価の人数や統計は示されておらず、頭のにおい全体に対する各成分の寄与率までは決まっていません。
皮脂から脂肪酸ができる反応を、実験室で再現
皮脂に含まれるトリグリセリドは、脂肪酸がグリセリンにつながった分子です。リパーゼという酵素がその結び付きを切ると、遊離した脂肪酸ができます。研究者は、この反応を香料の評価に使おうとしました。
一つは、皮膚に関連する微生物であるマラセチア・フルフルと表皮ブドウ球菌を用いる系です。脂質を含む培地で35℃、3日間培養し、脂肪酸の生成を分析しました。もう一つは、トリグリセリド、スクアレン、コレステロールを混ぜた皮脂に似た組成物に、市販の試薬リパーゼを加える系です。
どちらの系でも脂肪酸の生成を確認できました。リパーゼの系ではトリグリセリドが減り、それを構成する脂肪酸が現れ、頭のにおいに似た特徴も生じました。一方、スクアレンとコレステロールには大きな変化がありませんでした。こうして、においの原因候補を作り、その量の変化を追う評価法ができました。
香料が脂肪酸を減らす仕組みは、一つではない
リパーゼの系では合成・天然の約70種類の香料を調べ、微生物の系では、そのうち代表的な約20種類を調べました。ベンジルアルコール、ゲラニオールなどを加えたリパーゼの実験では、脂肪酸の分析信号が、香料を加えない場合のおよそ5〜20%になる例がありました。この割合は実験系での脂肪酸のピーク面積に基づき、頭のにおいが同じ割合で弱くなったという値ではありません。
微生物の系では、菌の増殖が肉眼で少なく見える香料にも、増殖抑制が目立たない香料にも、脂肪酸を少なくするものがありました。著者らは、前者には抗菌作用が、後者には酵素の働きを抑える作用が関係すると考察しています。
さらに重要なのが、脂肪酸を別の分子へ変える反応です。ベンジルアルコールを加えた系では、脂肪酸が少ないだけでなく、ベンジルラウレート、ベンジルミリステート、ベンジルパルミテートなどのエステルが新たに検出されました。脂肪酸とアルコール系の香料が結び付いたものです。ベンジルアルコールを人に塗布した翌日の抽出物からも、微量のベンジルパルミテートが報告されています。
つまり、「脂肪酸が少ない」という同じ結果にも、菌の増殖を抑える、酵素反応を抑える、生成物をエステルへ変える、という異なる説明があり得ます。著者らは、酵素を利用して脂肪酸由来のにおいを変える可能性を、この研究の重要な成果に挙げました。ただし、検出されたエステルの一つ一つが、頭の上でどの程度よい香りに寄与するかは調べられていません。
シャンプーとリンスでも、脂肪酸の減少を確認
研究者は、実験結果を基にブーケ調の香りを調合し、シャンプーに0.45%、リンスに0.3%配合しました。使用後の質問紙では、普段から頭のにおいが「気になる」「やや気になる」と答えた36人のうち、75%が抑制効果を感じたと報告されています。36人は調査全体の46%に当たる人たちで、先の原因調査の8人とは別の集計です。この75%は使用者の感想で、無賦香製品との比較による改善率ではありません。
化学分析では、頭の左右を賦香あり・なしのシャンプーとリンスで洗い分け、自然乾燥させて24時間後に放出成分を比較しました。賦香した側は無賦香の側より脂肪酸のピーク面積が小さく、合計値も低くなっています。香りの印象だけでなく、測定された成分にも変化があった点が、この研究の実用面での成果です。
ただし、半頭試験の人数、ばらつき、統計検定は記載されていません。また、完成した香料は混合物なので、抗菌作用、酵素への作用、エステル化がそれぞれどれだけ寄与したかは分かりません。著者らは皮膚の微生物系を大きく変えずに利用する展望も述べていますが、使用前後の菌叢を測った研究ではありません。
まとめ
この研究は、頭のにおいに関わる脂肪酸を調べ、微生物とリパーゼで脂肪酸を作る評価法を開発し、その生成・残存量を減らす香料を見つけました。一部の香料では、脂肪酸がエステルへ変わる反応も確認されています。
試作したシャンプーとリンスでは、無賦香側より24時間後の脂肪酸の分析信号が低く、使用者の一部もにおいの抑制を感じました。評価人数などに限られた記載はあるものの、香料を「においを付ける材料」としてだけでなく、「においができる反応に関わる材料」として捉える道筋を示した研究です。
研究当時、著者3人はポーラ化成工業に所属していました。小川香料の研究協力への謝辞があります。独立した研究資金・利益相反の声明は本文に見当たりません。
参考文献
山本宏・下里功・岡田正紀(1998)「頭のニオイ成分の生成を抑制する香料」日本化粧品技術者会誌、32(1)、26–32。原著論文


