香水に使われる原料のなかには、植物が作った分子を出発点に、さらに加工して得られるものがあります。その出発点になる分子の一つが、クラリセージに含まれる「スクラレオール」です。アンバーグリスを代替する香料を製造するための原料として利用されています。
では、クラリセージはどうして、この分子を作れるようになったのでしょうか。2026年5月に発表された研究は、植物の遺伝情報と酵素の働きを調べ、その進化の道筋を探りました。手がかりになったのは、遺伝子が重複してできたコピーと、酵素を構成するわずかな部分の変化です。
香料になる前の分子をたどる
ここで扱うのは、スクラレオールが植物の中で作られる仕組みです。そこから加工して得られる香料の香りと、スクラレオール自体の匂いは区別して考える必要があります。今回の研究でも、人が嗅いだときの香りの強さや印象は評価していません。
植物の細胞では、酵素と呼ばれるタンパク質が化学反応を進めています。スクラレオールを作る経路では、まず一つの酵素が、出発物質のGGPPをLPPという中間体に変えます。続いて別の酵素が働き、スクラレオールができます。中間体とは、最終的な分子ができる途中で生じる物質のことです。
この二段階の反応を担う酵素は、以前の研究ですでに知られていました。今回の問いは、その能力が進化の過程でどのように生まれたか、という点にあります。
遺伝子のコピーに、新しい役割が生まれる
研究チームは、クラリセージのゲノムを詳しく読み取り、近縁のサルビア属の植物などと比較しました。ゲノムは、その生物が持つ遺伝情報の全体です。遺伝子の並びや似かたを調べると、どの遺伝子が共通の祖先から受け継がれ、どこで数が増えたのかを推定できます。
注目したのは、LPPを作る酵素の遺伝子でした。比較の結果、別の中間体であるCPPを作る酵素の遺伝子が重複し、その後に働きが変化したと考えられました。重複とは、似た遺伝子がもう一つできることです。コピーに変化が重なることで、もとの遺伝子とは異なる役割を担う場合があります。
このように、重複した遺伝子が新しい機能を獲得することを「新機能化」と呼びます。今回の研究では、植物どうしの遺伝情報を比べるだけでなく、酵素そのものを作って、その働きも確かめています。
酵素の6か所を変えると、何が起きたか
酵素は、アミノ酸という部品がつながり、立体的に折りたたまれてできています。その一部分には、反応させる分子を受け入れる場所があります。この場所の形や性質が変わると、同じ材料から生まれる物質が変わる可能性があります。
研究者たちは、既知のタンパク質構造や構造予測を使い、二つの酵素の違いを調べました。そのうえで、CPPを作る酵素の6か所のアミノ酸を、LPPを作る酵素と同じものに置き換えました。
酵素は大腸菌に作らせて精製し、植物の外で反応させています。生成物は、分析のために処理した後、ガスクロマトグラフィー質量分析という方法で調べました。混ざった成分を分離し、どんな物質ができたかを確かめる方法です。
すると、置換した酵素は、もとのCPPに加えて、LPPを作る能力も示しました。遺伝子の似かただけでなく、特定のアミノ酸を変える実験によって、作る物質が変わることを示した点が重要です。
一方、逆向きの置換では、同じようにはいきませんでした。LPPを作る酵素の対応する部分を戻しても、CPPを作る働きは回復しなかったのです。6か所の違いが新しい働きに関わることは分かりましたが、酵素のほかの部分の変化も影響していると考えられます。進化の過程で起きた変化を、この実験だけですべて再現したわけではありません。
作れることに加えて、どこで作るか
必要な酵素を持っていても、植物のどこでその遺伝子が働くかによって、物質の作られ方は変わります。スクラレオールは、花の組織にある「腺毛」という小さな毛状の構造に蓄積します。
研究では、花、葉、根などの組織を調べ、スクラレオール合成に関わる遺伝子が腺毛で強く働くことを確認しました。また、関連する遺伝子が染色体上の近い場所に集まり、腺毛で働くグループと、根で別の物質づくりに関わるグループに分かれることも示されています。
さらに、DNAが周囲のタンパク質とどのようにまとまり、読み取られやすい状態にあるかも解析しました。腺毛で働く遺伝子は、腺毛で読み取りに関わる領域が開きやすくなっていました。酵素の働きの変化と、その酵素を必要な場所で作る調節の両方が、スクラレオールの生産を支えていると考えられます。
まとめ
クラリセージでは、遺伝子のコピーが変化し、そこから作られる酵素が新しい働きを得たことで、スクラレオールを作る能力が生まれたと考えられます。アミノ酸6か所の置換で、もとの物質に加えてスクラレオールへつながる途中の物質を作れるようになった実験が、その推定を支えています。
さらに、必要な酵素を花の組織で作る調節も、スクラレオールの生産を支えていると考えられます。6か所の変化だけで進化の全過程を説明したわけではありませんが、香料原料が生まれる仕組みを、酵素が作れる物質と、植物のどこでその酵素を働かせるかの両方から捉えた点に、この研究の意義があります。
原著情報
Fei Dong, Marion Verdenaud, Gabriele Adam ほか
Neofunctionalization underlies the evolutionary origin of sclareol biosynthesis in the mint family
Nature Communications 17, 6745 (2026).
初回公開:2026年5月22日。出版社のVersion of Record表記:2026年7月21日。
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-026-73637-5
全文:https://www.nature.com/articles/s41467-026-73637-5
原著のライセンス:CC BY 4.0
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/
本記事は原著をもとに独自に構成した日本語解説です。原著の翻訳・図表転載は行っていません。
共著者には香料企業Symrise所属の研究者2名が含まれます。著者らは競合する利益なしと申告しています。


