パコ・ラバンヌ(Paco Rabanne)――金属の詩人が纏わせた、反骨の香り

パコ・ラバンヌの世界観と代表製品「1 Million Eau de Toilette 100ml」を表現したブランドイメージ

「香水は身に纏うものと同様に、意味の重みがなければならない。」
— パコ・ラバンヌ

基本情報

設立年: 1966年(フランス・パリ)
創設者: フランシスコ・ラバネダ・クエルボ(Francisco Rabaneda Cuervo)、通称パコ・ラバンヌ
公式サイト: https://www.rabanne.com
※2023年より、ブランド名は「パコ・ラバンヌ」から「ラバンヌ(Rabanne)」に改称されている。香水ラインは引き続き同名で展開中。

創設者・ブランドの成り立ち

戦火の中で生まれた少年

フランシスコ・ラバネダ・クエルボは、1934年2月18日、スペイン・バスク地方の港町パサイア(Pasaia)に生まれた。父はスペイン共和国軍の大佐で、スペイン内戦においてフランコ軍の将兵に銃殺された。母はクリストバル・バレンシアガのクチュール・ハウスのチーフ縫製師(プルミエール・メン)を務めた女性であった。

1939年、5歳のフランシスコは母と兄弟姉妹とともにピレネー山脈を越え、フランスへ亡命した。後に彼が残した言葉によれば、「母は苦しみながら、祖母、ふたりの姉妹、弟、そして私を連れ、ピレネーの峠へと向かいました。雪と寒さの中、空爆を避けながら、なんとか国境を越えたのです」。彼はそこからスペイン人の魂を持ちながら、フランスで育った人物として知られるようになる。

パリという土壌で育った才能

フランスで育ったフランシスコはやがてパリの名門エコール・ナシオナル・デ・ボザール(国立美術学校)で建築学を学んだ。学費の足しにするため、在学中から(1950年代中頃)ディオールやジバンシーのためのファッションスケッチを描き、シャルル・ジュルダンのために靴のデザインも手がけていた。建築を学びながら、すでに彼の関心は造形の可能性全体に向いていたのである。

卒業後しばらくは建築の実務に携わったが、やがてジュエリーデザイナーとしてファッション界へ本格参入する。1962年から1966年にかけて、バレンシアガ、ニナ・リッチ、マギー・ルーフ、フィリップ・ヴェネ、ピエール・カルダン、クレージュ、ジバンシーといった当代一流のクチュールハウスのためにコスチューム・ジュエリーを制作した。ロドイド(Rhodoid、硬質プラスチックの一種)、革紐を編んだボタン、コーヒー豆や乾麺をボタンに仕立てたものなど、素材への異端な眼差しはこのころすでに芽吹いていた。

「12着の着用不可能なドレス」という宣言

1966年、パコ・ラバンヌはファッション史に刻まれるデビュー・コレクションを世に放つ。タイトルは「12 Unwearable Dresses in Contemporary Materials(12着の現代素材による着用不可能なドレス)」。裸足のモデルたちが纏ったのは、布でも糸でも縫製でもなく、ロドイドのスパングルとプラークを金属のリングでつなぎ合わせたドレスだった。

彼は針と糸の代わりにペンチとリングを使い、「縫製は奴隷制だ(Sewing is slavery)」と宣言した。この衝撃的なコレクションはたちまちセンセーションを巻き起こし、ブリジット・バルドー、フランソワーズ・アルディ、ジェーン・バーキンといったフランスを代表するスターたちが競ってその金属製ドレスを纏った。

一方、ファッションの女王ともいうべきココ・シャネルは「彼はファッションデザイナーではない、金属職人だ(He’s not a fashion designer. He’s a metal craftsman.)」と評した。この言葉は、皮肉であると同時に、業界が彼の異端性をいかに受け止めていたかを物語る証言でもある。

後年、フランスの文化大臣フレデリック・ミッテランはラバンヌを「クチュール界のジュール・ヴェルヌ」と称えた。また、ラバンヌ自身は2016年にアントワープのファッション博物館モムで開かれた回顧展に寄せた文章でこう述べている。「私はいつも、時代の加速装置であるという感覚を持っていました。合理的な範囲でできる限り先へ進むこと、そして過去のものへの病的な執着——これを私は衰退とみなします——に溺れないこと」。

プイグとの出会い、そして香水という新たな戦線へ

1968年、ラバンヌはバルセロナに拠点を置くスペインの香水・ファッショングループ、プイグ(Puig)とのライセンス契約を締結した。この提携が、のちに巨大香水ビジネスを生む礎となる。

翌1969年、ラバンヌとプイグの共同作業によって最初のフレグランス「カランドル(Calandre)」が誕生した。公式サイトによれば、これは「ヴィンテージカーでのドライブという解放的な冒険から着想を得た、清々しくメタリックなローズの香り」であり、金属とガラスで構成された建築的なボトルに収められた。

1987年、プイグはパコ・ラバンヌのファッションハウスを正式に完全買収した。しかし創設者自身は引き続きブランドの顔であり続け、1999年にファッション界からの引退を宣言するまで、その存在感を保ち続けた。

晩年と遺産

1999年の引退後、ラバンヌはブルターニュ地方に暮らし、自然の中で静かな余生を送った。2013年にはジュリアン・ドセナが新たなクリエイティブ・ディレクターに就任し、メタルというDNAを受け継ぎながらブランドを刷新していく。ドセナはその就任にあたり、「パコ・ラバンヌのことを考えるとき、レトロだとは思わない。革命、反骨、そして再生(revolution, rebellion and renaissance)を思う」と語っている。

フランシスコ・ラバネダ・クエルボ、通称パコ・ラバンヌは、2023年2月3日、フランス・ブルターニュ地方のポルサルにある自宅で88歳の生涯を閉じた。訃報を受けてプイグのCEOであるマルク・プイグは、「カランドルの誕生から始まったプイグとパコ・ラバンヌの物語……その大胆で革命的、挑発的なヴィジョンは独自の美学を通じて表現された。彼はプイグのファッションおよびフレグランス・チームにとって重要なインスピレーションの源であり続けるでしょう」と声明を発表した。

ブランドのこだわり

香りづくりの哲学

パコ・ラバンヌが打ち出した香りの哲学は、彼のファッション哲学と不可分であった。「40年前、私はすでに香水をクチュールの世界にもち込むことは論理的かつ補完的だと考えていました」と彼は語っている。ファッションで現代素材を大胆に取り入れたように、香水においても既成概念を壊すことが彼のスタンスだった。

ラバンヌは自らの香水哲学についてこう語っている。「私は自分のフレグランスにまず清潔感があり、それから構造があり、バイブレーションとコントラストに満ちていることを好む(I like my fragrances to be fresh first, then structured, full of vibrations and contrasts)」。この言葉は、カランドルからインヴィクタスに至る一連のフレグランスが単なる「良い匂い」ではなく、コントラストと対話の産物として設計されていることを示している。

現在のブランドは「ラバンヌのフレグランスは、大胆さ、自由、誘惑、煌めき、そして謎への偶像破壊的な賛辞である」と定義しており、創業者の精神が今も色濃く息づいている。

ボトル・パッケージデザイン

ラバンヌのフレグランスにおいて、ボトルは香りと同等に語られるべき存在である。創業者のメタル哲学は、香水ボトルのデザインにおいても革命をもたらした。

最初のフレグランス「カランドル(1969)」のボトルは、著名なボトルデザイナー、ピエール・ディナンが手がけた。エービーエス(ABS)プラスチックのフレームにガラスをはめ込み、金属で包んだこのデザインは、「ガラスを金属で包む」という業界初の試みを実現したものとして知られる。香水名「カランドル」はフランス語でラジエーター・グリルを意味し、ロールスロイスのグリルからインスパイアされたという。ディナンは後年このボトルについて、「ガラスが初めて金属に包まれた。これは本当に独自のものを作り上げただけでなく、香水ボトルデザインの実践全体を革命化する基礎を築いた」と振り返っている。

2008年に登場した「1 ミリオン(1 Million)」のボトルはまた別の衝撃を与えた。デザインを担当したのは若手デザイナー、ノエ・デュショフール=ロランス(Noé Duchaufour-Lawrance)。ゴールドのインゴット(金の延べ棒)を模したこのボトルは、前面に金のアルマイト加工を施したアルミプレートを使用しており、「どんな文明や宗教においても、金は人間を魅了することをやめない」というブランドの精神を視覚化した。

「レディ ミリオン(Lady Million、2010)」のボトルは多面カットのダイヤモンド型で、ルーヴル美術館に保管されている名高い「ル・レジャン」ダイヤモンドにインスパイアされたと伝えられている。「インヴィクタス(Invictus、2013)」のトロフィー型ボトルはセドリック・ラゴット(Cédric Ragot)がデザインし、スポーツの勝利と凱旋を体現した。

素材へのこだわり

ラバンヌのフレグランスにおける素材へのこだわりは、近年の「ラ コレクシオン ラバンヌ(La Collection Rabanne)」にも顕著に表れている。ブランドの公式説明によれば、このオート・パフューマリーは「メゾン・ラバンヌのブルータリスト美学からインスパイアされ、最上質の原材料と6人の調香師(scent architects)の先見的アプローチを融合させた。生(raw)のものから力を引き出す」という精神に基づいている。

香水ラインナップ

カランドル(1969)——原点にして金属の詩

最初のフレグランス「カランドル」は、調香師ミシェル・ヒー(Michel Hy、ジボダン・ルール所属)が手がけた。パフューム・ソサエティが紹介したマルセル・カルル(Marcel Carles)の回想によれば、香水のブリーフはこうだった——「春のある日、裕福な若い男がイータイプ・ジャガー(E-Type Jaguar)で彼女を迎えにやってきます。高速の風と皮のシートの香りを想像してください。彼は彼女を海辺のドライブに連れ出し、森で停まって、車のボンネットの上で愛を交わします」。当時としては異例の解放的で官能的なコンセプトであった。

ノートはフローラルアルデヒック系で、イランイラン、ジャスミン、バラ、ゲラニウムを中心としたハート、そしてオークモス由来の分子エヴェルニル(Evernyl)を含む木質のベースが特徴的だった。カランドルは現在も販売が続いており、ブランドの礎として愛され続けている。

パコ・ラバンヌ プール オム(1973)——フジェア系の金字塔

1973年、ラバンヌ最初のメンズフレグランスが誕生した。ラベンダー、タラゴン、セージ、ゼラニウムなどのアロマティックハーブと、オークモス・ハチミツ・アンバーによるウォームなベースが特徴的なフジェア(フゲール)系——語源はフランス語で「シダ」を意味し、森林的でラベンダーのニュアンスを持つ香りの系統——の作品である。発売当時のマーケティングは性の革命時代の固定観念を打ち破るものとして話題を呼んだといわれる。現在も同じダークグリーンのボトルで販売が続いている。

エクセス(XS)/ブラック エクセス(ブラック XS)ライン(1993〜)

1993年発売の「エクセス(XS)」は、ミント・ベルガモット・コリアンダーのトップから始まり、サンダルウッド・オークモス・アンバーのベースへと続くアロマティック・ウッディ系の男性向け香水である。その後ブラック XS(2005年、男性向け)、ブラック XS プール エル(2007年、女性向け)が続いた。2007年に発表されたフランス24のインタビューで、ラバンヌ自身は「ブラック XS フォー ハー」について「非常に誘惑的で神秘的な香り、男性版のブラック・エクセスの女性版に相当するもの」と語っており、ブラック XSがゴスカルチャーの若者たちに支持を集めたカルト的存在であることにも言及している。

1 ミリオン / レディ ミリオン(2008 / 2010)——現代の黄金神話

「1 ミリオン(2008)」はパコ・ラバンヌ史上最も商業的な成功を収めたフレグランスである。ダブリューダブリューディー(WWD)が2022年に「世界で最も偉大な100の香水」のひとつとして選出しており、プイグの資料においても「1 ミリオンはラバンヌが開発に関与した最後の作品」と位置づけられている。ゴールドの延べ棒型ボトルとともに、スウィートでスパイシーなレザー調の香りは、成功・金・欲望を纏うライフスタイル・ステートメントとして世界的にヒットした。

「レディ ミリオン(2010)」は1 ミリオンの女性版として誕生した。調香師はアン・フリポ、ベアトリス・ピケ、ドミニク・ロピオンの3名によるチームで制作された。ネロリ・ラズベリー・ビターオレンジのトップから、ジャスミン・オレンジブロッサムのハート、そしてハニー・パチュリのベースへと続く甘く官能的な構成が特徴で、多面カットのゴールドのダイヤモンド型ボトルとともに長期ベストセラーとなった。

インヴィクタス / オリンペア(2013 / 2015)——神話的世界観

「インヴィクタス(2013)」は男性用フレグランスで、スポーツの勝利と神話的な英雄性をテーマにしている。開発にはアイエフエフ(IFF)のヴェロニク・ニベルグを筆頭にアン・フリポ、オリヴィエ・ポルジュ、ドミニク・ロピオンが参加した。グレープフルーツ・マリンアコード・ローリエのフレッシュ感と、ラブダナム・アンバーグリス・パチュリ・ガイアックウッドのアニマルな官能性が共存する構成が特徴で、フランコフォンの学術者が「清涼な爽快感と動物的な官能性の間に位置するフレグランス」と評した。

「オリンペア(2015)」はインヴィクタスの女性版として位置づけられ、現代のギリシャ女神を体現するコンセプトで発売された。調香師はロック・ドン、アン・フリポ、ドミニク・ロピオン。グリーンマンダリン・ウォータージャスミン・ジンジャーリリーのフレッシュでフローラルなトップから、塩味のバニラアコードのハート、そしてカシミアウッド・アンバーグリスのベースへと展開し、「ソルティ・バニラ」のトレンドの先駆けになったとも言われている。

ラ コレクシオン ラバンヌ(2024)——オート・パフューマリーへの参入

2024年に発表された「ラ コレクシオン ラバンヌ(La Collection Rabanne)」は、ブランドが初めて本格的なニッチ・ラグジュアリー市場へ踏み込んだ8作品のコレクションである。3年の制作期間を経て完成し、まずロンドンのセルフリッジスで独占先行販売された。

ファニー・バル、ファブリス・ペルグラン、ヴェロニク・ニベルグ、クリストフ・レノーら6人の著名な調香師が参加。ラ コレクシオンの8作品は——アフター クラブ、アルミュール マラ、メッシュ メタル、ミッドナイト セックス、ナイト ソウル、ウード モンターニュ、ローズ 1969、シルバー スキン——と名付けられ、発売当時、各125ml・235ポンドという高価格帯で展開された。

ボトルには創業者が1980年代に生み出した「エイト(The Eight)」と呼ばれるジュエリーの意匠が施されており、1969年のカランドルのボトルデザインに着想を得た「ハイパースカルプチュラルなガラスを金属フレームで囲む」構造を受け継いでいる。公式サイトによれば「メゾンのブルータリスト美学からインスパイアされ、生の素材から力を引き出す」というコンセプトが全作品を貫いている。

ちなみに…

「バルバレラ」神話の真実
1968年公開のSF映画「バルバレラ」でジェーン・フォンダが纏ったコスチュームは、長年「パコ・ラバンヌのデザイン」として広く語られてきた。しかし、バルバレラ・ウィキペディアの記述および複数の学術論文によれば、コスチュームの大部分はフランスのコスチュームデザイナー、ジャック・フォントレーが手がけたものである。ラバンヌが関与したのは最終シーンの1着のみで、映画クレジットには「inspired by ideas of Paco Rabanne(パコ・ラバンヌのアイデアにインスパイアされて)」と記されている。宇宙時代のアイコンと結びついたラバンヌの強烈なイメージが、この神話を生んだのかもしれない。

「ミリオン 18カラット」——4万ユーロ以上の金塊
1 ミリオン発売1周年を記念して(2009年)、プイグは「1 ミリオン 18カラット」と名付けた超限定版を制作した。18カラットの金でメッキされたボトルには0.3カラットのダイヤモンドが飾られ、黒いエイ革と黒サメ皮内装のケースに収められている。ボトル1本の制作には64時間かかり、パコ・ラバンヌ本人がサインをして個別ナンバリングも施された。価格は4万ユーロ以上(当時)。

ココ・シャネルによる命名
「彼は金属職人だ」とココ・シャネルが評したことは先述したが、フランスのメディアはラバンヌを「モードの冶金家(le métallurgiste de la mode)」と呼ぶようにもなった。2010年のレジオン・ドヌール授与式での文化大臣の言葉にも、この渾名が登場している。

レジオン・ドヌール
2010年11月16日、フランス文化大臣フレデリック・ミッテランよりオフィシエ(Officier)に叙任された。授与式でミッテラン大臣は「クチュール界のジュール・ヴェルヌ」と称えながら、「過去40年にわたって世界を驚かせ、すべての傾向に影響を与え、ひとことで言えばファッションを革命した」と讃辞を述べた。

参考文献