自分が求める香りは、常に同じではない。変わっていくのが自然
茂田正和 — OSAJI創設者・ブランドディレクター
朝に窓を開ける。手を洗う。今日の服を選ぶ。OSAJI(オサジ)が香りを置こうとするのは、こうした日々の行為のそばである。肌をいたわるスキンケアから始まったブランドは、身につける香水だけでなく、家の香りを自分で調合する体験や、洗うたびに香りに触れる道具へと、その考えを広げてきた。
創設者の茂田正和にとって、ものづくりの出発点は、身近な人が使える化粧品をつくることだった。その経験と、香りを選ぶ人の感性を尊重する姿勢は、2025年に刷新したオードトワレにも表れる。名前に選んだのは、花や人物ではなく「前置詞」。時間や場所、人との関係を示す小さな言葉で、香りと記憶を結ぼうとしたのである。
基本情報
- ブランド創設:2017年
- 創設者:茂田正和(しげた・まさかず)
- 誕生の背景:群馬県高崎市の日東電化工業の化粧品事業から誕生。2023年に株式会社OSAJIとして分社化
- 初の香水:2020年にオードトワレを発売
- 公式サイト:OSAJI
創設者とブランドの成り立ち
母の肌の悩みから、台所での試作へ
茂田は音楽業界でレコーディングエンジニアとして働いていた。録音や配信の方法が変わっていく時代に、別の仕事を立ち上げようと考え、友人と3人でパッケージデザインの会社を始めた。化粧品や健康食品の顧客と接するうち、容器のデザインだけでなく、中身まで提案する仕事に関心を持つようになる。
一方、化粧品そのものを学ぶきっかけには、母の肌の悩みがあった。母は自然由来の化粧品を好んでいたが、肌の状態が変わり、以前使っていたものが合わなくなった。「食べられるものなら肌にもよい」という考えでは、説明できない出来事だった。
2001年ごろ、茂田は自宅の台所で化粧品の試作を始め、皮膚科学や処方を学び始めた。料理が得意だった茂田に、母が化粧品もつくれるのではと声をかけたことも、その入口となった。身近な人のために材料を合わせるところから、化粧品開発者の道へ踏み出したのである。
植物への信頼を、処方の検討へ変える
茂田が疑ったのは、植物を使うこと自体ではなく、植物由来という言葉だけで肌との相性まで保証できるという考え方だった。食べられる山芋でも、肌に触れればかぶれることがある。植物である漆にも、同じような例がある。素材の印象と、皮膚に使うときの性質を分けて考える必要があった。
皮膚科学の研究者である叔父に学び、茂田は肌の構造や機能を踏まえた製品づくりを追究した。2019年に草場妙子と語り合った際には、かつて自分が「アンチオーガニック」を口にしていたと振り返りつつ、植物原料を使いながら、敏感な肌を考えた処方を組む可能性も語っている。素材の出自だけで選ぶのではなく、使う人に向き合って組み立てる。その姿勢がオサジの土台となった。
2004年の事業化から、2017年のOSAJIへ
初期の仕事には、温泉のミネラルを題材にした旅館向け化粧品の開発があった。製造を外部へ委託するだけでなく、自分たちで分析し、製造したいという思いが生まれる。そこで力になったのが、家業の日東電化工業だった。
同社は自動車のエンジン部品などのメッキ加工を行い、金属イオンの濃度分析や水処理の設備を備えていた。茂田が求める分析・製造の基盤と、新たな事業の軸を育てたい父の考えが重なり、2004年にヘルスケア事業部ができた。化粧品開発の開始、会社の事業としての製造販売、オサジの誕生は、それぞれ別の段階である。
2017年、オサジがブランドとして始動し、谷中に直営1号店を開いた。名は、匙で薬を調合する姿に由来する「お匙」から取られている。2023年10月には日東電化工業から分社化し、茂田が株式会社OSAJIの代表取締役となった。
草場妙子との協働から、香りの提案を広げる
オサジが人々と出会う接点のひとつになったのが、ヘアメイクアップアーティストの草場妙子との協働だった。以前のブランドの撮影で出会った草場は、のちにオサジのボディゲルを愛用し、紹介していた。スタッフがその投稿を茂田に見せたことから、再び一緒に仕事をする機会が生まれた。
草場とつくったkokyu(呼吸)は、ボディゲルからヘアケアへ展開したシリーズである。実際に欲しいものを相談しながらつくる協働は、茂田が目指す「使う人に寄り添う」製品開発とも重なる。
私たちは「敏感肌向け」ではなく「敏感肌でも使える」ことを重要視しています。
茂田正和
茂田が示したのは、肌の悩みだけで人を分けず、スキンケアやメイクを楽しむ余地をつくろうとする考えだった。香りもまた、オサジが暮らしを考える入口になっていく。
2020年10月2日、ブランド初の香水となるオードトワレを発売した。当初は菫、牡丹、水仙、藤、夕菅という5つの花を題材に、懐かしい感情や情景を描いた。藤には、曇った窓を打つ雨音と、その向こうで揺れる花の姿を重ねている。
2021年には蔵前に、家の香りを調合するkako-家香-が誕生。2025年3月26日にはオードトワレを前置詞を使った5種へ刷新し、2026年3月11日に3種を加えた。現在のオードトワレは8種である。
ブランドのこだわり
前置詞で、香りと時間・場所を結ぶ
2025年の刷新で選んだ名前は、at、of、in、for、overである。前置詞は、時間や空間を切り取り、言葉の関係をつくる。オサジはその役割を、服やメイクに添える香りが、その日の雰囲気や気分を変えることに重ねた。
たとえばoverには、over the memories(記憶の先)という言葉が添えられる。藺草の印象にネロリを合わせ、ウードの甘さにほうじ茶を忍ばせた構成だ。大分県産のシチトウイの茎エキスも配合する。なじみのある植物や茶の気配を、暗さや煙の印象と重ね、記憶へつながる香りを形にしている。
一方、in the sun(陽の中)を示すinでは、ラベンダーにチェリーを合わせ、コットンを思わせる柔らかさへ、ムスクなどの甘みを重ねる。単に植物名で分類するのではなく、言葉が示す場面と、構成がつくる質感を行き来するコレクションである。
2026年に加わったon、by、besideも、同じ命名の考えを引き継ぐ。you beside me(君のとなりで)と名付けたbesideは、梨と緑茶の印象に、アールグレイと北海道産ハマナス花エキスを重ねる。近くにいる人との関係を示す言葉が、新たな香りの場面をつくる。国内の植物原料は、その景色を描く一部であり、コレクション全体を天然香料だけでつくるという意味ではない。
kakoで、家の香りをつくり直す体験
香りを選ぶという考えを、調合する体験へ広げたのがkakoである。2022年の取材では、揮発する速さで4群に分けた12種のブレンド精油から、各群の香りを選んで組み合わせる仕組みを紹介している。つくるのはルームフレグランスやエッセンシャルオイルであり、肌につけるオサジのオードトワレとは用途が異なる。
茂田が思い描いたのは、家紋のように受け継がれながら、変わってもいく家の香りだった。一度選んだ香りを固定せず、年齢や気分に応じて調合し直す余地を残す。香りをつくる経験から、ほかの作品に出会ったときにも、制作者が何を考えたのかを想像できるようになってほしいと考えている。
手洗いを香りの体験にする「言葉のうつわ」
山崎円城との協働で生まれた「言葉のうつわ」は、香水ではなくハンドソープである。音楽と言葉の表現を続ける山崎のタギング、すなわち文字を描く表現を、白い磁器ボトルの凹凸へ移した。
手を洗うって最も身近に香りを楽しめることでもあって。
茂田正和
茂田はベチバーを中心に据え、カルダモンやコリアンダーでアジアを思わせるニュアンスを添え、セージとグレープフルーツで軽やかに抜けるように調香した。ベチバーは、イネ科の植物の根から得られる香料である。根の香りを軸にしながら、手を洗う短い時間に、重さと軽さの両方をつくろうとした選択が見える。
容器のもとになったのは、茂田が手に入れた、江戸時代の醤油輸出に使われたコンプラ瓶のアンティークだった。使い終えたら花器にもでき、使う人の手と時間によって表情が変わる。言葉を見る、香りに触れる、手を洗う。それぞれを日常の中で繰り返す道具として、協働の成果を仕立てたのである。
参考文献
- Fragrance Blending, an Art Form Bringing Unique Colors to Daily Life — DIG THE TEA
- オサジを100年続くオーセンティックなブランドに — 茂田正和インタビュー、FASHIONSNAP
- 深呼吸したくなる香り、「kokyu」ができるまで。第1回 — 草場妙子・茂田正和対談、ほぼ日刊イトイ新聞
- 深呼吸したくなる香り、「kokyu」ができるまで。第2回 — 草場妙子・茂田正和対談、ほぼ日刊イトイ新聞
- 創設者プロフィール・会社沿革 — OSAJI公式
- ブランドストーリー・名前の由来 — OSAJI公式
- 初のオードトワレ、2020年10月2日発売 — 日東電化工業公式発表
- オードトワレの刷新と前置詞による命名、2025年3月26日発売 — OSAJI公式発表
- 「香りと記憶」をテーマにした新3種、2026年3月11日発売 — OSAJI公式発表
- オードトワレの現行8種・香りと配合原料 — OSAJI公式
- オードトワレ「記憶のアンソロジー」 — OSAJI公式
- 山崎円城×茂田正和 SPECIAL CROSS TALK vol.2 — 「言葉のうつわ」の調香と容器、OSAJI JOURNAL


