モンクレール(Moncler)― アルプスの魂を纏う香り

モンクレールの世界観と代表製品「Moncler Pour Homme 100ml」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「インターパルファン(Interparfums)の卓越した専門知識と創造性は、モンクレールのDNAと唯一無二のアイデンティティに完全に合致した香水を開発するための理想的なパートナーだ。モンクレール初の香水ラインの発売は、私たちのセレクティブなブランド拡張戦略と一貫しており、クライアントにとってのブランド体験をさらに豊かにするものだ。」

― レモ・ルッフィーニ(当時のモンクレール会長兼CEO、2020年)

基本情報

  • 創業(アパレルブランドとして): 1952年
  • 香水ライン参入: 2021年10月
  • 香水ライセンスパートナー: Interparfums SA(インターパルファン)
  • 公式サイト: https://www.moncler.com

創設者・ブランドの成り立ち

アルプスの麓から始まった物語(1952年)

モンクレールの物語は、フランス・グルノーブル近郊に位置する小さな山村「モネスティエ=ド=クレルモン(Monestier-de-Clermont)」で幕を開けた。1952年、ルネ・ラミヨン(René Ramillon)とアンドレ・ヴァンサン(André Vincent)の二人が、高山作業者を厳しいアルプスの寒気から守るための実用的な装備品を作るべく小さな会社を起こした。ブランド名「モンクレール(MONCLER)」はこの山村名の短縮形に由来する。当初の主力製品はテント、寝袋、フード付きケープといった山岳用品で、ダウンジャケットは工場労働者を寒さから守るために開発されたのが始まりであった。

なお、創業者二人の詳細な生い立ちや個人的背景については、公開されている一次情報が非常に限られており、確認できる範囲での記述にとどまる。

登山界との深い縁

創業から間もない1954年、モンクレールはイタリアのK2登頂遠征隊へ装備を提供した。この頃、フランスの伝説的登山家リオネル・テレイ(Lionel Terray)がその技術的性能に着目。彼との協業から「Moncler pour Lionel Terray(モンクレール・プール・リオネル・テレイ)」という特別ラインが誕生した。この時期のモンクレールはまさしく、人間と山との闘いを支える縁の下の力持ちであった。

転機となったのが1968年のグルノーブル冬季オリンピックである。モンクレールはフランス・アルペンスキー代表チームの公式サプライヤーに選定され、ブランドの知名度は一気に高まった。なお、この時期にそれまで使われていた山のシルエットのロゴが廃止され、フランスの国鳥であるオンドリ(コック)の現ロゴが正式採用された。

1980年代に入ると、モンクレールのダウンジャケットはミラノ・東京・パリの若者たちの間で爆発的なブームを巻き起こす。イタリアでは「パニナーリ(Paninari)」と呼ばれるユース・サブカルチャーのシンボルとなり、アウトドアウェアがファッションアイテムへと昇華する瞬間であった。

レモ・ルッフィーニ――再生の立役者

現在のモンクレールを語る上で欠かせない人物が、1961年8月27日にイタリア・コモで生まれたレモ・ルッフィーニ(Remo Ruffini)である。祖父が織物工場を営み、父ジャンフランコと母エンリカも衣料品事業に携わる家庭に育ち、父ジャンフランコは1970年代のアメリカで「ジャンフランコ・ルッフィーニ・リミテッド(Gianfranco Ruffini Ltd)」という衣料品会社を経営していた。ルッフィーニは若くしてニューヨークへ渡り、父の会社でビジネスの基礎を学んだ。

23歳でイタリアに戻ったルッフィーニは、1984年にメンズシャツを中心に始めた自身のウェアブランド「ニュー・イングランド(New England)」を設立。約16年間にわたりブランドを育て上げ、2000年にステファネルグループへ売却する。売却の年に、彼はモンクレールの持株会社のクリエイティブ・コンサルタントとして関わり始め、その後2003年にほぼ破綻寸前であったモンクレールを買収し、会長兼CEOに就任した。

自身の子ども時代を振り返り、ルッフィーニはこう語っている。

「私のモンクレールに関する最初の記憶は個人的なものです。十代の頃、毎朝スクーターで学校に通っていました。私の故郷コモは冬になるととても寒い。母が運転中に温かくいられるようにと、水色のモンクレールのジャケットをプレゼントしてくれたのが最初の出会いです。」

ルッフィーニが買収した2003年当時、モンクレールはダウンジャケット専業のスポーツウェアブランドに過ぎなかった。しかし彼は明確なビジョンを持っていた。

「私がモンクレールに関わり始めて以来、ずっと変わらぬビジョンがあります。それは、時代の精神に沿いながらも、ブランドの起源とエートス(本質)に忠実であり続けることです。」

まず彼が取り組んだのは品質の徹底的な向上と流通チャネルの見直しであった。スポーツ用品店から高級セレクトショップやモノブランド店舗へ移行し、2007年にはパリに初の都市型直営店をオープン。これが大きな転換点となった。さらに2018年には、バレンティーノのピエールパオロ・ピッチョーリ、クレイグ・グリーン、藤原ヒロシ、フランチェスコ・ラガッツィ(パームエンジェルス)など多彩なデザイナーがモンクレールのDNAを再解釈するコレクションを毎月発表する「モンクレール・ジーニアス(Moncler Genius)」プロジェクトを立ち上げた。

「一つのブランド、八つの異なる声がモンクレールの精神を語る。私はクリエイティビティこそがこの挑戦の核心にあると信じています。」

2021年にはイタリアの機能的衣料ブランド「ストーン・アイランド」を完全買収し、モンクレールはラグジュアリー・グループとしての地位を確固たるものとした。2018年にはイタリア大統領から「労働の騎士(Cavaliere del Lavoro)」の称号も授与されている。

香水という新たな「遠征」へ(2020〜2021年)

ファッションを超えた360度ライフスタイルブランドへの進化の一環として、モンクレールは香水分野への参入を決断した。2020年6月、フランスのフレグランス専門会社インターパルファン(Interparfums SA)との独占ワールドワイド・ライセンス契約が締結された。発表時の契約期間は2026年12月31日まで(5年間の延長オプション付き)。インターパルファンは1982年にフィリップ・ベナサン(Philippe Bénacin)とジャン・マダルが共同設立し、ブシュロン、コーチ、ジミー・チュウ、モンブランなどの香水を手がけてきた業界の名門である。

インターパルファンCEOのベナサンはこの提携についてこう述べている。

「モンクレールは、山・自然・そして革新と進化への飽くなき探求と結びついた唯一無二のラグジュアリーブランドです。」

ブランドのこだわり

「山」から生まれた香りの哲学

モンクレールの香りづくりの根幹にあるのは「アルプスのパイオニア精神」である。初の香水ライン(2021年)の発表に際し、ブランドは香りを「感覚の遠征(expedition for the senses)」と表現し、自然・探究・発見という創業以来のコーナーストーンを香りで表現しようとした。

調香師たちにとって、モンクレールを香りに落とし込むことは単純な「山の風景」の再現ではなかった。プール・オム(Pour Homme)を手がけたジボダン(Givaudan)の調香師アントワーヌ・メゾンデュー(Antoine Maisondieu)は、モンクレールの旗艦店(シャンゼリゼ大通り)を訪れ、このように感じたという。

「モンクレールを考えるとき、私が思い浮かべるのは都市であり、都会性です。モンクレールは自然を原点としながらも、極めて洗練された境地に達し、都会的なラグジュアリーを体現しているブランドです。(中略)この前衛性と真正性の混合こそ、私が香りで表現しようとしたものです。」

マウンテン・ウッズ(Mountain Woods)アコード――共通のDNA

最も重要なこだわりは、モンクレールのために独自開発された「マウンテン・ウッズ(Mountain Woods)アコード」である。これは男女両フレグランスを貫く共通の香りのDNAで、プール・フェムを手がけた調香師ニスリーヌ・グリリエ(Nisrine Grillié)はこのように説明した。

「マウンテン・ウッズ・アコードは、女性用と男性用フレグランスをつなぐ共通の糸です。屋外の木のような感覚のためにシダーウッドを使い、ハウスの洗練された高級感のためにアンバーを効かせ、サンダルウッドは心地よいクリーミーな温もりのために加えました。」

この「一つの鼓動から、二つの個性へ」というアプローチは、モンクレールのダウンジャケットがシルエットを共有しながらも男女で微妙に異なるように、香りの世界にも応用されている。

ボトルデザイン――テクノロジーとヘリテージの融合

モンクレールの香水ボトルは、単なるフレグランスの容器ではなく、ブランドの世界観を凝縮したオブジェとして設計されている。

第1弾(プール・フェムとプール・オム)のボトル:

フラスコ型の「ボラッチャ(borraccia)」シェイプはイタリア語で「水筒」を意味し、山岳探検家の携行品へのオマージュである。ボトルを覆う水平のシルバーリブはモンクレールのダウンジャケットのキルティングを模しており、内側と外側の世界が一本の線で結ばれている。そして最大のサプライズが、150mlボトルに搭載されたLEDスクリーンだ。ブルートゥース(Bluetooth)でスマートフォンアプリと接続し、最大80文字の自由なメッセージを赤く流れる文字で表示できる。ボトルは充電式で繰り返し使用可能。

ベナサンCEOはこのボトルについてこう語った。

「これらの二つの香水では、ボトル自体が新たな冒険であり、新たなスピリットであり、まったく新しいコミュニケーションの形です。自分の名前を書いても、特別なメッセージを書いても、何でも好きなことを書ける。」

第2弾(レ・ソメット コレクション)のボトル:

一転してモダンなアポテカリー(薬局)ボトルをリデザインした、清潔感あるラインへと転換した。半透明のスモーキーなアンバーブラウン・ラッカーが中身をほのかに透かし見せ、ガラスキャップにはモンクレールのロゴをエンボスで刻んだ。ラベルはフランス語表記で、ブランド発祥の地フランスへのオマージュを表している。外装ボックスはモンクレールのブティック内壁のウッドパネルを想起させるダークブラウンのグレイン紙で仕上げられ、「手で触れることで分かる高級感」まで計算に入れられている。

香水ラインナップ

第1弾:モンクレール プールファム&プールオム(Moncler Pour Femme & Moncler Pour Homme/2021年)

モンクレール初のフレグランスとして2021年10月5日に発表・発売された。ジボダン社の4名の調香師が手がけた二種類のオードパルファンで、共通のマウンテン・ウッズ・アコードを核としながらも異なる個性を持つ。

Moncler Pour Femme(モンクレール・プール・フェム)

  • 調香師:ニスリーヌ・グリリエ & クエンティン・ビッシュ(Nisrine Grillié & Quentin Bisch)
  • 香調:フローラル・ウッディ・ムスク
  • 「パウダリー・スノー(Powdery Snow)」アコード(モンクレール独自)を中心に、イタリアン・ベルガモット、ジャスミン・サンバック、ヘリオトロープ、アンバー、シダーウッド、サンダルウッド、バニラで構成
  • グリリエは「山頂の新雪、そこから差し込む陽光のきらめき」をイメージしたと語った

Moncler Pour Homme(モンクレール・プール・オム)

  • 調香師:アントワーヌ・メゾンデュー & クリストフ・レイノー(Antoine Maisondieu & Christophe Raynaud)
  • 香調:ウッディ・アロマティック
  • 「アルパイン・グリーン(Alpine Green)」アコード(モンクレール独自)を軸に、クラリセージ、パインレジン、サイプレス、ベチバー、シダーウッド、サンダルウッド、ムスクで構成
  • メゾンデューは「クラシックなメンズ・フレグランスをはるかに超えたウッディノートの深み」と語り、「一般的な香水の構造に縛られない、まったく現代的な香り」を目指したと明かした

ボトルは3サイズ(60ml / 100ml / 150ml)で展開。LEDスクリーン搭載の150mlのみ充電式。

第2弾:Les Sommets Moncler(レ・ソメット・モンクレール)コレクション(2023年〜)

2023年に始動し、インターパルファンの紹介ページは2024年1月30日付で公開されたセカンドコレクション。「山の頂」を意味するフランス語の名を冠し、5種のユニセックス・オードパルファンとホームフレグランス・キャンドルで構成される。コンセプトは「木(ウッド)の多様な表情」で、各香水が一つの具体的な木素材を中心に据えて構成されている。6名の著名な調香師が関わり、それぞれが異なる山の情景を描き出した。

香水名意味香調メインノート調香師
Haute Montagne(オート・モンターニュ)高山ウッディ・ムスキーセダーウッド、マダガスカル産バニラアントワーヌ・メゾンデュー(Antoine Maisondieu)
La Cordée(ラ・コルデ)登山の綱ウッディ・シトラスベルガモット、サイプレス、ブラックティーアネ・アヨ&ナタリー・ロルソン(Ane Ayo & Nathalie Lorson)
Le Bois Glacé(ル・ボワ・グラッセ)氷結の木ウッディ・アンバーハイチ産ベチバー、カラブリア産ベルガモットファブリス・ペルグラン(Fabrice Pellegrin)
Le Solstice(ル・ソルスティス)至日(冬至/夏至)ウッディ・フローラルアイリス、サンダルウッドダニエラ・アンドリエ(Daniela Andrier)
Les Roches Noires(レ・ロッシュ・ノワール)黒岩ウッディ・アンバーインドネシア産パチョリ、ラブダナムナタリー・ロルソン(Nathalie Lorson)

さらにホームフレグランス「Le Cèdre Bleu(ル・セードル・ブルー / 青いシダー)」は、モンクレールの世界中のブティックに共通するオルファクトリー・シグネチャー(嗅覚的シグネチャー)として設定された青いシダーの木をモチーフに、3種のシダーをインセンス、オークモス、ムスクと調和させたホームアロマとして展開されている。

追加:Ciel d’Hiver(シエル・ディヴェール)

レ・ソメット・コレクションに追加された作品。2024年から紹介され、インターパルファンの公式発表は2025年5月19日付となっている。「冬の空」を意味するこの名前が示すように、山の稜線の上に広がる純粋な冬の青空をテーマとしている。調香師イリアス・エルメニディス(Ilias Ermenidis)とナタリー・ロルソン(Nathalie Lorson)が担当。ネロリを中心にピンクペッパー、イエローマンダリンが弾け、アンブロックスの暖かなムスクとサンダルウッド、アンブレットがベースを支えるウッディ・ムスキーなオードパルファン。

ちなみに…

ボトルのLED機能が香水市場に起こした驚き

モンクレール初の香水で採用されたLEDボトルは、発売当時の香水業界に大きな衝撃を与えた。フレグランスの世界でボトルにデジタルディスプレイを搭載した先例はほぼなく、「モンクレールらしさ」を香水という分野でも表現した実例として多く語られた。ルッフィーニはかつて、スーツケースブランド「リモワ(RIMOWA)」とのコラボレーション(デジタルタグ付きスーツケース)でも先進技術を取り入れており、モンクレールには「ファッションとテクノロジーを融合させる」というDNAが根付いている。

ブティックの「香り」まで設計する徹底ぶり

レ・ソメット・コレクションに収録されたホームフレグランス「ル・セードル・ブルー」は、実は世界中のモンクレール・ブティックの空間に共通して漂うオルファクトリー・シグネチャーをベースとしている。香水ファンには香りの面からも「ブティック空間を自宅に持ち帰れる」という特別な体験を提供しているわけだ。

「ジーニアス」の精神が香水にも息づく

第1弾の香水は、コレクション部門「モンクレール・ジーニアス」プロジェクトの一環として位置づけられて発表された。ファッションの世界でクリエイターたちがモンクレールを再解釈してきたように、香水においても複数の調香師がそれぞれ独自の解釈でブランドのDNAを描くというアプローチが取られた。ルッフィーニが常々語る「do less but do it well(やることを絞り、最高にやり遂げる)」という哲学は、香水においても目の前のものの質を極める姿勢として貫かれている。

参考文献