「私たちの香水づくりは、嗅覚、視覚、触覚を結びつけるものです。」
— イザベル・マソン
絵画をまとった小さな筒のキャップを外し、香りを肌へ滑らせる。SABÉ MASSON(サベ マソン)のSoft Perfumeは、香水をつける動作そのものに目を向けた製品です。持ち歩ける練り香水でありながら、香り、触り心地、容器の絵柄を一緒に考えて作られています。
このパリ発のブランドを生んだのは、セフォラの発展に携わったイザベル・マソン=マンドノー。香水を自由に選べる売り場を作る仕事から、香水と肌の関係を考える仕事へ進みました。その歩みをたどると、アルコールを使わないベースや、固形と液体という二つの形が、彼女のどんな問題意識から生まれたのかが見えてきます。
基本情報
- ブランドの始まり:2013年にSoft Perfumeを発表。2015年にパリのオー・マレ地区へ最初の店舗を開設
- 創設者:Isabelle Masson-Mandonnaud(イザベル・マソン=マンドノー)。現在の公式表記はIsabelle Masson
- 拠点:パリ、フランス
- 主な製品:固形のソフト パルファム スティック、液体のソフト パルファム リキッド、リフィル、香りをつける陶製オブジェなど
- 日本での展開:Signal Rightの公式通販などで取り扱い。2026年10月には伊勢丹新宿店のフレグランスPOP UPへ出展
創設者とブランドの成り立ち
セフォラで育てた「お客様が選ぶ」売り場
イザベルはヴィシーでビジネスを学び、1980年代に、ドミニク・マンドノーが作った香水店Shop 8で働き始めました。ドミニクはのちに夫となり、二人はShop 8の事業をセフォラへと発展させます。
当時の香水店では、販売員が商品を管理し、お客様が自由に触れることは難しかったといいます。二人が大切にしたのは、自分で商品へ近づき、比較し、何も買わずに帰ることもできる売り場。イザベルにとって、香水を扱う仕事は、まず選ぶ自由を手渡す仕事でした。
「選ぶのは、お客様です。」
— イザベル・マソン
1997年にセフォラがLVMHへ渡ると、彼女は香水の流通から創作へ軸足を移します。多くのブランドを並べる売り場を育てた経験は、自分のブランドでどんな香りの体験を届けるかを考える土台となりました。
母の練り香水から、肌へ滑らせるスティックへ
幼いころ、母親はエスティ ローダーの練り香水をいつも持っていました。イザベルには、その小さな香りの容器が不思議で魅力的に見えました。ただ、使い方には一つ気になることがありました。
「ただ、指を中に入れるのは、あまり好きではありませんでした。」
— イザベル・マソン
練り香水の親密さは残しながら、肌へ直接つけられる形にする。その選択が、口紅のようなスティックへつながります。固形の香水そのものは古くからありますが、彼女が取り組んだのは、その歴史を日常で使える動作へと置き換えることでした。
SABÉ MASSON以前には、Crazy Libellule and the Poppiesというブランドでも固形香水を手がけています。その会社が解散した経験も、次の創作へ持ち越しました。新しい挑戦は、香りを作ることに加え、香りを運ぶベースと、肌へ触れる感覚を整える仕事になっていきます。
2013年のSoft Perfumeと、パリでの店づくり
2013年春、元ロレアルのフィリップ・ヴィニョンと進めた新しい構想が、Soft Perfumeとして形になりました。ブランド名のSabéはイザベルの呼び名、Massonは彼女の姓です。自分の名前を掲げて、香りをつける新しい動作を提案する事業を始めたのです。
2015年4月には、パリのオー・マレ地区、フランシュ=コンテ通りに店舗を開きました。創作のアトリエを売り場に隣接させ、お客様と接点を持ちながらものづくりを続ける。セフォラ時代の売り場への関心が、小さな香水メゾンの形にも残っています。
その後、資金面の事情でブランドが活動を休止した時期もありました。再出発には、ネイルマティックの共同創設者ボリス・グラティニと、デジタルコミュニケーションを専門とするエレーヌ・オルトラが加わります。イザベルを含む三人の体制で、既存の香りとSoft Perfumeの考え方を育て直してきました。
このブランドの核にあるのは、肌へ触れる動作への関心です。
「もう一度、自分の肌に触れるという考えが好きでした。」
— イザベル・マソン
現在は、固形のスティックに加えて、アルコールを使わない液体の香水も展開しています。塗るか、スプレーするかという選択を残しながら、香りを肌へ届けるベースを共通の課題として考えている点が、この歩みの面白さです。
日本での展開と、七番目の香り
日本ではSignal Rightの公式通販などで、スティック、リキッド、二つを組み合わせたデュオが紹介されています。〈Et revenir à soi〉を「再び、わたし」、〈Striptease flowers〉を「華のストリップショー」とするなど、作品名にも日本語の表現が添えられています。
2026年10月7〜13日、伊勢丹新宿店本館地下2階のイセタン ビューティー アポセカリーで行われるフレグランスPOP UPには、〈The 7th Skincare Fragrance〉を世界1,000本限定の日本先行発売として紹介。既存の六つの香りに、七番目の作品を加える展開です。
〈The 7th〉は、かつての〈Reine soleil〉を新たに組み立て直した作品です。バニラと木の香りを軸に、ジャスミンやイランイラン、柑橘などを重ねています。古い名前をそのまま再発売するのではなく、過去の作品を新しい構成へつなぐ動きとして見ておきたいところです。
ブランドのこだわり
固形と液体、それぞれの香りを支えるベース
SABÉ MASSONでまず理解したいのは、香りの成分と、それを運ぶベースを分けて考える姿勢です。ブランドは、このベースを「コスメティック・マトリックス」と呼んでいます。現在のSoft Perfumeでは、固形にも液体にも、香水の溶媒としてエタノールを使わない設計を採っています。
固形タイプは、オイルと植物性ワックスを組み合わせ、クラリセージやブルーロータス由来のエッセンシャルワックスを加えたベース。液体タイプは、WPE(Water Plant Emulsion)という水とオイルのマイクロエマルジョンを用います。液体でも、単にアルコールを水へ置き換えたものではないのです。ブランドは保湿認証を得た香水として、この二つの形を位置づけています。
ここを評価したいと思います。香りを作って終わるのではなく、固形と液体の両方へ入れ、それぞれの仕上がりを確かめる。スティックで滑らせる感覚と、液体をスプレーする感覚まで、作品の一部として扱っています。香料を運ぶ素材の違いを、使い方の違いにつなげたものづくりです。
固形は、つけたい場所へ直接滑らせる形。液体は、使用前にやさしく振り、肌から約20cm離してスプレーする形です。同じ作品名でも、触り心地やつける動作が違います。持ち歩いて塗り直したいのか、スプレーで肌へ広げたいのか。香りの好みと使い方を一緒に選べることに、このブランドを試す理由があります。
言葉から香りへ、香りからパッケージへ
作品名にも、イザベルの創作の入口が表れています。自分へ戻ること、誰かとの関係、花の姿。香料名を並べる前に、言葉から情景や感情を探っていきます。
「一つの言葉と、その言葉が私に感じさせるものから始めます。」
— イザベル・マソン
創業期の制作では、その着想をもとに調香師が二、三の案を出し、香りを選んだ後にグラフィックの担当者が視覚表現を作りました。絵や名前が香りの世界を開き、調香師の仕事とつながっているのです。
現在の〈Et revenir à soi〉のスティックにも、人物と風景の絵が巻かれています。香りをつける道具が、そのまま眺める対象になる。冒頭の「嗅覚、視覚、触覚を結びつける」という言葉は、理念だけでなく、手に持つ製品の形として読むことができます。
代表作に表れる、花・木・甘さの選び方
〈Et revenir à soi/再び、わたし〉は、ジェニファー・ジャンボンによる作品です。ベルガモットやマンダリンに、ジンジャー、カルダモン、ピンクペッパーを合わせ、アイリス、ジャスミン、イランイランへつなぐ。基調にはパチョリ、ベチバー、マテ、バニラ、ベンゾインなどを置きます。柑橘の明るさを、スパイスや植物の渋さへ広げた構成です。天然の香料だけで組み立てた作品としても紹介されています。
〈Georges et moi〉は、ハイドルン・ハーダーが手がけたウッディ・フローラル・スパイシー。ベルガモットとレモンの葉に、ローズ、イランイラン、マグノリア、ジンジャーを重ね、シダーとベチバーで支えます。〈Et revenir à soi〉のバニラや樹脂を含む構成と比べるなら、花と木の組み合わせに焦点を合わせる入口になります。
甘さや樹脂の題材を見たいなら、デルフィーヌ・ルボーの〈Eu vent de vous〉が興味深い作品です。アイリスにトルーバルサム、オポポナックス、ベンゾインを合わせ、パチョリ、バニラ、ラブダナム、アンバーへつなげています。樹脂の温かさを、アイリスの表現とどう釣り合わせるかに注目したい香りです。
同じデルフィーヌによる〈Striptease flowers/華のストリップショー〉は、オレンジブロッサム、ネロリ、ヘリオトロープに、キャラメル、バニラ、パチョリ、アンバーを重ねたもの。〈Eu vent de vous〉が樹脂とアイリスの組み合わせを見せるのに対し、こちらは花に甘さを添える構成です。甘い香りという括りの中でも、どの素材を中心に見たいかが分かれます。
ローズに目を向けるなら、セルジュ・ド・オリヴェイラの〈Né des roses〉。ローズとグリーンティーを中心に、カシス、ピオニー、パチョリ、モス、ムスクを組み合わせています。花そのものに、庭の緑やシプレの構成を重ねる作品として読むと、甘い花を軸にした〈Striptease flowers〉との違いが見えてきます。
容器が小さいからといって、香りまで簡略化した製品ではありません。調香師ごとの花や木の扱いを知り、そこから塗る形かスプレーする形かを選べる。その二段階の選択に、SABÉ MASSONの面白さがあります。
香りをつける陶製オブジェと、持ち歩くサイズ
嗅覚と触覚への関心は、香水の容器以外にも広がっています。〈Les Maîtres-Nez〉は、陶芸家・金箔装飾作家ナデージュ・ドラリュエルとの協働から生まれた、香りをつける陶製オブジェです。パリのバティニョールで成形し、焼成や金箔による仕上げを重ねる。Le MageとLe Bergerという名を持ち、香水を作る「鼻」への敬意を、手に取れる物にしています。
製品のサイズも、使う場面に合わせて選べます。〈Et revenir à soi〉のスティックは5g、現行の液体ボトルは100ml。液体にはリフィルがあり、小さなロールオンのTiny-Rollも用意されています。スプレーの体験まで確かめたいならボトル、肌へ直接つける動作を知りたいならスティックやロールオンというように、形ごとの違いを見て選びたいところです。
ちなみに…
ロゴの着想は、子どもたちと訪れた博物館
イザベルが自然史の世界に惹かれたことは、香料の選び方だけでなく、ロゴの背景にも表れています。着想の一つは、子どもたちと歩いたパリの進化大ギャラリーと、博物学者ビュフォンへの関心でした。
売り場で香水を選ぶ仕事、肌に触れる使い方、言葉から考える香り、博物館で見た生き物の世界。SABÉ MASSONは、その経験を別々の看板にせず、小さなスティックの中へ持ち込んでいます。最初の一本を見るときも、香りと絵柄、そして手に持ったときの感覚を一緒に確かめると、このブランドの考え方が伝わってくるはずです。
参考文献
- SABÉ MASSON:Notre philosophie — 創設者の言葉、嗅覚・視覚・触覚への方針、Soft Perfumeの理念 — https://www.sabemasson.com/pages/a-propos
- Entrepreneuze:イザベル・マソン=マンドノーへのインタビュー(2019年1月14日) — Shop 8とセフォラ、選ぶ自由、Crazy Libelluleからの再出発 — https://entrepreneuze.com/portraits/isabelle-masson-mandonnaud
- Délices:De Sephora à Soft Perfume(2015年10月13日) — 2013年のSoft Perfume発表、フィリップ・ヴィニョンとの構想、2015年の店舗開設 — https://www.delices-mag.com/beaute-beauty/parfums/sabe-masson-de-sephora-a-soft-perfume-le-parfum-comme-passion/
- Le Monde:Le parfum solide fait son retour(2025年5月3日) — 母親の練り香水の記憶と、スティックを選んだ理由 — https://www.lemonde.fr/m-styles/article/2025/05/03/le-parfum-solide-fait-son-retour_6602476_4497319.html
- Premium Beauty News:Sabé Masson, la renaissance d’une marque(2025年3月3日) — 新たな三人の体制、肌に触れる動作、固形と液体の制作 — https://www.premiumbeautynews.com/fr/sabe-masson-la-renaissance-d-une,25366
- Le Cas Stelda:Sabé Masson, une autre vision du parfum(2016年) — 言葉から始まる制作、アトリエと店舗、ロゴと自然史の着想 — https://stelda.blogspot.com/2016/06/sabe-masson-une-autre-vision-du-parfum.html
- SABÉ MASSON:Pourquoi adopter le Parfum de soin — 固形・液体のベース、香料濃度、ブランドの保湿認証に関する説明 — https://www.sabemasson.com/pages/parfum-de-soin
- SABÉ MASSON:Et revenir à soi — 固形・液体のマトリックスと作品の位置づけ — https://www.sabemasson.com/pages/et-revenir-a-soi
- SABÉ MASSON:Et revenir à soi – Bâton de parfum solide — 5gの仕様、現行ノート、ジェニファー・ジャンボン、容器 — https://www.sabemasson.com/products/et-revenir-a-soi-baton-de-parfum-solide
- SABÉ MASSON:Georges et moi – Flacon d’eau de parfum — 100mlの仕様、現行ノート、ハイドルン・ハーダー、使い方 — https://www.sabemasson.com/products/georges-et-moi-flacon-deau-de-parfum
- SABÉ MASSON:Eu vent de vous – Flacon d’eau de parfum — 現行ノート、デルフィーヌ・ルボー — https://www.sabemasson.com/products/eu-vent-de-vous-flacon-deau-de-parfum
- SABÉ MASSON:Striptease flowers – Flacon d’eau de parfum — 現行ノートと作品の位置づけ — https://www.sabemasson.com/products/striptease-flowers-flacon-deau-de-parfum
- SABÉ MASSON:Né des roses – Flacon d’eau de parfum — 現行ノート、セルジュ・ド・オリヴェイラ — https://www.sabemasson.com/products/ne-des-roses-flacon-deau-de-parfum
- SABÉ MASSON:Les Maîtres-Nez — ナデージュ・ドラリュエルとの協働、陶製オブジェの制作 — https://www.sabemasson.com/pages/les-maitres-nez
- SABÉ MASSON:The 7th Skincare Fragrance / Tiny-Roll — Reine soleilからの再構成、現行ノートと小型ロールオン — https://www.sabemasson.com/products/the-7th-skincare-fragrance-flacon-deau-de-parfum
- SABÉ MASSON:The 7th Skincare Fragrance Tiny-Roll — 小型ロールオンとボトルでの体験の違い — https://www.sabemasson.com/products/the-7th-skincare-fragrance-tiny-roll
- Signal Right:Striptease flowers / 華のストリップショー — 国内の作品名、デルフィーヌ・ルボー、固形と液体の展開 — https://signal-right.com/pages/striptease-flowers
- Signal Right:ソフト パルファム スティック 再び、わたし — 国内の作品名、5gの仕様、現行の取り扱い — https://signal-right.com/products/sabe-era-s
- Signal Right:サロンドパルファムに出展いたします(2026年9月5日) — 2026年10月7〜13日のPOP UP、The 7thの限定数と日本先行発売 — https://signal-right.com/blogs/infomation/%E3%82%B5%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%A0-2026


