「最も美しい本や絵画、芸術作品は、いつも個人的なことを語るときに生まれる。」
— バティスト・ブイグ(共同創設者)
木の輪や赤い球、黄色い幾何学的な形。ORMAIE(オルメ)のボトルには、香りごとに異なる彫刻のようなキャップが載っている。ガラスの十二の面が光を返し、木の表面には、手で仕上げた質感が残る。香水を使わない時間にも、目に入る場所へ置いておきたくなる容器である。
その姿を生んだのは、パリで母と息子が始めた香水のメゾンだ。祖父母の家、子どもの頃の学校、父の香水。二人の身近な記憶が香りの出発点となり、素材選びやボトルの形へつながっている。ORMAIEを知るには、まず、その家族の時間をたどるのがよい。
基本情報
- 創設年:2018年
- 創設者:Baptiste Bouygues(バティスト・ブイグ)、Marie-Lise Jonak(マリー=リーズ・ジョナック)
- 拠点:フランス・パリ
- 香りづくり:家族の記憶をもとに、マリー=リーズが調香師たちと制作
- 公式サイト:ORMAIE
ORMAIEは、天然素材を香りづくりの軸とし、香水とその容器を一つの創作として考えるブランドである。創業時の七つの香りは天然香料100%でつくられたが、現在は作品によって合成香料も取り入れている。素材の方針と、現行商品の個別仕様を分けて見ると、メゾンの歩みが理解しやすい。
創設者とブランドの成り立ち
タイで過ごした幼少期と、祖父母の暮らす田舎
バティストは幼い時期をタイで過ごし、その後、子ども時代の多くをフランスの田舎に暮らす祖父母のもとで過ごした。2022年のインタビューでは、この二つの環境が、ものの見方に大きく影響したと振り返っている。都会の店や美術館へ行く前から、身のまわりの風景や匂いが、感覚の土台になっていた。
祖父母の家には、庭と、祖父の仕事場があった。祖父は夜になると木を彫り、バティストはその仕事を見るのが好きだったという。芸術は、特別な場所で鑑賞するものだけではない。暮らしのなかで、手を動かして形をつくる行為でもあった。のちのORMAIEの木製キャップには、そうした家族の背景が重なっている。
香水の仕事を続けてきた母と、息子の提案
母のマリー=リーズは、香水の仕事を長く続けてきた。フランス・フレグランス財団が2022年に行った取材では、その経験は三十年に及ぶと紹介されている。ブランドの仕事を通じて、香りを企画し、調香師と形にする現場を知る人物であった。
バティスト自身は、アジアでルイ・ヴィトン、ヨーロッパでジバンシィの仕事に携わった。そこで培った経験を持って、2016年、母に自分たちの香水ブランドを始めようと提案する。香水業界での経験を重ねた母と、ラグジュアリーの仕事をしてきた息子。それぞれの仕事を、家族で共有する記憶のために使おうとしたのである。
ただし、バティストが自らすべての処方を書くという役割分担ではない。彼は香りの着想となる物語やイメージを伝え、マリー=リーズが調香師たちと制作を進める。二人の感覚を、実際に身につけられる香りへ変えるためには、専門家との協働が必要だった。
天然素材で香水をつくるための二年間
創業に向けて選んだ課題は、天然素材だけで、求める香りをつくることだった。母にとっても、これまでの経験をそのまま使えばよい仕事ではなかった。天然素材の性質を確かめ、組み合わせを試し直す時間が必要になった。バティストは、開発に約二年を費やしたと複数の取材で語っている。
Doolittleのインタビューでは、母が最初に完成させて息子へ示した香りはLes Brumes(レ ブリュム)だったという。柑橘の明るさと、朝の木立の気配を重ねた香りである。その仕上がりを受けて、バティストは、香水の中身に見合うボトルを考え始めた。この香りを起点に、容器の構想も具体化していった。
2018年、ORMAIEは七つの香りで出発した。自分たちが伝えたい記憶を、天然素材の組み合わせでどこまで表現できるか。その制作上の課題に取り組んだ末の出発であった。その後、表現のために合成香料も使うようになるが、試作と対話を重ねる方法は、現在の制作にも続いている。
同じ家と学校の記憶を、調香師へ伝える
母と息子が一緒に仕事をする強みは、言葉の説明を短くできることだった。二人には、同じ祖母の家を知る記憶があり、同じ学校に通った経験もある。ある部屋や人物について話すとき、細かな背景まで共有できる。香りの企画が、一般的な「爽やかさ」や「華やかさ」だけへ薄まらず、具体的な場面から始まるのである。
そこから先は、調香師とのやり取りとなる。マリー=リーズは2022年の取材で、TechnicoFlorやRobertetとの協働に触れ、Marque-Page(マルク パージュ)ではイレーヌ・ファルマシディと制作したと話している。家族の記憶を共有していない作り手にも、目指す風景や感情を伝え、香料の選択へ置き換えていく。
完成を急がない姿勢も、母の仕事から来ている。MECCAの取材でバティストは、母が試作を日中に使うだけでなく、就寝時にもまとい、生活のなかで確かめると語った。試香紙で最初に香った印象だけではなく、肌に載せたあと、時間とともにどう残るのかまで見る。その積み重ねが、二人の判断を支えている。
家族の風景を名前にし、パリのメゾンへ
ORMAIEという名前は、祖父母の暮らす土地で目にしたニレの木に由来する。家族の家、庭、木の仕事。ブランド名にも、香りや容器と同じ生活の風景が入っている。パリを拠点としていても、創作の中心には、幼い頃から受け取ってきたものがあるのだ。
バティストは、香水だけでなく、ガラス、木、ラベルをつくる人々との関係にも目を向けてきた。2022年の取材では、母と製造の現場を訪ね、作り手と話すことを大切にしていると語っている。家族で始めた事業を、自分たちだけで完結させず、専門性を持つ人の手へ開いていく考えである。
現在のORMAIEは、オードパルファムに加え、エクストレや持ち運びやすい小さなボトルへ展開を広げている。日本でもPHAETON FRAGRANCE、TOMORROWLAND、三越伊勢丹のmeecoで取り扱われている。新しい売り場や形式が増えても、出発点は、個人的な物語を香りとして他者へ手渡すことにある。
ブランドのこだわり
家族の記憶を、香りの組み合わせにする
Yvonne(イヴォンヌ)は、バティストの祖母を思い描いた香りだ。ローズとパチョリを中心に据えた、祖母が好んだクラシックな香水の世界へ、ブラックカラントなどの果実の表現を加えている。古い香水をそのまま写すのではなく、祖母の姿を思い出しながら、現在の感覚で構成し直した作品である。
Papier Carbone(パピエ カルボン)が向かうのは、母と息子が通った学校だ。木、紙、子どもの頃に親しんだリコリス。その記憶を、スターアニスやカルダモン、コーヒー、ガイアックウッドなどの組み合わせへ移している。素材を重ねることで、紙や教室を思わせる印象をつくっているのだ。
Le Passant(ル パッサン)は、父がまとっていたCaron(キャロン)のPour Un Hommeを手がかりにした香りである。ラベンダーだけで父の姿を表せたと思っていたが、バティストは、父がポケットに入れていたアルメニア紙の香りを思い出したと語っている。現在の公式説明にも、この紙の記憶が記されている。人物を香りにするには、有名な香水の名だけでなく、その人の習慣まで思い出す必要があった。
天然素材を軸に、表現の幅を広げる
創業時の天然香料100%という方針は、現在の全商品に共通する数字ではない。公式の商品情報では、Les Brumes、Yvonne、Papier Carbone、Le Passantなどのオードパルファムは100%天然とされている。一方、L’Ivrée Nuit(リヴレ ニュイ)のエクストレは95%天然と明記されている。割合は、作品ごとの仕様として見る必要がある。
2025年のインタビューでバティストは、表現したいもののために、合成香料を取り入れる選択について話している。天然か合成かを香りの価値の順位にするのではなく、求める構成をどう実現するか。その観点で、創業時に自分たちへ課した条件も見直している。
L’Ivrée Bleue(リヴレ ブルー)のオードパルファムとL’Ivrée Nuitのエクストレを比べると、濃度だけでは説明できない違いがある。前者ではバニラにラム、アイリス、カカオの要素を重ね、後者ではバニラをマンゴーやミルキーな表現、木の要素と組み合わせる。エクストレは、同じ物語を別の光のもとで見直すための形式にもなっている。
十二面のガラスと、手で仕上げる木製キャップ
ボトルの十二の面は、時計の十二の時間に結びつけられている。香水の開発や手仕事に必要な時間を、容器の形へ移した意匠である。バティストはアートディレクターのJade Lombardとボトルのデザインに取り組んだ。見た目の印象に加え、香りをつくる姿勢を、手に取れる形にしようとしたのである。
木製キャップにはブナ材が使われ、手で磨いて仕上げられる。Les Brumesには自然な木の色を生かした輪、Yvonneには赤い球、Papier Carboneには黄色い抽象的な形が載る。香りの違いを、瓶に貼る名前だけではなく、色や形でも伝える。棚に並べたとき、それぞれが小さな彫刻として見える理由である。
ラベルも、完成した容器へ情報を載せるだけの工程ではない。マリー=リーズは、印刷を担うImprimerie du Maraisを訪ね、つくる人と向き合う仕事の進め方を紹介している。木、ガラス、紙という異なる素材に、それぞれの手仕事を求めることが、ボトル全体の印象を支えている。
小さなボトルを、詰め替えて使う
持ち運びのための20mlのSmall Bottlesには、好みに合わせて組み合わせを選べる仕組みがあり、同じ容量のガラス製アンプルで詰め替えられる。大きなボトルの縮小版を売るだけでなく、使う場所や使い続けることに合わせて、別の形式を考えている。
部屋に置く彫刻のようなボトルと、補充しながら日々持ち歩く小さなボトル。容量だけでなく、使う場面に応じて選べる点も、このメゾンのものづくりとして興味深い。香りのある暮らしに、異なる接点をつくっている。
ちなみに…
Yvonneの名になった祖母は、もともと自分の名前が好きではなかったという。バティストは、香水へその名前を付けることを、母にも祖母にも先に知らせていなかった。家族のための香りであっても、本人がどう受け取るかは、伝えるまでわからない。
ところが祖母は、自分の名前が香水になったことを喜んだ。2022年のLampoonの取材でバティストは、祖母が友人のためにもその香水を持ってきてほしいと頼むようになったと話している。
長く気に入らなかった名前が、誰かへ贈りたいものの名前へ変わる。ORMAIEの家族の物語は、過去を香りに閉じ込めるだけではなく、いまの家族の暮らしにも、小さな変化を返している。
参考文献
- ORMAIE:About — 冒頭の言葉、共同創設者、家族と芸術についての考え方 — https://ormaie.paris/en/pages/ormaie
- ONE Magazine:創設者インタビュー(2022年8月20日)— 幼少期、職歴、共有する記憶 — https://www.onemag.us/one-online/ormaie
- The Fragrance Foundation France:マリー=リーズ・ジョナックへのインタビュー(2022年7月19日)— 香水業界での経験、調香師との協働、素材と製造 — https://www.fragrancefoundation.fr/2022/07/nez-a-nez-avec-marie-lise-jonak-co-creatrice-de-la-maison-ormaie/
- Doolittle:ORMAIE Paris — 開発の経緯、名前の由来、家族の香りの記憶 — https://www.doolittle.fr/ormaie-paris/
- Das Duft-Tagebuch:バティスト・ブイグへのインタビュー(2021年6月1日)— 祖父の木彫、学校と父の記憶 — https://www.alzd.de/2021/06/01/im-interview-baptiste-bouygues-ormaie/
- High Net Worth:バティスト・ブイグへのインタビュー(2025年5月29日)— 2016年の提案、2018年の発売、天然素材と合成香料 — https://hnworth.com/article/become/trendsetters/baptiste-bouygues-ormaie-perfume/
- MECCA MEMO:ORMAIE創設者インタビュー — 香水を生活のなかで試す方法 — https://www.mecca.com/en-au/mecca-memo/fragrance/ormaie-founder-interview/
- Lampoon:ORMAIE取材(2022年10月13日)— 創業時の七つの香り、Yvonneの祖母の小話 — https://lampoonmagazine.com/ormaie-organic-perfumes/
- Allure:Art of Glass(2019年12月24日)— Jade Lombardとのデザイン、十二面の瓶、木製キャップ — https://www.allure.com/story/february-2020-art-of-glass-bottle-service
- ORMAIE:Les Brumes 100ml — 香り、素材の割合、ボトル、サムネイル用公式画像 — https://ormaie.paris/en/products/les-brumes-100ml
- ORMAIE:Yvonne 100ml — 香りの着想、構成、素材の割合、キャップ — https://ormaie.paris/en/products/yvonne-100ml
- ORMAIE:Papier Carbone 100ml — 学校の記憶、香りの構成、素材の割合、キャップ — https://ormaie.paris/en/products/papier-carbone-100ml
- ORMAIE:Le Passant 100ml — 父とアルメニア紙の記憶、香り、素材の割合 — https://ormaie.paris/en/products/le-passant-100ml
- ORMAIE:L’Ivrée Bleue 100ml — 香りの構成 — https://ormaie.paris/en/products/livree-bleue-100ml
- ORMAIE:L’Ivrée Nuit Extrait — 香りの構成、天然素材95%という仕様 — https://ormaie.com/products/livree-nuit-extrait
- ORMAIE:Art of Concentration — オードパルファムとエクストレの考え方 — https://ormaie.paris/en/blogs/art-of-perfume/art-of-concentration
- ORMAIE:The Small Bottles — 20ml、カスタマイズ、ガラス製アンプルによる詰め替え — https://ormaie.paris/en/collections/the-small-bottles
- PHAETON FRAGRANCE:ORMAIE — 日本での現行取り扱い — https://phaeton-fragrance.com/collections/ormaie
- TOMORROWLAND:ORMAIE Les Brumes 20ml — 日本での現行取り扱い — https://store.tomorrowland.co.jp/item/ormaie/43226222006.html
- 三越伊勢丹 meeco:ORMAIE Rose Mosaïque — ブランドの日本語表記、創設者名、日本での現行取り扱い — https://meeco.mistore.jp/meeco/product/7780900000000000000003683839.html


