ERAM(エラム)— 香水選びの支援から、百人一首・絵・言葉による香りづくりへ

ERAMの29 別人を描いたブランド紹介画像。白黒の描画を配した瓶と、冬の光、菊、畳を思わせる素材の生成ビジュアル。 ブランド創業者

自分の感覚で好きなものを選ぶことで、香りをもっと自由に楽しんでいただきたいと思っています。

大島康平

ERAM(エラム)は、香水を選ぶときの感覚そのものから生まれたブランドである。香りの説明を読んで決めるだけでなく、絵に惹かれ、言葉から情景を思い浮かべ、自分の記憶と照らし合わせる。香りとの出会いに、いくつもの入口を用意している。

始まりは、2023年の香水サブスクリプションだった。その利用者たちから得た気づきが、翌年のリブランディングを導く。選びやすくするための仕組みから、解釈を委ねる香水へ。立ち上げを担った大島康平が、選ぶという行為を考え直した歩みをたどりたい。

基本情報

  • ブランド名:ERAM(エラム)
  • 始動:2023年7月31日、香水サブスクリプションサービスを開始
  • リブランディング:2024年11月1日、新作香水16種を発売
  • 創設・展開企業:ポーラ・オルビスホールディングス(日本)
  • 立ち上げの中心人物:大島康平(事業責任者)
  • 名前の由来:選ぶという意味の古語「えらむ」
  • 公式サイト:ERAM

創設者とブランドの成り立ち

100人以上への聞き取りから、社内事業を立ち上げる

エラムは、ポーラ・オルビスホールディングスの社内ベンチャープログラム「Glow」から生まれた。大島康平は社内外の100人以上に聞き取りを行い、自分の好きな香りが分からない、選ぶのが難しいという声を多く聞いた。グループ内のポーラには、戦前から香水をつくってきた歴史がある。その経験を生かし、香りの選択を支える事業を考えたのである。

約2年の開発を経て、2023年7月31日に始めたのは、自宅で試して比べるサービスだった。最初はウェブ上の質問から選ばれた3種が届く。それを使って評価すると、次の月には別の3種が届き、好みの方向を絞っていく。最初から大きな瓶を一本決めるのではなく、日常で使いながら、自分の感覚を確かめる仕組みであった。

好みがわかると、香りはもっと楽しい。

大島康平

大島は、自分で選んだものに価値を感じられることを大切にした。ブランド名も、選ぶという意味を持つ古語の「えらむ」から取った。初期のサービスでは、候補を限り、使ってみた反応を次の選択に生かすことで、その楽しさを届けようとしていた。

利用者の反応が変えた、好みの捉え方

サービスの利用者が選んだ香りは、予想以上にさまざまだった。大島たちは、年代や性別によって好みの傾向を捉えられると考えていたが、実際の反応はその枠に収まらない。香りの好みは、一人ひとりの経験や記憶と深く関わっていた。

ここから、選択を支える方法も変わる。他者の評価や既存のイメージだけに頼らず、自分の感性から香りを選べるようにする。そのために大島が取り入れたのが、ドローイングと現代の短歌だった。嗅覚に加え、視覚や言葉からも想像を広げる構想である。

2024年11月1日、エラムはリブランディングを行い、16種の新作香水を発売した。ブランドプロデュースにはクリエイティブアソシエーションのCEKAI、アートディレクション、デザイン、アートワークにはクリエイティブチームのhesoが参加。色が与える印象にも目を向け、色を取り除いた曖昧な世界を設計した。

香りをつくる岸田茂雄と、評価・監修を担う佐藤孝

香りの制作は、岸田茂雄と佐藤孝の協働で進む。調香を行う岸田は、フランスの香料メーカーの日本法人出身の調香師である。佐藤はポーラで長年、化粧品への香りづけやフレグランス開発に携わってきた。エラムでは調香監修と香りのアドバイザーを務める。

大島は、佐藤の役割をエバリュエーターと説明している。これは、企画を香りの製品として成立させるため、方向性を考え、試作を評価する仕事である。岸田が調香し、佐藤が評価と監修を担う。大島の企画と、この二人の専門性をつないで、古典文学の情景を現代の香りへと展開している。

台湾では、香りと服の表現を重ねる

リブランディング後のポップアップでは、海外からの来場者も香りを選んだ。台湾での展開も進み、2025年には現地で発表会が開かれた。台湾の公式発表では、服飾デザイナーの汪俐伶が「7 片隅」を選び、自身の「大地」シリーズと重ねて、香りを着るという表現を提示している。

台湾の媒体Stylemasterも、同年にエラムの16種と、記憶や感性の余白を重んじる考え方を紹介した。日本語の題材を海外へ届ける際にも、古典の知識を説明するだけでなく、受け手が自分の感覚を重ねられることが軸となっている。

ブランドのこだわり

百人一首の番号と、現代の情景

香水名の前に置かれた数字は、着想を得た百人一首の歌番号である。古典に描かれた心情や景色を題材に選び、現代の暮らしにも響く情景として捉え直し、香りのコンセプトへつなげる。添えられた言葉も、古典そのものの引用ではなく、その解釈から生まれた現代の表現である。

「独白」「束の間」「稜線」といった名前は、香料の種類を先に教えるものではない。自分にとって、その言葉がどんな場面や気持ちを指すのかを考える入口になっている。エラムの現行理念も、香りに加え、視覚や言葉からイメージを膨らませる選び方を掲げている。

絵と短歌を、香りの説明に揃えない

余白を大切に、あえて「ズレ」を生んでいます。

大島康平

絵や短歌の作り手には、香りを嗅がずに制作してもらう。コンセプトを共有しても、できあがる表現を完全に一致させず、それぞれに解釈の余地を残すのである。香りの正解を、絵や言葉で先に決めてしまわない設計だ。

2024年のローンチで香水を体験した俳優の窪塚洋介は、「束の間」から、子供の頃の夏の夕方と入道雲を連想した。一方、同作の公式説明が描くのは、まだ誰もいない夏の早朝である。同じ香りから別の時刻が立ち上がる。この違いは、体験者の記憶が作品に加わる具体例である。

白黒のアートワークにも、解釈を固定しない狙いがある。黄色から明るさを、青から涼しさを想像するように、色は香りを嗅ぐ前から印象を導きうる。エラムはその手がかりを抑え、絵、言葉、実際に感じた香りの間で、受け手が自分の像をつくれるようにした。

「29 別人」の冬と、畳の香りの知見

2025年12月1日に加わった「29 別人」は、冬の情景を掘り下げた作品である。大島は、白菊と初霜が見分けにくくなる百人一首の歌から、見慣れた景色の境界が曖昧になる感覚を取り出した。昨日と今日で、自分の感じ方も変わる。その変化を「別人」という名に重ねた。

香りでは、スペアミントの冷たさに、イグサを思わせる穏やかなグリーンの表現を組み合わせた。ミントを際立たせながら、花の香りを重ね、ムスクなどの温もりへつなぐ。冬の空気と、その中にいる人の体温を対照させる構成である。

イグサの選択には、岸田が以前取り組んだ、古い畳に塗料とイグサの香料を使って再利用するプロジェクトの知見が生きている。身近な素材の匂いを知る経験が、新しい香水のグリーンの表現へつながった。現行の公式説明では、このイグサの香りは成分分析をもとに合成香料でつくるものとされている。

リブランディング時の16種に「別人」が加わり、公式サイトで紹介する香りは17種へ広がった。そこで続いているのは、作品の意味を一つに決めず、香りを選ぶ人の感性が加わる場所を残すという考え方である。

参考文献