コーヒーの果実らしい香りは、農園での発酵と洗い方でも変わる

コーヒーの果実らしい香りは、農園での発酵と洗い方でも変わる 香りの科学

コーヒーの果実らしい香りは、品種や焙煎だけでなく、収穫後に豆を発酵させる工程でも変わります。2019年の研究では、中国・雲南の農園で加工条件を比較すると、発酵を長くしたコーヒーは、標準の工程より果実の香り・風味と酸味が高く評価されました。

この研究は一杯の飲み比べにとどまりません。豆の周囲の微生物、加工に使う水、豆自身の代謝を、洗浄・浸漬・乾燥まで追い、どこで成分が生まれ、移動し、失われるかを調べています。

果肉、粘液、発酵時間、水への浸漬を比べる

対象は、雲南の一農園で収穫したアラビカのCatimorという品種です。寒い時期に、1週間隔で2回の加工試験を行い、各回2000kgの熟した果実を使いました。

まず、果皮と果肉を取り除いて粘液質を残す方法と、さらに機械で粘液質も削り取る方法を比較しました。前者では、水中で粘液質が除かれるまでの36時間または48時間を標準発酵とし、延長条件では84時間まで発酵。機械で粘液質を除いた条件では、標準12時間と延長72時間を比べています。方法ごとに標準・延長の実時間が異なる設計です。

その後は洗浄し、すぐに乾燥させる場合と、きれいな水にさらに24時間浸してから乾燥させる場合を比較しました。機械で粘液質を除き、発酵も浸漬もせず乾燥させる対照も用意しています。

菌の培養、微生物DNAの解析、糖・酸・アミノ酸・揮発成分などの分析を組み合わせました。最終的な豆は同じ焙煎色にそろえ、同じ条件で抽出。訓練パネル12人が、香り、口に含んだ風味、口当たりの27項目を評価しました。

発酵を長くすると、果実らしさと酸味が高まった

試した工程のなかでは、発酵時間が最終的な生豆の成分と、一杯の官能評価に最も広く関わりました。延長発酵では、果実の香りと口中の果実風味、酸味が高くなり、穀物様と花様の香りは低くなりました。

加工法にも違いがあります。粘液質を残して発酵させた方法は、機械で先に除いた方法より果実の香りが高く、腐植土・土を思わせる風味が低く評価されました。追加の24時間浸漬は、全体的な風味の強さを高め、香辛料様の香りを低くしました。

ただし、試料全体の評点は互いに近く、大きく別物のコーヒーになったという結果ではありません。機械で粘液質を除く方法も、全体として近い品質の一杯をつくれる代替手段と著者らは評価しています。水や処理時間を抑えられる方法を検討するうえで、この比較も研究の重要な目的でした。

豆の周りで優勢だったのは、乳酸菌

水中発酵では、乳酸菌がほかの微生物群より多くなりました。果肉を除いて粘液質を残す工程では Leuconostoc、機械で粘液質まで除いた工程では Lactococcus の相対的な多さが特徴でした。延長発酵では、一部の Lactobacillus も増える方向でした。

粘液質を残した工程の水には、糖や酸、アミノ酸などの基質が多く、乳酸やマンニトールなどの発酵関連成分も多く蓄積しました。粘液質から成分が水へ出ることと、微生物がそれを消費・変換することが同時に進んでいたと考えられます。

遺伝子の機能を推定する解析でも、加工法によって微生物群の持つ酵素の構成が異なる傾向がありました。ただし、菌を一種類ずつ加えて香りへの寄与を検証した試験ではなく、果実や環境に由来する群集全体の変化を追った研究です。酵母も存在し、その寄与は除外されていません。

「豆自身」も、加工中に活動している

コーヒー豆は種子です。水に沈められている間も、単に微生物の生成物を受け取るだけでなく、酸素の少ない環境に応答して自身の成分を変えます。

たとえば、発酵中には豆中のアスパラギン酸が減り、コハク酸やアラニンが増えるなどの変化がありました。著者らは、これらを種子の低酸素時の代謝経路と整合する結果として解釈しています。また、ショ糖と、その構成糖であるグルコース・フルクトースが異なる動き方をしたことも、豆の糖代謝が続いていた手掛かりになりました。

乾燥中も成分は変わります。乳酸などが減る一方、GABAやプロリンなどが増加し、乾燥ストレスへの種子の応答と、成分の分解・変換が重なったと考察されています。したがって、発酵直後の成分を、そのまま完成した生豆の成分と見なすことはできません。

洗う・浸す工程は、成分の差を弱める

洗浄後には、豆に付随する乳酸やマンニトールなどが減りました。さらに水へ浸すと、発酵時間や加工法による成分の違いが小さくなる傾向がありました。微生物がつくった成分も、豆や果肉由来の水溶性成分も、周囲の水へ移動するためです。

この点を調べる補助実験では、果肉と、よく洗った豆を別々の水へ72時間浸しました。両方で可溶性成分が減り、水中の成分が増加し、特に果肉から成分が出やすいことが示されました。発酵工程の変化は、菌の活動に加え、成分の拡散も考慮する必要があります。

著者らは追加浸漬を、発酵による差を和らげ、生豆の状態をそろえる工程と解釈しています。ただし、成分が流れ出ることと、最終的な一杯の風味が一律に弱まることは同じではありません。今回の官能評価では、浸漬によって全体風味の強度はむしろ上がり、香辛料様の香りが下がりました。

生豆の成分と、飲むときの香りは分けて読む

生豆の揮発成分分析では、延長発酵により果実様や花様とされる成分が増える結果もありました。一方、焙煎・抽出後の官能評価では花様の香りは低下しています。これは別段階の測定で、矛盾する一つの数値を報告したものではありません。

生豆の成分は焙煎で反応し、抽出で溶け出し方も変わります。機器のピーク面積をもとにした成分の増減を、そのまま人が感じる特定の香りの強さに置き換えられないことがわかります。

結果の範囲は、一農園、一品種、低温期の2回の試験です。開始時の発酵温度は約15℃で、ほかの産地の暖かい条件とは異なります。品種、付着する菌、気温、水量などによって変わるため、長時間発酵をどこでも勧める結果ではありません。

まとめ

雲南のCatimorを用いた今回の比較では、発酵を延長すると、抽出後のコーヒーの果実らしさと酸味が高まり、穀物・花様の香りは低くなりました。粘液質を残す加工法や、追加の水への浸漬にも、それぞれ異なる香り・風味への影響がありました。

その背景には、乳酸菌を中心とする群集、豆自身の代謝、成分の水への移動、乾燥中の変化が重なっています。農園での発酵から洗浄、乾燥までを一続きに捉えることが、一杯の香りを理解し、加工条件を選ぶ手掛かりになります。

研究はVrije Universiteit Brussel、Hercules Foundation、Nestec S.A.の支援を受けました。研究当時、著者2人はNestléに雇用されていたことが利益相反欄に記載されています。ほかの著者は、該当する商業的・金銭的関係はないと申告しています。

参考文献

Zhang SJ, De Bruyn F, Pothakos V, et al. Influence of Various Processing Parameters on the Microbial Community Dynamics, Metabolomic Profiles, and Cup Quality During Wet Coffee Processing. Frontiers in Microbiology. 2019;10:2621. doi:10.3389/fmicb.2019.02621