「香水は、単なる娯楽ではなく、文化になりうると私たちは本気で信じています。」
— フランチェスカ・ファルオーロ(創設者・芸術監督)
香水を探すために集まることと、匂いについて一緒に考えるために集まること。その二つは重なりながら、少し違う。Smell Festival(スメル・フェスティバル)は、2010年にイタリアのボローニャで生まれた、嗅覚文化と香水芸術の催しである。香水を嗅ぐだけでなく、匂いを言葉にし、作品にし、都市や身体との関係を考える場をつくってきた。
会場になったのは、音楽博物館や現代美術館、書店、街のさまざまな文化拠点だった。そこで香りは、売場の商品である前に、誰かと共有できる経験、表現をつくる素材として扱われる。創設者の歩みと過去の企画をたどると、嗅覚を学ぶとは何をすることなのかが、具体的に見えてくる。
基本情報
- 名称:Smell – Festival dell’Olfatto(スメル・フェスティバル/嗅覚のフェスティバル)
- 初開催:2010年、イタリア・ボローニャ
- 創設者・芸術監督:Francesca Faruolo(フランチェスカ・ファルオーロ)
- 主催:文化団体Orablu(オラブル)
- 活動の中心:嗅覚文化と香水芸術をめぐる講演、展示、ワークショップ、上演・実演
- 公式アーカイブ:Smell Festival
- 関連する教育活動:Smell Atelier(スメル・アトリエ)
ここで紹介するフェスティバルの開催例は、主に2010〜2019年の記録に基づく。2026年の関連活動と、次回開催の案内については、記事の終わりで分けて扱う。
地元で香りを学ぶ場をつくるまで
海外の講座への関心から、ボローニャの企画へ
ファルオーロは、コミュニケーションや文化の企画に携わってきた。独立して顧客の仕事に向き合ううち、自分自身の関心から育てる企画も持ちたいと考えるようになった。強く惹かれていたのが、香水と嗅覚の世界である。手に入る本を読み、さらに学ぶ機会を探していた。
「海外の講座に申し込みたかったのですが、移動が難しかったのです。」
— フランチェスカ・ファルオーロ
そこで、自分の仕事の経験を使い、暮らしている街で講座を開くことを思いつく。その構想は、やがて多くの人が嗅覚の経験を深め、分かち合えるフェスティバルへと広がった。2008年から取り組み始めた企画が、2010年の初開催につながる。
関心の入口には、ジャン=クロード・エレナやセルジュ・ルタンスの作品との出会いもあった。香水を使うことと、その表現に強く心を動かされることは、彼女にとって同じではなかった。自分の美意識と響き合う創作を知ったことが、仕事の方向を香りへ移すきっかけになったのである。
最初の書店の催しに集まった約100人
2010年5月、ボローニャ中心部の書店で開いた最初の催しには、嗅覚についての本を書いたロザリア・カヴァリエーリと、香水の作り手ヴェロ・ケルンを招いた。嗅ぐことを考える人と、香りをつくる人が、一つの場で話す企画だった。
当時、ファルオーロたちは地元の香水愛好家とのつながりを持っておらず、どれほど人が来るか分からなかった。ふたを開けると約100人が集まり、席が埋まった。頭の中にあった構想が、実際の聴衆を持つ場に変わった瞬間である。
「ゼロからの出発だったので、あの晩は本当に、まだ見ぬ観客との初対面でした。」
— フランチェスカ・ファルオーロ(2010年の最初の催しについて)
初期のフェスティバルは、音楽博物館と考古学博物館を主要会場としながら、書店、ティールーム、文化団体、香水店へも広がった。ボローニャの知と食の文化、日常の社交の場を結び、街そのものに嗅覚の入口をつくる構成だった。
テーマを選び、異なる分野の人を招く仕事
一年を通じて集める、問いと協働相手
ファルオーロの企画づくりは、先に出展商品を並べる方法とは異なる。一年の間に、自分が心を引かれた話題、経験してみたいこと、会いたい人、関わってほしい企業や施設を書き留める。その後、実現の可能性を検討し、連絡先と資金を確保していく。個人的な好奇心を、ほかの人が参加できる企画へ組み替える仕事である。
2014年のテーマは「Sogni(夢)」だった。現実から離れるためというより、変化する現実に向き合う想像力を引き出すための選択である。作り手に同じ問いを渡しても、その答えが同じ香りになる必要はない。各人の夢を、それぞれの技術と表現で形にしてもらう余地を残した。
2015年の「Performing Scents」は、身体や動き、舞台上の行為と匂いとの関係へ焦点を移した。2016年の「Magiae Naturalis」は、ジョヴァンニ・バッティスタ・デッラ・ポルタの同名の著作を着想源とした。自然への探究と、蒸留・香水づくりの歴史を結ぶ題材である。
2018年の「Ricreazione」は、休み時間や遊びの発想を採り入れた。混ぜ、試し、偶然の組み合わせに気づくことが、知識の入口になる。一方、2019年の「Atmosfere(雰囲気)」は、匂いが場所の感情的な質をどう形づくるかを問うた。同じ嗅覚文化でも、毎回、考える単位を変えている。
芸術的な試みから、研究者との対話へ
2019年、ファルオーロは、初期には詩的な着想や芸術の比重が大きかった一方、直近の数年では研究者や大学教員の参加が増えたと説明している。嗅覚をめぐる研究が複数の分野で広がったことを、プログラムに反映した変化だった。
この展開を支えた一社が、香料原料と香りの開発に関わるモエルハウゼンである。香水だけでなく、嗅覚全般を扱う方向性を支持した。芸術と科学を一つの説明にまとめるのではなく、それぞれの方法で、普段は見過ごされる感覚へ近づく場がつくられたのである。
展示・講座・公演で、嗅ぐことを具体的に学ぶ
2014年:夢を香りにし、つくり方をほどく
音楽博物館の展示「May It Come True」では、五人の作り手が夢を香りに置き換えた。参加したのはジュゼッペ・カルーソ、マルティーノ・チェリッツァ、アントニオ・ガルドーニ、ジョヴァンニ・パドヴァン、ジョヴァンニ・サンマルコである。博物館の本や楽器がある空間に、目に見えない作品が加わった。
「きわめて簡潔な展示は、訪問者の注意を、匂いの構成そのものへ向けることを目指しています。」
— フランチェスカ・ファルオーロ(May It Come Trueの展示について)
ファルオーロが重視したのは、匂いの構成そのものへ注意を向ける簡潔な展示だった。装飾を読むだけではなく、嗅ぐことで作品に近づく。一つのテーマから異なる答えが生まれることも、この構成なら比較できる。
同年の講座「Esercizi di stile」では、チェリッツァが夢を題材にした香りを分解し、参加者と再び組み立てる内容が組まれた。完成品を嗅ぐ時間と、その成立をたどる時間を分けて用意していたのである。子ども向けには、紙、粉、スパイスで言葉のない「香りの本」をつくる講座もあった。嗅覚への入口を、香水の知識がある人だけに限定しない考え方が見える。
同じ期間には、市内の市場や飲食店を巡る10か所の味覚・嗅覚の散策も企画された。パンやコーヒーなど、食べ物の匂いを街の文化としてたどる内容である。ボローニャの地域性は、背景写真のように添えられるのではなく、嗅いで学ぶ対象になった。
2015年:蜂の素材を使う展示と、音楽に沿う実演
2015年の「Mellifero #1」は、ダーチャ・マントがMAMboのホワイエのためにつくった、展示とパフォーマンスを組み合わせた作品である。マリア・リヴィア・ブルネッリが企画を担い、蜂や受粉を担う昆虫の活動を、匂いを含む素材から考える場をつくった。
宙につるされた蜂の巣を思わせる構造体と、植物学・昆虫学に関わる資料や有機物を集めたテーブルが置かれた。開幕時のパフォーマンスでは、蝋、樹脂、蜂蜜の匂いが交わる小さな実験室へと変化させる構成だった。自然を模した香水だけでなく、自然の素材が形をつくり、匂いを発する過程そのものが表現に使われている。
音楽博物館では、スピロス・ドロソプロスによる「Indigo: the complete experience」も組まれた。Barutiの香水「インディゴ」の構想を、ルボミール・メルニクの音楽に合わせ、分解し、再構成していく実演である。香りの構成を時間の中で示すことで、音楽と調香が同じ場で進む企画になっていた。
素材の比較、香道、匂いを言葉にする訓練
同じ2015年の講座では、サンマルコが、産地や抽出方法によって変わる乳香、サンダルウッド、ジャスミンの違いを扱った。素材名を覚えるだけでなく、同じ名で呼ばれるものの中に差があることを嗅いで確かめる内容である。
また、日本の香道を扱う講演と体験講座には、志野流の蜂谷宗苾を招いた。大学の研究者や日本文化を紹介するNipponicaとの協働を通じ、香りを「聞く」作法に触れる機会を用意した。西洋の香水の枠から出て、異なる文化が嗅覚に与えてきた形式を学ぶ企画でもある。
ロベルト・ダリオによる講座は、日常や調香で出会う匂いを感じ取り、その特徴を適切に言葉にする訓練を扱った。鼻で感じたものを共有するには、名前を知るだけでは足りない。注意の向け方と、感じた違いを表す方法までが、嗅覚教育に含まれていた。
2019年:場所の雰囲気と、舞台の匂いを考える
第10回の主会場は、サント・ステーファノ通りのパラッツォ・イゾラーニだった。哲学者トニーノ・グリッフェロ、演出家バルバラ・ピア・イェニチ、食をめぐる研究者エレナ・マンチョッピ、計算機科学を専門とするロッサーノ・スキファネッラらが、場所と匂いを異なる方向から扱った。
都市の感覚的な特徴をソーシャルメディアから探ることと、劇場で香りを使って物語を伝えることが、同じ「雰囲気」という問いのもとに置かれる。香水の展示や調香の講座もありながら、人が暮らす空間をどう感じるかへ視野を広げた。
フェスティバルの公式サイトに残るイェニチの仕事の紹介は、舞台をよい匂いにするだけでは演出にならないと説明する。嗅覚の主観性や文化による意味の違いを踏まえ、匂いを劇の構成そのものへ組み込む必要があるという考え方だ。紹介された過去の舞台「Gothic Windows」では、喉の渇いた人物の前でオレンジを搾る行為と、観客に届くオレンジの匂いが結びつけられた。これは2019年のボローニャでその舞台が上演されたという意味ではなく、招かれた演出家の方法を示す例である。
商談展示会とは異なる目的と、開催ごとの参加方法
スメル・フェスティバルには、香水ブランドの展示や作り手との交流もある。しかし、軸になったのは、嗅覚文化を専門家以外の人へ開き、学びと表現を共有することだった。仕入れや商談を主目的とする業界展示会と、同じ参加の仕組みだと考えると実像を取り違える。
一方で、一般に開かれていることと、すべて無料で予約不要であることも同じではない。たとえば2015年のMAMboの「Mellifero #1」は無料だったが、音楽博物館の催しには当日券が必要で、実習には別料金や事前予約が設定されたものもあった。
2018年は、特記のない催しは一般公開・無料と案内される一方、週末の音楽博物館では5ユーロの一日券が必要だった。2019年のパラッツォ・イゾラーニでは基本の一日券が5ユーロとされた。これらは各年の過去の条件であり、現在の料金表ではない。参加を考える際には、開催回と個別企画の案内を一緒に読む必要がある。
フェスティバルから通年の学びへ
ボローニャでの出会いを、講座と制作につなぐ
フェスティバルで初めて香りに関心を持ち、その後、体系的な学習へ進む人もいた。スメル・アトリエは、その関心を通年の講座や制作へつなぐ活動である。2017年にヴェローナの拠点が加わったことで、会員との関わりも深くなった。
ボローニャでの祭典、ヴェローナを含む教育の拠点、各地の会員から成る団体は、同じものではない。それぞれが、出会う、学ぶ、つくる、発表するという異なる役割を担っている。街の一時的な催しを越えて、関心を持った人が次に進める場を育てたところにも、この活動の広がりがある。
2026年に確認できる活動と、次回開催の案内
2026年9月5〜6日には、スメル・アトリエの第6回「A Night in Perfumeland」がボローニャの音楽博物館で行われた。2025年に自然香水と合成香料を用いる調香の講座を修了した受講者が作品を出し、会員と専門家の二つの審査員団による評価が行われた。ファルオーロとジョセフ・カルーソらが結果を発表している。
これは関連する教育・創作活動の継続を示す出来事である。ただし、2026年10月時点で公式サイトから確認できるSmell Festival本体の開催案内は2019年の第10回が中心であり、次回の日程は確認できない。毎年のフェスティバルが現在も同じ形で開催されているとは断定できないため、過去の5月の日程を訪問計画へそのまま使わないようにしたい。
スメル・フェスティバルが残したのは、香水をよく知る人だけの集まりではない。素材を比べ、言葉を探し、身体を動かし、街と作品の関係を考える場である。一本の香水から始まった関心が、文化や学びの方法へ広がる。その道筋を、実際の企画として示してきた活動なのである。
参考文献
- 10 anni di cultura olfattiva: intervista a Francesca Faruolo — Giulietta Ptoyan、2019年9月
- Smell Festival (2010) — 公式初回アーカイブ
- Smell Festival di Francesca Faruolo — Fashion Beginners、2014年1月、本人インタビュー
- Scented Interviews: Francesca Faruolo and Smell Festival 2016 — Gabriela Guidetti、2016年1月、英語・イタリア語インタビュー
- Smell Festival 2015: la dimensione performativa del profumo — 公式開催趣旨
- Ricreazione — 2018年公式テーマ文
- L’atmosfera di Smell Festival — 2019年公式開催案内
- Smell, Festival dell’Olfatto 2014: il profumo diventa arte — Isabella Falboによる本人インタビュー、Espoarte Digital #84½、72〜73頁
- 第5回「Sogni」公式プログラム — ボローニャ文化ポータル所蔵、2014年
- Mellifero #1 — 作品と開幕パフォーマンスの公式案内、2015年5月
- Istituzione Bologna Musei: gli appuntamenti da venerdì 22 a giovedì 28 maggio — ボローニャ市・市立博物館、2015年5月21日
- Scented theatre: profumi in scena — Francesca Faruolo、2019年12月
- Smell Festival 2018 — ボローニャ公式観光案内
- Smell Atelier公式サイト — 現行の学校・講座案内、2026年10月確認
- Vincitori A Night in Perfumeland 2026 — Smell Atelier、2026年9月7日
- Smell Festival公式サイト — 現行掲載内容、2026年10月確認


