揚げ物のにおいは、キッチンにとどまってから居間へ広がるのでしょうか。それとも、調理を始めるとすぐ届くのでしょうか。2008年の研究では、実験用のLDKでポテトフライを揚げ、人が感じるにおいの変化を追いました。この条件では、IHはキッチンで先に強まり、ガスでは比較的早くリビングやダイニングへ広がる傾向が見られました。
研究の中心は、熱源の優劣を決めることではなく、においに慣れてしまう人の鼻で、室内の変化をどう測るかという方法づくりです。基準となる香りで評価をそろえ、途中で鼻を休ませ、その結果を温湿度や煙の動きと照らし合わせました。
「強い」の基準を、香りの見本でそろえる
評価したのは、菜種油でポテトフライを揚げたときの油煙臭です。まず同じ条件の調理で発生した成分を分析し、研究者らが主要成分とした2,4-デカジエナールを基準臭に選びました。揚げ物を思わせるにおいを持つ成分です。
評価尺度は「無臭」から「強いにおい」までの0〜3を、0.5刻みの7段階に分けました。嗅覚検査で正常とされた3人が、濃度の異なる基準臭と、それに対応する強度を繰り返し覚えました。「強い」という言葉だけを頼りにするより、同じ見本を共有することで評定をそろえようとしたのです。
訓練を多く行った2人では、正しい強度を答えた割合が初めの4割弱から後半には7割以上へ上がりました。試行回数の少なかったもう1人の正答率は32%で、隣の段階まで許容すると63%でした。訓練は役立つ一方、3人の精度が完全にそろったわけではありません。
途中で鼻を休ませると、評定の下がり方が小さくなった
同じにおいを嗅ぎ続けると、室内にまだ残っていても弱く感じることがあります。かといって、評価者が何度も部屋を出れば、測定が途切れたり、扉の開閉で空気の流れが変わったりします。
そこで研究者らは、四つ折りの綿のハンカチを鼻に当て、1分間休む方法を試しました。予備実験では、調理終了後に休養を挟んだ場合、挟まなかった場合よりもにおいの評定が下がりにくくなりました。休養あり10ケースと休養なし7ケースを比較した、調理終了後の評定値の合計にも差がありました。ここでいうケース数は実験の評価記録で、17人を比べたという意味ではありません。
休む間隔を長くすると評定の低下が大きくなる傾向も踏まえ、本実験では開始15分後から、2分ごとに1分間の休養を入れました。著者らは、においへの慣れの影響を軽くする手段として有効だと考えています。ただし、鼻を休めている間は測定できないため、その区間にはハンカチを外した直後の評定値を当てています。
同じ料理を作り、キッチン・食卓・居間で追跡
本実験は大阪市内の実験棟のオープン型LDKで行われました。調理は、湯沸かしと揚げ物を同時に進める設定です。菜種油1000 mLを使い、ポテトフライ100 gを3回揚げました。IHで8回、ガスで6回実験し、油温、加熱時間、排気量をそろえています。排気量は毎時400立方メートルでした。
3人はキッチン、ダイニング、リビングに1人ずつ配置され、座った鼻の高さは床から約120 cmでした。感じた強さに合わせてダイヤルを動かし、装置は2秒ごとに記録しました。評価はにおいの強度で、好き嫌いや不快さは尋ねていません。
本実験の前後にも基準臭の確認を行うと、2人は正答率が約7割、もう1人は約4割でした。うち1人では実験前後の評定誤差に統計的な差がありました。尺度合わせは一定の助けになるものの、個人差や時間によるずれを完全になくせたとは言い切れない結果です。
IHは厨房から、ガスは早く隣の空間へ
IHの8回のうち5回では、調理中のキッチンの評定が高くなりました。もう1回はキッチンとダイニングが高く、リビングの上昇はやや遅れていました。実験ごとのばらつきは大きかったものの、全体としてはガスよりにおい始めが遅く、まずキッチンに広がってから隣の空間へ届く傾向でした。
ガスでは6回のうち5回で、調理開始後の早い段階からダイニングやリビングの強度が、キッチンと同程度かそれ以上になりました。また、調理後は全6回でダイニングの評定が高く残りました。研究者らは、早く隣の空間へ運ばれ、その後ダイニング付近にとどまりやすい流れを考えています。
この違いを別の方法でも確かめるため、室内の温湿度を測り、同じ条件で発生させた煙をレーザー光と映像で観察しました。IHでは煙がゆっくりキッチンに広がった後、隣室側へ移動しました。ガスでは強い上昇気流で煙が早く移動し、換気扇で取りきれなかった煙が上方からリビング・ダイニングへ広がりました。その後、給気とぶつかって下がり、ダイニングの鼻の高さ付近に残る様子も見られました。
ガス条件では上部の温度や湿度の上昇が大きく、IHでは比較的一様な温度変化でした。こうした観察と、人が報告したにおいの時間変化に一致する点が多いことが、提案した測定方法を支持する主な結果です。
測れたのは、この部屋での広がり方
3人がそれぞれ固定位置を担当したため、場所による違いと個人の感じ方が重なります。調理者の動作は見えないようにしていましたが、本実験では音が聞こえ、使用する熱源も事前に知らされていました。煙の可視化も空気の流れを確かめる方法で、におい成分の濃度分布そのものを測ったものではありません。
また、比較は一つの実験室で、換気量、油温、加熱時間をそろえた条件です。間取り、給気口、レンジフード、料理が変われば流れも変わります。ここでの到達の速さから、IHとガスの総排出量や家庭での快適性の優劣まで決めることはできません。
まとめ
この実験では、IHの油煙臭はキッチンで先に強まり、ガスではリビング・ダイニングへ早く届き、調理後にダイニングで残りやすい傾向がありました。人の評定と温湿度・煙の観察が対応し、室内のにおいの変化を追う手がかりになりました。
方法面では、香りの見本で「強さ」の尺度を共有し、途中で鼻を休ませる工夫が役立ちました。調理臭を測るには、においがどう運ばれるかだけでなく、測っている人の鼻がどう慣れるかにも目を向ける必要がある。そこが、この研究の大切な成果です。
研究の所属:研究当時、著者3人は関西電力、2人は電力中央研究所に所属していました。独立した研究資金・利益相反の申告欄は確認できませんでした。
参考文献
五十嵐由利子、萬羽郁子、八木廉子、ほか.調理時に発生する油煙臭の経時的官能評価に関わる簡易手法の提案.日本建築学会環境系論文集.2008;73(627):623–630.doi:10.3130/aije.73.623


