キャロライナ ヘレラ|ファッションから生まれた香りの帝国

キャロライナ ヘレラの世界観と代表製品「Good Girl Eau de Parfum」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「香水をまとうことは、女性が持てる最も重要な見えないアクセサリーを身につけることだ。」
— キャロライナ ヘレラ

基本情報

  • ブランド名:キャロライナ ヘレラ(Carolina Herrera)
  • ファッションブランド設立:1981年(ニューヨーク)
  • 香水事業開始:1988年(プーチ社との提携による)
  • 創設者:マリア・カロリーナ・ホセフィナ・パカニンス・イ・ニーニョ(通称:キャロライナ ヘレラ)
  • フレグランス部門クリエイティブ・ディレクター:カロリーナ・A・ヘレラ(創設者の娘)
  • 公式サイトhttps://www.carolinaherrera.com

創設者・ブランドの成り立ち

ベネズエラの貴族家庭に生まれて

マリア・カロリーナ・ホセフィナ・パカニンス・イ・ニーニョ(キャロライナ ヘレラ)は、1939年1月8日、ベネズエラの首都カラカスに生まれた。父ギジェルモ・パカニンス・アセベドは空軍将校で、カラカスの元知事でもあった。一方、母マリア・クリスティーナ・ニーニョ・パシオスも、社交界の著名人であった。一族は16世紀にまで遡る貴族の血統を持つ。

キャロライナは四姉妹の一人として、ゴバネス(家庭教師)が常駐する邸宅で育った。裕福な環境ではあったが、厳格な家風でもあった。母は「何事にも正しいやり方がある」と娘たちに言い聞かせ、外見の美しさだけでなく、知性と内なる豊かさを育むことを求めた。その日々について、キャロライナはのちにこう語っている。

「私の子ども時代は、空想と楽しさに満ちていた。お気に入りの思い出の一つは、姉妹たちとドレスアップごっこをしたこと。家庭教師がシンデレラや白雪姫のような演劇を企画してくれて、姉妹で役を選んで演じた。」

ファッションとの最初の出会いは、幼い頃の祖母との体験だった。ソサエティ(上流社会)の一員であった社交界好きな祖母と母は、キャロライナをパリへ連れて行き、バレンシアガ、ランバン、ディオールなどの仕立て服の世界に引き合わせた。その感受性を育てた環境について、キャロライナは後に短くこう述べている。

「私の目は、いつも美しいものを見慣れていた。」

離婚、再婚、そして決断の時

18歳のころ、両親の勧めでベネズエラの裕福な青年と結婚し、二人の娘をもうけた。しかしこの結婚は数年後に破綻。キャロライナは一族で初めて離婚した人物となり、二人の娘を連れて実家へと戻った。

その後、カラカスでファッションデザイナー、エミリオ・プッチの広報担当として短期間働いた(プッチは家族の親しい友人でもあった)。この時代に、幼なじみのレイナルド・ヘレラ・グエバラと再会。レイナルドはベネズエラのモーニングニュース番組「ブエノス・ディアス」のホストとして知られる人物だった。二人は1968年に結婚し、さらに二人の娘が生まれた。

レイナルドと共に迎えた1970年代は、いわゆる「ジェット・セット(国際的な社交エリート)」としての日々。アンディ・ウォーホル、ビアンカ・ジャガー、イギリスのマーガレット王女らと交流するなかで、キャロライナは国際ベストドレッサーリストに初登場(1972年)し、1980年にはそのホール・オブ・フェームに選出された。

ダイアナ・ヴリーランドの一声が変えた人生

1980年、一家はニューヨークへ移住する。当時40代に入ったばかりのキャロライナは、ファッション関連のビジネス——当初は生地のデザインを考えていた——を始めることを模索していた。そこで背中を押したのが、ヴォーグ誌の伝説的な編集長ダイアナ・ヴリーランドと、ファッション広報のルディ・クレスピだった。二人は「生地だけでなく、洋服全体をデザインしなさい」と強く勧めた。

キャロライナ自身も後年、このきっかけについて語っている。

「ダイアナ(ヴリーランド)は家族の友人でした。彼女は言ったのです。『生地のデザインって本当にやりたいの?洋服の方がずっと楽しいわよ』と。」

夫レイナルドも義母も最初は懐疑的だったが、キャロライナは怯まなかった。カラカスの専属仕立て職人に約20着のドレスを作らせ、ニューヨークのパークアベニューに借りたアパートメントで社交界の友人たちを招いた内見会を開いたところ、風の噂を聞きつけた高級ファッション店のバイヤーたちが訪れ、ラインを全て買い取りたいと申し出た。

会社組織も生産体制も持っていなかったキャロライナは、ベネズエラに戻って資金援助者を探した。出版事業家アルマンド・デ・アルマスの支援を受けたと伝えられ、ニューヨークの7番街にショールームを開設することができた。1981年、マンハッタンのメトロポリタン・クラブで行われた初のランウェイショーで、キャロライナはその名を世界に知らしめた。ショーには後のスーパーモデル、イマンも出演している。

「ファッションで有名になる前から、彼女はすでに美しく着こなしていた」

批評家からの評価が常に良いわけではなかった初期の数年間、キャロライナは批判を糧に腕を磨き続けた。エスティ・ローダー、ジャクリーン・ケネディ・オナシスといった著名人が忠実な顧客となり、1986年にキャロライン・ケネディの結婚ドレスを手がけたことで、ブランドは北米で一躍家庭の名となった。

1987年にはブライダルコレクションを発表。1988年にはスペインの化粧品・香水グループ、プーチ(Puig)との提携のもと、待望の初フレグランスをリリースする。

香水事業の誕生と母娘の協働

最初の香水——ジャスミンとチュベローズの記憶

1988年にリリースされた最初の香水「キャロライナ ヘレラ」は、設立者が長年個人的に調合して使っていた香りをベースにしている。カラカスの少女時代、寝室の窓の外に咲いていたジャスミンの花にまつわる記憶が、この香りの源泉だった。

「母が初めて香水を発売したころ、彼女のお気に入りの花であるジャスミンを基調としていた。」——カロリーナ・A・ヘレラ(娘)

調香師として、香水データベースにはカルロス・ベナイム、クレモン・ガヴァリー、ロセンド・マテウの三人の名が挙げられている。トップにベルガモットとアプリコット、ハートにインドのチュベローズとスペイン産ジャスミン、ベースにサンダルウッドとアンバーを配した白花系フローラル香であり、1980年代の豪奢なフローラル香の時代を体現した一作として、現在でも愛好家の間で語り継がれている。

娘・カロリーナ・A・ヘレラの合流

1997年の「212」の誕生に、創設者の娘カロリーナ・A・ヘレラが参加した。のちにブランドのフレグランス部門クリエイティブ・ディレクターを務めることになる。もともと医学の道を歩もうとしていた彼女の合流は、予期せぬ転機だったという。

「大学を卒業したばかりで、医師の国家試験に向けて勉強していた。ニューヨークでの夏、ラボでアルバイトをしているとき、母が新しい香水のキャンペーンを手伝うインターンが必要だと言い出した。」——カロリーナ・A・ヘレラ

その「新しい香水」こそが、のちに説明する「212」だった。こうして偶然が必然に変わり、カロリーナ・A・ヘレラはブランドで最も重要な香りの数々を指揮することになる。

プーチとの関係、ブランドの完全統合へ

プーチは1988年に香水のパートナーとなり、1995年にはファッション部門を取得した。これにより香水とファッションが一つの傘下に収まり、コヒーレントなブランド戦略が推進されることとなった。

ブランドのこだわり

香りづくりの哲学——記憶と素材への敬意

キャロライナ ヘレラのフレグランスには、ひとつの不変のシグネチャーがある——ジャスミンだ。カロリーナ・A・ヘレラはインタビューでこう述べている。

「(ブランドの)ほとんどの香水にジャスミンが入っている。母がデザインを始める前、自分でジャスミンとチュベローズのオイルを調合していた。それが実際に最初の香水になったのだ。」

素材の選定には徹底したこだわりがある。カロリーナ・A・ヘレラは「ジャスミンの花は、最良の香りを保つために夜明けに摘まなければならない。それこそが真のクラフツマンシップだ」と語っている。産地によっても香りの質は大きく変わり、エジプト産・トルコ産・インド産ジャスミンのそれぞれに違う個性がある、という観点がブランドの素材選びを支えている。

フレグランス制作の全体哲学についても、カロリーナ・A・ヘレラの言葉が雄弁だ。

「フレグランスを作るには、さまざまな専門家とスキルが関わる、非常に複雑で長いプロセスが必要だ。コンセプトからボトルのデザインまで、アイデアを現実にするのは集団作業だ。最良の素材を探し、完璧なフォーミュラを得るためにパフューマーと協力し、正しい濃度を見つける——それは技術的でありながら、同時に詩的な挑戦だ。」

ボトルデザイン——「永遠に手元に置きたいもの」

グッドガールの香水ボトル
グッドガールの香水ボトル

キャロライナ ヘレラのフレグランスは、香りの優れさと同じくらいボトルの造形で知られる。カロリーナ・A・ヘレラはそのデザイン哲学をこう語っている。

「(ボトルデザインは)ブランドのDNA、細部への特別な注意を体現するものだ。永遠に持っていたいと思えるもの、非常に良い素材で作られ、ラグジュアリーな感触を持つものを作ること。とても楽しくて、コレクションしたくなる。」

最初の香水「キャロライナ ヘレラ」のボトルはアンドレ・リカールがデザインしたと伝えられる。「212」シリーズでは薬のカプセルを思わせるシリンダー型ボトルを採用し、そのモダンさが話題を呼んだ。グッドガール(後述)のスティレット(細いヒール)型ボトルは4〜5年の研究開発の末に完成したものであり、バッドボーイのための雷のボルト型ボトルも独特のフォルムが際立つ。

香水ラインナップ

キャロライナ ヘレラ(1988年)

ブランド最初の香水。創設者が個人的に愛用していたジャスミンとチュベローズのオイルを原点に、プーチとの協働で製品化された。トップにベルガモットとアプリコット、ハートにチュベローズ・ジャスミン、ベースにサンダルウッドとアンバーを配した白花系フローラル。香水データベースでは、調香師としてカルロス・ベナイム、クレモン・ガヴァリー、ロセンド・マテウが挙げられている。プーチ社のプレスキットでは「キャロライナ ヘレラ自身がまとっていた香りを製品化したものであり、ジャスミンとチュベローズの香りはカラカスの夏の夜の記憶を想起させる」と表現されている。

212(トゥーワントゥー)シリーズ(1997年〜)

キャロライナ ヘレラ 212 ニューヨークシティの香水
キャロライナ ヘレラ 212 ニューヨークシティの香水

女性用は1997年、男性用は1999年にデビューした、マンハッタンの市外局番(エリアコード212)を冠したフレグランス・ライン。ニューヨーク・シティのエネルギーと若々しいコスモポリタン精神を体現する香りとして生まれた。女性用はアルベルト・モリヤスが創香。男性用の「212 メン」は、公式にアルベルト・モリヤス、ロセンド・マテウ、アン・ゴットリーブの三人が挙げられている。カロリーナ・A・ヘレラはこの香りについて「母と私——二世代の視点でニューヨークという都市を体験することの二重性を表現したものだった」と語っている。

女性用はトップにオレンジブロッサム・ベルガモット・マンダリン、ハートにカメリア・ガーデニア・ユリ、ベースにサンダルウッドとムスクという構成。以降、212 ヴィーアイピー(212 VIP)(2010年)、212 セクシーなど多数のバリエーションが展開され、現在も同ブランドの中核フランカー群を形成している。

グッドガール(2016年〜)

ベリー グッドガールの香水ボトル
ベリー グッドガールの香水ボトル

ブランドに新たな次元をもたらした現代の代表作。カロリーナ・A・ヘレラが4年以上かけて開発し、公式ではパフューマーのルイーズ・ターナーによる創香として紹介される(資料によってはカンタン・ビッシュも併記される)。発売は2016年9月。テーマは「女性の二面性」——光と影、善良さと奔放さの共存だ。

「(この香水は)すべての女性が持つ、ある種の楽しい二面性にインスパイアされている。あなたはオープンでいられる、でも少しミステリアスでなければならない。善くあれる、でも少し悪くなければならない。コンセプトは『悪いことも良いこと』なのよ。ヒールを与えられた女性は世界を征服できる、そういうことだわ。」——カロリーナ・A・ヘレラ

ボトルデザインは深いミッドナイトブルーのスティレット(細ヒール)型。カロリーナ・A・ヘレラはボトル開発のプロセスを振り返りこう言っている。「4年かかったのは、機械的に難しかったから。ストリッパー・ヒールも、70年代のひどいパンプスもあった。いろんなヒールを試した末に、ハウス・オブ・ヘレラのヒールにたどり着いた」。ボトルが完成に至るまでに5年の研究開発期間を要したとも報告されている。

「フェミニンであることと、パワフルであることは相反しない。母がよく言うのは、『パワフルになるために男性的になる必要はない』ということ。フェミニニティこそが強烈に強力なのです。」——カロリーナ・A・ヘレラ

ノートはトップにアーモンドとコーヒー、ハートにチュベローズとジャスミン・サンバック、ベースにトンカビーンとカカオを配したアンバー・フローラル。モデルのカーリー・クロスがキャンペーン・フェイスを務めた。ブランド最大のヒット作となり、以降「グッドガール・スプリーム」「ベリー・グッドガール」(2021年、赤いスティレット型ボトル)など多彩なバリエーションが展開されている。

バッドボーイ(2019年〜)

グッドガールの「対」として生まれた、メンズ・フレグランスの中核作。雷のボルト型ボトルが象徴的。ノートはセージ・グリーン・ベルガモット・ペッパー・トンカビーン・カカオ・アンバーウッド。アナ・トリアスが発表時に語ったように「リスクを恐れず、強さと繊細さという二面性を体現する新しい男性像」をターゲットにした。

ヘレラ コンフィデンシャル(2015年〜)

母娘が共同で開発した、ブランド初のラグジュアリー・ニッチ・ライン。発売時は全6種の香水(ヘレラ チュベローズ、バーニング・ローズ、ナイトフォール・パチョリ、ウード・クチュール、ネロリ・ボエム、アンバー・デザイア)と4種のエッセンシャルオイルで構成され、個別使用だけでなくレイヤリング(重ねづけ)を前提にデザインされている。

ボトルは世界最高品質のガラスで作られ、ブランドのイニシャルが刻印されている。2017年には「コンフィデンシャル・オー・ド・トワレ」シリーズも発表。モロッコのバーベナ、グラースのセンティフォリア・ローズ、カラブリアのベルガモットなど、各産地の象徴的な素材をテーマに、5人の著名なパフューマーが腕を競った。カロリーナ・A・ヘレラはこのコレクションについて「母と共に旅した思い出の土地から着想した香りで、各フレグランスには母の アレグリア・デ・ビビール(alegría de vivir/生の喜び)が込められている」と語っている。

このラインは、ジェンダーレスな方向性でも注目された。カロリーナ・A・ヘレラは「ヘレラ コンフィデンシャルの香りは男性・女性に限定されない。素材の質とマジックに基づいており、重ねて楽しむことができる」と述べている。

ちなみに…

ジャスミンと「見えないアクセサリー」の哲学
キャロライナ ヘレラが香水を指して「見えないアクセサリー」と表現したのは、ブランドのフェイスブック(Facebook)でも正式に引用されている言葉だ。ファッション・デザイナーとして出発した彼女にとって、香水は衣服の延長であり、身にまとうものすべてが一人の女性のスタイルを構成するという思想の体現である。

カロリーナ・A・ヘレラはもともと医師志望だった
現在のフレグランス部門のクリエイティブ・ディレクターは、もともと医学の道を歩もうとしていた。「212」のキャンペーン・インターンから始まった彼女のキャリアは、気づけば20年以上続いている。

グッドガールのボトルはコレクターズ・アイテムに
発売以降、毎年ホリデー・シーズンに限定デザインのボトルが発売されており、コレクターの間で人気を博している。2024年のホリデー版は「グッドガール・スパークリング・アイス」と題した雪をイメージしたボトルで、ファンの注目を集めた。

参考文献