ラベンダーの香りを形づくる酢酸リナリルなど、香料として使われる成分には「エステル」という仲間があります。微生物にこれらをつくらせるとき、材料から完成品までの仕事を、一つの細胞にすべて任せるのがよいのでしょうか。
2026年、Dianqi Yangらは、遺伝子を組み替えた大腸菌を使い、さまざまなエステルをつくる方法と、狙った成分を選んで多くつくる方法を調べました。研究の中心は、微生物の生産量を増やすだけでなく、酵素が選ぶ材料と、細胞の中の材料供給を一緒に設計することです。
二つの材料をつなぐ酵素
エステルは、大まかにはアルコール側と酸側の材料をつないだ構造を持つ化合物です。研究で使ったAATという酵素は、アルコールと、細胞内で反応しやすい形になった酸由来の材料を組み合わせます。
この酵素は、一つの材料だけを厳密に選ぶとは限りません。複数のアルコールや酸由来の材料を受け入れれば、多彩な成分をつくれます。一方、工場で一種類をつくりたいときには、別の成分までできる原因になります。
さらに、細胞の中には、ある材料が多く、別の材料が少ないという偏りがあります。酵素そのものの性質だけでなく、何をどのくらい供給するかも、できあがる成分の割合を左右します。
まず、つくれる成分の幅を調べた
研究者らは、細菌、酵母、植物に由来する14種類のAATを調べました。大腸菌にこれらの酵素をつくらせ、香気成分にもなるモノテルペン類を含む、さまざまなアルコールと酸の組み合わせを与えました。モノテルペンは、主に炭素10個の骨格を持つ化合物の一群です。
生成物は、成分を分離して分子の特徴を調べるガスクロマトグラフィー質量分析などで確認しました。この探索では、三つの構造群にまたがる計71種類のエステルを得ています。アルコール側だけでなく、酸側にもモノテルペンの構造を持つものや、両側に持つものまで含まれていました。
ここでの71種類は、外から与えた材料を酵素で組み合わせた実験の結果です。71種類すべてを、微生物が単純な栄養源から一から大量生産したという意味ではありません。まず反応の選択肢を広げ、その後で特定の成分のつくり方を絞り込む、という順序です。
狙った材料を選ぶよう、酵素を調整
次に研究者らは、ゲラニオールというアルコールから、酪酸ゲラニルを選んでつくる課題に取り組みました。細胞内には酢酸側の材料も多いため、酪酸ゲラニルと一緒に、酢酸ゲラニルができてしまうことが問題になります。
そこで、イチゴ由来の酵素をもとに、材料が入り込む場所の立体構造を計算で調べ、酵素をつくるアミノ酸の一か所を置き換えました。置き換えた酵素を実際に細胞で働かせたり、取り出して反応させたりし、計算上の予測だけでなく、生成物や反応の速さも測っています。
ある変異では、酢酸側の材料を使う反応が抑えられました。さらに、酪酸とゲラニオールを与える割合を調整すると、二種類の生成物のうち、酪酸ゲラニルが占める割合が高くなりました。酵素の形を変えることと、材料の配分を変えることの両方が役立ったのです。
ただし、選び分けが良くなれば、反応の速さも必ず上がるわけではありません。最初の酵素変異では、取り出した酵素の酪酸側の材料に対する触媒効率は低下しました。そこで研究者らは、細胞内でより溶けた状態になりやすい近縁の酵素も使い、生産性との両立を図っています。
似た酵素でも、変化の仕組みは同じではない
この比較から、酵素の同じ位置を変えるという方針は、近縁の酵素にも応用できる一方、なぜ選び分けが変わるのかを、一つの単純な仕組みでは説明できないことも分かりました。
著者らの計算と反応測定は、材料の向き、反応に適した配置のとりやすさ、酵素の溶けやすさなどが、酵素ごとに違う形で効くと示唆しています。「穴を広げればよい」といった一つの設計則では足りず、近縁の酵素でも実際の反応を調べる必要がある、という帰結です。
一つの細胞に任せず、二つの菌株で分業
材料を外から与える探索に続き、研究者らは、グリセロールなどの栄養源から材料をつくる工程と、エステルに仕上げる工程をつなぎました。条件によっては、材料供給を助けるためエタノールを利用する経路も組み込んでいます。
ここで使ったのが、役割の違う二つの大腸菌株を一緒に育てる「共培養」です。一方がリナロールやゲラニオールなどのアルコールをつくり、もう一方が、それをエステルへ変えます。別の種類の微生物を組み合わせたのではなく、同じ大腸菌を異なる仕事向けに設計しています。
酢酸リナリルの試験管での生産では、一つの菌株に全工程を持たせた条件の最高値は約0.058 g/Lでした。二株の混ぜ方や材料供給経路を調整した共培養では、3.22 g/Lに達しました。この比較は研究内で設計・最適化した条件同士のもので、どんな生産系でも同じ倍率になるという結果ではありません。
著者らは、分業によって、一つの細胞に多くの遺伝子を働かせる負担や、複数の工程が同じ出発材料を取り合う問題を軽くできると考えています。また、アルコールをつくる側と仕上げる側を別々に改良し、組み替えられることも利点です。
小型の発酵装置では、どこまでできた?
研究者らは、容量1 Lの発酵装置でも共培養を試しました。開始時の培地は400 mLで、生成物を取り出すための有機溶媒の層を加え、途中でグリセロールを補給する方法です。装置の容量が1 Lということで、最初から1 Lの培地だけで育てたわけではありません。
この実験では、酢酸リナリルは96時間後に11.50 g/L、酪酸ゲラニルは別の生産条件で83時間後に3.16 g/Lに達しました。各条件は三つの生物学的反復で調べられています。いずれも論文が報告する生産濃度であり、そのまま販売できる精製済み香料の収量ではありません。
酪酸ゲラニルについては、酢酸ゲラニルとの合計に占める割合が98.97%でした。この数字は、二つのエステルの間での選択性を表します。有機溶媒やほかの成分も含む抽出物全体の純度が98.97%という意味ではありません。
酢酸リナリルでは、鏡像関係にある二つの分子の形のうち、一方を選んでつくれたことも分析で確かめています。成分の名前だけでなく、分子の形をそろえる点でも、生物の反応を利用する意味があるという結果です。
共培養による生産は、酢酸リナリルと酪酸ゲラニルを含む計七種類で示されました。ただし、ほかの成分では生産濃度に大きな差があり、同じ仕組みを使えばどの香料も同じ効率でできるわけではありません。
香りの再現より、成分をつくり分ける技術
酢酸リナリルはラベンダー精油に含まれる重要な成分ですが、この研究は、微生物でラベンダー精油全体を再現したものではありません。人が嗅いだ香りの一致や好み、製品の安全性も、今回の生産実験では評価していません。
1 Lの装置での結果は、試験管から一段階大きな生産へ進めた実証です。商業規模での安定運転、精製にかかる費用、従来法と比べた環境負荷まで確かめたものではなく、実用化にはさらに検証が必要です。
それでも、酵素が受け入れる材料の幅を調べ、狙う反応に合わせて酵素と供給比を調整し、最後に生産工程を分業させる流れは、ほかのエステルにも展開できる設計の道筋になります。著者らは、香料や食品素材に加え、植物のさまざまな有用成分をつくる酵素の探索や改良にもつながると考えています。
研究は中国国家自然科学基金などの公的研究費の支援を受けました。著者のうち三人は、関連する微生物生産技術の特許出願の発明者であることを申告しています。
まとめ
この研究は、微生物でつくれるエステルの種類を増やすことと、狙った一種類を選んでつくることを、連続した課題として扱いました。材料を外から与える探索で71種類を得た後、酵素の一部と材料の割合を調整し、二つの菌株の共培養で七種類の生産につなげています。
大切なのは、優れた酵素を一つ見つければ終わりではないことです。酵素の選び分け、細胞が用意する材料、工程同士の負担や競争を合わせて設計する。この考え方が、香りの成分をより自在につくり分けるための基盤になると、著者らは示しています。
参考文献
Yang, D., Liang, H., Li, X., et al.(2026). A microbial platform for selective biosynthesis of monoterpene esters. Nature Communications, 17, 4851. DOI: 10.1038/s41467-026-71681-9. 原著全文。© The Author(s) 2026. 原著はCC BY-NC-ND 4.0で公開されています。


