おいしそうな香りで唾液が出る、という感覚は身近です。では、部屋の明るさや足を温めることも組み合わせると、どうなるでしょうか。健康な男性10人の実験では、比較的低い照度でパイナップルの香りを嗅いだ条件に、香りを嗅ぐ前より後の唾液量が増える結果が見られました。
2021年のこの研究は、生活環境の要素として照度、香り、足浴を取り上げ、唾液の分泌を調べたものです。香りの単独効果だけを測るのではなく、周囲の条件も含めて検討しています。
二つの明るさで、四つの条件を体験する
参加者は20〜30歳の非喫煙男性10人で、唾液分泌を低下させる病気の既往がない人でした。同じ人が、228 lxの低照度と2039 lxの高照度を別日に体験しました。各日には、刺激なし、香りだけ、足浴だけ、香りと足浴を同時に行う、という4条件をランダムな順番で実施しました。
1条件は60分です。最初の10分は安静、その次の10分に香りや足浴を行い、残り40分は再び安静にしました。眠らないよう、負担の小さいジグソーパズルを休みながら行っています。実施時間帯をそろえ、食事やカフェイン、前日の飲酒・運動などにも制限を設けました。
香りはパイナップルの市販香料を試香紙につけ、鼻から約3 cmの位置で提示しました。足浴は40℃で10分間です。香りには事前に5種類を比べ、その予備評価で唾液量の増加が最も大きかったものを選んでいます。原著は「精油」と表記していますが、成分や製法の詳細は示されていません。
増加が見られたのは、低照度で香りだけを使った条件
唾液は5分ごとに容器へ採取して重さを測りました。統計的な比較には、刺激前、刺激中、実験の最後の各10分間を使っています。「刺激後」の測定は直後ではなく、香りや足浴が終わってから30〜40分後にあたります。
低照度で香りだけを提示した条件では、10分間の唾液量が刺激前の平均3.03 gから、刺激後の4.21 gへ有意に増えました。刺激中は平均4.51 gでしたが、こちらと刺激前との比較は有意ではありませんでした。平均値が大きいことと、個人差を踏まえて統計的な変化が確認されることは別です。
高照度の香り条件では、刺激前3.01 g、刺激後3.56 gで、有意な変化はありませんでした。足浴だけの条件、香りと足浴を併用した条件も、どちらの照度でも有意な時間変化は見られませんでした。刺激なし条件にも有意な時間変化はありませんでした。
「暗いほど効く」と言える比較ではない
ここで大切なのは、原著が主に比べたのは、それぞれの条件の中での前・中・後だということです。香りありと無香の変化量、低照度と高照度の変化量を直接比べる検定は示されていません。
低照度の香り条件だけに有意な増加があったことは、次の研究で調べる手がかりになります。ただし、この結果だけで「香りは無香より優れている」「照明を暗くすれば香りの効果が大きくなる」という条件間の優越性までは確定できません。併用で有意差がなかったことも、足浴が香りの効果を打ち消す証明にはなりません。
自律神経との関係は、これから確かめる部分
著者らは、照度や香りが自律神経に作用し、唾液分泌に関わった可能性を考察しています。また、予想と異なって足浴で変化が出なかったことについても、刺激の与え方や神経活動との関係を検討しています。
今回直接測ったのは唾液の重さで、自律神経活動や唾液の粘り、分泌した唾液腺の種類は測っていません。どの仕組みで増えたかを知るには、そうした指標を同時に調べる必要があります。
対象が少数の健康な若い男性であることも重要です。著者らは将来、女性、高齢者、口の乾燥がある人での検討を挙げています。現段階の結果は、口腔乾燥への治療効果や、家庭で香料を使う方法を確立したものではありません。
まとめ
二つの照度で香り・足浴・併用を調べたところ、低照度でパイナップルの香りだけを提示した条件では、終了30〜40分後の唾液量が提示前より増えていました。高照度の香り、足浴、併用には有意な時間変化が見られませんでした。
研究は、唾液と生活環境の関係を探る具体的な手がかりを示しました。次に必要なのは、条件間の変化量を直接比べることと、自律神経などの仕組みを測ることです。香りだけを切り離さず、周囲の環境と一緒に考えるという問いが残ります。
研究当時、著者4人は公益財団法人ライオン歯科衛生研究所、3人は千葉大学に所属していました。原著の利益相反欄には両機関の共同研究として実施したことが記載されており、「利益相反なし」という声明ではありません。独立した研究資金の記載は見当たりません。
参考文献
野原佳織、張琰雯、貨泉朋香、ほか.環境因子が唾液分泌量に及ぼす影響―照度、香り、足浴についての検討―.日本生理人類学会誌.2021;26(1):1–7.doi:10.20718/jjpa.26.1_1


