Spiritica(スピリティカ)— 嗅覚で読む、禁じられた物語

スピリティカの世界観と代表製品「ATMAYATRA」を表現したブランドイメージ

「スピリティカ(SPIRITICA)は、オカルト、エソテリズム、超常現象を、人間の最も知られていない感覚——嗅覚——と結びつけることで探求したいという欲求から生まれました。絵画を見てそれを写真に撮ること、音楽を聴いてそれを録音することはできますが、匂いの後ろに隠れているものを写真に撮ったり録音したりすることの不可能性は、非常に無形な魅力を持つ謎です」

— ダニエレ・ムラトーリ・カプート(ユーチューブ(YouTube)チャンネル「ナソダニ(NASODANI)」、2023年)

基本情報

設立: 2023〜2024年、イタリア(ミラノ)
※ブランド発表は2023年11月のユーチューブ(YouTube)動画にて確認できる。日本の公式プレスリリースでは「2024年」と記載されている。

創設者: ダニエレ・ムラトーリ・カプート(Daniele Muratori Caputo)

公式サイト: https://www.spiritica.com

創設者・ブランドの成り立ち

三つの顔を持つ人物

スピリティカを生み出したダニエレ・ムラトーリ・カプートは、一言では語れない多才な人物である。オペラのバリトン歌手として舞台に立ちながら、プロダクトデザイナーとしても活動し、さらには香水批評の世界へも踏み込んできた。

とりわけ香水批評家・インフルエンサーとしての顔が、スピリティカ誕生の直接的な土台となった。彼がユーチューブ(YouTube)で展開するチャンネル「NASODANI(ナソダニ)」は、イタリアでニッチフレグランスを専門に扱う草分け的なコンテンツであり、同チャンネルを通じてフレグランス界隈における豊富な知識と人脈を培ってきた。

「私は香水への愛、そして自分の人生体験への愛からこのブランドを作りました。誰もがそれを楽しめ、私に起こったように内なる旅を持てるように」

— ダニエレ・ムラトーリ・カプート(公式サイト「イルミナタ・コレクション」ページより)

なお、彼の詳細な生い立ち(出身地、音楽・デザインキャリアの具体的な経緯)については、現時点で公開されている情報が限られており、確認できた範囲を記す。

降霊術の夜から香水へ

ブランド名「スピリティカ」は、イタリア語の「降霊術(seance)」的なニュアンスを内包している。これは意図的な命名であった。

「スピリティカとは、かつて勇気ある若者たちが行った降霊術のような存在です——現実のヴェールを引き裂き、より大きな何かと再びつながるために。スピリティカは、死の世界の外への旅を通して、自分自身の内側を探求する方法なのです」

— ダニエレ・ムラトーリ・カプート(ユーチューブ(YouTube)チャンネル「ナソダニ(NASODANI)」、2023年)

ダニエレは自らの人生において、地球上のある場所を訪れたとき、言葉では説明しがたい「精神的な体験」をしたという。その瞬間を何かに記録したいと思ったとき、彼が辿り着いたのが嗅覚だった。写真でも音楽でも捉えられない、あの場の空気、温度、匂い——それを香水というかたちに閉じ込めることが、ブランド最初のコレクション「イルミナタ・コレクション」の原点となった。

「美しさだけで終わらない」という決意

イルミナタ・コレクションに続いて立ち上がったのが、犯罪者・犯罪事件を題材にした「クライム・コレクション」である。これは多くのフレグランスブランドが意図的に避けてきたテーマへの、意識的な踏み込みだった。

「これは意図的でありながらも思慮深い芸術的な挑発です。娯楽として衝撃を与えるためではなく、社会が見たくないものについて問いかけるものです。私たちは暴力へのいかなる賛美も断固として拒否しています。私たちの目的は、芸術を通して、人々に内省と共感の場を提供することです」

— ダニエレ・ムラトーリ・カプート(ノーズショップ(NOSE SHOP)プレスリリース、2025年12月)

アートや映画、小説が時に不穏なテーマを描くように、香水もまた思索を促す芸術作品足りうる——それがスピリティカのポリシーである。その姿勢はただ言葉に留まるだけでなく、2025年にはイタリア政府と警察が主催する犯罪防止の国家プロジェクトへの参画という形にも結実した。

ブランドのこだわり

嗅覚という「最後の謎」への挑戦

スピリティカがこだわるのは、35%の「エキストレ・ド・パルファム(Extrait de Parfum)」を中心とする、非常に高い香料濃度である。ユズヤクザは公式サイトで41%と表記されている。一般的なオード・パルファムが約15〜20%の濃度であることを考えると、35%という数値がいかに突出しているかがわかる。単なる「良い匂い」を超えた、没入感のある嗅覚体験を可能にするための選択だ。

GPS座標を刻む、地理的な記憶装置

すべての香水のパッケージには、その香りのインスピレーション源となった地球上の実在の場所の、GPS座標が刻まれている。これは単なるデザイン上の遊び心ではなく、各フレグランスを「地理的・感情的な記録」として位置づけるブランドの哲学の核心である。

「コレクションは通り一遍の『嗅覚の旅』ではありません。各フレグランスには、私が数年前に地球上の特定の場所で体験した、まばゆいほどの体験の写真が収められています。パッケージには、その場所の正確な座標が示されています」

— ダニエレ・ムラトーリ・カプート(公式サイト「イルミナタ・コレクション」ページより)

光を放つフラコン:フォトルミネセント・キャップ

イルミナタ・コレクションでは、暗闇で発光する「フォトルミネセント・キャップ」を採用している。これはオンリー・ザ・ドリーマーズ(Only the Dreamers)が特許を取得した混合素材を用いる技術と公式に紹介されており、光の当たらない場所でほのかに輝く様は、まるでコレクションのテーマである「霊的な光」を視覚化しているかのようだ。コレクション全体は赤・青・緑(RGB)という3色のカラーで設計されており、これはモニターのRGBカラーを意識したもの——精神世界と現代のデジタル現実が交錯する象徴として機能している。

作品ごとに異なるキャップの物語

クライム・コレクションの「ジェフリー(Jeffrey)」では、キャップ部分に殺人犯ジェフリー・ダーマーのアパートのカーペットを再現したフロック加工とレーザー彫刻が施されている。香りのみならず、瓶を手に取った瞬間から物語が始まるという設計である。すべての作品においてコンセプト・デザインの細部に至るまで、ダニエレ自身が監修を担っている。

複数の調香師との協働

ダニエレは自らも調香師として作品に関わりながら、パオロ・チェリッツァ(Paolo Cerizza)、レオナルド・オパリ(Leonardo Opali)、ルカ・マッフェイ(Luca Maffei)、ロレンツォ・ベルティ(Lorenzo Berti)らイタリアの実力派調香師と協働している。作品の着想はダニエレが起点となりながら、専門の調香師がその嗅覚的ビジョンを形にするというプロセスが、スピリティカの標準的な制作スタイルである。

香水ラインナップ

ここではイルミナタ、クライム、ゴールデンの3つのコレクションを中心に紹介する。現行の公式サイトには、オスクラータ・コレクション(Oscurata Collection)も設けられている。

イルミナタ・コレクション(Illuminata Collection)

ブランドの最初のコレクション。「超常現象的な悟り」に関連するとされる、精神的なエネルギーが高い実在の場所にインスパイアされた香りを揃える。各フレグランスには場所のGPS座標が記され、フォトルミネセント・キャップが付く。

  • アートマヤトラ(Atmayatra)「魂の巡礼」

座標: 30.97953°N / 79.02396°E ── インド・ヒマラヤの聖地(ガンジス川の源流域)。不死の聖者バーバジが歩むと伝えられる渓谷をテーマに、ホーリーバジル、カルダモン、カンナビス、ベンゾワン、フランキンセンス、ペトリコール、パチョリ、バニラなどが織り合わさる。煙と瞑想の気配を纏う、深遠なスモーキー系。

  • スシェプト(Suscepto)「奉納の誓い」

座標: 37.5423541°N / 25.162688°E ── ギリシャ・ティノス島。奇跡が起きるとされる修道院を舞台に、オゾン、ユーカリ、ローズ、フランキンセンス、メタリックノート、ビーズワックスが漂う。海と聖堂の記憶。

  • ウィオン(Weon)「友情」(チリのスラング)

座標: 22.931621°S / 68.308723°W ── チリ・アタカマ砂漠の「月の谷」。ピスコサワー、コカの葉、ミント、アイスクリーム、リチウムという前衛的なノートが、地球外のような景観を喚起させる。

  • マンゴマクンバ(Mangomacumba)「マクンバの儀式」

座標: 22.9538922°S / 43.2857242°W ── ブラジル・リオデジャネイロ、チジュカ国立公園。アフリカ由来のブラジルの宗教儀式「マクンバ」をテーマに、熟したマンゴー、パパイヤ、血液・鉄のノート、アニマリックなムスクが渦巻く。祝祭と暗闇が同居する官能的な一作。現在の公式サイトではオスクラータ・コレクションに分類されている。

クライム・コレクション(Crime Collection)

実在した犯罪者・犯罪事件を題材に、人間の本性の暗部を香りで描き出すコレクション。芸術的・教育的な観点から、2025年にはイタリア政府と警察主催の犯罪防止国家プロジェクトにも参画している。

  • レオナルダ(Leonarda)「コッレッジョの石鹸作り女」(2024年)

座標: 44.76987°N / 10.77958°E ── イタリア・コッレッジョ。イタリアの女性連続殺人犯、レオナルダ・チャンチュリ(1939〜1940年に3人の女性を殺害し、遺体を石鹸や菓子の材料にした人物)にインスパイアされた。コンセプトはダニエレと犯罪心理専門インフルエンサー「アリオスト(Ariosto)」の共同発案、調香はパオロ・チェリッツァが担当。マルセイユ石鹸、ブラッドオレンジ、シャンティクリーム、ビスケット、ラズベリー、メタリックノートの甘美なグルマン系の裏に、ウード、硫黄、ダークチョコレートが沈む構造。

  • ジェフリー(Jeffrey)(2025年)

クライム・コレクション第2章。アメリカの連続殺人犯ジェフリー・ダーマーを題材にした、ブランドが世界で2本目の「連続殺人犯」にインスパイアされた香水と紹介する作品。コンセプトはダニエレと犯罪学者ダニエラ・カヴァッロとの協働、調香はパオロ・チェリッツァとロレンツォ・オルランディ・ベルティが担当。アイスビール、ポッパーズアコード、アルデヒドという「無害な日常」のトップから、血液アコード、汗、ダーティーカーペットの心臓部へと堕ちていき、溶けたプラスチック、湿った地下室、ベチバーのベースへと至る。キャップにはダーマーのアパートのカーペットを模したフロック加工が施されている。

ゴールデン・コレクション(Golden Collection)

創設者ダニエレの人生に「超常現象的」とも言えるほどの影響を与えた人物・存在へのオマージュを捧げるコレクション。

  • リンチ aka スモークド スティラックス(Lynch aka Smoked Styrax)(2025年)

座標: 34.115775°N / 118.343448°W ── ロサンゼルス。映画監督デヴィッド・リンチ(『ツイン・ピークス』『ブルー・ベルベット』『マルホランド・ドライブ』)へのオマージュ。調香はレオナルド・オパリとパオロ・チェリッツァ。サフラン、クローブ、チェリーパイのトップから、ラタキア・タバコ、ミルラ、スティラックスの煙に満ちた心臓部へ、ダークウッド、ベンゾワン、パチョリ、バニラの底へと展開する、重厚なスモーキー・アンバー系。公式サイトの掲載価格は300ユーロ/50ml。

「リンチは私の人生において最も重要で決定的な存在のひとりです。ただの監督ではなく、導きの存在、シンボルと夢の見えない力で私に作用した平行した意識です。彼を知らなくても、彼が私に語りかけていることはわかっていました。彼のすべての映画、すべての間、すべての謎は、私の意識への暗号のような呼びかけでした」

— ダニエレ・ムラトーリ・カプート(公式サイト「リンチ」商品ページより)

ユズヤクザ(Yuzuyakuza)

2025年にリリースされた「都市系」の一作。現在の公式サイトではオスクラータ・コレクションに分類されている。
座標: 35.693806°N / 139.701555°E ── 東京・新宿。日本の柚子とヤクザの世界をテーマに、ユズ、スダチ、ガンパウダー、グレープフルーツ、墨アコード、アスファルト、インセンス、スエードが展開される。調香はルカ・マッフェイ、ダニエレ・ムラトーリ・カプート、ロレンツォ・ベルティの3名による共作。

ちなみに…

「ウィオン」がチリでバズった話
「ウィオン(Weon)」という名前は、チリのスペイン語スラングで「ヤツ」「お前」といったニュアンスの口語表現である。チリ人の香水批評家マティアス・ロスがSNSでレビューを公開すると、「なぜイタリアの高級香水にこんな名前が?」という驚きとともに話題が広がった。ダニエレ自身もSNSでチリからの反響に感謝を述べており、意図せぬ形でブランドの知名度が国際的に広まった一例となった。

デヴィッド・リンチへの追悼
「リンチ aka スモークド スティラックス」は2025年5月に発売されたが、リンチ監督自身は2025年1月に死去している。これはブランドの「ゴールデン・コレクション」の最初の作品であり、その精神的な先駆性と偶然のタイミングが、香水に特別な意味を与えている。

参考文献