匂いの好き嫌いは脳の中でどう伝わる?

匂いの好き嫌いは脳の中でどう伝わる? 香りの科学

同じ匂いでも、最初に身を引きたくなるような印象と、少し嗅いでから落ち着く評価は、まったく同じ過程なのでしょうか。2024年、Frans Nordénらは、匂いの好き嫌いに関する情報が、嗅球と梨状皮質の間をいつ、どちら向きに伝わるのかを調べました。

嗅球は鼻から届く嗅覚情報を受け取る脳の部位、梨状皮質はその先で匂いの情報を処理する領域です。研究が示したのは、鼻側から皮質へ情報が進むだけでなく、皮質から戻る情報もあり、その時間帯と電気活動のリズムが違うという見方でした。

2回の実験で、本人の好き嫌いと脳波を照合

最初の実験には成人55人が参加し、信号の品質などの基準で15人を除いた40人を解析しました。次の実験では29人が参加し、9人を除いた20人を解析しています。解析対象者の平均年齢は、それぞれ約26歳と29歳でした。

最初の実験では4種類の匂いを各20回、計80回提示しました。次の実験では快・不快の幅を広げ、中立的な印象の匂いも含む6種類を各30回、計180回提示しました。鼻から息を吸うタイミングに合わせて装置から匂いを届け、その後、どれほど快いか、どれほど強いかを0~100で答えてもらいました。

ここで重要なのは、物質名だけで「この匂いは快い」「こちらは不快」と決めなかったことです。各人の各試行の評価をもとに、好ましさの上位3分の1と下位3分の1を比較しました。同じ物質でも、経験や連想によって感じ方が変わることを考慮しています。

脳の二つの場所が、どんなリズムで関わるか

研究者は頭皮上の脳波に加え、嗅球の活動を捉えるための電極の信号も記録しました。そのままでは多くの場所の活動が混ざるため、頭の標準モデルと電極の位置を使って、嗅球と梨状皮質に由来する活動を推定しています。脳内に電極を入れて直接測った試験ではありません。

まず、二つの部位の電気活動の揺れが、どの時間帯、どの周波数でそろうかを分析しました。そして、その関係から、快いと評価された試行と不快と評価された試行を機械学習で見分けられるかを調べました。脳波が大きいか小さいかだけを見るのではなく、二つの場所の活動の関係に注目した点が特徴です。

さらに、片方の信号の過去を知ると、もう片方の次の状態を予測しやすくなるかも調べました。「グレンジャー因果性」と呼ばれる方法で、情報の向きを統計的に推定するためのものです。名前に因果という言葉が入っていますが、脳の部位を操作して、片方がもう片方を直接動かしたと確かめる実験とは異なります。

最初の速いリズムでは、不快さの情報が目立つ

匂いが鼻に届いてから約150ミリ秒、つまり0.15秒の早い時点で、快・不快を見分ける情報が、ガンマ帯と呼ばれる速い揺れに現れました。この段階では、不快と評価された試行のほうが、快い試行より分類しやすい傾向がありました。

別に行った方向の解析では、ガンマ帯の関係は嗅球から梨状皮質へ向かう情報の流れと整合していました。時間の分析と方向の分析を合わせ、著者らは、初期には嗅球から皮質へ、特に不快さに関する情報が送られると解釈しました。

著者らは、この速い段階が、必要なときにすばやく匂いを区別し、避ける行動を準備するのに役立つ可能性を考えています。ただし今回、実際に身を引く動作や危険物を見分ける能力は測っていません。不快な匂いを感じることと、物質が有害かどうかを判定することも同じではありません。

後から戻る情報には、快い印象も含まれる

より遅い約600~850ミリ秒の時間帯では、ベータ帯というガンマ帯よりゆっくりした揺れに、快・不快を見分ける情報が現れました。後半では、快い匂いの試行も比較的よく分類できるようになりました。早い時点に比べ、快・不快の両側を含む、より幅広い情報があると著者らは捉えています。

方向の解析では、このベータ帯は梨状皮質から嗅球へ戻る関係を示しました。同じような時間帯と周波数の傾向は、匂いの種類や提示回数を変えた2回目の実験でも見られました。

つまり、最初に大まかな反応をつくり、その後、皮質で処理された情報が戻ってくるという二段階の見方です。後の段階で不快さが消えるという意味ではなく、初期に目立った不快さに加えて、快い印象を含む評価を扱いやすくなったという結果です。

戻ってくる情報は、何をしているのか

著者らは、後から戻る情報に、匂いが現れた状況や、その匂いに関する記憶が加わっているのではないかと考えています。その情報が嗅球での最初の処理を更新し、続いて嗅ぐ匂いの処理にも影響する、という仮説です。

この研究では、思い出や状況を別々に操作して、その更新を直接観察したわけではありません。それでも、快・不快を扱う信号の時間帯と向きが違うことは、匂いの評価が、入ってきた刺激だけを一度で判定して終わるものではないと考える手掛かりになります。

信号から推定できることには限りがある

頭皮から記録して発生源を推定した信号は、脳内で直接測った信号より弱く、ほかの活動も混ざり得ます。信号同士の予測関係は、情報伝達の向きと整合する証拠ですが、生物学的な因果経路を確定するものではありません。

また、分類のしやすさには大きな個人差がありました。同じ「不快」という点数でも、その人が経験している感覚や連想まで同じとは限りません。研究者は匂いの強さによる説明も検討し、主要な結果とは異なる時間・周波数のパターンだったと報告していますが、注意や呼吸など、影響し得る要素をすべて切り離したわけではありません。

快い匂いの情報が早期に取り出しにくかった理由も、そこで処理されていないからとは限りません。著者らは、快い匂いの表現がより複雑で、今回の方法では捉えにくかった可能性も残しています。

まとめ

匂いの好き嫌いに関する情報は、この研究では、早いガンマ帯と遅いベータ帯に異なる形で現れました。初期には不快さの情報が目立ち、後には快・不快をより広く扱う情報が見られ、方向の解析は嗅球から梨状皮質へ、そして戻る流れと整合しました。

著者らの考えでは、この往復があることで、最初の素早い反応を、状況や記憶に照らした評価へと更新できます。匂いの好き嫌いは、一つの場所で決まった値がそのまま送られるだけではなく、時間とともに組み立てられるものかもしれません。その過程を人の信号から捉えたことが、この研究の意義です。

参考文献

Nordén, F., Iravani, B., Schaefer, M., Winter, A. L., Lundqvist, M., Arshamian, A., & Lundström, J. N.(2024). The human olfactory bulb communicates perceived odor valence to the piriform cortex in the gamma band and receives a refined representation back in the beta band. PLOS Biology, 22(10), e3002849. DOI: 10.1371/journal.pbio.3002849 / 原著全文。

原著:© 2024 Nordén et al. CC BY 4.0。