「しまい直すのが嫌だったのです。」
— マンディ・アフテル
古い本、植物の標本、香料の瓶、手彩色の絵葉書。マンディ・アフテルの家には、香りをめぐる品々があふれていた。人が訪れるたびに取り出して見せると、誰もがその美しさに驚いた。それをまた収納するのが惜しかった。
Aftel Archive of Curious Scents(アフテル・アーカイブ)は、その個人の収集を、人と分かち合う場所にした小さな博物館である。米国カリフォルニア州バークレーの住宅の裏手にあり、2017年に開館した。完成した香水を選ぶ売場よりも、その手前にある香料と、人が香りを使ってきた歴史へ近づく場所だ。
根を手に取る。古書を開く。百年ほど前の香料を、現代のものと比べる。香水の説明に登場する素材名が、ここでは重さや色、匂いを持つものになる。
基本情報
- 名称:Aftel Archive of Curious Scents(アフテル・アーカイブ・オブ・キュリアス・センツ)
- 開館年:2017年
- 創設者:Mandy Aftel(マンディ・アフテル)。夫のFoster Curry(フォスター・カリー)、息子のDevon(デヴォン)とともに施設をつくった
- 所在地:1518-1/2 Walnut Street, Berkeley, CA 94709, USA
- 中心となる展示:天然香料と原料、古い香料瓶、香りに関する古書・版画・器具など
- 公式案内:Aftel Archive of Curious Scents
アフテルは天然香料を使う調香師であり、香水ブランド「アフテリエ・パフューム」の創設者でもある。アーカイブでは彼女自身の創作に触れる展示もあるが、収集の範囲は、ブランドの歴史をはるかに超えている。
マンディ・アフテルとアーカイブの成り立ち
心理療法の仕事から、香水の古書へ
アフテルは香水づくりに入る以前、芸術家や作家を中心とする人々と、心理療法の仕事で向き合っていた。物語と心理療法についての本を書き終えた後、小説を書きたいと考え、その主人公を調香師にすることにした。
資料を求めて古書市へ通ううちに、香水や植物について書かれた古い本そのものに惹かれていく。植物の言い伝え、香料の歴史、処方。香水が、化粧品の一分野だけでは収まらない世界であることが、ページを開くたびに現れた。
やがて友人と天然香料で香水をつくる講座に参加し、原料に夢中になる。二人で始めた香水事業が終わった後も、その関心は消えなかった。編集者である親友に香水の歴史を書くよう勧められ、2001年に『Essence and Alchemy: A Natural History of Perfume』を刊行する。最初に構想した小説は完成しなかったが、調べるために集めた本は、その後の創作と執筆を支えるものになった。
家族で三年かけてつくった小さな博物館
収集は本から、絵葉書や植物の原料、香水に関わる道具へと広がった。アフテルは、カリフォルニアのゴールド・カントリーを夫と訪れた際、小さな町の博物館で、自分もこうした場所をつくりたいと口にした。夫の返事は「いいよ」だった。
そこからアフテル、カリー、デヴォンの三人は、自宅の裏手のコテージに三年をかけて博物館をつくった。アフテルが1977年から暮らす家の敷地で、レストランのシェ・パニースのすぐ近くである。遠くに施設を構えるのではなく、自分の暮らしと収集が積み重なった場所に、人を迎える入口を設けた。
「あの本の数々で見つけたものを、形のあるものにしたのです。」
— マンディ・アフテル
2017年の開館時の案内では、300種類を超える天然のエッセンスを嗅ぎ、百年熟成したものと現代のものを比べ、50冊を超える古書を読む体験が示されていた。エッセンスとは、ここでは植物などから得られた香りの素材を指す。
開館は、長く続いた収集の終点ではなかった。2023年には、アフテルは新たに手に入れた1835年の蒸留の本についても語っている。欲しい資料を探し、迎え入れ、人に見せる。その営みが、展示を育て続けている。
休館後の再開と、展示を本へ広げる仕事
パンデミックの間、施設は来館者を迎える活動を休止した。2021年後半に感染対策を取り入れて再開し、現在の公式案内では、屋内でのマスク着用と、屋外のガーデン・アネックスでの試香を組み合わせている。
2023年には『The Museum of Scent: Exploring the Curious and Wondrous World of Fragrance』が刊行された。花、木、葉や草、樹脂といった素材のまとまりから、古い瓶や手書きの処方にまで目を向ける本である。植物を描いた古い図版と、香料の色を伝える表現を通じて、施設に来られない人にも収集の世界を開いた。
本のためにアフテルは、香料の液体の色を水彩で描いた。香りは印刷できなくても、それを包む植物の形、瓶の色、歴史の断片は伝えられる。博物館と本は、同じ収集を異なる感覚でたどる入口になっている。
原料と資料から、何を発見できるか
根・葉・樹脂を、香料の名前と結びつける
アーカイブには、香りの抽出物だけでなく、その原料もある。公式案内が挙げるのは、ベチバーの根、ベンゾインの樹脂、ブッシュマンズ・キャンドルなどだ。引き出しに収められた植物の素材には、見るだけでなく触れられるものがある。
2018年に施設を訪れたKQEDのビアンカ・テイラーが注目したのは、ベチバー、ジュニパーの実、シダーの木、貝などを収めた木の引き出しだった。2019年の『Via』の訪問記事でも、パチョリの葉やヴァージニア・シダーの木片を手に取る体験が描かれている。
香水の「ウッディ」や「樹脂の香り」という言葉を、原料の姿へ戻して考えられることが面白い。木、根、樹脂は、見た目も手触りも異なる。原料と瓶の中の抽出物を別々に見ることで、植物から香水の素材になるまでに、抽出という仕事があることも意識できる。
古い香料と現代の香料を比べる
百年ほど前の香料と現代の香料を比較する体験は、開館時からの特徴である。長い時間を過ごした香料瓶は、ラベルや容器だけが歴史資料になるのではない。中に残る匂いも、比較の対象になる。
収蔵品には、フランスの調香師の屋根裏から見つかった古い香料の一群がある。2017年の『Vogue』は、リメルで働いた調香師に由来する瓶のセットとして紹介した。フランス語のラベルと手書きの文字を持つ瓶には、香料を扱った人の仕事の痕跡が残っている。
ただし、古い瓶の匂いを、そのまま百年前の新品の匂いと考えることはできない。ここで比べるのは、時間を経て残った香料と、現代の対応する素材である。「熟成すると必ずよくなる」という優劣を決めるより、同じ素材名の中にどのような違いがあるかを探る体験として捉えたい。
完成した香水の処方を保存・復元するオスモテックと併せて知ると、香りを残す仕事にも異なる焦点があると分かる。アフテル・アーカイブが近づけてくれるのは、原料と、それに触れてきた人の文化である。
動物由来の香料を、実物とともに知る
ガーデン・アネックスでは、歴史的な動物由来の香料や古いエッセンス、ウードのオイルなどを嗅ぐ案内がある。アンバーグリス(龍涎香)は、マッコウクジラの体内で形成される物質に由来する香料である。植物の花や葉とはまったく違う出発点を持つ素材も、香りの歴史の一部なのだ。
展示にはジャコウネコの剥製や、張り子のジャコウジカなど、素材の由来を視覚で伝えるものもある。見慣れた香水の「ムスク」という言葉から、動物、採取の歴史、現在の香水づくりとの違いへと関心を広げられる。
ここで嗅ぐ歴史的な動物香料を、現行の香水が一般に同じ方法で使っていると受け取るべきではない。また、天然の素材を中心にした展示は、天然だから安全、健康によいという保証を意味しない。アフテルが集めているのは、自然の香りの多様さと、それを人が使ってきた痕跡である。
古書・版画・器具が伝える、香水以前の用途
収蔵資料には、16世紀の『Book of Secrets』、1640年初版の植物書『Theatrum Botanicum』、1810年の『The Complete Distiller』などがある。蒸留の器具や古い香料瓶、香りを携帯するポマンダーも、素材と並んで展示の世界を形づくる。
こうした本の世界では、香りは香水だけの領域ではない。植物、調理、蒸留、身体の手入れなどが、一冊の中で隣り合う。現代なら別の棚に分かれる知識が、同じ素材を通じてつながっていたことが見えてくる。
「人が読めるようにしておくのが好きです。それで人は歩みを緩め、不思議に思うようになるのです。」
— マンディ・アフテル
古書を扱うための手袋が来館者に用意されるのも、その考え方による。展示ケースの外から背表紙を見るだけで終わらず、ページの図や言葉を追う時間をつくる。現在の公式案内では、収集した古書のうち100冊を超える本を読む体験を掲げている。
香りを嗅ぐ体験と、言葉にする自由
パフューム・オルガンと香水の分解展示
パフューム・オルガンは、多数の香料瓶を段状に並べた棚である。楽器のオルガンのように素材を見渡せるが、鳴らす代わりに、瓶の中の香りを組み合わせる。アーカイブでは、この棚が素材の世界を一覧できる風景になっている。
開館時には、アフテルが施設から着想してつくった香水「キュリアス」を、個々の香料と、それらを組み合わせた香りのまとまりに分ける展示も設けられた。タバコや干し草など、一つずつの素材が、どのように完成した香水につながるのかをたどるための展示である。
2019年の訪問記事では、ヴァニラ、ローズ、ジャスミンについて、天然の香料と合成の香料を比べる体験も紹介されている。天然香料を主題にしていても、完成品のイメージだけで話を閉じず、素材同士の違いを嗅いで考える入口がある。
正しい感想を探さず、自分の記憶をたどる
香水に詳しくない人は、うまく説明できるか、自分の好みが間違っていないかと身構えがちだ。アフテルは、香りの感想に正解を求める必要はないと考えている。
「どんな答えであっても、それがあなたの答えなら、正しい答えなのです。」
— マンディ・アフテル
2024年に施設を訪れた『East Bay Magazine』のサマンサ・カンポスは、同行した夫がモミの香りから親族のガレージを思い出したことを記した。同じ瓶が、誰にとっても「森」を意味するわけではない。香料の分類を覚える体験と、自分の記憶に出会う体験が、ここでは重なり得る。
その違いは、香水の素材を知るうえでも役立つ。名前を聞いて思い浮かべた匂いと、実際の香料から受け取る印象がずれることもある。ずれを失敗とせず、何を感じたのかを確かめる。その余地を残していることが、この小さなアーカイブの魅力である。
主な歩み
| 年・時期 | 出来事 |
|---|---|
| 香水づくりに入る以前 | アフテルが心理療法の仕事を続けるなか、小説の調査をきっかけに香水の古書を集め始める |
| 2001年 | 『Essence and Alchemy』を刊行。収集した古書と天然香料への関心を、香水の歴史を扱う本にする |
| 開館までの三年間 | アフテル、夫のカリー、息子のデヴォンが、自宅裏手のコテージに博物館をつくる |
| 2017年 | アフテル・アーカイブを開館。古書、原料、天然香料、古い香料を体験できる収集を公開 |
| 2021年後半 | パンデミックによる休止後、感染対策を取り入れて再開 |
| 2023年 | 収蔵品と香りの文化を伝える『The Museum of Scent』を刊行 |
現在の見学案内
以下は2026年10月14日に確認した公式案内である。時刻はバークレーの現地時間。
- 開館:毎週土曜日、10時〜18時
- 見学枠:1時間。各時間帯の入場人数に制限がある
- 料金:大人25米ドル+サービス料3米ドル、子ども15米ドル+サービス料3米ドル
- 予約:当日入場の余裕がないこともあるため、公式はオンラインでの事前購入を勧めている。ギフトパスや招待券は、電話またはメールで日時を調整する
- 屋内と試香:屋内はマスク着用。屋外のガーデン・アネックスではマスクを外して試香する
見学には、古書を扱う手袋、屋外で香りに集中するためのアロマコーン、選んだエッセンスを付けた持ち帰り用の試香紙が含まれる。試香紙の枚数などの細部は、予約時の案内で確認したい。
予約の入口は公式チケットページ。希望日の時間帯と空き状況、子どもの参加条件は購入前に確認する。過去の開催一覧ではなく、日付を選ぶ予約カレンダーから進むのがよい。
参考文献
- Medicine Bag 03: Mandy Aftel — 心理療法から香水への転機、家族と三年かけた施設づくり、収集の動機(2024年10月1日)
- Aftel Archive of Curious Scents — 現行の展示・見学・料金・予約・マスク着用の公式案内
- Q&A: Mandy Aftel — 古書収集、香料と器具、バークレーの住居、博物館を本にする動機(2023年10月10日)
- Welcome to the Aftel Archive of Curious Scents! — 開館時の公式案内とキュリアスの分解展示(2017年6月)
- Did You Know California Has a Museum of Scent? — 2021年後半の再開と収蔵品、書籍制作についての本人の発言(2023年10月31日)
- The Museum of Scent — 刊行日と書籍内容の出版・流通案内
- New Museum in Berkeley Worships the Art of Smell — 原料の引き出し、動物由来の香料、パフューム・オルガンの訪問取材(2018年1月)
- Berkeley’s Archive of Curious Scents — 原料に触れる体験と天然・合成、古い・現代の香料の比較(2019年2月10日)
- A New Berkeley Museum Explores the Secret World of Natural Perfume — リメルの古い香料瓶と動物香料の展示(2017年7月11日)
- Tracking the Scent in Berkeley — 来館体験と香りの感想についてのアフテルの発言(2024年9月27日)
- Aftel Archive — 公式の1時間見学予約ページ


