ジャスミンの花が開くとき、香りをつくる成分と、その成分を生み出す遺伝子は、どのように動いているのでしょうか。2025年、Jingping Fangらは、花びらが幾重にも重なるジャスミンの品種「Hutou」を調べました。
この品種は観賞用として親しまれている一方、香りの成分や、それがつくられる仕組みの研究が十分ではありませんでした。研究者らは、遺伝情報を読み解き、開花の五つの段階で成分と遺伝子の働きを比べることで、香りの特徴とその成り立ちを結びつけようとしました。
つぼみから、しおれた花まで
対象は、中国の温室で育てたHutouです。閉じたつぼみ、開き始め、十分に開いた花、老化が始まった花、しおれた花という五段階から試料を採り、各段階で三つの生物学的な反復を設けました。人に香りを評価してもらう実験ではなく、植物の試料を分析する研究です。
揮発性の成分は、気化した物質を捕まえ、ガスクロマトグラフィー質量分析という装置で分けて調べました。ただし、咲いている花の周りの空気をそのまま採ったのではありません。凍らせて粉砕した花の試料を容器に入れ、60℃で成分を取り出しています。
そのため、得られた結果は、そろえた抽出条件で花の成分を比較したものです。庭で咲く花が、その時々に空気中へ出す量や、人が嗅いだときの強さを直接測った数字とは区別する必要があります。
912成分は、「912種類の香り」ではない
全段階の試料から、研究者らは912種類の揮発性成分を報告しました。多かった分類はテルペン類やエステル類で、装置の信号から求めた成分量の合計は、つぼみから十分に開いた段階まで増え、その後、しおれる段階にかけて低下しました。
912という数は、分析装置の情報をデータベースなどと照合して割り当てた成分の数です。912通りのにおいを人が嗅ぎ分けたという意味ではありません。また、一種類ずつ標準物質を使って確かめた絶対量ではなく、基準物質の信号との比較による量を使っています。
研究者らは、開花初期に変化し、開き始めか満開の段階で全体の1%を超えると算出された16成分に注目しました。そのうち、化学物質の性状を記したデータベースを参照して、香りがあると整理されたのは5成分でした。量が多く検出されることと、人の鼻にとって重要であることは、同じではなかったのです。
候補となった五つの成分
五つには、α-ファルネセン、ベンジルアルコールと、三つのエステルが含まれました。著者らは、これらの既知の香りの性質から、花らしさや果実らしさ、葉を思わせる印象などに関わる候補と考えています。
α-ファルネセンと三つのエステルは、概ね満開の段階まで増え、その後減少しました。一方、ベンジルアルコールの量が最も多かったのは開き始めでした。香りに関わる候補成分も、すべて同じタイミングで増減するわけではありません。
ただし、この五つを混ぜて花の香りを再現したり、一つずつ抜いて香りがどう変わるかを人に評価してもらったりはしていません。「五つで香りが決まる」と証明されたのではなく、量の変化と既知の性質から、重要そうな候補が絞られた段階です。
そもそも五つは、量を基準に選んだ16成分の中から挙げられたものです。このほかにも、酢酸ベンジルなど、ジャスミンの香りに関係する成分が検出されています。少量の成分や、複数成分が混ざったときの人の感じ方まで、この選び方だけで評価することはできません。
香りをつくる遺伝情報も調べた
この研究のもう一つの柱は、Hutouのゲノム、つまり植物が持つ遺伝情報全体を読み解いたことです。研究者らは13本の染色体に相当する配列を組み立て、そのうち11本では両端までの配列を捉えました。タンパク質をつくる遺伝子は、約2万4千個と予測されています。
さらに、遺伝子から読み出されるRNAを開花段階ごとに測り、どの遺伝子がいつ多く使われているかを調べました。RNAは、遺伝情報が働く過程の手がかりです。遺伝子の名前を見つけるだけでなく、成分の変化と時間的に対応するかを確かめたのです。
たとえば、α-ファルネセンを含むセスキテルペンという一群の成分をつくる経路では、複数の遺伝子の働きが、開き始めから満開にかけて高くなっていました。一部の遺伝子のRNAが先に増え、成分の量がその後に増える対応も見られました。
酢酸ベンジルや安息香酸メチルなどについても、合成に関わると考えられる遺伝子と、成分の増減が対応していました。ゲノムには、関連する遺伝子が複製によって増えた跡もあります。著者らは、どの遺伝子の写しがどの時期に働くかが、成分の種類や量の違いに関わると考えています。
こうした対応は、仕組みを探す重要な手がかりです。ただし、一緒に増減することだけでは、ある遺伝子がその成分の増加を引き起こしたと確定はできません。
遺伝子の働きを調整する候補も見つかった
研究者らは、多くの遺伝子の動きをまとめて比べ、香気成分の変化と結びつくまとまりを探しました。その中で、ほかの遺伝子の読み出しを調節する可能性のあるHTWRKY41やHTWRKY53、タンパク質の働きを助ける仲間に属するHTHSP90が、中心的な候補として浮かび上がりました。
このうちHTWRKY53については、タバコの細胞や葉を使った追加実験も行っています。つくられたタンパク質が細胞の核に集まり、人工的な測定系で遺伝子の読み出しを抑える働きがあることが示されました。単なる相関より一歩進んだ、タンパク質の性質の検証です。
一方で、Hutouの花の中でどの遺伝子を直接調節するのか、この候補を操作すると実際の香気成分がどう変わるのかは、まだ分かっていません。著者らも、直接の標的となる遺伝子を特定する追加実験を課題に挙げています。
園芸や香りの利用に向けた土台
著者らは、香りの成分、開花に伴う遺伝子の働き、ゲノムの情報をまとめたことが、Hutouの品種改良や香料としての利用を考える土台になるとしています。ジャスミン茶の香りに関わる既知の成分も見つかったため、茶の着香に使う素材を検討する手がかりにもなると論じています。
ただし、茶をつくって品質を比較した研究でも、香水を試作して好みや持続性を評価した研究でもありません。今回調べた一品種と採取・抽出条件の結果が、ほかのジャスミンや実際の製品でも同じになるかは、別に確かめる必要があります。
研究は福建省自然科学基金と中国国家留学基金の支援を受け、著者らは利益相反なしと申告しています。
まとめ
Hutouの開花では、多くの揮発性成分の量が変わり、香りに関わる遺伝子の働きにも時間的な変化が見られました。大量に検出された成分のすべてが香りを持つと整理されたわけではなく、香りの候補成分同士でも増える時期が異なっていました。
著者らが示したのは、花の香りを成分の一覧だけでなく、開花とともに動く生合成の仕組みとして捉える道筋です。新しいゲノム情報を足場に、成分の変化と遺伝子の働きを結びつけ、次に直接検証すべき候補を絞れた。香りの特徴を理解し、園芸や素材利用につなげるための基盤が整ったことが、この研究の大きな成果です。
参考文献
Fang, J., Zhou, L., Chen, Q., et al.(2025). Integrated multi-omics analysis unravels the floral scent characteristics and regulation in “Hutou” multi-petal jasmine. Communications Biology, 8, 256. DOI: 10.1038/s42003-025-07685-w. 原著全文。© The Author(s) 2025. 原著のライセンスはCC BY-NC-ND 4.0です。


