Ysven(イスヴェン)— カクテルを「飲むもの」から「まとうもの」へ

イスヴェンのRum Colaを、カクテルと夜景のあるバーに配したブランドイメージ。カクテルの高揚を、肌にまとう。 ブランド創業者

「香水とカクテルには、素材を重ね、均衡させ、気分や物語を呼び起こすように設計するという、驚くほど創造的で感覚的な共通点があります」

— AJ(エージェー)・パタワラン(『マニラ・ブレティン・ライフスタイル』のインタビューより)

Ysven(イスヴェン)は、フィリピン・マニラで2025年に誕生したニッチフレグランスブランドである。カクテルや酒を単に「それらしく」再現するのではなく、飲み物がもつ温度、色、場所、夜の高揚までを、肌の上で展開する香りへ置き換える。その出発点には、創業者AJ・パタワランが見いだした、ミクソロジー(カクテルを素材・技法・感覚から捉える創作文化)と調香の意外な近さがあった。

創業したばかりのイスヴェンには、まだ知られていない話も多い。パタワランがどこで育ち、何を学び、いつ香水に心を奪われたのか。その詳しい道のりより先に届いてきたのが、カクテルを題材にした6つの香りだった。本人の語る創作のきっかけと、一本ごとの組み立てをたどると、この若いブランドの個性が見えてくる。

基本情報

ブランド名: Ysven(イスヴェン)
設立年: 2025年。日本の正規取扱店NOSE SHOP(ノーズショップ)が紹介する創業年で、Fragrantica(フレグランティカ)に登録された6作品も2025年の発売である。
創設者: AJ(エージェー)・パタワラン。Asia Perfume Foundation(アジア・パフューム・ファウンデーション/APF)の資格名簿とアワードには、Arron Jan Patawaran(アロン・ジャン・パタワラン)の名で掲載されている。
拠点・原産国: フィリピン・マニラ。製品もフィリピン製。
公式サイト: イスヴェン公式サイト
ブランド名の由来: パタワランの息子の名前。
主な調香師: AJ・パタワラン、レナート・ロペナ・ジュニア。両名がコレクションの制作に参加している。

読み方は、日本正規取扱店の表記に従えば「イスヴェン」である。

創設者・ブランドの成り立ち

香水以前——つくる仕事の蓄積

パタワランの出発点は、最初から高級香水の世界だったわけではない。ヘアスタイリング製品やパーソナルケア製品の処方づくりを通じて事業経験を積み、ブランディングと商品開発にも携わってきた。フィリピン国内のブランドと仕事をするなかで、香りをつくることへの情熱が芽生えたのである。いまはAPFの資格を持つ調香師であり、ブランドコンサルタントでもある。

この経歴は、イスヴェンを理解するうえで大きな手がかりになる。香りだけを考えるのではなく、処方から商品化、ブランドの見せ方までを一続きの仕事として経験してきた人物が、全体を組み立てているからだ。ボトルの部材やグラフィックを一つずつ誰が設計したかまでは分からないが、ブランドの細部まで目を配る創業者の姿は、こうした仕事の積み重ねと結びついている。

幼い頃に出会った匂いや、最初に愛用した香水については、まだ本人の話を聞いてみたいところだ。出生地や家族との暮らし、勤めた企業とその年数も、細かくたどれるわけではない。いま見える創業への道は、身近なパーソナルケア製品の処方から、自分の名で香りを世に出す仕事へと続いている。

クローン優勢への違和感

創業の背景にあるのは、模倣香水、いわゆるデュープやクローンが市場を席巻する状況への違和感だった。既存の人気作に似せた商品ではなく、香水の世界に自分なりの足跡を残すオリジナル作品をつくりたい。その思いから、パタワランは研究と学びを重ね、すでにあるものの隙間へ新しい香りを届けようとした。

「オリジナル・ブレンド。クローンでも、デュープでもない」

— イスヴェン公式サイト

この短い宣言は、単なる販売文句以上にブランドの成立理由を要約している。イスヴェンの「オリジナル」とは、奇抜さだけを競うことではなく、創作した人物を見える存在に戻すことでもある。公式ストーリーでパタワランは、香水は芸術であり、芸術の背後にはアーティストがいるという考えを示し、将来は自身だけでなく、ほかのクリエイターや調香師が認知されるための場にしたいとしている。

私財を投じた船出

日本でブランドを紹介するノーズショップは、パタワランが全財産を投じてイスヴェンを立ち上げたと伝えている。貯めてきた資金を自分の創作に託した船出だった。投資額や法人設立日、最初の生産本数までの細かな数字は分からない。だが、何年も研究と開発を重ねた末に独自の香りを送り出したことは、本人のブランドストーリーにも記されている。

ブランドには、息子の名前「イスヴェン」を選んだ。市場への違和感から始めた仕事に、もっとも身近な家族の名を与える。その取り合わせに、反骨精神だけではない温かさを感じる。自分よりも長く残るものを作りたい、という願いまで読みたくなる命名だが、それはあくまで受け手としての感じ方である。本人がそこに重ねた思いは、また別の言葉で聞いてみたい。

カクテルとの出会い

イスヴェンをほかの新興ブランドから際立たせたのは、「酒の香り」という題材そのものより、カクテルを組み立てる行為と調香を同じ創作として捉えたことだ。2025年6月の『Manila Bulletin Lifestyle(マニラ・ブレティン・ライフスタイル)』で、パタワランはそのきっかけを語っている。調香を深める一方でカクテルにも惹かれ、素材を層にし、バランスを取り、感情や物語を呼び起こす点で、ふたつがつながっていると気づいたのである。

「ある時、ふたつの情熱を融合できると突然わかったのです。その気づきから、カクテルや酒に着想した香りをつくるという、自分自身の調香師としてのシグネチャーを育てました」

— AJ(エージェー)・パタワラン(『マニラ・ブレティン・ライフスタイル』のインタビューより)

ここでいうカクテルは、香料ノートを並べるための題名にとどまらない。柑橘の弾け方をトップノートに、飲み物の核となるアコード(複数素材で一つの匂いを表現する調香上のまとまり)をミドルに、グラスを置いた後の余韻をウッド、モス、ムスクなどのベースに割り当てる。味覚的な設計を、香水の時間構造へ翻訳しているのである。

「それぞれの香りは、フレグランスになった一杯のドリンクのように感じられるよう作っています。大胆で、遊び心があり、個人的な経験と感覚的な物語に根ざしたものです」

— AJ(エージェー)・パタワラン(『マニラ・ブレティン・ライフスタイル』のインタビューより)

2025年には、ソーラー・アンバー、ウォッカ・ライム、ラム・コーラ、ブラックウィング、ブルー・モヒート、ロング・アイランドの6作品が登場した。公式のブランドストーリーが振り返る出発点は3つの香り。その後、6作が並ぶコレクションへ広がった。フレグランティカとParfumo(パルフモ)もこの6作を2025年の作品として紹介しているが、一作ずつの詳しい発売順までは分からない。

認定と外部評価

パタワランは、アジア・パフューム・ファウンデーションの資格名簿に、アロン・ジャン・パタワランの名で載っている。掲載されているのはレベル1。同団体の教育資格はレベル1から3まで段階を追って学ぶ仕組みで、取得した年月や、その後どこまで学びを進めたかまでは明らかでない。「APF認定調香師」という紹介の背景には、この香水の専門教育がある。

2025年には、ラム・コーラがAsia Perfume Awards(アジア・パフューム・アワード)の最終候補に選ばれた。パタワランはニッチ・パフューマー部門、イスヴェンはニッチ・ブランド部門で、ともにトップ10入りしている。最優秀賞の受賞ではないものの、創業した年に作り手とブランドの双方が候補に並んだ。若いブランドにとって、確かな節目になった出来事である。

ブランドのこだわり

飲み物ではなく体験を調香する

イスヴェンの中心にあるのは、飲料の匂いをそのままコピーする発想ではない。カクテルの材料構成、冷たさや炭酸感、バーや海辺といった情景、飲んだ後に残る気分までを、トップ・ミドル・ベースの推移に変換することである。たとえばウォッカ・ライムは、ミント、レモン、ライムの冷たい立ち上がりから、ウォッカ、キュウリ、ジャーマンカモミールを経て、ミネラル、レザー、アンブロキサンへ沈む。

この設計には、爽快な飲み口だけで終わらせず、香水として肌に残る骨格を与える意図が見える。ラム・コーラでも、レモン、オレンジ、ラムから、コーラとシナモン、最後にベンゾイン、オークモス、シュガーへ移り、炭酸飲料の明るさを樹脂・苔・糖の暗い余韻へつなぐ。

原料、濃度、試作

パタワランは原料を調達し、研究と試作を積み重ねて、自分の香りを形にしてきた。ブランドが掲げるのは、高濃度であること、素材の品質を大切にすること、そして手をかけて仕上げること。6作はいずれもエキストレ・ド・パルファムとして並ぶ。香料の配合率や天然・合成の内訳、産地、工房、熟成の長さ、一度に作る量までの細かな製造条件は、現在の紹介だけでは分からない。

高濃度という言葉は、そのまま「天然香料中心」や「環境負荷が小さい」という意味にはならない。手作業を掲げていても、製造のすべてが手仕事なのかは別の話だ。イスヴェンが伝えたい核は、素材と濃度に気を配りながら、クローンではない独自の処方を届けることにある。

ボトルとパッケージ

通常ボトルは60mLのエキストレ・ド・パルファム。2026年9月時点の日本正規販売価格は22,000円である。ノーズショップの商品ページには、成分として「変性アルコール、香料、水」、原産国としてフィリピンが表示されている。

ボトルの形やラベルの書体、色にもつい意味を探したくなるが、創業者がそれぞれに何を託したのかは、まだ詳しく伝わっていない。ガラスやキャップ、外箱をどこで作り、どのようなリサイクル仕様を採るかも同様だ。ブランド全体に目を配るパタワランの仕事のうち、香りの構成とはまた別に、これから聞いてみたい話である。

調香師を表に出す

イスヴェンの作品には、創業者だけでなくレナート・ロペナ・ジュニアの名も並ぶ。ロング・アイランドは彼が手がけた香りで、ダバナ、レモン、ベルガモットから、アイスティー、フジリンゴ、オレンジブロッサムへ。そしてオークモス、マテ、アンバー、ムスクの余韻へと展開する。

これは、ほかのクリエイターや調香師が認知される場にしたい、というパタワランの構想とも重なる。2人が制作のどこで相談し、どのように役割を分けたのか、次に誰が参加するのかはまだ分からない。それでも、一本に別の作者の名前を添えること自体が、その構想を目に見える形にしている。

香水ラインナップ

コレクションの中心をなすのは、2025年に登場した6つのユニセックス香水。公式ストアでは「Signature Cocktail Line(シグネチャー・カクテル・ライン)」として並んでいる。どれも題材は明快だが、飲み物の中心となるアコードを、ウッド、モス、ムスク、アンバーなど、肌に長く残る土台へ結びつけている。

ラム・コーラ

ラム、レモン、オレンジで始まり、コーラアコードとシナモンを経て、ベンゾイン、オークモス、シュガーへ落ち着く作品である。甘いカクテルの再現に終わらず、柑橘の酸味、スパイス、樹脂の厚み、苔の乾いた陰影を持たせた構造が特徴だ。2025年のアジア・パフューム・アワードでは、この一本がパタワランとイスヴェンの2部門での最終候補入りにつながった。

ウォッカ・ライム

ミント、レモン、ライムの鋭いトップ、ウォッカアコード、キュウリ、ジャーマンカモミールの冷静なミドル、ミネラル、レザー、アンブロキサンのドライなベースからなる。 ウォッカの透明感を、単なるアルコール臭ではなく、冷たさと無機質感として構成している点が面白い。爽快さの奥にレザーを置くことで、カクテルテーマを日常的な香水へ着地させていると思われる。

ソーラー・アンバー

マンゴー・パイナップル・マルガリータを「液体の太陽光」へ翻訳したトロピカル・フルーティ系である。レモン、ベルガモット、グリーンから、マンゴー、パイナップル、ソーラーアコードへ進み、シダー、ベチバー、パチョリ、ホワイトムスクが土台となる。 カクテルの果実感と、日差しを思わせる抽象的なソーラー表現を重ねた、ラインの中でも情景性が強い一作である。

ブルー・モヒート

トップはミント、ブルーベリー、ブルーキュラソー、ミドルはモヒートとアクアティックノート、ベースはアンバー、ムスク、シーウィードで構成される。 ベリーと青いリキュールの人工的な鮮やかさを、海藻を含むマリン系のベースへつなぎ、冷たいグラスだけでなく海辺の空気まで想像させる設計である。2025年発売、エキストレ・ド・パルファム、フィリピン製のユニセックス作品として登録されている。

ロング・アイランド

ロング・アイランド・アイスティーに着想し、ベルガモット、レモン、ダバナの明るく酒質を感じさせるトップから、アイスティー、フジリンゴ、オレンジブロッサムのミドル、オークモス、マテ、アンバー、ムスクのベースへ移る。 調香師としてクレジットされているのはレナート・ロペナ・ジュニアである。 酒を複数混ぜる原典の強さをそのまま重くするのではなく、茶と果実、ハーブ、苔で「長い夜」の空気へ置き換えた構成といえる。

ブラックウィング

ブラックウィングは、公式説明で「モダンなフゼア」と位置づけられる。フゼアとは、一般にラベンダー、クマリン様の甘さ、苔やウッドなどを軸にした伝統的香調である。本作はベルガモット、グレープフルーツ、ナツメグで始まり、ブラックペッパーとラベンダーを経て、ブラックティー、サンダルウッド、ベチバーへ沈む構成が販売店で示されている。

ほかの5作に比べ、名前から特定のカクテルがすぐには浮かばない異色作である。シグネチャー・カクテル・ラインの一員だが、どの飲み物から生まれたのか、「ブラックウィング」の名に何を託したのかまでは分からない。グラスの名前を入り口にする作品群の中で、少し違った想像の余地を残している。

まず試すなら

日本では、6作を横断して試せるディスカバリーセットも展開されている。本国の公式ストアにも、ウォッカ・ライム、ラム・コーラ、ブラックウィング、ソーラー・アンバー、ブルー・モヒート、ロング・アイランドを各2.5mLずつ収めた6本セットが並ぶ。肌の上で「飲み物らしさ」がどの時点で香水らしい余韻へ変わるか。その違いを比べると、カクテルを香りへ移す手つきが見えてくるだろう。

ちなみに…

日本には2026年7月、U NOSE SHOP(ユー・ノーズショップ)を通じて初上陸した。マニラで生まれたばかりのブランドが、日本のニッチフレグランス市場へ届くまで、およそ1年。カクテルから広がった香りの物語は、国境を越えて続いている。

また、公式サイトが掲げる長期像は、イスヴェンを創業者一人の作品集に閉じないことである。香水を芸術、調香師をその作者と捉え、ほかの作り手も認知される場にするという考えは、デュープ優勢への対抗姿勢と一貫している。 6作のうちすでに別の調香師名が記録されている点からも、その構想は少なくとも言葉だけではない。

参考文献