AIが学ぶ香りのデータは、どう集める?

AIが学ぶ香りのデータは、どう集める? 香りの科学

ある分子がどんな匂いを持つかをAIに予測させるには、分子の情報と、人がどう感じたかというデータが必要です。ところが、香りの研究は、実験ごとに使う名前、濃度、記録の形式が異なります。論文を集めただけでは、すぐに一緒に分析できるとは限りません。

Elizabeth A. Hamelらが2024年に報告したPyrfumeは、こうした嗅覚のデータを整理し、共通の形で使えるようにする公開資源です。新しい香りを大量に嗅いでもらった一つの実験ではなく、既存の研究やデータベースをつなぐ仕組みと、その検証・利用方法を紹介した論文です。

人の感想から、受容体の反応まで

論文の執筆時点で、Pyrfumeには40件を超えるデータ群がまとめられ、2万種を超える匂い物質に関する情報が含まれていました。対象は、人が答えた匂いの強さや快さ、香りの言葉による表現だけではありません。動物の行動、神経の活動、匂い分子に対する受容体の反応なども含みます。

この幅広さが、研究者らの狙いです。同じ分子について、「どの受容体が反応するか」「神経がどう応答するか」「人はどう表現するか」を探し、異なる段階の情報を関連づけられるようにします。ただし、どの分子にも、これらすべての測定が揃っているわけではありません。

また、40件や2万種という数字は、2024年の論文で報告された規模です。更新される資源の現在の件数や、すべてを同じ条件で測定した実験数を表しているものではありません。

分子の名前だけでなく、「刺激の条件」を残す

整理の中心になるのは、実験で使った刺激に識別番号を付けることです。単一の分子、いくつかを混ぜた試料、クローブのように成分全体が分からない素材も、それぞれの刺激として扱います。

分子の構造が分かっている場合は、化学データベースPubChemの識別番号や、構造を文字列で表した情報と結びます。これにより、別の資料で異なる名前が使われていても、同じ化合物のデータを探す手がかりになります。

その一方で、化合物の番号だけでは実験条件を表せません。同じ分子でも、薄め方や混合相手が違えば、同じ刺激とは扱えないからです。Pyrfumeでは、分かる範囲で濃度、混合の比率、溶媒などを、実験ごとの刺激の情報に含めます。

成分の分からない混合物に、無理に一つの分子の番号を割り当てることもしません。素材としての識別番号を残し、分子との対応が付かないことを扱える形式にしています。

「何を測った数値か」を、一緒に結びつける

測定結果は、刺激、対象、測った項目、その値を結びつけて整理します。例えば、ある人がある香りを「花のようだ」と評定した値と、ある受容体が同じ分子に反応した値は、別の種類の測定として記録されます。

原著は、これらを広い意味で「behavior」という項目にまとめていますが、人の行動だけを指す言葉ではありません。神経の反応や受容体の感度も含む、実験で観測された値の置き場です。何を測った数値なのかが分からないまま、同じ列へ混ぜてしまうことを避ける設計です。

さらに、元の文献、データの説明、加工に使ったプログラムも記録します。可能な場合は元データも含めるため、利用者は整理された表を見るだけでなく、どう加工されたかをたどり、必要なら処理をやり直せます。

AIの成績より先に、比べられる土台を作る

著者らは、収録した資料を、元の収集者や提供者による評価に加え、自分たちでも確認し、照合したと記しています。ただし、形式を揃えたことによって、異なる研究の参加者、動物種、濃度、測定手順まで同じになるわけではありません。

この論文は、すべてのデータを使えばAIの予測が一定の割合で良くなる、と示したものでもありません。整理したデータを使って、分子と知覚を結ぶ仮説を複数の研究で試したり、予測モデルを共通の課題で比較したりできるようにすることが目的です。

研究者や学習者が既存の資料を取り出して使うだけでなく、自分の実験を同じ形式で加えられる点も重視されています。新しいモデルを比べる共通の基準ができれば、得意な条件だけでなく、苦手な条件や、そもそも測定が足りない領域を見つけやすくなります。

利用時には、元のデータごとの条件を確かめる必要もあります。公開されていることや同じ場所から取得できることは、すべてが同じ許諾で商用利用できることを意味しません。論文自体のライセンスと、収録される各データの利用条件も別です。

まとめ

Pyrfumeの仕事は、散らばった嗅覚研究の結果を、刺激の条件と測定の意味を保ちながら結び直すことです。香りを予測するAIだけでなく、知覚、神経、受容体の間にどんな関係があるかを考える研究にも、共通の出発点を提供します。

著者らは、この整理によって仮説を多様なデータで検証し、過去の研究が見落としていた部分を見つけ、次の実験を選べるようになると期待しています。新しい嗅覚モデルを作ることと同時に、そのモデルを何で確かめるかを整えることが、香りの理解を進める重要な仕事なのです。

参考文献

Hamel, E. A., Castro, J. B., Gould, T. J., Pellegrino, R., ほか(2024). Pyrfume: A window to the world’s olfactory data. Scientific Data, 11, 1220. DOI: 10.1038/s41597-024-04051-z/原著全文。

研究は米国NIHとNSFの支援を受けています。著者の所属には研究機関と企業が含まれ、著者らは利益相反なしと申告しています。原著:© 2024 The Author(s)、CC BY-NC-ND 4.0。