沈香は、長く待てば必ず良くなる?

沈香は、長く待てば必ず良くなる? 香りの科学

沈香は、木に樹脂が蓄積してできる香木です。人工的に傷を付けて沈香をつくらせるとき、長く待つほど質が良くなるのでしょうか。2025年、Ming Liらは、栽培された「奇楠(Qi-Nan)」系統の沈香を、樹脂の形成を促してから半年、1年、2年で比べました。

研究者らが知りたかったのは、栽培系統と形成期間が、品質を評価する化学成分にどう影響するかです。ここでの期間は、採取した香木を保存して熟成させた時間ではなく、生きた木に傷を付けてから収穫するまでの時間です。

四つの栽培系統を、三つの時期に比較

対象は、中国・広東省で育てられたAquilaria sinensisの接ぎ木栽培系統で、YYZ、AS、RH、XGYという四つのクローンです。クローンとは、もとの個体の性質を引き継いで増やした系統のことです。論文でいうQi-Nanは、このような栽培材料の呼称として使われています。

研究では3年間育てた健康な木の幹に穴を開け、樹脂の形成を促しました。沈香の形成には、傷などの刺激に対する木の防御反応が関わります。研究者らは、処理後6か月、12か月、24か月に、樹脂がたまった木部を採りました。

四系統と三時期の組み合わせごとに、三つの反復を設けています。各反復では、異なる場所から無作為に選んだ5本の木を材料にしました。比較用に、通常のA. sinensisの沈香や、樹脂の少ない白い木部も調べています。

「良さ」を、四つの化学指標で測った

評価したのは、エタノールで取り出せる成分の割合、アガロテトロールという成分、そして二種類のフェニルエチルクロモン類です。クロモン類は沈香に含まれる成分の一群で、論文では香りや品質を評価する手がかりとして位置づけられています。

まず乾燥して粉末にした木部をエタノールで抽出し、取り出せた成分の重さを、もとの乾燥した木部の重さで割りました。これが抽出物の割合です。さらに、液体クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせ、特定の成分量を調べました。

この研究の「品質」は、こうした化学指標をまとめた評価です。人が沈香を焚いて香りを嗅ぎ比べた結果や、市場での価格、香道での等級を直接測ったものではありません。抽出物の割合が高いことと、誰にとっても香りが優れることは、同じではありません。

三系統では、2年後の評価が高かった

YYZ、AS、RHの三系統では、エタノール抽出物の割合は半年から1年にかけていったん減り、2年後に最も高くなりました。2年後の割合は、いずれも46%を超えていました。単純に、時間とともに少しずつ増え続けたわけではありません。

二種類のクロモン類も、系統や成分によって増減の仕方が異なりました。そのうえで、四つの指標を重みづけしてまとめた総合評価では、この三系統は、調べた三時期のうち24か月で最も高い値になりました。

この総合評価は、複数の成分を一つの物差しにまとめるための計算です。どの指標を使い、どう重みを付けるかに依存するため、沈香のあらゆる価値を表す唯一の点数ではありません。

XGYでは、1年後のほうが高評価

一方、XGYは違う経過をたどりました。エタノール抽出物の割合は半年から1年で増え、1年後に51.49%となった後、2年後には減っていました。調べた二種類のクロモン類も、1年後に最も多く、その後減りました。

化学指標をまとめた評価でも、XGYは24か月より12か月のほうが高くなりました。全12条件の中では、YYZの24か月、ASの24か月に続いて、XGYの12か月が上位に位置しています。

著者らは、この系統なら、ほかの系統より短い期間で高い化学評価に達する可能性があると考えています。すべてを同じ年数待って収穫するより、系統ごとに形成期間を考える必要がある、というのが大きな帰結です。

ただし、調べたのは6、12、24か月の三時点です。XGYの本当の最適時期がちょうど12か月なのか、より細かい時期や2年を超える期間ではどうなるかまでは分かりません。

一つの成分だけでも、評価しきれない

アガロテトロールは、沈香の評価で用いられる成分ですが、今回のQi-Nanでは、通常の沈香の比較試料より少なくなっていました。一方、抽出物の割合や二種類のクロモン類は、Qi-Nanで高い値を示しました。

つまり、ある指標が高い材料が、別の指標でも必ず高いとは限りません。著者らが複数の成分を合わせて評価した背景には、Qi-Nanの化学的な特徴を、一つの物質の量だけでは捉えにくいという問題があります。

測定法にも限定があります。二種類のクロモン類のうち一つは、専用の標準物質ではなく、構造の似たもう一方の成分の検量線を使って量を算出しています。数字を、どの方法でも同じになる絶対的な品質の基準として扱うことはできません。

なぜ、系統によって増え方が違うのか

研究者らは、四つの系統に遺伝的な違いがあることも報告しています。木の中の組織のつくりや、材料を供給する力、防御反応の仕方が異なれば、樹脂の蓄積の速さや成分も変わる可能性があります。

もう一つの候補は、木の中にいる菌と、防御反応の関係です。著者らは先行研究を踏まえ、形成の途中で菌の構成が変わったり、防御成分の蓄積によって菌が減ったりすることが、その後の成分合成を変える可能性を論じています。

また、一種類のクロモンが別の形へ変化すれば、樹脂全体がなくならなくても、測っている特定のクロモンの量は減り得ます。このような成分の変換も、長く待ったときの値の低下を説明する候補です。

ただし、今回の比較で菌の変化や植物ホルモンの流れ、各系統の組織構造を操作して原因を突き止めたわけではありません。なぜXGYが早い時期に高い評価に達したのかは、今後の機構研究に残されています。

収穫時期を、系統と指標の両方から考える

今回の結果は、栽培沈香の管理で、形成期間だけでなく、どの系統を育てているかを考える必要があることを示しています。著者らは、化学的な測定を栽培系統の選択や収穫計画に生かすことで、Qi-Nanの生産と品質評価を支えられるとしています。

一方、調査は広東省の一地域、四系統、穴を開ける一つの誘導法に限られます。ほかの環境や誘導法、野生の沈香全体に、同じ順位や年数を当てはめることはできません。香りを使う側にとって重要な、加熱したときの香気や好みとの対応も、別に確かめる必要があります。

研究は中国林業科学研究院の基礎研究基金の支援を受けました。著者らは、結果に影響し得る金銭的利益相反や個人的関係はないと申告しています。

まとめ

接ぎ木で育てたQi-Nanの四系統では、樹脂の形成期間と化学指標の関係が同じではありませんでした。三系統では24か月、XGYでは12か月の総合評価が高く、長く待つほど一律に良くなるという結果ではありませんでした。

重要なのは、沈香づくりを時間だけの問題として見ないことです。系統ごとに成分がつくられ、変化する経過を知り、目的に合う指標で収穫時期を考える。著者らは、このように遺伝的な材料の違いと化学評価を結びつけることが、栽培沈香の品質管理をより具体的にする道だと示しています。

参考文献

Li, M., Yang, Z., Hong, Z., Xu, D., Li, Z., & Wang, S.(2025). Effects of different clones and inducing time on agarwood quality in grafted Qi-Nan Aquilaria sinensis (Lour.) spreng. PLOS One, 20(7), e0327514. DOI: 10.1371/journal.pone.0327514. 原著全文。© 2025 Li et al. 原著はCC BYで公開されています。