食事のあと服に残るにおいは、素材によって中身も違う?

食事のあと服に残るにおいは、素材によって中身も違う? 香りの科学

食事のあと服に残るにおいは、強さだけでなく、布から出てくる成分の組み合わせも違うのでしょうか。綿・羊毛・ポリエステルを火鍋の蒸気やたばこの煙にさらした研究では、布ごとに検出される成分や、その相対的な割合が異なりました。

この研究は成分分析に加え、空気の流れや布のすき間が放出にどう関わるかを、数値モデルでも検討しています。ただし、モデルの主要な説明には原著内で食い違いがあります。実測で分かったことと、まだ結論を確定しにくい部分を分けて読んでいきます。

火鍋とたばこを使い、布から放出される成分を測る

2022年にオンライン公開された研究では、事前に三回洗濯した綿・羊毛・ポリエステルの布を用いました。試料の面積は同じですが、綿とポリエステルは厚いタオル地、羊毛はそれらより薄い綾織りです。素材だけを変え、厚さや構造を完全にそろえた比較ではありません。

たばこの条件では、閉じた実験容器の上部に布をつるし、下で三本を同時に燃やして、燃焼後も1時間置きました。火鍋の条件では、市販のスープの素150gと水750mLを加熱し、沸騰後に布を1時間さらしています。

その後、布の中央部分を切り取り、密閉瓶の気相へ出てきた成分をガスクロマトグラフィー質量分析、GC-MSで調べました。測定は三回行い、中央値を採用。成分名は質量スペクトルのデータベースとの一致度を基に推定しています。標準品との照合による確定同定としては扱えません。人が嗅いで強さや不快さを評価する試験は行っていません。

原著の成分表には、名称と識別番号の不一致や、アネトールに対応する二つの項目が同じ保持時間に別々の面積で記されるなど、不明瞭な箇所もあります。以下では、名称・分子式・識別番号の対応を確認できる代表例に絞ります。

火鍋では、綿と羊毛で目立つ成分が違った

火鍋にさらした布からは、ヘキサナール、ノナナール、β-ピネンなどと推定された成分が検出されました。測定ピークの面積割合を見ると、綿ではヘキサナールとノナナールが、羊毛やポリエステルより大きな割合を占めました。

一方、原著でβ-ピネンと推定されたピークの面積割合は、羊毛で34.82%、綿で7.32%、ポリエステルで6.93%でした。同じ火鍋の蒸気に触れても、後で布から測定される成分のバランスはそろわなかったのです。

この割合は、分析装置が捉えたピークの相対的な大きさです。羊毛からβ-ピネンが何倍の質量で出たか、におい全体が何倍強かったかを、そのまま示す数字ではありません。成分によって装置の応答や人が感じやすい濃度も違うため、割合の比較と嗅いだ印象の比較は別に必要です。

たばこの成分も、布によって検出のされ方が変わる

たばこの条件では、ニコチンやフェノールと推定された成分が三種類すべての布から検出されました。羊毛では、綿やポリエステルに比べて報告された成分の種類が少なく、煙に由来する指標成分の一つである3-エテニルピリジンは検出されませんでした。綿やポリエステルでは、フルフラールや3-エテニルピリジンなどのピークが見られています。

著者らは、繊維の化学的な性質、湿気の取り込みやすさ、布の構造などが、成分の吸着と放出に関わると考えています。たとえば綿のセルロースや羊毛のタンパク質には、分子との相互作用に関わる部位があります。ただし、この実験では厚さや織り方も異なるため、差のすべてを繊維の化学構造だけに帰すことはできません。

また、ある成分が気相で検出されないことは、布にまったく付着していないこととは限りません。吸着している量と放出された量を分けて測らなければ、保持されている可能性も残ります。この研究から素材別の健康上の安全性を順位付けすることはできません。

放出の速さを考えるモデルと、原著に残る食い違い

研究のもう一つの柱は、布の厚み方向に物質が移動する数値モデルです。複雑な煙全体の代わりにニコチンを代表として使い、綿の布を基に、流入する空気の速さ、繊維が占める体積の割合、分子の拡散係数を変えて計算しました。これは、三種類の布の実測データをそのまま時間追跡した実験とは別の検討です。

計算では、空気の流入速度が高い条件ほど、布の内部のニコチン濃度が速く低下しました。また、拡散しにくい条件では、空気が入る側と奥側の濃度差が大きくなり、奥側に成分が残る様子が示されました。布のどの位置を見るかによって結果が異なるため、「拡散係数が小さければ、どこでも同じように残る」という単純な説明にはなりません。

一方、布のすき間については、原著の抄録が「空隙率が低いほど濃度低下が速い」とするのに対し、結果と結論は「繊維の体積割合が低いほど速い」としています。繊維の占める割合が低ければ、すき間の割合は高くなるので、方向が一致していません。本記事では、この原著だけから空隙率の効果の方向を確定しません。

風速の条件にも、方法では1・10・100m/s、結果では1・50・100m/sという表記の食い違いがあります。こうした不整合があるため、モデルの数値を家庭の換気や干す時間の目安に変えるには、計算条件の確認と実際の布での検証が必要です。

まとめ

火鍋やたばこの煙にさらした布では、綿・羊毛・ポリエステルから検出される成分の組み合わせや相対割合が異なりました。火鍋では綿のヘキサナールやノナナールなどの割合が高く、羊毛ではβ-ピネンの割合が高いという具体的な違いが見られました。

数値モデルは、空気の流れや分子の拡散のしやすさが、布の内部に成分が残る場所と時間に関わる様子を示しています。ただし、空隙率の効果の方向と一部の計算条件は原著内で整合していません。布に残るにおいを、成分の選ばれ方と放出の過程の両方から調べた研究であり、モデルを実用的な消臭条件へつなぐには確認が残ります。

原著はShanghai Engineering Research Center for Clean Production of Textile Chemistryの支援を記載し、Wuxi Little Swan社の技術者との議論に謝意を表しています。著者らは利益相反なしと申告しています。

参考文献

Huang W, Liang S, Zhang H, Ding X, Wang J. Tobacco and Hot Pot Odor Adsorbed by Cotton, Wool, and Polyester Fabrics: Desorption Components and Dynamic Analysis. AATCC Journal of Research. オンライン公開2022年. doi:10.1177/24723444221132330