脇のにおい成分に、グレープフルーツを思わせる「鏡像」がある?

脇のにおい成分に、グレープフルーツを思わせる「鏡像」がある? 香りの科学

汗や玉ねぎを思わせるにおいと、グレープフルーツを思わせるにおい。遠く離れた印象ですが、脇のにおいを調べた研究では、ある成分の「鏡に映したような二つの形」に、この違いが見つかりました。

2004年、Myriam Troccazらが追っていたのは、脇のにおいの中にある、まだ正体の分からない硫黄成分です。細菌でにおいを再現し、成分を取り出して調べる過程で、分子の立体配置と香りの意外な関係が浮かび上がりました。

脇のにおいを、実験室で再現する

研究の出発点には、既知の成分を混ぜて作った脇臭の再現香では、本物らしい鋭いにおいを十分に再現できないという問題がありました。研究者らは、その不足を埋める候補として、微量の硫黄成分に注目しました。

そこで男性30人から運動やサウナで出た脇の汗を集め、ろ過で菌を除き、においのない試料を用意しました。次に、脇から分離した細菌を加え、においが生まれる様子を調べます。

菌によって、汗、玉ねぎ、バターなどの印象の強さは異なりました。調香師1人と訓練された評価者30人が比べたのは、この培養後の汗試料全体です。研究者らは、硫黄を思わせる脇臭を強く生じた菌株、Staphylococcus haemolyticusを選び、集めた500 mLの汗から分析用のにおい成分を得ました。

装置で分けて、鼻で探す

成分探しには、ガスクロマトグラフィーという、混合物を順に分ける装置を使いました。出口で人がにおいを嗅ぐことで、数多くの成分の中から、探しているにおいが現れる場所を絞り込みます。

さらに、硫黄を検出する分析と、分子の手がかりを得る質量分析を組み合わせました。候補の物質を実際に合成して比較し、未知の成分を3-メチル-3-スルファニルヘキサン-1-オール、略して3M3SHと特定したのです。においが似ているという印象だけでなく、分析結果の一致も確かめています。

分子の左右で、においの言葉が変わる

3M3SHには、右手と左手のように、鏡に映すと対応するのに、重ねてもぴったり一致しない二つの形があります。「鏡像異性体」と呼ばれ、ここではS体とR体で区別します。原子の種類やつながり方は同じでも、空間での配置が異なる組です。

研究者らは、この二つを分けられるカラムという細い管を使い、装置から出てくるそれぞれのにおいを嗅ぎました。

  • S体:汗、玉ねぎ、動物を思わせるにおい
  • R体:果実、グレープフルーツ、硫黄を思わせるにおい

R体にも硫黄様の印象が残るところが、この結果の面白さです。「グレープフルーツ様」は、においを表す言葉の一つ。同じ成分名の中に、こうした香りの違いが隠れていました。

鏡像の形を分けて調べる技術は、オレンジ精油の品質検査でも使われています。成分名だけでなく、その中のどちらの形なのかまで見ると、香りを理解する手がかりが増えます。

脇の試料では、汗らしいS体が多かった

分析した汗の抽出物では、S体がR体より多く、比率はおよそ3対1と推定されました。ただし、微量の成分による小さな信号から求めた概算です。誰の脇でも常にS体が75%になる、と決めた数値ではありません。

著者らは、S体のにおいの特徴と試料中での多さを合わせて、典型的な脇臭に重要な役割を持つと考えました。研究の成果は、未知だった硫黄成分を特定し、さらに二つの立体配置でにおいが異なるところまで調べたことにあります。

ここで比べたのは鏡像異性体なので、汗のにおいを薄めると柑橘の香りへ変わる、という実験ではありません。また、グレープフルーツの果実に3M3SHが含まれるかも調べていません。対象は細菌でにおいを生じさせた汗の試料であり、医学的な腋臭症全体を、この一成分で説明した研究でもありません。

まとめ

脇のにおいから見つかった3M3SHには、汗や玉ねぎを思わせるS体と、グレープフルーツを思わせる印象も持つR体がありました。分析した汗の試料ではS体が多く、著者らは脇臭の特徴を支える重要な成分と位置づけています。

普段は「汗のにおい」「果実の香り」と大きく分けている印象も、分子の立体配置までたどると、思いがけない近さが見えてきます。香りの名前からは想像しにくい接点を、成分を分けて嗅ぐ実験が捉えた例です。

参考文献

Troccaz, M., Starkenmann, C., Niclass, Y., van de Waal, M., & Clark, A. J. (2004). 3-Methyl-3-sulfanylhexan-1-ol as a Major Descriptor for the Human Axilla-Sweat Odour Profile. Chemistry & Biodiversity, 1(7), 1022–1035. 原著論文 / 著者公開の全文。