Institute for Art and Olfaction(インスティテュート・フォー・アート・アンド・オルファクション)|IAOの設立史と香りの教育・芸術活動

Institute for Art and Olfaction(IAO)の紹介。温かな光の中に香料瓶、試香紙、ピペットとノートを配した、香りの教育と実験を表す静物。 香りの世界を広げる

私たちの世界は、香水を買うことだけで終わるわけではありません。

サスキア・ウィルソン=ブラウン — Nez、2021年

香水を好きになると、いつか瓶の向こう側が気になってくる。どのように素材を選び、何を考えて混ぜるのか。香りを使って、自分の記憶や考えを表現することはできるのか。

ロサンゼルスのインスティテュート・フォー・アート・アンド・オルファクション(Institute for Art and Olfaction、以下IAO)は、その好奇心に実際の道具と場所を差し出す非営利組織である。実験室で香料を混ぜる講座、美術館での公演、香水と本の資料コレクション、独立した作り手を評価する賞。その活動をつないでいるのは、香りを専門家だけのものにせず、誰もが学び、試し、表現できる媒体として扱う姿勢である。

基本情報

  • 名称:The Institute for Art and Olfaction(IAO)
  • 読み方:インスティテュート・フォー・アート・アンド・オルファクション
  • 設立:2012年9月。最初の一般公開拠点の開設は2013年2月
  • 創設者・エグゼクティブディレクター:サスキア・ウィルソン=ブラウン(Saskia Wilson-Brown)
  • 組織:米国の501(c)(3)非営利組織
  • 所在地:932 Chung King Road, Los Angeles, CA 90012, USA
  • 公式サイト:The Institute for Art and Olfaction

「Olfaction」は嗅覚を意味する。IAOは香水を販売するブランドでも、職業資格の取得だけを目的とする学校でもない。香りの教育、実験、芸術活動を支え、そのための場所や人とのつながりをつくっている。

サスキア・ウィルソン=ブラウンとIAOの成り立ち

美術と独立映画から、香りの創作へ

サスキアはキューバ系と英国系の両親のもと、サンフランシスコに生まれ、カリフォルニアとパリの間で育った。カリフォルニア大学バークレー校で美術を学び、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズで美術の修士号を取得した。

ロサンゼルスでは広告やミュージックビデオの美術部門で働き、撮影現場の仕事からプロダクションデザインへ進んだ。その後、シルバーレイク映画祭の共同ディレクターを務め、2007年にはCurrent TVで国際的な映画制作者との関係づくりや開発を担当する。上映の場や流通の仕組みを通じて、独立した表現者が活動を続ける方法に関わってきたのである。

香水業界への関心には、ドキュメンタリーの構想もあった。しかし調べ、学ぼうとするうちに、映画とは異なる壁が見えてくる。作品を購入する情報はあっても、素材や制作の知識に触れ、試すための入口は限られていた。

彼女が求めたのは、新しい香水を一本発売することよりも、香りを扱う方法そのものを学べる場だった。独立映画で考えてきた「誰が作れるのか」「誰が発表の場を持てるのか」という問題が、別の媒体で再び現れたのである。

独学から、ジョシュ・マイヤーとの協働へ

初期のサスキアは自分で調香を学んだが、やがて助言をくれる相手が必要になった。香りで概念や物語を表現したいという関心を共有できる相手との出会いが、重要な転機になる。

その一人が、イマジナリー・オーサーズのジョシュ・マイヤーである。2013年6月のArtboundによる取材には、彼が助言者、協働者となった経緯が記録されている。当時のIAOは、ダウンタウンのL.A. Martの11階にある、実験室と教室、美術のアトリエが重なるような場所だった。

初期の公開企画「Cult」では、マイヤー、映画制作者マーク・ハリス、IAOが協働した。心地よさだけを目標にせず、強く圧倒するような香りを作品として提示する試みであった。香水の新商品を作るのと同じ道具が、別の問いを立てるためにも使われていたのである。

ジョシュとの出会いが、すべてを変えました。

サスキア・ウィルソン=ブラウン — Artbound、2013年

ここで大切なのは、誰もが最初から専門家だったわけではないことだ。サスキアは、詳しい人と、異なる分野の発想を持つ人が出会える構造を作った。知識を持たないことを参加の終点にせず、学び始める地点にしたのである。

2012年の設立声明が目指したもの

2012年9月の設立声明は、香りを使う一般の人々と調香師、別分野の創作者をつなぎ、公開教育と実験室を用意する構想を掲げていた。太平洋岸という場所も、その発想の一部である。サスキアはロサンゼルスを、ラテンアメリカやアジアなど複数の文化が交わり、新しい組み合わせが生まれる都市として捉えた。

IAOが問題にしたのは、欧州の香水文化が存在することではない。それが香りの文化全体を代表するかのように扱われ、ほかの土地の知識や、業界に入らない人の表現が見えにくくなることだった。

2021年には、自分たちで活動の場を作ろうとする人を支える姿勢を、より明確に示している。企業で働く道に加え、自分の小さな制作活動や、芸術としての香りを続ける道を増やす。そのために、香りを消費する人にも制作の道具を開くのである。

公開拠点と活動の広がり

2013年2月に最初の一般公開拠点が開かれ、同年後半には「Open Sessions」が始まった。香料に直接触れ、自分で調合するこの活動は、IAOの中心的なプログラムとして続いている。2015年にはチャイナタウンのChung King Roadへ移転した。

拠点の外でも、2014年にはハマー美術館で香りの公演を実施。2013年に創設されたArt and Olfaction Awardsは、2014年4月に初めて授賞式を行った。組織の設立、賞の創設、最初の授賞式はそれぞれ別の出来事である。

2017年にはベルリンでExperimental Scent Summitが始まる。クララ・ラヴァットのSmell Labと協働し、香りを扱う作家や研究者が仕事を持ち寄る場へと発展した。2020年にはオンラインで開催し、2024年にリスボン、2025年にロサンゼルス、2026年にはアテネで開かれている。受賞作を決める審査と、制作や研究を共有する集まりは、目的の異なる活動である。

非営利組織を支える人と運営

講座と地域の支援を、次の活動へ戻す

IAOの非営利性は、すべての講座が無料という意味ではない。講座やイベントへの参加費、寄付などが活動を支え、収入をプログラムへ戻す仕組みを採っている。公式の支援案内でも、継続を支える方法として、まず講座やイベントへの参加を挙げている。

サスキアは2021年、企業のマーケティング部門からの支援を追い求めることだけに頼らず、実現可能な規模の企画を作り、コミュニティの小さな支援を集めることを重視した。独立した表現の場を続けるには、理想と同時に運営の大きさを考える必要がある。IAOの活動には、彼女が映画や美術の現場で向き合ってきた課題も流れている。

教える人も、異なる分野から集まっている

現在はサスキアのほか、プログラム責任者のミネッタ・ロジャーズ、プロジェクト責任者のジュリアン・リー、教育責任者のアシュリー・イーデン・ケスラー、実験室を管理するダニエル・クラソフスキーらが運営に携わっている。

ミネッタは文化人類学を学び、建築やデザインの分野で経験を積んだ。初心者への指導では、実際に手を動かして試すことと、調査に基づいて考えることを組み合わせる。専門用語を先に覚えさせるだけではなく、素材を嗅ぎ、試し、修正する過程を学びにするのである。

多くの人は、香水や、香りを使うほかの仕事が、自分にもできる選択肢だと知らないのだと思います。

ミネッタ・ロジャーズ — Invisible Stories、2019年

この発言が示すのは、調香師という職業の紹介よりも広い入口である。演劇の役作り、展示、歴史の学習などにも香りを使えると知れば、参加する理由も、自分の経験を持ち込む方法も増えていく。

香りを芸術と実験にする具体的な活動

ハマー美術館で、日本への旅を香りにする

2014年1月の「A Trip to Japan in Sixteen Minutes, Revisited」は、IAOの協働をよく示す企画である。サダキチ・ハートマンが20世紀初頭に試みた香りの公演を手がかりに、現代のロサンゼルスから日本へ向かう旅を組み立て直した。

調香を担当したのはシェリー・セバスチャン。空港へのシャトル、飛行機、成田、東京、ホテル、夢の風景という六つの場面に、それぞれ香りを作った。目隠しをした観客に、香りと音、生の効果音を届ける。香りを送る装置はエリック・ヴリームードとカミル・ベスキが担い、ベネット・バーバカウらが音の世界を作った。

成田の場面は清潔で中性的に、東京の場面は電気的なネオンの印象へ、ホテルではオレンジの花を用いた豊かな雰囲気へと切り替える。これは各都市の匂いをそのまま採集した記録ではなく、旅の場面を伝えるための調香である。

それらは組み合わさることで、移り変わっていく体験の感覚を生み出します。

シェリー・セバスチャン — Los Angeles Magazine、2014年

一本の香水を完成させる代わりに、香り同士の順序と変化で時間を作る。調香師、装置の制作者、音の担当者が協働することで、香りは身につけるものから、公演を進める表現へと役割を広げた。

「Sillage」で来場者が都市の香りを重ねる

同じ2014年の6月28日、サンタモニカ美術館で行われた「Sillage」では、ブライアン・ゲルツェンロイヒターとIAOが、ロサンゼルスの地域を香りで表す参加型作品を作った。

作家は事前のアンケートで、街の各地区をどんな匂いとして捉えるか、人々の意見を集めた。当日は来場者の住む地区に応じた香りを左手首につける。人が集まり、動くにつれて香りが重なり、会場の中に都市の地理が立ち上がっていく仕組みであった。

ここで参加者は、完成した香りを評価するだけの観客ではない。自分の住む場所と身体を通して作品を構成する。地域についてのイメージを香料へ置き換え、さらに人々の交わりとして提示するところに、この協働の意味がある。

処方の共有から、本と香水の資料コレクションへ

2018年に始まったOpen Source Smell Cultureは、処方や素材の情報を共有し、知識へのアクセスを広げる取り組みだった。アムステルダムのMediamaticとの協働から、情報の共同編集や、香りと知的財産を考える議論などを行った。この名称のプログラムは2018〜2024年の活動であり、その情報と仕事は図書・資料活動へ引き継がれている。

一方、2021年に本格化したIAO Collectionsでは、本、香水、香りに関わる印刷物や作品資料を整理してきた。大きな契機になったのは、香水文化の書き手コナー・マクティーグから遺された千点を超える香水である。既存の収集物にこの寄贈を加え、ボランティアたちが情報を記録していった。

2026年10月の公式案内では、香水1,630点以上、本や作家の出版物720点以上を収める。20世紀の香水、日常の物質文化、実験的な表現を並べて考えられる資料群である。オスモテックの原処方による保存・復元と併せて知ると、香水文化を残す仕事にも複数の形があることが分かる。

2019年のミネッタは、歴史上の香水をただ試香して終えるのでなく、その時代に何を意味し、意味がどう変わったかを考える場を構想していた。今ある資料を嗅覚と結びつける活動は、そんな問題意識にも応えている。

Art and Olfaction Awardsは、IAOの何を担うのか

2013年の創設と、2014年の第1回授賞式

Art and Olfaction Awardsは、独立系、アーティザン、実験的な香りの実践に国際的な関心を向けるための、IAOのプログラムである。別の認定機関がIAOを評価する賞ではなく、IAO自身が運営している。

創設は2013年、最初の授賞式は2014年4月。その後はロサンゼルスだけでなく、ベルリン、ロンドン、アムステルダムなどにも開催地を広げてきた。金色の洋梨のトロフィーは、この賞の象徴である。

アーティザンとインディペンデントの違い

両部門の区分は、手作りか工業生産かという単純な違いではない。現行の規定では、アーティザン部門は、処方を最初に書いた調香師がブランドを所有または共同所有し、少なくとも35%の持分を持つことなどを条件とする。製造の拡大や瓶詰めを外部へ委託すること自体は、直ちに対象外になる理由ではない。

インディペンデント部門は、ブランドが創作の方向を定め、外部の調香師や香料会社へ処方制作を依頼する形を対象とする。非公開会社であることなどの所有条件も設けられている。評価の場で、調香師本人が運営するブランドと、外部の専門家との協働によるブランドを区別しているのである。

名前を隠して香りを審査する

アーティザンとインディペンデント部門は、匿名の試料と短い制作意図を使い、三段階で審査する。ブランド名、調香師名、出身国、価格、マーケティングなどの情報を伏せることで、知名度から離れて作品に向き合う仕組みである。

一方、実験的な香りの作品を対象とするサダキチ賞では、展示写真や映像、音など、作品を理解する補助資料が必要になる。この部門は匿名審査ではない。香水の液体を比べることと、香りを含む作品全体を理解することの違いが、選考方法にも反映されている。

賞は作品を見つけてもらうための場であり、講座は制作を始めるための場、サミットは実践を共有するための場である。この違いを押さえると、IAOが受賞作だけを集める組織ではなく、創作が始まり、続き、外へ届くための複数の入口を作っていることが見えてくる。

一般の香水好きが参加するには

ロサンゼルスで訪れる、香りを作る

2026年10月現在の拠点は、チャイナタウンの歩行者専用道路Chung King Roadにある。2026年秋の公開時間は金曜13〜17時と一部の土曜で、公式カレンダーには無料の「Open Hours」が掲載されている。開室日以外の訪問は、イベントへの参加や、メールでの予約を利用する。

香水づくりを始めるなら、初心者向けのIntroduction to Perfume Blendingなどが入口になる。ジュリアン・リーのFreestyle講座では、天然・合成香料、希釈、処方の記録を学び、素材を選び、調合を修正しながら、小さなスプレー試料を作る。香料を並べた調香台「オルガン」を、自分の鼻で探索する内容である。

Open Sessionsには初回参加者向けと再参加者向けの区分があり、事前申込みが必要となる。再参加者向けは、自分の処方を進め、ほかの参加者と学び合う時間として設計されている。教材の有無や対象経験は回ごとに異なるため、初心者は名称だけで選ばず、個別の募集要項を確認したい。年齢条件も合わせて確認する必要がある。

日本から参加できるオンライン活動

オンラインでは、香料の理解やアコードの制作に加え、歴史や文化を学ぶ講座もある。アコードとは、複数の香料で一つの香りの印象を作る組み合わせである。

たとえば2026年10月のアシュリー・イーデン・ケスラーによるムスクの講座は、材料を購入し、事前の調合作業を行って参加する形式である。一方、古代ギリシャの香水とその作り手を扱うショーン・コフリンの講座は、歴史研究へ入る機会となっている。オンラインというだけで、すべて同じ準備で参加できるわけではない。

申込みは公式カレンダーの各イベントからEventbriteへ進む。教材や準備の案内は申込確認メールに入り、オンライン講座のZoom情報は通常、開始12〜24時間前に届く。録画は登録者向けに講座終了後7日間公開する案内となっている。開催時刻はロサンゼルスの現地時間を基準に、日本との時差も確認しておきたい。

参加先は公式イベントカレンダー、来訪の案内はVisit、個別の相談はhello@artandolfaction.comが窓口である。無料の公開時間と、有料・予約制の制作講座は分けて予定を立てると分かりやすい。

IAOに触れることで、好きな香水を知る楽しみに、素材を選ぶ楽しみや、表現の意図を考える楽しみが加わる。最初から販売する作品を作らなくてもよい。その余地を、道具、教育、人のつながりとして用意してきたところに、この組織の特徴がある。

参考文献