「フランスとアメリカ、私自身の二つの文化をひとつにした。それが“French Cowboy”という名前の始まりでした」
— アシュリー・サンティアゴ
フレンチカウボーイは、パリで生まれた若い香水ブランドである。名前だけを見れば、西部劇を思わせるレザーや煙の香りを想像するかもしれない。しかし、このブランドが結びつけようとしているのは「西部」の記号ではない。フランスのオート・パフューマリー(高級香水づくり)が培った技術と、アメリカ文化の大胆さ、スピード、既成概念にとらわれない姿勢である。
その中心にいるのは、カリフォルニア出身の調香師アシュリー・サンティアゴと、フランス出身の起業家アドリアン・オラである。香料会社ジボダンで働く現役調香師と、ゴールドマン・サックス出身の元金融マン。異なる背景を持つ二人は、香りの品質を落とさず、ニッチフレグランスをもっと開かれたものにするため、2025年末に最初の2作品を世に送り出した。
基本情報
ブランド名:French Cowboy(フレンチカウボーイ)
設立地・設立年:フランス・パリ、2025年
創設者:Ashley Santiago(アシュリー・サンティアゴ)、Adrien Ollat(アドリアン・オラ)
拠点:パリ
ブランド形態:独立系ニッチフレグランスブランド
公式サイト:https://frenchcowboy.com/ ブランド自体は2025年に設立され、最初の「メスカル ショコラ」と「ペア パヴロヴァ」は同年11月末に発売された。創設者たちは、フレンチカウボーイを「オート・パフューマリーの伝統に根差しながら、同時代の新しい作り手と使い手に開かれたメゾン」と位置づけている。
創設者とブランドの成り立ち
香水に夢中だった少女
アシュリー・サンティアゴは、サンフランシスコ・ベイエリアで育ったメキシコ系アメリカ人である。10代のころから香水に夢中になり、香水ブログを読み、原料を調べ、両親に頼んで百貨店へ香りを試しに連れて行ってもらっていた。やがて調香師になるには本格的な訓練と化学の知識が必要だと知り、サンフランシスコ州立大学で化学を専攻する。高校時代には好きではなかった化学が、香りへの入口となったのである。大学では優等で学士号を取得した。
大学在学中、彼女はサンフランシスコのニッチ香水店ミニストリー・オブ・セントで販売員として働き始めた。同店で出会った独立系調香師のイネケ・ルーランドとヨシ・ハンから調香の基礎を教わり、店主アントニア・コールは長く師と呼べる存在になった。サンティアゴ自身、「彼女がいなければ、今の私は調香師ではなかったと思う」と振り返っている。
売り場で香水を説明する経験は、のちのフレンチカウボーイにもつながっている。香りを専門家だけの閉じた言葉で語るのではなく、初めて嗅ぐ人にも届く物語へ翻訳すること。若い顧客が実際に手を伸ばせる価格と試し方を用意すること。彼女は調香を学ぶ以前から、香水がどのように選ばれ、どこで敷居が高くなるのかを店頭で見ていた。
パリへ、そしてジボダンへ
2016年、サンティアゴは調香師を目指してフランスへ移り、香水・化粧品・食品香料の専門校ISIPCA(イジプカ)の香りのデザインとクリエーション課程へ進んだ。2019年に修士課程を修了した後、世界最大級の香料会社ジボダンの調香師学校に入学する。約2,000人の応募者から毎年ごく少数しか選ばれない、4年間の訓練課程であった。
ジボダンでは著名な調香師カリス・ベッカーの指導を受け、ニューヨークやシンガポールでも経験を積んだ後、パリのファインフレグランス部門に加わった。2026年4月の母校による紹介では、ジボダンの最年少調香師であり、パリのファインフレグランス拠点で唯一のアメリカ人調香師とされている。
サンティアゴにとってフランスは、技術を学ぶ場所であると同時に、香水を文化として理解する場所でもあった。フランスでは香りへの情熱が日常や言葉にまで染み込み、精密なサヴォアフェール、すなわち長年継承された専門技術が尊ばれる。一方、彼女が育ったアメリカの香水文化には、伝統から外れることを恐れず、思い切って新しいものを試す気質があると感じた。
「フランスには、文化と言葉にまで根づいたサヴォアフェールがある。一方、アメリカには、より大きなリスクを取ろうとする姿勢があります」
— アシュリー・サンティアゴ
この二つを混ぜれば、古典を否定せずに、その閉鎖性だけを壊せるのではないか。ブランド名の「フレンチ」は、フランスの技術と共同創設者オラの出自を示す。「カウボーイ」はアメリカ的な開拓精神を表すと同時に、メキシコでバケーロ(牧童)だったサンティアゴの祖父と家族への敬意でもある。
金融から香水へ
もう一人の共同創設者アドリアン・オラはフランス人で、ゴールドマン・サックスで金融のキャリアを始めた後、起業へ転じた。ブランドでは共同創設者兼CEOとして、事業設計、価格、流通を担う「フレンチ側」の存在である。公式サイトも彼を「計算を引き締め、価格を適正に保つ元金融マン」と紹介している。
オラがゴールドマンを離れたのは、ブランドの発売から約2年前だった。当時のフレンチカウボーイは、まだ明確な製品ではなく「直感」に近いものだったという。二人が共有したのは、香水があまりに磨き込まれ、礼儀正しく、理由もなく高価になっているという違和感であった。
「香水は磨かれすぎ、礼儀正しくなりすぎ、理由もなく高価になってしまった。私たちは違うやり方をしたかったのです」
— アドリアン・オラ
サンティアゴも、高価格でありながら香水の専門性が十分に見えないブランドがある一方、簡素なボトルでも100ドル未満で優れた香りを届けるブランドがあることに注目していた。そこで二人は、ニッチフレグランスやオート・パフューマリーを、とりわけ若い世代にも届くものへ「民主化する」ことを目標に据えた。
調香師だけで完結させない
創設者二人に加え、チームにはジボダンのパリ拠点でエバリュエーターを務めるライア・セルマ・ラゴが参加する。香りの方向性を評価し、大胆な着想と実際の使い心地をつなぐ役割を担っている。
フレンチカウボーイの特徴は、香水業界の外にいる若いクリエイターを、単なる広告塔ではなく共同制作者として迎えることである。料理人、ダンサー、ビューティークリエイターらが、自分の味覚、身体感覚、嗜好を持ち込み、事実上のアーティスティック・ディレクターを務める。オラは「彼らは独自の感覚と好みを持ち込み、本当の意味で芸術監督の役割を果たす」と説明している。
最初の「メスカル ショコラ」では、サンティアゴが以前から温めていたメスカルのアコード(複数の香料で一つの匂いを表現する組み合わせ)と、フランス人シェフ、マティス・モリニエのムース・オ・ショコラが出会った。サンティアゴの家族はメキシコ・ハリスコ州にアガベ農園を持っており、メスカルは単なる流行の酒ではなく、自身のルーツへつながる素材だった。彼女はシェフのムースから着想したショコラのアコードを作り、手元にあったメスカルのアコードと重ねた。二つは意外なほど自然にまとまったという。
「ペア パヴロヴァ」は、カナダ出身のダンサー、アリー・グッドバンとの対話から生まれた。グッドバンは持続性のあるフレッシュな香りを望んでいたが、重いグルマン調は好まなかった。そこで洋梨をバニラの甘さで包むのではなく、サンティアゴの好物でもあるパブロバを手がかりに、泡立てたように軽く、甘すぎないムスクのアコードを組み立てた。舞台上の軽やかさと強さを、一つの香りに同居させたのである。
共同制作の過程は、完成まで秘密にしておくのではなく、動画としてSNSで公開される。素材を選び、試作し、修正する過程そのものが物語になる。「香水は神秘的であるべき」という旧来の演出から離れ、制作の現場を見せることは、サンティアゴが願う「香水がどう作られるのかを、もっと一般の人に説明すること」とも一致している。
2025年、最初の一歩
約2年間の準備を経て、2025年11月末、「メスカル ショコラ」と「ペア パヴロヴァ」が発売された。ブランドは当初、オンライン専売のデジタルファースト方式を採り、EUではサンプル自体を無料とし、1点につき送料・手数料3ユーロだけを求めた。大量のPRギフトを業界関係者へ送る代わりに、将来の顧客へ直接香りを渡す仕組みである。
サンフランシスコのミニストリー・オブ・セントで行った実店舗テストでは、「ペア パヴロヴァ」が数か月にわたって同店のベストセラーとなった。その後はオンライン専売から、専門店を組み合わせるハイブリッド型へ移行。2026年4月末には米国と欧州を中心に約40店舗で扱われるまでになった。 日本でも2026年にU NOSE SHOPの取扱ブランドとして紹介され、「メスカル ショコラ」と「ペア パヴロヴァ」の2作品が国内販売されている。
ブランドのこだわり
高濃度を、称号にしない
最初の2作品は「メスカル ショコラ」が香料濃度32%、「ペア パヴロヴァ」が35%で、いずれも4週間熟成される。一般にはエクストレ・ド・パルファンと呼びたくなる濃度だが、ブランドはあえてオードパルファンを名乗る。濃度区分に普遍的な境界線はなく、重要なのは呼称よりも香り方、持続、価格の均衡だという考えからである。
原料は天然素材だけを善とせず、天然香料と合成香料を併用する。ブランドは、天然素材が奥行きや個性をもたらす一方、天然であるだけで安全性や持続可能性が決まるわけではないと説明する。植物資源への負荷や安全性も考え、目的によっては合成分子を選ぶという立場である。全処方はヴィーガンで、処方・完成品とも動物実験を行わないとしている。
原料を主役にする
フレンチカウボーイの香りは、食べ物を思わせる分かりやすい名前を持つ。しかし実際の処方は、単純なデザート香ではない。「メスカル ショコラ」ではカカオを合成アコードだけで済ませず、カカオ・アブソリュートを多量に配合し、希少なラム抽出物、ソマリア産オリバナム、バージニア産シダーウッド、インド産シプリオールで煙と陰影を与える。
「ペア パヴロヴァ」では、ピンクペッパーCO2抽出物、ビターアーモンド油、インド産ジャスミン・サンバック・アブソリュート、アンブレットシード・アブソリュートを使用する。とりわけアンブレットは、植物由来でムスクを思わせる香りを持つ高価な天然素材である。洋梨そのものが持つアンブレット様のニュアンスと結びつけることで、果実とムスクの間を滑らかにつないでいる。
2026年に加わった「バニラ・フォー・ブレックファスト」は、抽出法の異なる4種のバニラを重ねた。エタノールによるバニラ・チンキ、バニラCO2抽出物、マダガスカル産バニラ・アブソリュート、濃密なバニラ・トゥエンティフォールド・アブソリュートである。さらに、アーモンドミルク製造の副産物から得たジボダン独自のスイートアーモンド抽出物を用い、通常は後から立ち上がるバニラを最初の一吹きから前面に出した。
「フィグ・レモネード」は20%濃度で、レモンを主役に据えた軽快な設計である。イタリア産レモン油に、通常の柑橘より長く香るカラブリア産ベルガモット・インテグラーレを組み合わせる。本作ではイチジク葉の天然抽出物に頼らず、南アフリカ産ブッコリーフとバージニア産シダーウッドで、青さ、ハーブ感、ミルキーな木質感を持つ「イチジクの葉」を再構成している。
色彩で語るボトル
ボトルは100mLの「Destiny」、キャップは「Gator」という、包材メーカーCoverpla(カバープラ)の既存型を組み合わせている。ゼロから高価な金型を作るのではなく、既存形状の組み合わせ、ボトル装飾、キャップの着色、仕上げによって個性を作る設計である。制約を創造の出発点に変えるこの方法は、品質を保ちながら価格を抑えるブランドの思想とよく重なる。
ボトル、キャップ、ポンプ、特注色はカバープラ、ラベルはHAAS Etiquettes、箱とサンプルカードはグラースのInessens(イネサンス)が担当した。鮮やかな単色のボトル、大きなタイポグラフィ、気取らないグラフィックは、伝統的な高級香水の重厚な装飾とは対照的である。
価格から逆算する
2026年10月時点のフランス公式価格は100mLで90ユーロ。高品質の香料と高濃度処方を採用しながら、装飾過多の外箱、多段階の流通、過大な値入れを削ることで価格を整えている。安さを前面に出すというより、香水そのものに費用を振り向ける設計である。
フレンチカウボーイは「1% for the Planet」に参加し、年間売上高の1%を環境分野の非営利団体へ拠出すると表明している。
香水ラインナップ
2026年10月時点で本国公式サイトに掲載される香水は、以下の4作品である。日本での取扱品は、このうち「メスカル ショコラ」と「ペア パヴロヴァ」の2作品となる。いずれもジェンダーで区分せず、「男性用」「女性用」ではなく、身につける本人が選ぶものとして扱われている。
メスカル ショコラ
Mezcal Chocolat/2025年/香料濃度32%/共同制作者:マティス・モリニエ
塩を振ったライムと唐辛子の鋭い立ち上がりから、フルーティーなメスカルとラム抽出物へ移り、カカオ・アブソリュート、スモーキーなバニラ、シダーウッド、シプリオールへ沈んでいくウッディ・グルマンである。酒とカカオを甘く溶かすだけでなく、煙、塩、辛味をぶつけた構成に、料理人との共作らしさがある。
家族のアガベ農園に結びつくメスカルと、モリニエのムース・オ・ショコラ。サンティアゴ個人の記憶と、シェフの味覚が交わった、ブランドの出発点を象徴する作品である。
ペア パヴロヴァ
Pear Pavlova/2025年/香料濃度35%/共同制作者:アリー・グッドバン
ジューシーな洋梨、泡立てたメレンゲ、柔らかなムスクを中心に、ピンクペッパー、ビターアーモンド、ジャスミン、アンブレットを重ねる。口当たりの軽いデザートのように始まりながら、花とムスクが大きな拡散性を生む。「軽やかだが弱くない」というダンサーの二面性を香りへ置き換えた作品である。
パブロバを写実的に再現するのではなく、泡、空気、白さ、弾力といった印象をムスクのテクスチャーとして表現している。グルマン香水が苦手な共同制作者の好みが、甘さを抑えた設計へ導いた点も興味深い。
バニラ・フォー・ブレックファスト
Vanilla for Breakfast/2026年/香料濃度35%/共同制作者:ミア・フォール
アーモンドミルク、4種類のバニラ、ローストしたトンカ豆、ベンゾインによるクリーミーなグルマンである。共同制作者のミア・フォールは、ビッグデータとロボティクスの研究を背景に持ち、香水を愛するビューティークリエイターでもある。
ブランドの説明では、バニラの豊かな香りは通常、立ち上がりより後半で感じられやすい。本作は抽出法の異なるバニラと、似た芳香成分を持つアーモンドを組み合わせ、バニラを最初から余韻まで感じさせることを狙った。サンティアゴがバニラを論文のテーマに選ぶほど研究してきたことを考えると、彼女の原料への執着が最も直接的に現れた作品といえる。
フィグ・レモネード
Fig Lemonade/2026年/香料濃度20%
レモネード、イチジクの葉、バージニア産シダーウッドを柱にした、シトラス・グリーン調の香りである。イタリア産レモン油とカラブリア産ベルガモットが発泡感のある明るさを作り、ブッコリーフによるハーブ、ミント、カシスを思わせる青さが続く。シダーウッドは、ちぎったイチジク葉の乳白色の樹液を思わせる柔らかな木質感を補う。
32〜35%で設計された他の3作に対し、本作は20%に抑えられている。すべてを同じ濃度へ揃えるのではなく、題材に合わせて処方の着地点を変える姿勢が見える。
ちなみに…
サンティアゴの最初の嗅覚記憶は、叔母の庭に咲いていたエンジェルズ・トランペットだった。濃厚な香りと美しい姿を持つ一方、毒性があるため子どもには近づかないよう言われていたという。「美しさと禁じられたもの」が一緒になった記憶は、甘さと煙、軽さと強さを衝突させる彼女の作風にも、どこか通じて見える。
長年好きな香水はラリックの「アンクル・ノワール」。偶然にも、後に夫となるオラが二人の初デートで身につけていた香りでもあった。
フレンチカウボーイという名は、フランスとアメリカの対比だけでなく、メキシコのバケーロだった祖父へのオマージュでもある。「メスカル ショコラ」のアガベ、「バニラ・フォー・ブレックファスト」のバニラ、そしてブランド名そのものに、サンティアゴのメキシコのルーツが異なる形で流れている。
このブランドが試みているのは、単に「若者向けの安いニッチ香水」を作ることではない。現役の調香師が原料と処方を主導し、異分野の作り手が香りの視点を持ち込み、元金融マンが価格と流通を整える。品質、文化的な近さ、価格の三つを同時に成立させようとする構造そのものが、フレンチカウボーイの個性なのである。
参考文献
- Ashley Santiagoへのインタビュー「April 2026 – Ashley Santiago from French Cowboy」
- Premium Beauty News「French Cowboy: The young brand reinventing haute parfumerie」
- San Francisco State University「Alumna makes scents out SFSU Chemistry degree」
- French Cowboy公式「Meet French Cowboy」
- Adrien Ollatによる発売時の投稿
- French Cowboy公式「Pear Pavlova」
- French Cowboy公式FAQ
- French Cowboy公式「Mezcal Chocolat」
- French Cowboy公式「Vanilla for Breakfast」
- French Cowboy公式「Fig Lemonade」
- Coverpla「Coverpla takes part in the creation of French Cowboy」
- Inessens「French Cowboy: packaging as bold as its fragrances」
- French Cowboy公式「1% FOR THE PLANET」
- NOSE SHOP「U NOSE SHOP ブランドラインアップ」
- NOSE SHOP「メスカル ショコラ」
- NOSE SHOP「ペア パヴロヴァ」
- Luckyscent「Pear Pavlova」
- Vogue「Ashley Santiago and Adrien Ollat’s Lake Como Elopement」



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