SCENT OF YORK.(セント オブ ヨーク)— 山藤陽子の歩みと、感覚を香りへ移すものづくり

SCENT OF YORK.のDARLINGの実物ボトルを基に、バラと本を添えたブランド紹介用の生成イメージ。 ブランド創業者

私の調香は音楽に近いんです。

山藤陽子 — SCENT OF YORK.創設者・調香師

SCENT OF YORK.(セント オブ ヨーク)は、山藤陽子が日々の「気持ちいい」という感覚を香りへ移すブランドである。音楽、本、風の匂い、空の色、食事。先に浮かぶイメージを追いながら、植物の香料を合わせていく。その仕事は、商社帰りに手に取った一本のサンダルウッド精油から始まった。

2021年に誕生したこのブランドには、完成した香りのほかにも、受け継がれる山藤の選び方がある。素材の表情が変わることを受け入れる。香りからチョコレートをつくる協働を試みる。愛用する人を長く待たせないために、新たな容器を加える。感覚から始まった仕事が、製品の具体的な形へつながっている。

基本情報

  • ブランド始動:2021年9月28日、最初の香りFETISHを発売
  • 創設者・調香師:山藤陽子(やまふじ・ようこ)
  • 拠点・背景:東京。「気持ちいいこと」をテーマに暮らしを提案するYORK.の活動から誕生
  • 公式サイト:SCENT OF YORK.

創設者とブランドの成り立ち

商社帰りに出会ったサンダルウッドの精油

山藤は商社に勤めていた頃、帰り道にニールズヤード レメディーズへ立ち寄り、サンダルウッドのアロマオイルを手に取った。深い理由を考えた末ではなく、よい香りだと感じて選んだ一本だった。そこから自然由来の製品に触れ、生産者の考えや、製品の背景にある物語へ関心が広がっていく。

平日は商社で働き、週末はニールズヤードの店舗に立つ。週7日働く生活を経て、商社を辞め、ニールズヤードの正社員となった。その後、マネージャー職として8年間を過ごした。精油を日々扱い、植物ごとの個性を確かめる経験が、のちの調香の基盤になった。

自然派の枠を越える店づくりと、南青山のサロン

山藤は製品の香りや手触りを気に入っていた一方で、そのよさが、自然派のものを好む人にしか届いていないと感じていた。独立してオーガニックのセレクトショップのディレクションと運営に携わると、服やインテリアを選ぶ人にも、まず製品そのものを楽しんでもらえる場所を目指した。

選ぶ基準は、オーガニックという言葉を前に置くより、身につけて気分が上がるか、空間に置いて心地よいかだった。山藤は、決まった肩書きで自分を分類せず、感性を信じて活動していこうと考えていた。

偏るけれど、こだわらない

山藤陽子

日本製だから、オーガニックだからという枠を先に決めず、自分が気持ちよいと感じるものへ偏っていく。それが山藤のもの選びだった。2015年には南青山で、アポイント制のサロンHEIGHTS(ハイツ)を始めた。茶を飲みながら同じテーブルで客と向き合い、一人ひとりに合う製品を提案する場所である。

客のためにつくった香りから、2021年のブランド始動へ

サロンで客のために香りをつくると、喜ばれた。それが調香の仕事の入口となり、次第に香りの依頼が増えていく。山藤はYORK.の活動を通じて、ブランドの商品企画、施設や展示の空間、舞台演出などへも香りをつくってきた。

植物由来の香料でパフュームをつくりたいという構想は、長年持っていた。2021年9月28日、最初のFETISH(フェティッシュ)が誕生し、SCENT OF YORK.が始動する。ムスクを思わせる植物香料アンブレットを中心に置いた作品で、ブランドの名前とともに、自分の感覚を香りで表現する仕事が形になった。

続くMOCHA(モカ)は、コーヒーと煙草という嗜好品を香りの題材にした。2022年2月1日には、チョコレートをテーマにした3作目S’MORE(スモア)を発表。山藤が気持ちよいと感じるものは、花や木にとどまらず、食べることや嗜むことにも広がっている。

音楽のようにイメージから組み立てる調香

山藤は学校で調香のルールを学んだのではなく、精油に日々触れる中で、その個性を覚えてきた。香りをつくるときは、先に浮かぶイメージを、メロディーを形にするように追っていく。植物の性質を理解しながら、感性へ働きかける香りを目指すのである。

DARLING(ダーリン)では、ピエール・ド・ロンサールの、愛しい人をバラへ誘う詩の一節が着想となった。過ぎて戻らない時間を意識し、今を掴もうとするメッセージを重ねている。ローズをキーノートにしながら、その香りだけが前へ出ることを避け、15種の精油による構成へ仕立てた。

素材を一つの名前へ閉じ込めず、文学や映像、食事から得た感覚と関係づける。そうした組み立て方は、花を題材にするときにも、花の再現だけを目的にしない理由となっている。

愛用する人へ届けるため、スプレーを追加

2024年、ブランドが3周年を迎える頃には、スプレータイプのボトルも加わった。従来の瓶は一つずつ造作に手間がかかり、完売すると6か月以上待たせることがあったためである。従来の姿をシグネチャーデザインとして残しながら、愛用する人へ届けるための、もう一つの形をつくった。

ブランドのこだわり

天然香料の変化をヴィンテージとして楽しむ

SCENT OF YORK.は、植物から得た天然香料を選び、小さなエディションで香りをつくる。同じ土地の植物でも、育ったときの環境によって香りは変わる。そのため同じデザインの作品でも、年ごとに表情が変わることを、ワインのヴィンテージのように楽しんでほしいと考えている。

山藤にとって、天然香料を選ぶのは、その香りが感性に響くと感じるからである。合成香料のすべてを否定する考えではない。素材の揺らぎを受け止め、そのとき集まった香料でつくるという、制作上の選択なのだ。DARLINGのスプレータイプも、制作の都度、天然香料を選び、100本ずつのスモールバッチ、すなわち少量単位で生産する形を取っている。

S’MOREからチョコレートへ、蕪木祐介との協働

スモアは、焼いたマシュマロとチョコレートをクラッカーで挟む菓子であり、名には「もう少し」という響きもある。山藤は、そのもう少し欲しくなる感覚を香りへ移した。2022年のS’MOREでは、バニラとカカオの原料を小麦由来のアルコールで抽出した香料を使い、柑橘の始まりから、トンカビーンやベンゾインの甘さへ展開させた。

この香りを受け取ったのが、珈琲とチョコレートの店「蕪木」を営む蕪木祐介である。蕪木はS’MOREをイメージした、同名のチョコレートをつくった。

バニラの香りを移したマシュマロに、ビターで香り豊かなチョコレートをコーティングしました。

蕪木祐介

マシュマロの淡い口どけと、チョコレートの濃厚さを組み合わせた菓子は、香水とともに限定で届けられた。食べ物から香りをつくり、その香りから別の作り手が再び食べ物をつくる。二人の感覚を往復する協働である。2023 Editionにも、S’MOREの名と、チョコレートとバニラを軸にした発想が引き継がれている。

LOLITAで重ねる無邪気さと深い甘さ

2025年10月に発表したLOLITA(ロリータ)は、自分の内側にある無邪気さに向き合う作品である。ジャスミンサンバックの繊細な香りを軸に、ライムやマンダリンの明るさと、ラブダナムやトンカビーンの深い甘さを重ねる。

甘ずっぱい入口と、奥行きのある余韻を同じ作品へ置くことで、無邪気さと成熟が重なるイメージを描いている。山藤が先に置く感覚は、一つの気分に固定されず、香りの展開の中で異なる表情を見せるのである。

試薬瓶の造形を残し、スプレーを加える容器設計

初期の香りを収めたのは、インドの試薬瓶だった。透明なガラスと栓に、MIC*ITAYA(ミック・イタヤ)が手がけたロゴが重なる。日用品としての瓶の姿と、ビジュアルアーティストの図案を組み合わせた造形である。

DARLINGの従来型は、香水の入った遮光瓶に加え、香水瓶とアトマイザー、移し替えるためのろうとを組み合わせている。2025年のLOLITAも、遮光瓶から香水瓶へ移す仕様で発表された。スプレータイプを加えてからも、この従来型は残している。瓶の造形を楽しむ時間と、香りを届けるまでの時間。その両方を考えた設計の広がりに、使う人と向き合ってきた山藤の経験が表れている。

参考文献