ラルフ ローレン フレグランス――夢を纏う香り

ラルフ ローレンの世界観と代表製品「Polo Eau de Toilette 125ml」を表現したブランドイメージ

「スタイルは個人的なもの。ラルフ ローレン フレグランスは、タイムレスなスタイルを通じた個人表現のまた別の機会を与えてくれる」

— ラルフ ローレン

基本情報

フレグランス事業開始年: 1978年
ファッションブランド創設年: 1967年
創設者: ラルフ ローレン(Ralph Lauren)
公式サイト: ralphlaurenfragrances.com
現在のライセンス製造・販売: ロレアル(L’Oréal)(1985年から)

創設者・ブランドの成り立ち

ブロンクスの夢想家

1939年10月14日、ラルフ ローレンはニューヨーク市ブロンクスに、ラルフ・リフシッツ(Ralph Lifshitz)として生まれた。両親のフランクとフリーダはベラルーシ出身のアシュケナジ系ユダヤ人移民であり、父は芸術家肌の家屋塗装業者だった。四人きょうだいの末っ子として、モショル・パークウェイ沿いの労働者階級が密集する地区で育ったラルフにとって、豊かな暮らしは遠い夢にすぎなかった。

しかし彼には、強烈な想像力があった。毎週土曜日、映画館でスクリーンを眺めながら、ケーリー・グラントやフレッド・アステアが纏う洗練されたスタイルに魅了された。画面の向こう側には、ブロンクスの現実とはまるで異なる世界が広がっていた。学校では変わった姓(「リフシッツ〈Lifshitz〉」は英語でからかいの的になった)が理由でいじめを受け続け、16歳のとき、兄ジェリーとともに姓をローレン(Lauren)に改めた。いっぽう別の兄レニーは、生涯リフシッツの姓を名乗り続けた。

ラルフの服飾センスは幼い頃から際立っていた。高校時代にはすでにクラスメートにネクタイを売りさばき、1957年、17歳のときに書いた高校の卒業年鑑には将来の夢として「ミリオネア」と記した。後に彼がそれを笑い飛ばすことなく現実にしてみせたことは、あのブロンクスの少年がいかに本気だったかを物語っている。

転機——ネクタイ一本から帝国へ

マンハッタン・タルムード学院を経てデウィット・クリントン高校を卒業後、バルーク大学でビジネスを専攻するも2年で中退。1962年から2年間の米陸軍服役を経て、名門メンズウェア店ブルックス・ブラザーズのセールスアシスタントとなり、続いてネクタイ会社リヴェッツのセールスマンとして働いた。

1967年、転機が訪れる。当時28歳のラルフは、ネクタイメーカーのボー・ブルメル(Beau Brummell)社長を説得し、自身のネクタイラインを立ち上げる許可を得た。エンパイア・ステート・ビル(Empire State Building)の引き出し一つを作業スペースとして、「ポロ(Polo)」の名の下に手作りのワイドタイを展開。当時の主流がスリムな3ボタンスーツだった時代に、あえて幅広で質の高い素材にこだわったこのネクタイは、ポール・スチュアート、ニーマン・マーカス、ブルーミングデールズといった高級小売店に受け入れられ、初年度で約50万ドルを売り上げた。

「あの頃を思い出してほしい。1960年代後半、何もかもが三ツ釦で細いラペルだった。私はいつも、クラシックな英国紳士のスタイル——知的に着こなしているのに、それをひけらかさない——に憧れていた」

— ラルフ ローレン

ブランドは急速に拡大し、1970年にはブルーミングデールズ内にポロ ラルフ ローレンのメンズウェアショップをオープン。同店に百貨店内で単独デザイナーに捧げられた最初のブティックが誕生した瞬間だった。1971年にはビバリーヒルズのロデオドライブに初の独立店舗を開き、同年ウィメンズラインにも初めて「ポロポニー」の刺繍を施した。

フレグランスへの進出——1978年という革命

1976年頃、ラルフ ローレンはファッション以外にも香りという媒体でライフスタイルを表現することを決断した。エスティ・ローダーをはじめ複数の企業から接触があったが、彼が選んだのはワーナー・コミュニケーションズ(Warner Communications)との提携だった。両者は共同でワーナー/ローレン社(Warner/Lauren, Ltd.)を設立する。

1978年3月、ニューヨークのブルーミングデールズにてフレグランス事業は幕を開けた。3月12日に女性向けの「ローレン(Lauren)」、3月26日に男性向けの「ポロ(Polo)」を相次いで発売。デザイナーが男女向けフレグランスを同時に発売したのは、これが初めてのことだった。

この決断の背景について、ラルフ ローレン自身は2025年フレグランス ファウンデーションの殿堂入りインタビューで次のように語っている。

「私の世界は男性も女性も包括していた。だからフレグランスを作ることにしたとき、ポロを男性向けに、ローレンを女性向けに同時発売することは、ごく自然なことに思えた。それぞれの香りは、それぞれの個性を称えるために作られた。パッケージングもまた、香りと同じくらい独自のものにした」

— ラルフ ローレン

こうしてラルフ ローレンは、アパレルブランドが香水ビジネスに参入する際の新しい方程式を示してみせた。香水は衣服と同じく「ライフスタイルの選択」であるという哲学が、この瞬間に宣言されたのである。

ブランドのこだわり

香りづくりの哲学

ラルフ ローレン フレグランスのコア哲学は、「香りのワードローブ(a wardrobe of fragrances)」という発想にある。衣服のように、気分・場面・季節に合わせて香りを選ぶ——その提案が、ブランドが100を超えるフレグランスを展開してきた根底にある。

「お気に入りの香りを選ぶことは、お気に入りの子どもを選ぶようなもの。それぞれが特別で、それぞれがある瞬間を、気分を——スポーツ、冒険、ロマンスを——表している」

— ラルフ ローレン

香りを通して何を表現するかについて問われた際、ラルフ ローレンはこう答えている。

「ファッションとフレグランスは共に、それを纏う人のスピリットを祝うもの。自己表現と個性についてのものだ。そして、それを纏う女性にも男性にも、ある種の自信をもたらす」

— ラルフ ローレン

ボトル・パッケージのデザイン哲学

ラルフ ローレンは、ビジュアル表現において何が最も重要かを問われたとき、こう端的に答えた——「いつも一つのこと——感情だ(It’s always about one thing—Emotion.)」。

この哲学はボトルデザインにも色濃く反映されている。ポロの象徴的なダークグリーンのボトルは、ヴィンテージのフラスクにインスパイアされたもので、真鍮製のキャップとポロポニーのエンボスが施されている。男性的な香りのプロファイルと視覚的な要素が一体化したこのデザインは、今日もブランドのアイコンとして君臨している。

素材へのこだわりとサステナビリティ

2022年に発売されたポロ アース(Polo Earth)は、このブランドのサステナビリティへの本格的なコミットメントを象徴する作品である。成分の97%がナチュラルオリジン(自然由来)でヴィーガン対応、硫酸塩・フタル酸塩・人工保存料・着色料不使用。ボトルには20%のリサイクル済みガラスを使用し、通常のラルフ ローレン フレグランスのボトルより30%軽量化を実現。森林管理協議会(FSC)認証のウッドキャップとラベル、55%リサイクル済み素材を使用した紙箱を採用し、詰め替え可能な設計とした。

また、米国でのポロ アースの購入1本(100ml、または200mlの詰め替え)ごとに、アーバー・デイ・ファウンデーション(Arbor Day Foundation)と連携して世界中に1本の植樹を行うプロジェクトも発売時に発表している。

香水ラインナップ

ポロ ワールド(Polo World)——「男性像」の変遷

ポロ ラインは1978年の初代「ポロ」から始まる一大フレグランス・フランチャイズである。

ポロ(1978年): パフューマー、カルロス・ベナイム(Carlos Benaïm)が手掛けたウッディ・チプレ(chypre)フレグランス。ジュニパーベリー・バジル・アルテミジア、パインニードル・レザー・チャモミール、タバコ・オークモス・パチョリなどが織りなす構成として紹介されてきた。ノートの分類は資料により異なるが、現行公式ではパイン・タイム・バジルをトップ、レザー・タバコ・タラゴンをハート、オークモス・パチョリをベースとしている。その深緑色のボトルから「ポロ グリーン」とも呼ばれ、発売翌1979年にはフィフィ(FiFi)アワードを受賞した。

ポロ ブルー(Polo Blue、2002年): カルロス・ベナイムと、ピエール・ブルドン(クール・ウォーターの調香師)のもとで薫陶を受けたクリストフ・ローダミエル(Christophe Laudamiel)が共同で創ったアクアティック・アロマティック系。カンタロープ・キュウリ・ウォーターメロン等のトップ、バジル・クラリセージ・ゼラニウム等のミドル、スエード・パチョリ・ムスク等のベース。発売後9年を経た2011年時点でも、米国市場のトップ10フレグランスの一角を占めていた。

ポロ スポーツ(Polo Sport、1993年): アクティブライフスタイル向けにフレグランスを設計するという「スポーツ香水」のパラダイムシフトを起こした作品。1994年のキャンペーンには、当時ブランド初の黒人専属男性モデルとなったタイソン・ベックフォードが起用され、業界の歴史にも名を刻んだ。

ポロ アース(Polo Earth、2022年): 専任パフューマー、エリーズ・ベナ(Elise Bénat)が創った、ジェンダーレスでヴィーガン対応のサステナブルフレグランス。ベルガモット・グリーン・マンダリン・フランス産ラベンダー等のトップ、トルコ産ローズ・セージ等のハート、ハイチ産ベチバー・マダガスカル産ブルボン・ゼラニウム等のベース。各素材の産地と持続可能な調達にこだわった「ファーム・ツー・フレグランス」コンセプトの先駆けとも言える。

ポロ 67(Polo 67、2024年〜): ブランド創業年1967年へのオマージュとして生まれた新たなポロ。オードトワレ(EDT)はマリー・サラマーニュ(Marie Salamagne)が調香、ベルガモット・パイナップルアコード・ラバンダン等のノートを持つ。ニューヨーク・ヤンキースのチームキャプテン、アーロン・ジャッジをグローバルキャンペーンに起用し、2025年フィフィ(FiFi)アワードの「メンズ・プレスティージュ・フレグランス」部門を受賞している。

ラルフ ローレン コレクション——「女性像」の広がり

ローレン(Lauren、1978年): フレグランス事業の出発点となる女性向けフローラル。グリーンのトップノートから、ローズ・バイオレット・ライラックなどのクラシックなフローラルへと移行し、カーネーション・シダーウッド・ベチバー等のスパイシーで温かみあるベースで締めくくられる。

サファリ(Safari、1990年): 苔と大地を思わせる香り。マスター・パフューマー、ドミニク・ロピオン(Dominique Ropion)が調香した本作は、ガルバナムを主役とするグリーン・チプレ系フレグランス。アフリカのサバンナを想起させるコンセプトと世界観が評価され、1991年のフィフィ(FiFi)アワードにて「モスト・サクセスフル・ウィメンズ・フレグランス」を受賞した。

ロマンス(Romance、1998年): パフューマー、ハリー・フリーモント(Harry Fremont)が手掛けた、愛の瞬間を閉じ込めたフローラル・フルーティ。カモミール・レモン・ジンジャー・ローズ等のトップ、ロータス・ホワイトバイオレット・カーネーション等のハート、ホワイトムスク・オークモス・パチョリ等のベース。1999年フィフィ(FiFi)アワードを受賞した息の長い定番品であり、2023年にはアーティストのキング・プリンセスとクイン・ウィルソンをバレンタインデー・キャンペーンに起用してリニューアル展開を図った。

ラルフズ クラブ(Ralph’s Club)——モダン・エレガンスの新たな章

ラルフズ クラブ(2021年): サファリを手掛けたドミニク・ロピオンが再び登板し、現代的な紳士像を描いたウッディ・フゼア(fougère)系の男性向けフレグランス。プロヴァンス産ラベンダーとクラリセージのトップ、バージニア産シーダーウッドのハート、ベチバーの力強いベースで構成され、ニューヨークの「最も洗練された夜」に誘い込むコンセプトを体現している。

ビッグ ポニー コレクション(Big Pony Collection)——世代への広がり

2010年に発売されたビッグ ポニー コレクションは、18〜30歳をターゲットに設定した4本のシリーズ。それぞれ色(青/赤/緑/オレンジ)と番号、そして個性(スポーティ/セダクティブ/アドベンチャラス/スタイリッシュ)を冠した遊び心ある設計で、男性版に続き、2012年には女性版も展開された。

ちなみに…

ラルフ ローレン フレグランスには、知れば知るほど味わい深い逸話が多い。

まず、1985年にロレアル(L’Oréal)がフレグランスのライセンスを取得して以来、製造・販売はすべてロレアル傘下となっている。しかし「ラルフ ローレン フレグランス」として展開される香りのクリエイティブ・ディレクションには、ブランド本体の哲学が一貫して反映されている。

2025年6月、ラルフ ローレン本人は、フレグランス業界のアカデミー賞とも称されるフレグランス ファウンデーション・アワード(Fragrance Foundation Awards)の「ホール・オブ・フェーム(Hall of Fame)」に選ばれた。授賞式はリンカーン・センターのデイヴィッド・H・コーク・シアターで開催され、満席の1,000名が集まったが、本人は欠席。代わりにスピーチを行ったのは、チーフ・ブランディング&イノベーション・オフィサーを務める息子のデイヴィッド・ローレン(David Lauren)だった。創業者のファミリーが受け継ぐ——まさにラルフ ローレンらしいエンディングである。

また、ポロ アースの購入に際しては森林管理協議会(FSC)認証のウッドキャップが外れ、詰め替え用にリフィルが購入できる設計になっている。この仕様は、持続可能性と使いやすさを両立させる試みとして注目されている。

参考文献