ジャスミンは、種類や採る時期、成分の取り出し方によって、どんな化学的な特徴を見せるのでしょうか。2026年3月、エジプトのアインシャムス大学のMohamed S. Yassenらは、4種の花と抽出物の成分を比較し、抽出物によるMAO-Aという酵素の阻害と、成分組成との関連も調べた研究を発表しました。
背景には、香料原料の種類を確かめたり、異物の混入を見分けたりするために、ジャスミンの化学的特徴を詳しく知りたいという課題があります。この記事では研究の二つの柱を紹介したうえで、花とアブソリュートの見方を考えます。生花と原料を人が嗅ぎ比べ、印象の違いの原因を確かめた研究ではありません。
コンクリートとアブソリュートは、どう作る?
この研究では、まず花をヘキサンという溶剤に浸して成分を取り出し、溶剤を蒸発させています。こうして得られる、植物のワックスなども含んだ半固形の抽出物が「コンクリート」です。
次に、コンクリートをエタノールで処理し、冷やしてワックスを取り除き、最後にエタノールを蒸発させます。残る香料原料が「アブソリュート」です。名前は少し専門的ですが、花から一度成分を取り出し、さらに溶け方の違いを利用して分けていく、と考えると流れをつかめます。
花から空気へ出てくる成分と、溶剤に溶け出す成分では、取り出されやすさが違います。さらに抽出後にも、ろ過や溶剤を除く工程があります。そのため、アブソリュートの成分構成を、花の周囲の空気と同じ比率のまま濃縮したものだと決めつけることはできません。
4種の花と、二つの抽出物を分析
対象は、ジャスミン・サンバック、ジャスミン・グランディフローラム、そしてJasminum azoricumとJasminum multiflorumの4種です。2022年の夏、エジプトの複数の場所で早朝に採取されました。グランディフローラムとazoricumは6〜8月、サンバックとmultiflorumは7〜8月の花を調べています。
8月の花からは、研究室でコンクリートとアブソリュートを作りました。さらに、工場から入手したグランディフローラムのコンクリートとアブソリュートも、比較対象に加えています。
分析に使ったのは、混ざった成分を分け、その特徴から何の成分かを調べるGC–MSという機器です。抽出物に加えて、生花を小瓶に入れ、その上の空間に出てきた成分を調べる「ヘッドスペース分析」も行いました。
ただし、花の分析では装置内を80℃に設定し、8分間なじませてから測っています。庭に咲く花の周囲の空気を、常温のまま集めた測定ではありません。この加温条件も、結果を読むときに大切です。
花で目立った成分が、抽出物でも多いとは限らない
研究全体では、157種類の成分が報告されました。その顔ぶれや相対的な割合は、花の種類だけでなく、花のヘッドスペース、コンクリート、アブソリュートという試料の形によっても異なっていました。
たとえば、花や果実を思わせる香りに関わるリナロール。8月のサンバックの花では、分析で報告された相対割合が25.41%でした。一方、研究室で作った同種のコンクリートでは0.73%で、アブソリュートでは検出されていませんでした。
もう一つ、cis-3-ヘキセニルアセテートという成分は、8月のサンバックの花で大きな割合を占めていましたが、今回調べたコンクリートやアブソリュートでは検出されませんでした。反対に、抽出物では、花のヘッドスペースとは異なる成分が大きな割合を占めています。
ここでの%は、機器分析で報告された成分構成の相対割合です。花の重さの25%がリナロールという意味でも、感じる香りの25%を担うという意味でもありません。また、「検出されない」は、この測定条件では確認できなかったということで、完全にゼロだと証明したわけではありません。
今回の異なる分析条件で得た、花のヘッドスペースと抽出物の成分プロフィールは一致しませんでした。ただし、その差には抽出・精製だけでなく、測定で捉えられる成分範囲の違いも関わります。それぞれの影響はこの比較だけでは切り分けられず、数値の差をそのまま「抽出で何%失われた」と計算することもできません。
同じジャスミンでも、種類や月で違う
花のヘッドスペース同士を比べても、違いがありました。グランディフローラムのリナロールの相対割合は、6月の14.03%から、7月の21.71%、8月の38.19%へと変わっていました。一方、サンバックでは7月の63.06%に対して、8月は25.41%でした。同じ成分でも、二つの種で月ごとの変わり方は同じではありません。
また、multiflorumではリナロールが検出されず、ネロリドールという別の成分が大きな割合を占めました。「ジャスミン」という一つの名前の内側に、異なる成分の組み合わせがあるわけです。
研究チームは、多くの成分をまとめて比較し、似た構成の試料が近くに並ぶようにする統計的な分析も行っています。その結果も、種類や試料の形、採取月ごとの違いを示していました。ただし、種ごとに採取場所が異なるため、違いのすべてを植物の種だけに帰すことはできません。工場品との比較では、供給元や製造条件の違いも含まれます。
もう一つの柱:抽出物のMAO-A阻害
研究チームは、神経伝達物質などの分解に関わるヒトMAO-A酵素を使い、抽出物がその働きをどの程度抑えるかを試験管内で測りました。調べたコンクリートとアブソリュートには阻害活性が見られ、対応する試料同士では、アブソリュートのほうが低い濃度で酵素の働きを半分に抑えました。
さらに、混合物の成分組成と阻害活性を統計的に照合すると、リナロール、インドール、酢酸ベンジルなど複数の成分に正の関連が見られました。ただし、各成分を単独で試して作用を確かめた結果ではありません。どの成分がどれだけ働くのか、成分同士の組み合わせが関わるのかは、引き続き検証する必要があります。
著者らは、この結果を作用の仕組みを調べる今後の研究の足がかりと位置づけ、うつ病への応用可能性にも言及しています。同時に、生体内や臨床での検証が必要だとしています。今回調べたのは酵素と抽出物の反応であり、ジャスミンを嗅いだ人の気分や、抗うつ効果を示したものではありません。
著者の結論を、どこまで読み取れる?
著者らは、成分分析から8月を最良の採取時期と結論づけ、グランディフローラムの特徴的な成分を香料としての評価と結びつけています。ただし、この研究には人による香りの評価はありません。今回の地域・年・採取月で得た化学的な比較から、香りの優劣や、ほかの産地でも最良となる月まで決めることはできません。
また、原著の結論ではヘッドスペース法を「加熱しない」方法と説明していますが、方法欄には80℃で測定したとあります。この記事では方法欄に従い、常温で咲く花の香りをそのまま捉えた測定とは区別します。成分の識別に役立つ可能性と、実用的な混入判別法として精度が確かめられたことも、別の段階です。
まとめ
この研究の成果は、ジャスミンを一つの香りとして扱わず、種・採取月・試料の形に応じた化学的な特徴を比較し、抽出物の酵素阻害との関連まで調べた点にあります。原料を特徴づけるための情報と、作用の仕組みを次に調べる候補が得られました。一方、感じる香りの違いの原因や、人への治療効果が分かった段階ではありません。
ここから、香料の見方を少し広げる
この研究を手がかりにするなら、アブソリュートを「花の香りをそのまま濃くしたもの」としてだけ捉えず、植物の種類や採取時期、取り出し方にも目を向ける、という見方ができそうです。これは今回の研究が試香で確かめた結論ではなく、成分比較から広げた香料の読み解きです。
生花と原料の違いを、単に「再現できていない」と受け取るより、その原料に花のどんな一面を感じるかを考えてみる。そうした問いを持つと、同じジャスミンという名前の香りも、より細かく楽しめそうです。
参考文献
著者:Mohamed S. Yassen, Iriny M. Ayoub, Sherweit H. El-Ahmady, Abdel Nasser B. Singab
論文名:Comparative analysis of flower volatiles from four Jasminum species growing in Egypt using multivariate analysis
掲載誌:Scientific Reports 16, 8947(2026年)
初出日:2026年3月11日(出版社のVersion of record表示:3月13日)
DOI:10.1038/s41598-026-39688-w
原著全文:出版社の論文ページ
原著ライセンス:CC BY 4.0


